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友情と恋情の狭間で
最後の別れ

辺りはすっかり闇が広まり、街灯の仄かな光のみが公園を照らしていた。
どこか寝泊りできそうな場所を探してみたけど、ホテルに泊まれるほどのお金を持っていないことに気づき、偶然見つけた公園で足を止めた。
自販機で温かい缶コーヒーを買ったのに、冬の冷たい風ですぐに温かさを奪われてしまったけど、ほんの少しの時間でも缶から伝わる熱で掌は温もった。

冷めたコーヒーを一気に飲み干し、ベンチの横に置かれたゴミ箱へと放って捨てる。
カランと缶と缶のぶつかり合う音が響き、俺はそっと目線を空へと移した。


次はどうしようかと思案し、不意にズボンのポケットに手を突っ込むと、ガサと音がした。
音の正体は、ポケットに仕舞っていた父親の住所が書かれている紙。
そっと取り出し、半分に折り畳んでいたのを開いて文字を眺める。

「……父さん」

悲痛な記憶を植えつけた張本人であり、もっとも憎い男。
“綾人”という人格を生み出し、また“知泉”という真っ白な人格をも生み出した男。

だけどあの事がなければ、俺は凛太郎や薫さん、雅明とは出会うこともなく、また親しくもなれなかった。

こうして…徐々に記憶を取り戻しつつあるのに、やはり肝心な記憶が抜けていた。


それは―――――『家族の記憶』


すべて無いわけではなく、所々が霞みかかっていた。
無くても支障はないかもしれない。
でも…一人で生きていくと決めた俺は、どうしても全ての記憶を取り戻したかった。

あのまま雅明や凛太郎たちと共に過ごせば、きっと幸せな日々を掴むことは出来るかもしれない。

だけど…それは逃げでしかないと思った。
何もかも受け止めず、幸福なものだけに包まれて生きること。


那智への想い。

雅明への気持ち。

一番大切なことから目を逸らして、偽って生きていく。


本当に…それは幸せに繋がるのかな?

俺が…今、誰を一番求めているのか―――…。

それは自分が一番よく知っている。


だけど一人を選べば、もう一人を裏切ることになる。
それだけは出来なくて。
自分ひとりが幸せになる道を選んではいけないと思った。

だから、俺は雅明のマンションを出た。
何も告げず、誰にも知らせず。

自分自身と決着をつけるために――…。

そのためには父親と向き合わなければいけない。
記憶を取り戻し、昔の自分とさよならではなく受け止めようと思った。
そして、一人で生きていこうって。

瞬く星は俺を励まし、月明かりは俺の道を照らしてくれているように思えた。


全ては明日。
明日には決着がつく。


俺はそう信じて、寒空の下。
弱い自分と最後の別れをした。








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あきゅろす。
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