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いつも一緒に
ノブの場所


ライブハウスの中は満員で、そこは客の歓声と喝采でいっぱいだった。入口のボードにはインディーズバンドの名前が書いてある。それはノブがボーカルを務めるバンドグループの名前だった。

客の年代は様々で下は十代、上は三十代と広い。性別も男女半々で性別問わず人気があることが伺い知れた。

ステージの真ん中に立っているノブは沢山の客に手を振り感謝の言葉を口にしながら裏に降りた。

「ノブ、お疲れ様」

信人をそう労り彼の肩に腕を回したバンドのリーダーである久賀慎二は、ギリギリと力を込め信人を抱き絞めた。それは慎二ならではの愛情表現で、それを知っている信人は苦笑しながら慎二の腕を叩いた。すると後ろに人の気配がするのを二人は感じた。

「――――飲み行くぞー!」

叫び声と共に信人達に覆い被さってきたのは同じバンド仲間でカナダ人のアレックスだった。身長が非常に高いアレックスは信人と慎二を軽々と抱き絞めた。

ライブ終わりのアレックスはいつもテンションが最高潮になる。そんな彼と腐れ縁の慎二はアレックスの長髪を引っ張って諌めた。

「てめぇはいっつもいっつも、少しテンション落とせっつーの。うるせーんだよ耳が痛くなる」

「痛い痛い。慎ちゃん、髪の毛引っ張らないでってば。禿げるよ」

「お、いいな、それ。禿げろ、禿げろ。美形なのに禿げってウケるからな。ついでにお前のファンの悲鳴聞きてーし」

慎二の企み顔にアレックスの顔が青ざめた。

「いや!やめろ!禿げだけは嫌だ!」

言い合う二人は端から見るとじゃれ合ってるように見える。その様子を信人は、いい大人が、と笑いながら見ていると後ろから声をかけられた。振り返るとそこには長身の美しい女性、三笠蓮華が立っていた。蓮華は信人に微笑んだ。

「お疲れ、ノブ」

「ライブ、どうだった?」

先程の自分達のライブの感想を聞く信人の目は輝き、まるで褒めてくれるのを待つ子供のようだ。蓮華は信人の問いに満面の笑みを浮かべ答える。

「今日も最高だった。お客さんもみんな満足してたし」

「マジで?よかった」

蓮華の言葉に信人は満面の笑みを浮かべた。

元の顔立ちが甘い造りの信人が満面の笑みを浮かべると、笑顔を向けられた相手は堪らない気持ちになってしまう。このような笑みをいつも向けられていたい。笑ってくれるならなんでもしてあげたい。そんな気持ちになってしまう。

現に、二人の横を通った若い女性組二人は頬を桜色に染め信人を見ていた。そんな彼女達の様子に、蓮華は心の中でついため息をこぼした。

彼女達は知らない。恐らくファンも知らないだろう。信人がこのように満面の笑みを浮かべるのは、ライブが成功した時と、メンバーといる時、そして――――二人の幼なじみの、特に晴に関する時だけだということを。

(ノブにとってあの二人は心の寄り所なのね)

「ノブの笑顔はとってもキュートだね!よし!お兄さんチューしちゃおう!」

テンションが最高潮のアレックスは甘い笑顔を浮かべる信人の頬に音がするほど吸い付いた。むさ苦しい男、しかも筋肉むきむきの上長身のゴツい男のキスに信人は悲鳴をあげる。そんな信人を慎二は、慌ててアレックスを引きはがそうと彼を諌めた。

ほんとにいつも騒がしい、とため息をつきながら蓮華は世話のかかる息子達を持った母親のような眼差しで見つめる。

見つめながら、そういえば、と蓮華はつい最近の出来事を思い出した。

バンドのファンというよりは、信人に惚れたにわかファンの女子高生達が、嫉妬から幼なじみの晴を待ち伏せして彼女を張り倒した事があった。

その日、晴は信人のバンドのライブを見に行く予定だった。蓮華は晴を迎えに学校の前で待っていた。車の中で晴を待っていると、三人の他校の制服を着た女子高生が校門前で立ち止まった。

『…あの子達』

蓮華は眉を潜めた。彼女達には見覚えがあった。信人達のバンドが有名になってからちょくちょくライブハウスに来る子達だった。いかにも現代の派手なギャルを体言するような子達だった。

