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手土産に用意していたものは、高級和菓子店から取り寄せていた羊羹だった。
単に蒼自身が食べたいが為に、提案されたものだったのだが…。

「あ!お父さん達には渡してくれたの?」
「……後で渡しとくよ。」

勿論言うまでもなく忘れたと、和臣は顔を合わせる事なく見送りに立つ。
集合写真など、皆が欲しがるとはとても思えなかったが、主役が言うのであれば仕方がない。
既に港には頼んでおいた数台のタクシーが到着しており、後は客人が帰って行くのを見送るだけであった。

「蒼くーん!」

先ず最初にやって来たのは楓、その後には同級生のマリア。
飛び付いて来た楓を受け止めた蒼は背中に腕を回して、苦笑する。

「楓さん、酔ってます?」
「マリアはあたしが責任を持って送り届けるから、心配しないでね」
「今日はお招きありがとうございました。」

マリアの肩を抱き寄せる楓が蒼の質問に回答する事はなく、酔っているんだなと自己解決した。
和臣へと丁寧に頭を下げたマリアへ、お土産の羊羹を手渡す。
それは何かと訊ねた楓には、予定にはなかったが執事の芹澤の分も含まれていた。

「悪いわね、芹澤の分まで」
「此方こそ今日は本当に有り難うございます。まーちゃん、もしあれなら俺達送るけど、いいの?」
「うん。楓さんに甘えさせて貰う事にするよ」
「じゃあ、家着いたらメール入れてね」

芹澤が、楓の姿を見て車を横付けさせる。
楓にマリアを任せる事にし、蒼は車に二人が乗り込むまで手を振り続けた。
そこへ次にやって来たのは晶だ。
大きな欠伸を漏らし、蒼と和臣の姿を見て手を上げる。

「お前兄貴が迎えに来んだっけ?」
「兄貴の嫁さんが来てくれるって。じゃ、また学校でな。卒業まで宜しく」

もう直ぐ目の前まで迫る卒業の日。
既に進学も決まっている晶は余裕の表情を見せると、手土産を片手に颯爽と帰って行く。

「卒業…なんか現実的だね…」
「的というより現実だからな」

晶につられてか、和臣もまた大きな欠伸を漏らしたのであった。
しゅんと眉を下げた蒼の頭を撫で、段差に腰掛けた和臣は煙草を咥え手で風を凌ぎながら火を点ける。
学生生活なんていうものは、人が思う程に長くはない。
あっという間に時間は過ぎていき、各々が日々成長してゆく。
何も変わらない日常なんてものは存在しない。
人は成長を続け、地球が回り続ける限り歳を取っていくものなのだ───。

「なおさん!ちょっと待って下さいよ」
「っとに、エロガキ…ッ」
「なおさん、どうしたんですか?」

顔を真っ赤にしながら足早にやって来た尚樹を追い掛けて来た翔太に笑い飛ばしたのは和臣だ。
その横で、蒼が心配そうに尚樹の手を掴む。

「あ、蒼君、和臣君。今日は有り難うございました」

そんな尚樹であったが、二人の顔を見ていつも通りの笑顔を見せる。
単なる痴話喧嘩でもして来たのだろう。
どうせ原因は翔太にあるのだろうと、和臣は声には出さず翔太に向かって"バーカ"と言い放つ。

「これ、お土産です」
「数足りなかったから悪いけど一緒に食って」

余計な一言を付け加えた和臣に対し顔を引き攣らせる蒼が、申し訳ないと頭を下げながら尚樹へ土産を渡した。

「いいの?こんなものまで…」
「バカの口に合わないもんなんで、尚さん一人で食ったっていいし」
「揃いも揃って人をバカバカ言いやがって……」

蒼にノリで馬鹿と言われた事を余程根に持っているらしい。
しかし、そんな翔太も今は尚樹が優先であるようだ。

「酔い覚ましに歩いて帰った方がいいんじゃないの?」
「尚さん…!丸一日掛かるよ!」
「僕には関係ないね」

フンっと鼻を鳴らして背を向けた尚樹に、あからさまにショックを受けた様子だった。
和臣は笑いを堪えるのが必死で、思わず煙草の煙を違う場所で吸い込んでしまったらしい。
顔を背けて咳き込むと、備え付けられた灰皿へと吸殻を落とした。

