白くまマン
ハッピーバレンタイン
「できたっ!」
顔にチョコとクリームを付けながら夜のキッチンで彼女は一人歓喜の声を上げた。
キッチンの上には綺麗なリボンなどでラッピングされた箱が一つあった。
壁に掛けてある時計を見ると既に十二時を回っていた。
「うそ! もうこんな時間。早く寝ないと」
そう彼女は一人言うといそいそとキッチンを片付けベットへ潜り込んだ。
今日は二月十三日。明日はそうバレンタイン! ドキドキと明日の事を考えながら彼女、萌は眠りにつく。
次の日――
萌は何時も通り学校へ行き何時も通り帰宅、そして何時も通り塾へ向かう。けれど一つだけ違う事があった。それは鞄の中にひっそりと忍び込ませた箱。それは萌の思いが詰まった箱。何時もとは違う昂揚感に少し頬を緩ませながら萌は塾に向かう。
チクチクチクチクッ
時計の針が刻む音を聞きながら何時もより長く感じる時間を過ごす。
この後の事を考えるだけで心臓がドキドキしてうまく授業の内容が頭に入らない。 手元のノートは真っ白だ。
漸く長い長い塾の時間が終り萌は肩の力を抜くようにふぅ、と息を吐いた。
「もえもえ、どーしたのよ? なーんか上の空じゃない?」
萌は鞄に教科書を入れる手を休め隣に座っている塾友達、藍にぎこちなく顔を向ける。
「ふぇ! え? 何が?」
「ふ〜ん。なるほどね……」
藍は一人心得たとばかりに頷く。その目は萌の鞄の中にひっそりとある箱をロックオン。
「一人で何納得した顔してるのよー!」
「もえもえにもついに春が来たのねぇ〜ってさぁ〜」
「そっ、そんなんじゃないよっ!」
顔が火照るのを感じながら萌は訳のわからない言い訳をはじめる。
「こ、これは、そのお礼と言うか、助けてもらったお返しと言うか、兎に角そんなんじゃないんだってばっ!」
「もえもえったら隅に置けないなぁ〜」
口をぱくぱくさせて何とか言葉を紡ごうとする萌だが金魚が餌を求めている様にしか見えない。うぅ、と涙を浮かべながら萌は藍を睨み付ける事で精一杯対抗する。
「はいはい、藍っちやめなさいって。萌っちが可哀相よ、ねぇ?」
そんな萌に助け船を出したのは同じ塾友達の絵美だった。
「絵美ちゃ〜ん!」
萌はここぞとばかりに絵美の後ろに隠れる。その腕の中にはしっかり鞄を抱き抱えていた。
「何よーえみえみったらもえもえ贔屓だよ〜」
藍は口を膨らませながら絵美に抗議する。
「当たり前でしょー? 萌っちのが可愛いもの」
「それって何! えみえみレズ発言っ!」
「え、絵美ちゃん?」
絵美の発言に藍は瞳を煌めかせ萌は体を少し引き、引っ繰り返った声を上げる。
「いたっ!」
「ふぇっ!」
瞬間、絵美は藍と萌の頭を叩く。鮮やかな弧を描き遅い来る腕に打たれた二人はそれぞれ悲鳴を上げる。
「なわけないでしょーが! 全く萌っちまで信じないのー!」
「ちぇっ、つまんないのー」
「つまんなくて結構でーす」
藍と絵美の言い合いを聞きながら萌はこっそりと教室を後にした。
「すっかり遅くなっちゃったな」
腕時計を見ながら萌はそう一人愚痴って夜道を走る。もうすぐであのトンネルに辿り着く。初めて会ったのは随分前の事だけど、どうしてもその時のお礼がしたかったのだ。
その時、萌はトンネルを抜けきる所だった。今日のように塾の帰り道。その日トンネルで萌は変な男に襲われた。足をもつれさせ転びそうになりながら萌は叫んだ。
「助けて! 白くまマン!」と。するとどこからともなく白い煙りが出てくると萌の目の前に白くまがいた。そして白くまは男にタックルをかけ蹴り飛ばし萌を救ってくれたのだ。白くまは静かにしかし颯爽と去っていった。
その時のお礼がしたくて萌は同じ時刻、同じ場所で叫んだ。
「白くまマン!」
するとあの時と同じようにどこからともなく煙りが出てくると萌の目の前に白くまがいた。唐突な出現に驚きながら萌は意を決して言った。
「先日は助けて頂き有難うございます! これは、そのお礼です!」
萌は両手でラッピングされた箱を白くまマンに差し出した。
白くまマンは箱を驚いた様に眺めていたが暫くして萌の手から丁寧に受け取った。それから白くまマンは紙を取り出し何か書いて萌に差し出す。
萌は怖ず怖ずとその紙を受け取り目を通す。少し頬が緩んでしまったのを隠すために萌は俯いた。紙にはこう書いてあった。
――どういたしまして。ありがとう――
それから……。
――この通りは危険だから家まで送るよ――
短い文章だけれどその中の優しさに萌は小さく頷いた。
白くまマンと二人で歩いた帰り道はとても幸せで家の明かりが憎らしくさえ見えた。
「今日は送ってくれてありがとう」
白くまマンは静かに頷いた。
「あのね、そのチョコ――本命、だからね……」
萌は最後の勇気を振り絞り去ろうとする白くまマンの腕を掴み言った。
「だからその……ハッピーバレンタイン!」
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