結成当初からの常連のファンからの彼女に対する評価は良くない。歌にというよりもメンバーの容姿を見に来ているようだった。その上、マナーも悪かった。

(なんでハルちゃんの学校に…)

不安が蓮華の心をよぎった。その時、蓮華の携帯が鳴った。蓮華が経営するバーの店員からの連絡の電話だった。蓮華は電話に出てそのまま仕事の話をした。

蓮華は、その時彼女達から目を離したことを後悔した。

仕事の話しをしながら数分経った時に蓮華はふと目を離していた彼女達へ視線を向けた。と同時に三人のうちの一人が晴の頬を張った。

『、ごめん。後でかけなおすわ』

店員の慌てた声が聞こえたがそれを無理矢理切って、蓮華は車から急いで出た。

駆け寄りながら三人が晴に何か言っているのが聞こえてくる。

『だから言ってんじゃん!ノブから離れろっつーの!』

『なんでこんな地味女がそばにいれんの?マジでむかつく』

どれも若者特有の馬鹿で理不尽な自己主張ばかりだった。救われたのは、頬を張られた晴が冷静に三人をあしらっていたことだけだった。

蓮華は三人の一人の肩を掴んだ。

『あなた達、何をやってるのかしら?』

蓮華の冷めた声に三人は体を強張らせた。彼女達には前に別件でお灸を据えたことがあった。それに対しての無意識の反応だろう。

蓮華の問いに三人は答えない。顔にはありありと罰の悪そうな表情が浮かんでいる。

馬鹿な小娘だと蓮華は思った。そんな顔をするなら最初かなしなければいいのに。

『もう一度聞くけど、あなた達この子に何をしたの』

今度は容赦がなかった。長い綺麗に手入れされた爪を女子高生の肩に食い込ませながら言った顔は無表情だった。その顔をする時の蓮華は本気で怒っている証拠だと、三人はお灸を据えられた時に経験済みだった。

三人は蓮華の登場に恐れて荷物をまとめて帰っていった。

『蓮華さん。すみません。助かりました』

力なく笑う晴に蓮華は慌てて彼女の左頬を見た。思いっきり張ったのだろう。赤くなっていた上爪の跡まであった。赤く浮かんだ血に蓮華は秀麗な顔を曇らせた。

『ハルちゃん。あの子達』

『あー、なんかあたしのことをノブの彼女だって勘違いしてるみたいっすね』

『あの馬鹿共は…。ハルちゃん、ごめんなさい』

『なんで蓮華さんが謝るんですか。大丈夫です』

こんなのいつものことなんで気にしてないです、と言う晴だが顔には疲れが見えていた。蓮華は場所を変えようと晴の手を引いて車に乗せ発進させた。運転しながら蓮華は自宅に向かおうとしていた。その時、晴は申し訳なさそうに蓮華に言った。