「まぁ、頑張れよ……」
「…蒼君、ありがとな!なおさ〜ん、ごめんなさい〜ッ」

和臣を蹴り、蒼にだけ礼を告げた翔太は直尚樹を足早に追って行ってしまう。
一歩でも出遅れてしまえば、間違いなく置いて行かれる事を悟ったのだ。
遠くへ行ってもまだ謝罪の言葉が聞こえて来て、流石の蒼でさえも笑みを零してしまったのである。

「アレは一生尻に敷かれるタイプだね…」
「間違いねぇな…て、俺もか」

呟いた和臣を見て、どの口がと肘をあてた蒼がほくそ笑む。

「よく言うよ」
「…和臣!」

そんな穏やかな空気を壊してくれるのは、一人しかいない。
だが蒼は笑顔で和臣に飛び付いて来る薫を迎え入れる。
ここは、大人の対応でいこうと決めたのだった。

「薫さん、今日は来て頂いてありがとうございました。」
「…まぁまぁ楽しかったよ。招待してくれて逆にありがとね」

和臣に振り払われるのもお構い無しで、しつこく腕に絡んでゆく。
横に立つ蒼を横目に、ぶっきらぼうに答えた薫もまた少しだけ大人の対応をして見せる。

「…神楽が来る前に帰れ」
「ッ!べっ、別に俺は…怖くないもんね!」

溜め息を漏らし、薫の肩を押した和臣は全てを平に任せる事にした。
タクシーに乗せて帰るよう促し、平へと薫の分と二つの土産を手渡す。

「お先に失礼します」
「頼むね。また明日」

無理矢理和臣から引き剥がされ薫は不機嫌そうだったが、どうしても先程のトラウマが抜けきらないらしい。
神楽が来る前に退散しようと下船して行くのを見送り、和臣は再び深い溜め息を漏らした。
たった6時間の旅でこんなに疲れるとは思いもしなかったからである。

「後は…お前の従兄弟とアキか」
「紫音さんと神楽さんも来てないよ」

チェックシートを見て、蒼も和臣の横に腰を下ろした。
どうせ一番最後に来るのは神楽と紫音だろうと、二人同じ考えをしていたのだが…。
次に顔を見せたのは神楽で、その横に紫音は居らず首を傾げたのは蒼だった。
和臣は神楽が一人で居るのを見て、目を細める。

「紫音は」
「便所。嬢ちゃん、またな」

和臣とは目も合わせる事なく過ぎ去り、土産を渡してきた蒼の頭を撫でた。

「ありがとうございました」

別々に帰るのかと思いきや、先タクシーで待っていると言い残して神楽は下船してゆく。

「何か…優しくて怖いんですけど…」
「気紛れだろ」

撫でられた頭を押さえた蒼の横で、煙草を咥えたまま立ち上がった和臣が船内に戻って行ってしまう。
残った人間を予備に行っただけだろうと、蒼はその場に留まる事を決めて夜空を見上げた。
満点の星空が、巨大なクルーザーに乗る自分を見下ろしている。
澄んだ空に心を洗われるような気がして、蒼は一人頬を緩めたのであった。

「蒼さん」
「あ、今日は本当にありがとうございました!」
「此方こそ…楽しい夜でしたね」

名前を呼ばれ、星空から視線を下ろした先にいたのは紫音であり…慌てて立ち上がった蒼は深々と腰を下げ、土産を紫音へと手渡す。

「神楽さん、先にタクシーで待ってるって」
「待たなくていいんですけどね。」
「ははははは…」

険しい表情をする紫音に乾いた笑いを漏らす事しか出来なかった。

「所で和臣は?」
「あれ?会いませんでした?」

ほんの僅かな擦れ違いだったようだ。
首を傾げる紫音と同じ動きをし、二人は同時に笑みを溢す。
その背後から、また一人出て来たと思えばそれこそ和臣が探しに行ったであろう秋風が立っていた。

