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上手くは言えないが、結局の所は知りたかった───…ただそれだけは言える。

「…じゃあお前は、ヤクザの家に生まれて十代半ばまでヤクザになる覚悟で生きてきた。でも途中で組織へと足を運ばせるようになり、なんとなく軍隊行ったと…何だそれ」
「なんとなくで行った訳ではねェよ」

情事を終えて肢体をベッドに投げ出す紫音の傍らで、神楽はくすめて来たウィスキーボトルに口を付けていた。
見ているだけで喉が焼けてしまいそうな光景である。
もう酒はいいとしている紫音は表情を歪ませながら、なるべく酒を煽る姿を見ないようにしながら話を続けた。

「軍隊に何年居たの?」
「…何年居たっけな。コッチでデカい取引あっから戻れって言われてそのまま…その取引ン時に、仁堂と初めて顔合わせた」
「…何それ。取引はアレだね、2兆円の奴」
「アァ、多分それだ」

曖昧な返事と共に放たれた取引に紫音は関わっていないが、確か和臣は連れて行かれていた筈だと考える。
まだ立派な"殺し屋"に完成する前の出来事だ。
若く目立つ神楽だけを敵視するのも無理はなかっただろうと思える。

「…実の親とは」
「渡米してからは連絡も取ってねェな。生きてる事は確かだが」

振り向いた神楽がニヤリと笑う。
連絡なしに生存を確認出来るというのならば、単なる弱小ヤクザではないのだろう。
子が子なのだから何となくは想像出来るのだが…。
紫音は絡み合った目を反らし、床に落ちたワイシャツへと腕を伸ばした。

「まぁ、会いたくはないか。そんな傷付けられちゃ…」

実の親が生きているなら、それだけで結構な事である。
紫音は幼い頃に両親を目の前で亡くしているのだ。
会いたくとも会えないのは確かな事で、一瞬だけ向けた意識を自己完結し反らしたのであった。

「別に会いたかねェ訳じゃねーよ。色々あンだろ、しがらみが」

一体どんなしがらみだと聞こうとした所で、言葉を飲み込む。
そこまで深く掘り下げたい訳ではないと、シャツを羽織った紫音は息を吐き出す。
ついでに下着を探していると、何故か神楽が酒を片手に膝の上に頭を乗せて来たのだった。
機嫌がいいにも限度というものがある。
冷めた目で神楽を見下ろせば、犬歯を見せて笑いながら「たまにはいいだろ」と再び紫音はペースに飲み込まれてしまっていた。

「オマエは?何でここにいんの」
「成り行きだよ。大した事じゃない」

実の父親を幼き手で殺し、偶然居合わせた和臣の父親に拾われた等と語る事はしない。

「…まァイイけどな。こーして出会えたのも何かの縁だ」

紫音の腰に回した腕を後頭部へと伸ばし、自分へと近付けるよう頭を押した。
しかしそう簡単に紫音は誘導されはしない。
首に力を入れて頑なに拒んだ紫音のに笑い、神楽はボトルを頼りに上体を起こし再びベッドに腰掛けたのであった。

「…出来すぎてるよ話が。本名じゃないって何だよ」
「仁堂は知ってンじゃねェ?」

欠伸を漏らして目尻に涙を溜めた神楽の背中を睨む。
和臣からそんな話は聞いた事がないと、適当な事を言ってると思い込んでいる紫音は溜め息を漏らした。

「あの野郎、知っててもモノ言わねージャン。ガキの癖に、要領が良すぎて逆に恐ろしいわ。十年後はどーなるって話だゼ」

直接和臣のスカウトを受けて組織に入ったが、知れば知る程に和臣には感心してしまう。
悔しいのでそれを認めたりはしないが、神楽は和臣に対して確かに感銘を受けていた。

「…俺達が成長させるんだよ。和臣には、立派な男になって貰わなきゃ困る」

手繰り寄せた衣服を手に、紫音は微笑む。
和臣はいずれ組織を束ねるトップの存在となるのだ。
訪れるその日の為にサポートしてゆくのが自分達の役目であると、紫音は胸を張って言うのである。
心酔しているといわれても否定する事は出来ないだろう。
満足気に離す紫音を見据えた神楽は、口元を緩めながら身体をベッドへと押し倒したのであった。

