逃げたくはないのに。
気付けば、いつも逃げてばかりだった。

逃げた先に道などないのに
この足は走り続けた。
戻り道があったとしても、それを拒む。

助けなどいらない。

くれるなら金をくれ。
命を。魂をくれ。

くれるなら
先が見える道をくれ。




【Under The God】




揺れた髪は落ち着き、その反対に誠紫の心が揺れ動く。

誠紫は、子供の頃からマライウは理想郷なのだと教えられていた。
この町は悲しみも苦しみもない理想郷だと、信じてきた。




“捨てられた”


考えられない。
いや、正しくは考えたくないのかもしれない。

信じてきたものが否定される。
すべてを。
今まで生きてきたもの、すべてを否定された気分だった。

ノラ猫との出会いが、夢にも思わないほど誠紫を壊す。


…ノラ猫の言葉が、嘘だとは思えない。


それは誠紫の中で有り得ることを意味する。
そんなこともあるかもしれないと。

疑い。
疑いたくはない。

けれど、嘘ではないと
言い切れない…。



「ノラ猫…お前、じゃあ、どうやって生きてきた？」



本当に生まれてすぐ捨てられたなら、今、ここにいるはずがない。
赤ん坊一人で生きていくことは不可能。

誰が、助けた――？



「…拾われた」

「誰に？」

「知らない。
　あいつは名前を持っていなかったから」

「名前を持っていない…？」



また疑問が増えた。
ノラ猫と話していると疑問ばかりが増える。

名前がない――？

そんな話、聞いたことなどなかった。
ファンタジーな映画の中でさえ、見たこともない。



「まぁ、南のファイブブロックの住人なら珍しくもない」

「ファイブ、ブロック？…どこのことだ？」

「…あぁ、あんたたちはこう言うんだっけ。
　――…ファイナルブロック」



“ファイナルブロック”

５つあるブロックの、南にある最後のブロックだ。
誠紫たちはそこを“南のファイナルブロック”と呼んでいる。

５つ目のブロック。
最終ブロック。
終焉のブロック。

様々な意味でそう呼ばれていた。


ブロック全体は腐り果て、建物も全て崩壊し、そこの命などないに等しい。

各ブロックと中央の市場からのゴミが運ばれ、ゴミから成り立っていると言っても過言ではない。



…そこの住人に拾われ生きてきた？笑えない冗談にしか聞こえない。



「そんな話、信じられない」

「おれは別に信じてほしいわけじゃない」

「俺はできるだけ信じたい。
　だけど、だって…今まで、ずっと信じてきたんだ」



平和で、穏やかな安らぎだけの理想郷。
悲しみも苦しみもない。

すべては、表の姿。


大きな裏を隠して、嘲笑っていたというのが真実――？

優しい顔して心を奪い、貢献と誇りを持たせ、利用しているのが事実――？



なんて素敵な仮面。
今まで綺麗に着飾り、仮想パーティーで踊っていただけなのか。




「…悲しみを空に捨てて
　苦しみは地に埋めて」



ノラ猫の透き通る歌声が響いた。




「私が神だったなら
　あなただけを生かし
　すべてを壊す

　時には戯れ
　あなただけを
　弄ぶ

　私 が 神 な ら　私 を 壊 す …」




歌い終わると、ノラ猫は笑いだした。

屈託のない無邪気な笑顔だ。


だが、その幼げな笑顔も長くは続かなかった。



「酷い歌だろう？」

「そんなことない…。なんて言えばいいか分からないけど、すごく綺麗だった」



透き通った声は、夜風を追い越しもっと遠くへ響いた。気がした。

近くにいた誠紫の身体中に染み込み、感動を与えた。

見る間に鳥肌が立ち、虜になっていった。



「また聞かせてくれよ」

「今度は金を取るぜ」

「厳しいな…」

「おれは高いよ？」



堪えきれずに笑った。
ノラ猫も、笑っていた。


捨てられたこと
名前のない人に拾われたこと
南のファイナルブロックで生きてきたこと

まだ全部は信じてあげられないけど
なんとかなると思う。



この時はまだ甘い気持ちでいれた。





*　*　*




「見ーつけたっ！」



木の上から家の中を見渡す。
そこは白梅のいい匂いがしていた。

潮風が髪を揺らす。




「もう、逃げないから」




木の枝が大きく揺れ、猫は空に浮かんだ。





NEXT STORY...

↓あとがき




Back Alley Cat
第一章続 Under The God


ノラ猫のことが半分ぐらい分かる
誠紫混乱
ノラ猫熱唱
まぁそんな話でしたｗ


Under The God
↑ノラ猫が熱唱した歌の曲名です。
ノラ猫は音痴希望！
誠紫は歌上手いの希望！
(｀∀´笑)


ちょこっと次回予告。


新キャラ登場!!?