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帽子屋の狂い言
三月は今日も恐怖中
SideB
†Cheshire-Cat's Turn

 俺は別に、白兎が嫌いなわけじゃなかった。まあ、言ってみればただの暇つぶしだ。

 今日の玩具がたまたま白兎だっただけで、明日は違う奴で遊ぶだけ。

「墓穴掘るぞ?・・・・・・って、いないし」

 俺の声が、白兎に届いたかは知らない。白兎は『ぬやぬや小道』へ向かったようだが、なんか様子がおかしかったな。

 あいつは時々掘る穴を間違える。五爵に近いほど正確な穴を掘れるが、遠い親戚になる程正確さが薄れ、変な場所に飛ばされることが多々あるらしい。

 俺は白兎を無視して空間移動で『ぬやぬや小道』に向かった。そこでは三月ウサギが木の陰に隠れながらキョロキョロ辺りを見渡している。

「しばらくあいつは来ないみたいだ。どっかに迷ったらしい」

 俺の言葉に、三月ウサギはふぅとため息をついた。

「今日はありがと、チェシャ。おかげですっごく助かった」

 三月ウサギの安心した表情にふと、俺の心に好奇心が芽生える。

「なぁ、どうしてあんたはあいつから逃げるんだ?」

「は?」

「あいつがあんたを好いているのは知ってるんだろ? 拒絶するか受け入れるかすれば良いじゃないか。なんで何も言わずに逃げてるんだ?」

「・・・・・・」

 三月ウサギは黙って俯いた。俺は意外な表情に多少驚き顔をつくる。

 その時、

「ではね、優しいお嬢さん!・・・・・・また現れた時はよろしく頼むよ!」

 誰に言っているのかわからないまま、木の穴から白兎が勢いよく飛び出した。

 そして白兎は俺たちに気付かないまま、何かを思い出したようにポンと手を叩くと、「私としたことが・・・・・・」とぶつぶつ言いながら再び穴の中へと戻った。

 ・・・・・・何だったんだ、今の?

 三月ウサギと顔を見合わして「?」マークを浮かべていると、今度はまた少し離れたところの木の穴から、「では、さらばっ!」とかのたまいながら白兎飛び出て来る。そしてようやく三月ウサギの姿を見つけて、

「三月ーーぅ!!!」

 辺りにハートを撒き散らしながら、白兎は三月ウサギに抱きついた。

 不覚にも三月ウサギ、「?」マークを浮かべたままでほうけていたため、逃げ遅れたようだ。

「ひぃっ」

 三月ウサギは驚き半分、ベソ半分で、百獣の王に差し出される運命にある兎のような顔をした。

 そんな三月ウサギの表情に気付かぬまま、白兎は三月ウサギに抱きついたままぴょんぴょん跳びはねる。

「三月っ、私は淋しかったよ。いつも君を思っているのに、なかなか会えはしないっ! 運命は私たちに意地悪なようだ。しかし私はくじけないぞっ! そうだ、私たちの愛は運命にも負けないのだー!」

 白兎は空に高らかに叫びあげ、三月ウサギは魂の抜けた表情で空を見上げていた。

「付き合ってらんね」

 オレは今日の玩具を諦め、『ぬやぬや小道』を抜けることにした。

************

 愛だのなんなの、俺にはわからない。面白いかつまらないかが俺の世界。それ以外、俺はいらない。そして、

「ここは、どこ?」

 俺は、少女に出会った。

 初めてみる少女だった。辺りをキョロキョロ見回して、不思議そうな顔をしている。俺の事に気付いてはいないみたいだ。

「・・・・・・ここは、一体なんなの?」

 誰かに尋ねるかのような言葉。俺は思わずニヤリとした。

「ここは不思議の世界」

 少女は俺の声に驚いて顔を向けた。俺と似た歳の瀬の少女だった。

「ここは不思議の世界」

 俺は少女に近付きながらもう一度言った。少女は素直に俺の言葉を呟き返した。

「ここは不思議の世界。夢の世界。何かが起こり何も起こらない不思議の世界。何も起こらないのに何かが起こる夢の世界」

 兎が木々を移動し、猫が笑う世界。時空の歪んだ世界。でもそれ以外はきっと何も変わらない世界。

 そんな世界で、俺は最高の玩具を見つけた。俺は笑いながら少女に『帽子屋』の家を教える。

 少女が顔を反らした瞬間、俺は空間を移動した。またいつでも会えるんだから。

 これからしばらく、退屈に困ることはなさそうだ。

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