友情と恋情の狭間で
2
「凛太郎君も久しぶりですね」
落ち着いたところで俺たちはバーの椅子に座り、薫さんはカウンターの中へと立った。
「そうですね、最近忙しかったんで…」
2人の会話を俺は出されたオレンジジュースを飲みながら眺める。
凛太郎は薫に対してだけ敬語で話す。
2歳という年の差はあるが、凛太郎は大学の先輩に対しては敬語を使わないので年の差を考えての敬語ではない。
俺は気になったけど、ただ黙ってみていた。
「直樹さんはまだなんですね」
俺はコップを置き、薫のほうを見る。
「直樹君は6時頃着ますよ。なんでも論文で遅くなるとか」
「そういえば今年卒業ですよね。のほほんってしてるのに医学部って詐欺ですよ。童顔なくせに…俺より年上って」
凛太郎はカクテルを飲みながら、なぜか棘のある物言いをする。
俺は首を傾げながら薫さんの方を見ると、薫さんは薫さんで「仕方ないですね」って顔をしていた。
その後は、薫さんが作ってくれたご飯を食べながら他愛のない会話で花を咲かせた。
バーであるが薫さんは料理が上手で隠れメニューとして軽く食べられるものなら作ってくれる。
俺は、薫さんの作ったチャーハンが好きで。
だから、今日も薫さんは俺にはチャーハンを作ってくれて、凛太郎には野菜炒めを作ってくれた。
「そろそろお客さんが来る頃ですね」
薫さんはそう言うと、準備中の看板をお店の中に入れた。
6時過ぎには直樹さんもやって来て、少しずつお客が入ってくる。
あまり大きくはない『夢月−むつき−』は、2つの顔を持つ店で。
夜の11時までは何処にでもあるお洒落なバーなんだけど、夜中の11時過ぎからは、特定の客しか入らないバーへと姿を変える。
外から見れば閉まっているように見えるが、実際のところ夜中の4時過ぎまで開いている。
知っている者だけが開いていると分かるのだ。
特定の客というのは………早くいえば同性愛者。
男性しか愛せない人が来る店で、同じような境遇の人との出会いを求めてやってくる。
実際のところ、後者の時間帯に来る人が多いらしい。
顔見知りになれば、飲んで話して最近の恋や過去の恋愛について話してくれる。
人生経験になるし、なぜか、俺に話かけてくる人たちはみんな優しい。
ジュースを奢ってくれたり、出張に行った先でお土産まで買ってきてくれる。
「下心丸出しだな」と、凛太郎は以前言った。
「下心って?」
「…知泉と仲良くなりたいっていう下心」
最初の頃、俺にはよく分からなかった。
でも、あまり凛太郎がいい顔をしていないのは分かった。
「一人でついて行くなよ、すぐに喰われるから」
「…?分かった」
凛太郎の忠告から俺は今まで通り色んな人と話はしても、誘われそうになると断り、凛太郎のそばに行った。
2つの顔がある店だけど、どちらも俺にとっては大切な場所。
だって、その場所があったから…俺は凛太郎や薫さん、雅明さんに出逢えたのだから―――。
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