飴玉注意報
向き合う勇気
俺は明菜と向き合うために、明菜の病室へとやって来た。
本当に俺だけだった。
俺だけが知らなかった。
否、気付いてやれなかったんだ。
今の俺の本当の気持ちを言うと、今すぐにでもこの部屋から立ち去りたい。
君の泣きそうな顔は、
もう、
見たくないから。
俺は明菜の病室へと入り、近くにあったパイプ椅子に腰掛けた。
何から話せばいいのか解らない俺は、俯いてただただ深呼吸を繰り返した。
俺が困惑していると、暫くして明菜の方から、か細い声が聞こえてきた。
『ばれちゃったの、かな?』
「っ…!」
その一言は、俺の耳にずっしりと重くのしかかった。
やけに大人びた君が、そこには居たんだ。
**********
「落ち着かれましたか?」
コトンと音をたて、テーブルに紅茶の入ったカップを3つ置いた柳生は、俺が座る椅子に少しだけ離れて座った。
「話ってなんだよ。意識が戻ったんだから、明菜の傍に居るのは柳生だけでいいだろぃ?」
「丸井、いい加減にしんしゃい。」
機嫌が悪い俺は膨れっ面で紅茶に手を伸ばした。
素直になれない。
そんな俺を見て呆れたのか、仁王は溜め息を吐きながら目を伏せた。
「早くしろよ。帰りてぇ。」
「…最初に言っておきます。丸井くん、貴方が何を勘違いしているのかわかりませんが、明菜と私の関係は幼なじみです。」
「は?」
「両親達が仲がいいので、明菜とは兄妹同然に育ってきました。」
柳生の突然の告白に俺は目を白黒させた。
幼なじみ?
俺は驚いて思わず仁王を見た。
仁王も頷いている。
「じゃ、じゃあ病院…、」
「あれは明菜の母に頼まれたので…、それに明菜がずっと待っていたのは貴方です。丸井くん。」
「あ……、」
俺は言い返す事が出来なかった。
だって、本当は知ってた。
明菜が俺を待っていた事くらい。
「…俺、悪い事してた。」
「丸井…、」
俺は膝の上で拳を握った。
少しだけ顔をあげると、仁王の顔が心配そうに俺を見ているのが見えた。
俺が素直にならなくちゃ駄目なんだ。
きっと、終わっちまう。
俺は、立ち上がって柳生と仁王を見た。
「謝る…。」
「そうじゃな。」
「ええ、明菜も喜ぶでしょう。」
二人が笑ってくれた事に安堵した。
張り詰めていた空気が少しだけ緩んだ気がする。
「じゃあ、俺、病室に行ってくるわ。…アイツが起きるまで待つ。どんだけ時間がかかってもな。」
俺はビシッと人差し指を二人に向けて、目の前の病室の扉に手を伸ばそうとした。
だけど、この日、俺の手が明菜の病室の扉に触れる事は無かった。
「丸井君。」
柳生に呼び止められ、俺は振り返った。
見れば柳生は歯痒そうな顔をしていた。
「なーんだよ。妹的存在を俺に取られるのが悔しいのか?ってか、心配すんな。もう絶対、悲しませねぇから。」
悪戯に笑って挑発してやった。
そう、俺は決めたんだ。
明菜を守りぬくって。
「丸井君。」
「だから何…、だ、よ…。」
俺は自分の目を疑った。
柳生が静かに涙を流していたから。
「すみません!どうしても言えなくて…っ!私は明菜の気持ちを優先させ過ぎて、丸井君の気持ちを考えていませんでした!」
病院の冷たい床に柳生は手をついて土下座をした。
「ちょっ、何やってんだよ!?」
俺が柳生を立たせようと柳生の肩を掴んだが、柳生は顔を上げなかった。
そして俯いたまま、消えそうな声でつぶやいた。
「明菜は病気です。」
「……は?」
三人で居るはずの病院のロビーは、呼吸をする音さえ聞こえない程に、静まり返っていた。
俺の思考は完全に止まっていたと思う。
「な…、だって、ただ倒れただけだろ?」
「いえ、明菜は小児糖尿病という病気を患った、列記とした患者です。」
「小児、糖尿病?」
脳みそが回転してくれない。
俺は今日、何度も驚かされている気がする。
「おいおい、どっきりか?」
「……、小児糖尿病とは、小さな頃に太り過ぎたりすると発症すると言われています。しかし、明菜の場合は原因はわかりませんでした。」
違う、そんな事じゃない。
「糖尿病ですから、甘い物は控えろといいますが、激しい運動などをすると血糖値が下がるので、甘い物でブドウ糖を摂取するんです。」
そんな事じゃないんだ。
ちらりと仁王を見ると、仁王も椅子に腰を下ろして俯いている。
「毎日、血糖値を自ら注射で調べるます。それと…、」
「もういいっ!」
「丸井君…。」
俺は柳生の肩を強く掴んだ。
「何だよ、説明だけじゃ、わかんねぇよ。」
何故、俺にそれを言った?
今、決めたのに。
ずっと守りぬくって。
一生一緒に居たいと思ったのに。
「……病気だと知ったら、いくら丸井君であれ、明菜から離れて行ってしまうと考えました。」
柳生は申し訳なさそうに呟いた。
「はっ…、」
そんなわけない。
言いたいが、言えば軽率だ。
何も知らないのに、守る、なんて言えない。
「少し、時間欲しい。」
俺は頭を整理してやんねぇと。
「丸井君…。」
俺は、床に座る柳生と俯いている仁王を残して、病院を出た。
「……俺には、」
外の空気は冷ややかだった。
不気味な月が俺を追い掛けてくる。
「出来るのか?」
そっと目を閉じて、自分に問い詰めよう。
俺は次の日、
明菜の病室へと、1人で足を運んだ。
**********
静かな病室。
今日の俺は君に伝えなくちゃいけないことがあるんだ。
『ばれちゃったの、かな?』
そんな顔で聞かないでくれ。
俺は今すぐにでも明菜を抱き締めたかった。
いつ壊れてもおかしくない明菜を、俺は…。
俺は、君を……。
→
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!