『…蓮華さん、あたしライブ行くのやめます』

『ハルちゃん…』

『この腫れ引かなさそうだし、絆創膏貼って行っても、絶対ノブうるさいと思うんですよね』

晴の言葉は確かだった。手当てをしたところで絆創膏や湿布で信人にばれるのは確かだ。

『あいつ、今日のライブ楽しみにしてたんで、テンション下げさせたくないんです』

それは違う、と蓮華は言いたかった。信人がライブを楽しみにしていたのは晴が見に来るからだ。

『わかった。信人には上手く言っておくわ。でもその前に、怪我の手当てだけさせてね』

『蓮華さん』

蓮華は視線だけ晴に向けた。晴は申し訳なさそうに笑った。

『ノブのことよろしくお願いします』

蓮華の胸がキュッと締め付けられた。晴の言葉に、蓮華は無性に、先程の女子高生三人の頬を思いっきり張ってやりたくなった。




――――………




蓮華がライブハウスに行くとそこはたくさんの人でいっぱいだった。みな、信人達のバンドのファンだった。

ファンの中には蓮華の知り合いもいた。彼らからの挨拶に笑顔で答えながら裏のほうへ足を向けた。

楽屋へ向かうと慎二とアレックスがいた。慎二が蓮華に気づいた。

『よぉ。遅かったな。あれ、ハルは?』

慎二は蓮華と共に来る予定だった晴がいないことにすぐさま気がついた。蓮華は顔を曇らせた。慎二はすぐに晴に何かあったのだと理解した。蓮華は今日の出来事を話をした。

『それはハルが正しいな。ぶたれたなんてノブに言ったら、そいつらのこと殴り殺しかねないわ』

慎二と蓮華は信人に黙っておこうと決めた。その時まタイミング悪く後ろから慎二の名を呼びながらこちらへ向かってくる信人が見えた。

『スタンバイしろってさ』

『あぁ、もうそんな時間か』

信人の言葉に慎二はステージに向かった。信人はそばにいた蓮華に話しかけた。

『蓮華さん、ハルは?連れて来た?』

いきなりの核心に蓮華は一瞬身を固まらせたが、すぐに立て直した。

『えぇ、一緒に来たわよ。けど今トイレに行ってる。ほら、ノブ。ライブの時間よ。ハルちゃん連れてすぐに行くから、あなたも早く行きなさい』

『あーい。あ、ハルに先帰んないでって言っといて。一緒に帰るから』

『わかった。伝えとくわ』

信人は蓮華に手を振って、ステージに続く通路を走っていった。満面の笑顔を浮かべる信人に、蓮華は罪悪感から内心ため息だらけだった。

客の歓声と音楽が交わる室内で、蓮華は一番後ろで壁に寄りかかりながら静かに、歌う信人を見つめていた。ステージにいる信人から視線を感じた。ここにはいない晴を探したに違いない。蓮華は信人から視線を送られる度に胸が痛んだ。

『ごめんね、ノブ…』

蓮華の言葉は客の歓声に消された。

ライブはあっという間に終わった。

信人達は観客に手を振りながらステージを降りていった。蓮華はすぐさまその場を離れ信人を追った。

早足で控え室へ向かいながら曲がり角を曲がった。その時、向こう側から来た信人とかち会った。信人は直ぐさま蓮華の手首を掴んだ。ギリッと掴む強い力に蓮華は声を漏らした。

『蓮華さん。正直に言って。ハルになんかあったの』

核心の中の核心をつかれた。蓮華は信人を見上げた。あの誰をも魅了する甘い笑顔はどこにいったのだろうか。信人の顔には表情がなかった。

蓮華はどうにか取り繕うと口を開いた。

『あのね、信人。ハルちゃん急用ができて帰らなきゃいけなくなったの』

『――――もっとマシな嘘つけし』

信人の低い声に、蓮華は言葉を詰まらせた。信人は蓮華の手を離した。信人は目を細めながら口を開いた。

『たとえ急用ができたとしても、ハルは何がなんでも俺を優先する奴だよ』

蓮華は何も言えなかった。そして、ため息を吐いた。信人には嘘をついても無駄なのだ。

蓮華は晴にあったことを包み隠さず話した。信人は終始無表情だった。蓮華は知っている。信人が無表情の時は、それは本気で怒っている証だということを。

全てを話した後、信人は直ぐさま帰って行った。帰り際、信人は蓮華に言った。

『蓮華さん。そいつら、潰しといて』

蓮華は頷いた。言われなくとも、そのつもりだった。きついお灸を据えてああなのだから、もう容赦はしない。

それから信人は晴に何を言ったのか、蓮華は知らない。だがその後、晴と会った際、晴は疲れた顔で蓮華に言った。

『もー、とにかく面倒くさいですよ、あいつ!わめくわ、拗ねるわ、離れないわ!』

蓮華は内心安心した。なんだかんだで落ち着いたのだろう。

信人は蓮華や慎二、アレックスの前でそんなことはしない。信用されてはいるが、どうしても素の自分は見せない。

信人にとって晴は唯一安心できる場所なのだろう。蓮華はそれを再確認した。

「――――あ、ハル」

信人の言葉に蓮華は顔を上げた。通路の向こうからこちらに向かう晴が見えた。

信人は直ぐさま晴へと近寄った。

「ハル、ライブどうだった!」

「すっごい、よかったよ。なんかいつものノブじゃない感じだった」

晴の言葉に信人は目を輝かせ、晴に抱き着いた。
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「かっこよかったっしょ。惚れちゃったっしょ」

きつく抱きしめてくる信人を晴は慣れたようにかわした。

「はい、うぜー」

そう言って信人と晴はじゃれ合う。端から見れば仲の良い恋人か姉弟に見える二人を、蓮華は優しく見つめた。

(もう少しお母さんでいますか)

まんざらでもない表情を浮かべる蓮華はまるで本当の母のようだった。




ノブの場所

(息子を守るのが母親だものね)



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