那智→慧 【流れ星】 【流れ星】 流れ星が流れてるあいだに、願い事を三回言えると、願いが叶うんだって――。 慧がこんな迷信じみたことを信じるとは思わなかった、と言っては慧に失礼かな。 一通りの授業は終わり、生徒会室へ向かっていると、吾妻が眼鏡の下の表情を少し変化させて 「慧さんが探していましたよ」と言った。 業務連絡…なら吾妻があんな顔をする理由がわからない。慧はおれにどんな伝えたいことが…? 生徒会室のドアをがらっと開ける。 するとすでに、今日はすぐ帰らせてくれといったオーラを撒く慧が我慢できない様子でいた。 「慧…おれのこと、さがしてた?」 気分が悪そうではないのだが、不思議な顔をしている慧。少しだけ上目遣いで尋ねる。そうすれば慧は優しい顔に、いつもは…なる。だが今日の慧は少し違った。 「那智、願いがある」 そう言ったときの慧は、きりっとした真面目な顔になっていた。慧の願い事ならなんでも、どんな手法を使ってでも叶えてやりたいと思っている。 「兄さんの願いならがんばれるよ〜」 自分で言ったはいいものの、どんな願いがくるのかはわからない。宇宙征服なんて言い出すかもしれない。おれにだって不可能はある。慧はないと言い張るが…。 「そ、そうか。よかった」 「…で、慧のお願いってなにー?」 この質問をしなければ何も始まらない気がした。 この答えによってこれからの計画とか、練らなくちゃいけないから。 しかし、答えようとせず渋る慧。 「…おれに言えないこと?」 慧を気遣ったつもりだった。そうでなければ軽い冗談だった。そんなことない、って否定されるだろうと見込んだ質問だったのに、慧はゆっくりとこちらを一瞥してから、頷いた。 「言えないなら仕方ないねー、どうする?」 何を願っているのか知りたい――好きな人が悩んでいたり、困っていたりするときに助けたくなるのは自然なことだからしょうがないと思う。それと全く同じ原理の話だ。 だけどもう半分のあたまのなかでは――好きな女ができたかも、もしかしたらあの…せんせいかもしれない、と疑いの念も晴らせなかった。日頃の行いを見ていても、慧はせんせいのこと、嫌っているようには見えない。そうだとしたなら、好きなのかな? 願い事に好きなひととの進展についての願いをかけるひとはよくいるとは知っていたが――なぜなら自分もそうだったからだ――実際、報われない側となると複雑な気持ちになる。 そんな思いを少し脳の端に飛ばして、明るい顔を向ける。 「兄さん、空を見に行こう。」 そう、おれが切り出したとき夕日は地平線のラインから消えるか消えないかのところだった。真っ暗になるにはまだ時間がかかりそうだったから、少し遠くに連れ出してもいいよね? バイクのうしろに慧をのせて、涼しい風に吹かれながら山を登る。いつかにみつけた絶好の場所へ。 慧は、これからなにがおこるのかわくわくする気持ちもあり、少しの不安も含んだ目をしている。 日が長いな、と一週間前までは話していたのに、今日は…日ってこんなに早く落ちるんだ、と言いたい気分であった。 もう暗くなってきた空。背中越しに聞こえる慧の呼吸。心臓の音まで伝わってしまうのか、と錯覚できるほどの距離。 「あと、何分で着きそうなんだ?」 少し興味があるらしい。慧はそんなに遅い時間に私服で出歩くことに慣れていないんだろう。学校の仕事が長引いて、自分の帰りも遅くなって。それだけ、のはずだから。 「もう、すぐだよ。」 そろそろだった。180度、いや、360度綺麗な空を見渡せる場所まで。 「那智、流れ星だ」 驚いたような声色になる。自分は運転しているから慧の顔、表情までは確認することが出来ないが…。 「流れ星が落ちる前に、願い事を三回言えると、願い事が叶うんだよ」 そういって那智も心の中で唱える。 慧とずっと、ずっと一緒にいれますように。願わくば兄弟以上の……。 慧も願い事を言えたのかな。慧はいま誰のことを考えているのかな。どんな願いをしたのかはわからないけど、いつかその矛先をおれに向けてみせる。慧のあたまのなかが、おれのことばっかり考えるようになれば、いいのに。 その丘で背中合わせにみた空の色、雰囲気、流れ星。そして慧。おれは絶対忘れない。 ------------- 20090907 [*前へ][次へ#] |