「お疲れ様です」
「あぁ…宮脇、今日は悪かったな」

紫音は秋風に一礼すると、一足先に下船してしまって行く。
何故か理由を知らない蒼は二人を交互に見渡していると、秋風が「いいんだ」と言って蒼へ笑顔を向けた。

「お前の従兄弟?結構酔ってるみたいだから、送って行くよ」
「え?桜兄ちゃんが?」
「今和臣がトイレから引き摺り出してる所」

状況を聞いて、とても恥ずかしくなってしまった。
何時の間に飲み潰れてしまっていたのだろうか、苦笑する秋風に何度も謝罪する。
だが秋風は面倒を全て和臣へと任せて来ているのだ。
謝られる理由はないと、首を振って蒼を止めた。

「先生にそこまでさせられませんよ…俺達で送って行くんで大丈夫です。本当にすみません…あとコレ…お土産です。」

楓がマリアを送って行くのとは訳が違うと理を入れ、土産を渡した。
そこへ、和臣に抱えられた桜がやって来る。

「ちょっと!桜兄ちゃん!!」
「蒼…すまん……」

和臣に肩を支えられても文句ひとつ言わないのは、助けられているお陰だろう。
間違いなく自分と血が繋がっているだろうと思えるのは、酒が弱い所を見たからだ。
蒼は桜へと詰め寄り、なるべく和臣にだけは負担を掛けないように身体を支えようとした所を秋風が変わる。

「送って行きますから。宮脇さん、住所言える?」
「悪いなアキ、後は頼んだ」

蒼の従兄弟だろうと、酔っ払いの相手はしたくないと簡単に突き放した和臣は本当に悪い男だと蒼は思った。
秋風に連れられ、船を降りた二人に続いて蒼と和臣も続いて行く。
桜をタクシーに詰め込み、その後に秋風が乗り込んだ。

「本当にいいんですか?家、方向違うんじゃない…桜兄ちゃん、しっかりしてよもう!」
「いいって。お土産、ありがとな」
「連絡する」

秋風を飛び越え桜を叩いた蒼を宥める。
和臣が秋風に連絡すると言ったのを最後に、自動ドアは閉められタクシーは走り去って行ってしまう。
残ったタクシーは一台、勿論予め予約をしておいた台数分のタクシーである。

「吐いてたの?桜兄ちゃん」
「便器とお友達」
「もーっ、ホントやだ…」

タクシーへと乗り込み、開口一番の深い溜め息に和臣は笑うしかない。
和臣に酒を浴びせかけ、落ち込んでいた秋風を慰めたのがどうやら桜であったようだ。
年下に慰められ、目が覚めた秋風は酔い潰れた桜を放ってはおけなかったのである。
意外な組み合わせに口角をつり上げた和臣は、座席に置かれた蒼の手を握り締めた。

「案外いい組み合わせかも知れねぇな」
「何が?」
「…何でもない」

独り言を呟いた和臣に表情を強張らせた蒼だったが、その手はすぐに強く握り返して来る。
和臣の肩へと頭を乗せ、蒼は静かに瞼を閉じた。

「…皆楽しんでくれたかな」
「あぁ。俺もやって良かったと思うよ」

再び全ての顔触れが揃う時があればいいと思う。
それが例え何十年先で、もし互いが違う人生を歩んでいたとしても…まるで、同窓会のような気持ちで集まればいい。
投げ掛けた言葉を肯定され、満足そうに微笑んだ蒼は安心する事が出来た。

「感謝祭……あ!感謝祭!」
「なんだよ」
「俺たちのラブシーンなかったじゃん!」

蒼が叫んだ所で、明らかにタクシーの運転手が動揺する。

「お前ね……」
「絶対神楽さん達はあった気がするもん」

変な所での勘は人一倍働く男、それが宮脇蒼である。
特定の人物を抜かせば、嫌う者はまず存在していない。
まるで何かのキャラクターであるかのような蒼に、和臣は笑う事しか出来なかったのである。

「本編へ続く」
「勝手に締めないでよ」

そこにカメラが存在するならば、間違いなくカメラ目線で台詞を言い放っていただろう。
じゃれ合う二人には、長い長い続きが待っているのだ。
勿論、蒼が企画した事で集まってくれた皆にも長く続くであろう未来がある。
繋がる───…出会った全ての人々へ、日々の感謝を込めて。





fin





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