友情と恋情の狭間で
蛍の約束
俺はまた電車に揺られ、闇夜の街を駆け抜けていく。
公園を後にした俺は、紙に書かれた住所に向かうべく最終の電車に飛び乗った。
紙に書かれていた住所はここから数時間かかる距離で、持ち合わせているお金では足りなかった。
行ける所までの切符を買い、着いた駅からは徒歩で行こうと決めたんだけど、どう考えても徒歩で行ける距離ではない。
着いてからまた考えればいいかな、と楽観的に考えている自分に内心驚きでつつも、車窓から見える町並みに見入っていた。
「…那智」
電車は長いトンネル内に入り、しばらくの間は鏡のように自分の顔や車内が窓に映る状態が続く。
つい口走ってしまった名前。
―――…小学生の頃の記憶が蘇る。
あれは確か、小学6年の夏休み。
隣町の山に蛍がたくさん住むところがあると知った俺たちは、夜電車に乗りそこへ向かった。
親には内緒―――。
2人だけの冒険―――。
ドキドキとワクワクが入り混じり、俺たちから笑みは絶えなかった。
蛍が生息している川にたどり着いて、俺と那智は息を呑んだ。
懐中電灯が必要ないほど、蛍が目の前を飛び交い淡い光を生み出している。
せせらぎの音に耳を傾け、光っては消える仄かな光に俺たちは目を奪われた。
「「………」」
言葉では言い表せないほどの美しさに、俺と那智はその場に立ち尽くしてしまった。
今を精一杯生き、綺麗に光る蛍に俺は言葉を無くす。
横では那智が小さな声で「綺麗だな」と呟き、俺はその言葉に小さく頷いた。
しばらくの間は、じっとその光景に目を奪われ眺めたことを、今でも胸に刻んで覚えている。
トンネルから抜け出し、車窓の外には町並みが続く。
あの日のことを思い出し、気づかないうちに笑っていた。
「そういえば…約束したっけ」
あの日、あの帰り道に俺たちは約束をした。
“また二人で見に来よう”
指きりを交わし、暗い道、手を繋いで帰った。
まぁ…帰った瞬間、母親2人に頭を思いっきり叩かれ、泣かされたことは言うまでもない。
そして、息ができないほどきつく抱きしめられた。
「結局、アレ以来行けずじまいなんだよね…」
あの約束は果たされていない。
俺はすっかり忘れていた。
だから…きっと那智も忘れているだろう。
いや、忘れていていい―――…。
もう会うことはないのだから―――…。
車内にアナウンスが流れる。
俺の降りる駅名が呼ばれ、そっと腰を上げた。
電車から降りると、無人となっている木造造りの駅内。
俺は走っていった電車のほうへと身体を向け、線路にそって一歩を踏み出した。
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