白くまマン
白くまマンは正義の味方?

『そこまでだ! 悪の怪人トヒイルワレオ!』

『ふっ、遂に此処まで来たか…仮装ライダーめ!』

 此処はあるデパートの屋上。その一角で最近流行りの仮装ライダーショーが行われていた。

「仮装ライダーがんばれぇー!」

「きゃ! 菱形豪志よ! 格好良いわね〜」

「トヒイルワレオ何かやっつけちゃえ!」

「ホント、ホント。子供の面倒に託けて来たかいがあったわ」

 その一角では純真に仮装ライダーを応援する子供達と、その横で熱狂的な奥様達で賑わっていた。

『覚悟しろ!』

『甘いな。仮装ライダー、こんな事もあろうかと秘密兵器を用意しておいたのだ! 食らえ!』

『うぉっ! かっ体が! 何をした!』

『くっくくく』

 賑やかな観客やショーに反して一人の少年、麻生渉(10)は思った。

(早く終わんねぇかなぁ……)

 そんな渉の洋服の袖を引っ張りながら悲痛な顔で弟の麻生和哉(6)は訴える。

「兄ちゃん! 仮装ライダーが!」

 うんざりしながらも渉は和哉に答える。渉は何だかんだいいお兄ちゃんなのだ。

「大丈夫だよ。和哉がちゃんと応援してやれば」

「ホント?」

「兄ちゃんが嘘付いた事あるか?」

「ううん! 無いっ!」

「ほら和哉、ちゃんと応援してやんないと」

「うん! 仮装ライダーがんばれー!」

 和哉が一生懸命、エールを送っているのを横目に渉は思った。

(悪の怪人トヒイルワレオ……。逆さから読むとオレワルイヒト……。ネーミングセンス、ゼロだな)

 渉は欠伸を噛み殺しながら涙のたまった瞳でネーミングセンスゼロの悪の怪人トヒイルワレオを見ると丁度こちらを向いた悪の怪人トヒイルワレオと目が合った。

(な〜んかやな予感……)

 渉と和哉は観客席の最前列、ショーが観客を巻き込むならこの席が一番やりやすい、そんな場所に座っていた。

「がんばれぇー!」

 そんな渉の心配を余所に和哉はエールを送り続けていた。

『うおぉぉ! こんなもの! 応援してくれる皆なの力があれば! 何でもない!』

『っ! さすがは仮装ライダーだな』

『観念するんだ!』

 仮装ライダーが悪の怪人トヒイルワレオに、にじり寄る。観客の子供達が息を呑む。

『甘いな……』

 悪の怪人トヒイルワレオはそう言うと最前列で座っている渉と和哉に手を伸ばした。

「うわぁ! 何すんだ!」

「兄ちゃん!」

 そして悪の怪人トヒイルワレオは渉を抱き抱えた。

『動くな! 仮装ライダー! 動けばこの子供の命が無いぞ!』

『卑怯な!』

「兄ちゃんを返せぇぇ!」

「待て! 和哉! 危ないっ! 動くな、兄ちゃんは仮装ライダーが助けてくれるから、大丈夫」

 危なっかしく悪の怪人トヒイルワレオに近寄ろうとする和哉を見て慌てて渉は制止声をあげた。

「ホントに? 兄ちゃん平気?」

「和哉、兄ちゃんが嘘付いた事あるか?」

 焦りながら渉は和哉に言い聞かせるように言う。

「ううん! 無いっ!」

「だろ? だからちゃんと席に座ってな」

「うん……」

 おとなしく座った和哉を見て渉は悪の怪人トヒイルワレオの腕の中でとりあえず息を吐いた。

(あ〜。七面倒くせぇ事になったなぁ〜)

 渉は悪の怪人トヒイルワレオを見上げながら年に見合わぬ溜め息を吐いた。

『(いやぁ〜少年、おとなしくしてくれていて助かるよ)』

 そんな渉に怪人トヒイルワレオが疲れた声で話し掛けた。

「(おじさんも苦労してるんだね)」

『(そうなんだよ……。最近の子供は暴れる暴れる迂闊に捕まえるとこっちが怪我しかねない)』

「(なるほど、それでおれを)」

『(すまないね。君が年の割にはつまらなそうに見ていたから)』

 実は悪役も悪役なりに苦労しているらしい。
 そんな話を悪の怪人トヒイルワレオと渉が小声で話している間にも観客の子供達がヒートアップして「早く助けてあげて!」とか「トヒイルワレオなんか死んじゃえ!」とか次々に叫び始めた。

「兄ちゃん!」

 そんな中、和哉は兄、渉が心配で泣き出しそうになりながら仮装ライダーにエールを送る。
 しかし中々、進展しない戦いに和哉の心にある疑問が芽生えた。それは「仮装ライダーは役立たず」である。芽生え始めた芽は和哉に不安を栄養にどんどん成長し和哉の心を支配した。

(兄ちゃんはボクが助けるんだ!)

 いつしか和哉は仮装ライダーではなく自分が兄、渉を助けようと考え始めた。
 けれどやっぱり和哉では悪の怪人トヒイルワレオに太刀打ちできない、だから和哉は仮装ライダー以外のヒーローをと考えた。
 和哉は仮装ライダー以外のヒーローを知らない。だけど和哉は考えた。そして和哉は思い出した。保育園で今、噂になっているあの存在を。それは――。

「白くまマーン! 兄ちゃんを助けてぇぇぇ!」

 和哉は迷わず呼んだ。いや、叫んだ。白くまマンと。するとどこからともなく溢れ始めた白い煙りで一瞬視界が白く染まりその煙は直ぐにスッと消えた。そして驚いて固まっている和哉の目の前に白くまマンは顕れた。兄、渉を抱えて。

「兄ちゃん!」

 和哉が叫ぶと白くまマンは優しく渉を和哉の前に降ろすとどこかへ颯爽と去っていった。
 その時和哉の目に白くまマンが輝くヒーローに見えた。

 あの後、暫く茫然としていた観客と役者は何事もなかったようにショーを再開し見事に仮装ライダーは勝利をおさめた。
 けれど、一人の少年の目には仮装ライダーショーから白くまマンショーに変わっていた。

「兄ちゃん、白くまマンって凄いね」

 目を輝かせながら言う弟に兄は一言。

「そう、だな」

 二人は仲良く帰路に着いた。


「ただいまー! お母さんあのね、今日、白くまマンが凄かったんだよ〜!」

「へぇ〜。行ってよかったわね〜。……白くまマン? 和哉、今日は仮装ライダーショーじゃなかったの?」

「ううん。違うよ、白くまマンショーだよ!」

「そうなの、よかったわね〜」

「うん!」

「(渉、和哉どうかしたの? 頭でも打った?)」

「(頭は打ってない。ただ和哉の中のヒーローが変わったんだ)」

「(そう、なの?)」

「(うん)」

 渉と和哉の母、麻生佳和子は不思議そうに首を傾げた。

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