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帽子屋の狂い言
彼女たちの休日
「おはよう蚤の市!」
「また変な挨拶ね。おはよう、三月、眠りネズミ。眠りネズミも来てるなんて珍しいじゃない」

 三月ウサギの軽快な挨拶に、玄関から出てきたアリスは言った。

「今日さ、城下街で蚤の市があるんだって。さっさと支度して行こ」
「え、蚤の市ってなによ。城下街ってなに? 初めてずくしなんだけど」

 普段通りの格好に大風呂敷を首に巻き付けている三月ウサギと対照的に、眠りネズミはジャケットを羽織り、髪も口数も大人しい。

「眠りネズミも大丈夫? いつもと様子が違うわよ」

 マシンガントーカーがどうしたことか、とアリスは尋ねる。

「大丈夫だ、ぜ。アハハハハ」
「ちょっと、その顔で笑えてるつもりなの?」
「愛しの女王サマに一目でも会えたらーって思って緊張してるんだよなー」
「ばっ! 三月てめーっ!! 何言ってんだ!!! 貴族兎と同じこと言うなっ!!」

 三月ウサギの発言に、眠りネズミは真っ赤になった。普段通りの元気な声で叫ぶ眠りネズミを見て、アリスはほほぅとあごに手をあてる。そして、右手で眠りネズミの髪をすくように撫でた。

「ほら、眠りネズミ暴れないで。せっかくの髪がハネちゃうよ」

 普段口の悪いはずの眠りネズミは、アリスの言葉に顔をさらに赤くしながらも大人しく従った。

「あ、ちなみにまだアリスは城に挨拶してないから、兵士とか女王サマに見つかったら首刈られるから気をつけてね」

「えぇっ!?」

************

「ここが城下街。わたしらはめったに来ない場所。城には社交界が開かれる度に行くけどね」

 森での生活に慣れてきていたアリスにとって、床に商品を並べ商売的な会話が成立している祖国と似た形の市場の姿には、目を見張るものがあった。ただし、金銭の授受はなくあるの物々交換である。

「で、三月はどうしてこうもお約束なの?」

 三月ウサギは蚤の市に入った直後に、「こっち!」と叫びながら眠りネズミとともにヒト混みに紛れてしまい、アリスは市の端っこで一人ぼっちになってしまった。

「迷子は動かない、が鉄則だけど、彼等がこの場所に戻って来る気がしないわ」

 アリスは合流をあきらめ、市を一人で回ることにした。

「あんな仮面、誰が使うのかしら・・・・・・きゃっ」

 アリスがよそ見をしていると、フードを目深に被った少女とぶつかる。少女が尻餅を付いたため、慌ててアリスはごめんなさい! と謝り手を伸ばした。

「大丈夫よ」

 鈴を転がすような声で少女は言った。そしてアリスの手を借りずに立ち上がる。

「貴女こそ、大丈夫?」

 綺麗な声だな、とアリスは素直に思う。ありがとうと答えて、アリスは少女と向かい合った。

「はじめまして、あたしはアリス。あなたのお名前は?」

 少女は一瞬キョトンとした顔をし、すぐさまくすくすと笑い始める。

「初対面なのに挨拶をするなんて、珍しいヒトね。あたし、ロゼっていうの」

 ロゼは少女の容姿に似合わぬ艶やかな笑みを浮かべた。

「貴女、此処へは初めて?」
「ええ。いつもは森にいるのだけれど、お城の近くは初めて来たわ。街らしくて、良い場所ね」
「『女王様』が来てから、此の辺りが整備されたと聞いたわ。それまでは、鬱蒼とした森で覆われていたのですって」

 ロゼは城を見上げて言う。アリスもつられて城壁の中にそびえ立つ、この世界で一番高いであろう時計台を見上げた。

「貴女、連れはいないの? よかったら、あたしと一緒に回らない?」
「あら、良いの? あたしともだちとはぐれちゃって・・・・・・。探しながらでよければ、ぜひ一緒に回りたいわ」

