首輪
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もうすぐ俺の番が来るのに、兄ちゃんはまだ来ない。
F組の教室の前で俺はあくびをしつつケータイとにらめっこだ。もう、兄ちゃん迷子になってても知らねーからね。
教室のドアが開く音がして、振り向けばレイジくんとお母さんが出てくる所だった。
「おう、ユズ」
「レイジくん、あ。お母さん、こんちはっす」
思わぬ遭遇に俺はレイジくんのお母さんをまじまじと見てしまった。この人がレイジくんのお母さんかぁ、って感じに。
なんていうか、レイジくんのお母さんはきっとイケイケで強そうな感じだろう、って勝手に思ってたけど小柄でおっとりした雰囲気の清楚で可愛い人だった。
「無事終わった?」
「ああ、なんとかな」
するとお母さんがくすりと笑った。
「もう、レイったら。カッコつけちゃって、何が無事なもんですか。すっごくヒヤヒヤしたわよ」
「別に、高校上がってからはそんなに馬鹿やってねーし」
「そうね、中学と比べたら落ち着いてきたもんね。母さんいったい何度呼び出されて泣いた事かしら」
「あー、もう悪かったよ!謝るからそれ以上言うな」
レイジくん、家だとレイって呼ばれてるんだ。ちょっと新鮮。お母さんもにこにこ笑って優しそうで、仲が良いんだなぁ。
「あら、貴方」
「はいっ」
あんまりレイジくんのお母さんの事見すぎて不躾だったかな。
「転入してきたっていう子かしら?あんまり見ない顔だから」
「あっ、はい、ワタベユズルです。レイジくんとおんなじ部屋なんでいつもお世話になってます」
「そうなのね。こちらこそ、レイが迷惑かけてないかしら」
「レイジくん、優しいです」
「あら!良かったわねレイ。いい子と同室になれて」
「……」
レイジくんは顔をやや赤くしてそれを手で隠していた。
「ユズ、そういえば家族まだ来てねーの?」
「うーん、兄ちゃんが来てくれるんだけどまだなんだよね」
「へぇ、兄貴か」
その時、握っていたケータイが手のなかで震えた。
「あっ、やっと来た。兄ちゃん本当に迷子かも。もしもし、兄ちゃん?……あれ、誰?」
そのまま何も考えずに出ると、電話の向こうは兄ちゃんじゃなかった。
「……もしもし、ユズルか?」
でもすぐに分かった。
この声、悠ちゃんだ。
すごく、久しぶりな気がした。
何で、悠ちゃんなんだろ?
昔みたいに兄ちゃんと一緒に来てくれたのかな。そしたら、四者面談になっちゃって、担任が困っちゃうよ、って。
悠ちゃん。
何で、そんなに暗い声なの。
「ユズル、落ち着いて聞いてくれ」
すっ、と背筋が寒くなる。
周りの声も、温度も消えてなくなる。
一滴の墨みたいにその言葉だけが、波紋を広げながらあっという間に心を不安で覆い尽くした。
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