友情と恋情の狭間で
そのときまで
車を走らせること、数時間。
漸く辿り着き、駐車場へ車を停めた。
山を開拓して、墓地を作っているため殺風景な景観が続いていて、俺は前を歩く父さんの背中をただ見つめて歩き続けた。
多くの墓が並ぶ中。
父さんの足がある一つの墓の前で立ち止まった。
「…………」
無言のまま父さんはしゃがみ、そっと手を合わせた。
俺も少し距離をあけて座り、母さんの眠っている墓を見つめ拝む。
しばらくの間、静寂な時間が流れ。
俺が目を閉じて拝んでいると、そっとその静寂を打ち破るかのように父さんは話し出した。
幸せだった時間と俺が記憶を失くすほど辛かった残酷な過去を―――…。
*****
「…本当は、もうお前とは会わないほうがいいと思っていた。日向さんにも会わないで欲しいと言われていたのもあるんだけどな。記憶を失くすほど…お前を追い込んでしまったこともあったから…」
父さんは話す最中、ずっと母さんの眠る墓を見つめ続けていた。
ただ一点を見つめ、過去を思い返すように―――…。
俺も、徐々に霧のかかっていた過去が鮮明に蘇り、徐々に綾人と知泉が融合し始める。
「…父さん、綾人に会ったことはあるの?」
「…あるよ。俺が病院に入る前に一度だけな。…『愛してる』と言われた」
消えそうな声で父さんは言い放った。
なぜ、綾人が父さんに向かって「愛している」と言ったのか。
今の俺なら分かる。
俺に性的虐待をしても。
どんなに酷い仕打ちを受けても。
母さんと3人で過ごした時間は本物だった―――…。
ただ…父さんにとって、母さんは俺よりも強くて大きな存在だっただけ。
母さんの喪失が…父さんを狂わせてしまっただけのことだ。
だから、こうして俺が記憶を失くしてしまっても。
母さんを―――…。
父さんを―――…愛していることには変わりなかった。
離れてしまっても…愛していることには変わりなかったんだ。
「…父さん」
「なんだ?」
俺は、心の中で母さんに勇気を貰おうとした。
(母さん…。父さんに明るい未来を返したいんだ)
俺は父さんと正面から向かい合い、俺の思いを告げた。
「…父さん。あの頃の俺は弱かった。現実を受け入れらなかったんだ。だから…俺は、何も知らない俺を。そして…代わりの綾人を生み出してしまった。でもさ…記憶を失くしても辛かった。あるべきモノの場所にあるべきモノがなくて…すごく不安定で、すごく心が冷たかった。それは…一番愛してた父さんと母さんの記憶がなかったからで。今、こうして全てが俺の中に埋まったらさ―――…」
「……あぁ」
「……温かいんだ。辛い過去も…幸せな過去も、全部俺の中にちゃんと埋まった。だから…もう苦しまないでよ、父さん」
「…知泉」
気づくと、俺の頬には一筋の光線が伝っていた。
それは…父さんにも言えることで。
俺達は自然に抱きしめ合っていた。
「…すまない、知泉」
「違う、違うよ。謝るとかじゃなくて…」
「あぁ…愛してるよ、知泉」
「うん……俺も。愛してる、父さん」
俺の顔は、涙でぐちゃぐちゃになってて。
父さんの肩を濡らしていた。
それでも、父さんの俺を抱きしめる腕の強さは変わらなくて、俺も力いっぱい抱きしめ返した。
やっと…拗れてしまった関係が綺麗に戻りかける。
まだ父さんの中で、母さんを失った喪失感や、俺にしてしまったことへの罪悪感が渦巻いているけど、それも少しずつ溶けて消えていくんだろう。
俺もまた―――…。
一人で立てる強さを手に入れることが出来た気がする。
ううん…気がするんじゃない。
ちゃんと一人で生きていける。
まだ父さんは療養中で、一緒に暮らすことはできないけど。
でも…いつか。
あの頃のように笑い会える生活が戻ることを信じて―――…。
俺達はそのときまでの時間を埋めるように、強く抱きしめ合った。
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