************

 ロゼは、アリスと同じくらい市の初心者らしかった。交換するための物をまず持っていないため、「こんなの売り物の価値ないわ。貰ってあげるから寄越しなさい!」と叫んでは、アリスがなだめる。終いには、店主が根負けしてタダで受け取った皿を、巡り巡って銅製の懐中時計に交換するに至った。すべてロゼの力技である。

「あなた、意外と大胆ね」

 休憩がてら石の花壇に並んで腰掛けて、アリスは言った。

「欲しいと思ったら、奪ってでも手に入れる主義なの」

 ふふんと笑い、ロゼは銅色に光る懐中時計をなぞる。

「時計、好きなの?」
「ええ。やっぱりヒトに貰うよりも、自分で手に入れる方が良いわね。価値が重く感じるわ」
「あたしもそういうタイプかも」

 二人はくすくすと笑い合った。

「あたし、もう行かないと。さようなら、アリス。今度会ったときも元気でね」
「楽しいひと時をありがとう、ロゼ。また会える日を楽しみにしているわ」

 ロゼはすぐさまヒト混みに紛れた。白昼夢だったのではないかといえるくらいに、彼女のいた証拠は残らなかった。

「アリスっ! どこにいたんだよー、探したよ」

 溌剌とした声にハッとする。

「三月! 見つかって良かったわ」

 三月ウサギと眠りネズミは両手いっぱいに戦利品を抱えていた。

「いやー、帽子屋の帽子が売れたこと売れたこと!! おかげで食品やら布やら植木鉢やら洋服やら何から何まで揃っちゃった。満足満足!」
「ったく、無駄なもんばっか買いやがって! 自分が嫌いなニンジンまで買ってどうすんだよ!!」
「そこは、眠りネズミサマのキャロットケーキに期待してます」
「他人任せも大概にしろっ!」

 言い合う三月ウサギと眠りネズミを見て、アリスに自然と笑みがこぼれた。

「あと、コレ」

 三月ウサギが、アリスに物を放ってよこす。

「?」

「赤い薔薇の髪飾り。すぐに枯れちゃうかもだけど、アリスに似合うかなってさ」

 アリスは、手の平にある生花でできた髪飾りを見て、鏡のない中髪につけてみた。似合う似合う、と笑う三月ウサギに、アリスは笑い返す。

「初めての贈り物だわ」

ありったけの心を込めて「ありがとう」とアリス言った。その赤い顔は、夕焼けのせいだと思いたい。

***********

「あ、お帰りっす」
「お、お帰りなさいませ。フードをお預かりします」
「市場ってヒト混みがすごいだけで大した収穫が無いものなのね。埃まみれで汚らしいだけじゃないの」
「お嬢が始めたことですし、お嬢が決めたら良いんじゃないっすか?」
「ま、『此れ』もそろそろ市場から消えてきてる頃でしょうし、本気で止めさせようかしら」
「また手に入れられたんですね、今度は銅製ですか?」
「ええ。『彼』の遺した子供たち。あたくしが世界中から集めないで誰が集めるというの」
「おっしゃる通りで」
「それと・・・・・・逢ったわよ」
「は?」
「『異世界の少女』。何の取り柄も無さそうな、普通の少女だったわ。名はアリスだったかしら。彼女、あたくしに逢っていきなり自己紹介を始めたのよ? 有り得無いでしょ? 笑いを堪えるの大変だったわ」
「へぇ、素直そうな子ですね」
「しかも、あたくしの交渉を邪魔するし、それを楽しかったと笑うのよ?」
「良いともだちになれそうじゃないっすか」
「・・・・・・。一度首を刈らないとその口は閉じないのかしら?」
『黙ります黙ります』
「何が『異世界の少女』よ。森で楽しく暮らしてますぅ? 何も知らないでよく言えるわ」
「さようでございますね、我が世界の主、ホワイト・ローズの女王様」
 ――精々森での生活を楽しみなさい? 貴女に絶望を与える事は、あたくしにとって造作もないのだから。貴女はあたくしの世界から決して逃れる事は出来ない。逃れる得ぬ迷宮、『白薔薇の迷宮』へようこそ。



End.

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