[携帯モード] [URL送信]

小説
我が儘


 ひしゃげた足、変色した肌に滲む赤色、ほとんど開かない目。
引き摺るように歩いている十代を見て息が止まった。そのまま心臓も一緒に止まってしまったんじゃないかと思ったが、次の瞬間には突き破って飛び出してしまいそうな程暴れ出した。
「十代……」
 情けないほど掠れた声が喉から漏れ出た。すぐに呼吸と脈を確認できたオレを誰か褒めて欲しい。
救急車を呼ぼうとしたオレの腕を弱々しい力で十代が掴んで病院には連れていくなと言う。
こんな状態で何を言っているんだと思ったが、十代がここまでどうやって来たのか、パスポートを持っているのか考えて
そっと抱えて寝室まで運んだ。
 以前、どうやって移動しているのか聞いた時に十代は要領を得ない擬音で答えた。力を使えばどうということもないとも。
パスポートの手続きなんてしていないだろう十代を病院に連れて行ってしまえばどうなるかなんて考えたくもない。
 しかし、どう見ても折れている足はどうするんだろうか。
やさしくベッドの上におろすと小さくうめき声が上がった。
「十代、どうしてここに来たんだ。せめて日本に行けば治療を受けれたのに」
「2、3日もあれば治るんだ」
 喋るのも辛いのか、短く小さな声でそう言う。
満身創痍の状態から短期間で傷が治れば、安静になんてしていられない。下手をすればモルモットだ。
「ごめんな」
 何にたいしての謝罪なのか、オレにはわからなかった。
それっきり十代は黙ってしまい眠りに落ちた。
 なにもできないまま、膝をついて祈るような気持ちで十代を見つめていると家族達が心配している気配がした。
「大丈夫、心配しなくても大丈夫だぜ」
 どこも大丈夫じゃない。何故十代がこんな怪我をしているのか。本当に治るのか。このまま冷たくなってしまわないか。なにかすべきことがオレにあるんじゃないのか。ぐちゃぐちゃした気持ちを隠すように笑ってみせたが、上手く笑えた自信はない。
 あっという間に時は過ぎて、気がつけば部屋が暗くなっていた。
いつの間に夜になったんだ。とにかく、なにか食べなければ。
十代にも飲み物と、ゼリーでもなんでもいいから腹に入れられるものを用意して。
 冷蔵庫に入っていたサンドイッチを取り出す。
温めた方が美味しいのだが、そのままかぶりつく。
冷えたサンドイッチの味はよくわからなくて、もそもそと咀嚼した。
喉の奥から、腹の底から迫り上がるもののせいで上手く飲み込めない。
目からは勝手に涙が溢れてしまう。

 十代はヒーローだ。
人を、街を、世界を救う為に力を出し惜しみすることも
己が怪我をすることも厭わない。
 そんな十代が誇らしく、同時に悲しくなる。
力があるから、救えるのは十代だけだから。
そんな理由で十代はいつもボロボロになってまで戦い続ける。
傷を負ってオレの目の前に現れることだってはじめてじゃない。
ここまで、酷いのははじめてだが。
あの傷も、誰かを、なにかを守った証なんだろう。
 すぐに治るからといって痛みがないわけじゃない。
どんなに痛くても十代はヒーローであることをやめられない。
やめた時世界はどうしようもないまま終わるだろう。
 小さな脅威も見逃さずに戦う十代を、オレは止めることも守ることもできない。
もしも、十代と一緒にいればあそこまで酷くならずにすんだのか。
答えはノーだ。オレの足で十代についていくことすらむずかしいだろう。
 恋人が傷付くとわかっていながら見送るのは何度体験しても辛い。
どこにも行かないでここに居てくれとせがむ事ができればどんなにいいだろうか。
十代は絶対にそんなことは許さない。


