白くまマン
野良犬の飼い主は?
「ワンッ! ヴ〜〜ワンッ! ワンッ!」
今あたしは逃げている。何から?と言われればもちろん野良犬から……。
奴はこの辺りの縄張りの主……らしい。保健所も手を焼いていると言う筋金入りの野良犬……否、狂犬だ。
「保健所は何やってんだー!」
あたしは思わず叫びをあげた。何せあの野良犬、いや、馬鹿犬。何故かあたしばかり追い掛けて来やがんだ。あたしが何したって言うんだよ〜〜〜!
「キャンッ! ワンッ! ヴ〜〜〜〜ワンッ! ワンッ!」
「しつこ〜〜い! 何であたしなんだよ!」
「ワンッ! ワンッ! ワンッ!」
あたしの問いにもちろん犬が喋れるわけもなく吠えただけだ。意味さえわかっているかどうか……。
「――はぁ、はぁ……、はぁ――んっ、はぁ」
ヤバい……、そろそろ限界が近いな……。全くこの馬鹿犬のお陰で持久走が得意になっちまったよ! 毎度毎度追われるんだからなぁ〜。
ん? 見えてきたぞ! 縄張りの境界線! いつもあそこを越えると追い掛けるの止めるんだよな。――よし後少しだ!
「――はぁぁ、やったぁ〜着いたぁ〜〜。……うぇ〜〜〜、気持ちわりぃ〜」
あたしは境界線を少し越えた所で速度を落とし念のため100メートル程先まで歩き止まった。
結構な距離を全力疾走したためにあたしは、フラフラだ。でもまぁ、最初の時に比べればマシな方だけど。
ヒタ、ペタ。
バクバクとなる心臓音の他にあんまし想像したくない音が聞こえた。あたしは何故かその音を瞬時に肉球が道路の上を歩いている時になる音を想像した。
その音は遠ざかるのではなくどんどんあたしの方へ近付いてきた。ペタペタと音の間隔もどんどん詰まってきている。
恐る恐る振り向いたあたしの目は見てしまった。舌をダラリと垂らしその舌を伝うように涎をボトリと道路に撒き散らしながら歩くあの馬鹿犬、……いや、もうこの姿は狂犬としか言い様がない野良犬を……。
「嘘だろーー! マジで! 何で! ありえねぇ!」
あたしは再び走りだした。何なんだよっ! 縄張りが変わったてのかよ?! やめてよそんなの!
どんどんあたしの身体に疲労が蓄まっていく。足はもつれはじめ全力疾走とは程遠いヨロヨロ走り。
野良犬との距離がどんどん詰まってきた。
「もう、だめだ……」
あたしはとうとう力尽き壁に寄り掛かりズズッとそのまましゃがみこんだ。
ペタッと野良犬の足音が止まった。目を向けると足を縮ませ躍動の準備をしていた。
「女子高生、無残にも野良犬に食い殺される! なーんて記事が号外になったりして……」
自分の言った事が笑えない程現実じみていて泣けてきた。
「美人薄命ってあたしの事なのかも〜〜」
なんとか立とうとするが一度座り込んだ身体はなかなか言うことをきかない。
野良犬は四肢をバネにするかのように深く沈めると唸りながら一気に跳躍した。刹那あたしは目を瞑り叫ぶ。
「まだやりたい事が沢山あるのに! こんな事になるならあの時ケーキ食べておけばよかった〜〜」
しかし一向に衝撃はおろか痛みもない。
「――?」
あたしは恐る恐る目を開くとそこには白くまがいた。
「――っ!」
あたしは声無き悲鳴を上げた。そんなあたしの耳はどこからか不思議な音を捕らえた。この場に相応しくないそんな音。
「くぅぅ〜〜ん、くぅぅ〜〜〜ん」
と甘えるような犬の鳴き声を。その鳴き声の主は白くまの腕の中にいた。そう、今さっきまであたしを襲おうとしたあの馬鹿犬が尻尾を振りまくって愛嬌振りまくって鳴いていた。
白くまは呆然としているあたしにお辞儀を一度深くすると颯爽と消えた。去ったのではなく唐突に消えたのだ……。
あたしは『世の中には理解できない事がある』そう割り切ることにした。
―後日―
あたしのもとに差出人不明の一通の手紙が届いた。
拝啓
寒さも一層増す季節になりました。
から始まり、挨拶文が長々とありやっと本文に辿り着くとそこには
先日、ジョンが大変ご迷惑をおかけ致しました。
ジョン?何だそれは?あたしは疑問符を頭にくっつけたまま続きを読んでいった。
――ジョンは私達家族の大切な愛犬で半年ほど前から行方不明に――
愛犬……、半年前……あたしの中で何かが結び付いた。そうあたしは半年ぐらい前からなのだ。あの思い出すだけで忌まわしい野良犬に追い掛けられ始めたのは!
あたしは思わずその手紙を最後まで読まずに破いてしまった。
「あっ!」
叫んだ所で後の祭り仕方なくセロハンテープで貼り直し続きを読んだ。
――ご迷惑をおかけしたお詫びでもないのですがもしも貴女が困られた時下に書いてある名前を呼んで下さい。きっと助けになるはずです。――
書いてあった名前は『白くまマン』あたしはチンプンカンプンだったが取り敢えず手紙を封筒に戻し引き出しにしまった。
後で聞いた話なんだが『白くまマン』と言うのは困った時とかに『白くまマン』と言うと白い煙と一緒に顕れて助けてくれるらしい。
それがホントならもっと早くに知りたかった。そしたら半年も野良犬に追い掛けられずにすんだかもしれないのに! ……あれ? って事はもしかして野良犬を抱えていた白くまって……。
「つーかあの犬ジョンとか言うのかよ、似合わねぇ〜」
あたしは一人呟きをもらした。
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