「…お前の事はオレが護ってやるよ」
「死ねば?」

見下ろしてくる神楽に目を細め、顔を反らす。
冷めた口調で言い放った紫音に笑い、神楽は晒された首筋へと唇を落とした。
…もう今更抵抗しても仕方がないとばかりに、諦めた様子である。
黙って神楽を受け入れた紫音の唇に貪るようなキスをし、舌を絡め取った。

「……特別だゼ、紫音」
「は…?」

耳に掛かった髪を掻き分け、口を近付けてゆく。
息が吹きかかって鳥肌を立たせた紫音が聞いたのは───…。

「ッ、んで、今……っ」

感情を露にして神楽の頬を平手打ちしたのは、突発的な行動だった。
後で和臣から聞き出そうとしていた神楽の本名。
犬歯を見せて笑う神楽に、紫音は殺意さえ芽生えさせる。
特別、そう言われて嬉しくないと思うのは恐らく紫音だけだろう。
頑なに閉ざした口は簡単に割られた事が逆に腹が立ったのだ。

「合鍵代わりだ」

必要ならば生活する家を用意しても構わない。
家のない神楽が渡して来たのは合鍵の代わりに誰も知らない本名であった───。
熱くなる顔を隠すように目元を腕で覆った紫音を見て、神楽は誰にも見せる事がないであろう笑顔でその姿を見据えていた。



******



涎を流して夢の世界に行ってしまった蒼の寝顔を見詰めていた和臣は、煙草を吹かしながら携帯を片手に寛いでいる。
身体を繋ぐ事だけが全ての形ではない。
あのまま蒼を寝かし付けた和臣は、部屋を出る事もなく船が港に着くのを待っていたのだ。

「うん…ん…?」
「ん?まだ着かないよ」

枕を抱き寄せた蒼がいつの間にか眠っていてしまったと目を開けると、和臣が微笑みながら首を傾げた。

「臣君は寝ないの?」
「帰って寝るよ。色々やる事あるしな」

寝起きで着船後の手続きをするのは正直面倒だった。
やる事があるというのは支払いや見送りの事を考えているからである。
しかし、そんな事などとは知らず蒼は寝返りを打って背中を見せると、再び夢の世界へと向かって行く。

「あとどの位…?」
「30分位かな。まだ寝てていいよ」

着船したからと言って直ぐに下船しなければならないという訳では無い。
準備するのに時間が掛かる蒼だが、急ぐ必要はないと和臣はギリギリまで寝かせてやりたいと思っている。
蒼に対してのみ、優しさ百パーセントの和臣だ。
脚を組み、煙草を灰皿に押し付けた和臣は残っていた酒を一気に飲み干し息を吐き出すのであった。

それから、時間通りに船は港へと着船する。
蒼は楓達を起こしに行かせ、和臣は紫音と神楽の元へと向かう。
二人が一緒にいる事は承知の上であり、扉をノックする事もなく扉を開けた。

「着いたぞ」
「知ってますけど」
「あー…くそねみィ」

扉を開けると同時に言い放った和臣に対し、既に身形を整えていた紫音が一瞥する。
神楽は未だ上半身裸であり、ベッドに腰掛け大きな欠伸を漏らしていた。

「お前等は?タクシー呼ぶか」
「…あ、お願いしたい」

終電はまだ走っている時間だが、紫音と神楽が仲良く電車に乗るとは思えない。

「蒼が集合写真撮ってねぇって騒いでるから、甲板集合で」
「はい、わかりました」

要件だけを伝えて部屋を後にしていった和臣は、楓達を呼びに向かった蒼の元へ。
準備を済ませていてくれたのは助かった。
和臣は蒼に手続きを済ませてくる事を伝え、一人従業員の所へと向かって行ったのだった。



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