 水を飲ませた後、濡らしたタオルで血を拭いていく。
十代が痛まないよう、どんな宝石よりも丁寧に触れて。
足は下手に触れるといけないからそのままにして。
先程より腫れが引いた顔は白く、あのはつらつとした笑顔の面影もない。
それでも、確かに驚くべきスピードで回復しているのを見ると詰まっていた息が外へと出ていく。
 このまま回復すれば、明日には食事もできるだろう。
十代の回復力は人のものとはかけ離れている。
これもユベルの影響の一つだと零していた。
 そのせいで、十代は傷付いた身体を隠して身を潜めながら回復するのを待つしかない。
ユベルを恨んでいるわけじゃない。ただ、なぜと思わずにはいられない。
無力なオレが嫌なんだ。
オレはオレを許せない。











「ヨハンの作るエビフライを食べないとヨハンの所にきたって感じがしないんだよなぁ!」
「オレはエビフライを作るためのシェフでもなんでもないぜ?」
「わかってるって!」
 ヨハンの元に来てから5日。
足の骨がしっかりくっつくまで思いの外時間がかかった。
これが普通だったらもっとかかるんだから、丈夫ですぐに治る体になってよかったと思わずにはいられない。
「それにしても、綺麗に治ってよかった」
「すぐに治るって言っただろ?」
「それでも心配なものは心配なんだよ」
 何度も足や服に隠れている肌を確認するヨハンはそうとう俺が心配だったようだ。
そんなに今回は酷かったか?何回も意識が途切れそうになって、ようやくヨハンの家の前までたどり着いて、焦ったヨハンを見た後の記憶があやふやだ。
下手なこと言ってないといいけど。
「ほら、食べようぜ」
 揚げたてのエビフライが乗った皿が置かれる。
エビフライはいつ食べても上手いし、ヨハンは料理も上手で好きなものと好きなものが揃った食卓は最高だ。
「いただきまーす」
「イタダキマス」
 さくっとした食感にぷりぷりの身。昔エビフライは神さまに捧げられてたって言われても俺は疑わないだろう。
米はちょっと味とか噛んだ感じが違うけど、エビフライには米が一番合う。
付け合せのサラダも美味しくて、ヨハンと結婚する奴は幸せだろうなと思う。
今ヨハンと付き合ってるのは俺だけど。
 飯を全部食い終わるとデザートが出てくる。
食後のデザートって贅沢って感じがするよな。ヨハンと会うときは毎回贅沢してるみたいな気分だ。
「本当にもうどこも痛まないのか?」
 デザートのフルーツが入ったヨーグルトを口に運ぶ前にヨハンが伺うみたいに聞いてきた。
これは結構気にしてるな。
「もうぴんぴんだぜ。デュエルもできるし走ったってどこも痛くない」
「それなら、いいんだ」
「ヨハンはなんにも心配することないぜ」
 平気な顔をして俺は嘘をつく。
この体はそのうちダメになる。いくら人より丈夫で傷がすぐに治っても、人より強くても、力があっても元々は普通の奴と変わらない体だ。
 どんなに傷を負ってもヨハンのところにくるのは、そんないつかのためだ。
どうせいつかダメになる体なら、最後はヨハンの気配を感じたい。
 体がダメになった後はどうなるか。
死んであの世へってのはないだろうな。たぶん、精霊に近い存在になるだろう。
そんな俺がヨハンに見えるのか、声は届くのかわからないけど
ヨハンなら俺を見つけてくれる気がする。
もしも見えなくても、ヨハンを見守るくらいはできる筈だ。
 俺が死ねばヨハンは悲しむんだろうか。
ずっと泣いたりしないで、立ち直って欲しい。
俺はどこまでも自分勝手だ。
 せめてヨハンが生きてる間は体がもってくれればいいけど、無理だろうな。
もうあちこちガタがきてる。
今回の怪我だって、あんな大怪我にならずにすんだのが体が耐えれなくて負った傷がほとんどだ。
 ヨハンのそばで、この体が動かなくなるならとんでもなく幸せなことだ。
精霊になった後も俺は戦う必要があれば、どこにだって文字通り飛んでいくだろうし
そんなことを続けていけばいつか存在自体消滅するかもしれない。
でもそれは、ヨハンがいなくなったずっと後だ。
それまでの、俺のわがままを許してくれなくてもいいから聞いてほしい。





[*前へ][次へ#]

65/71ページ

[戻る]


第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
無料HPエムペ!