白くまマン
バイクと晴華と白くまマン
「あ〜。ここ何処だぁ? つーか俺のバイク何処だよ……」
俺は今、見知らぬ公園のベンチに座って空を眺めながら絶望に浸っていた。
「あのバイク高かったのによぅ……ちきしょ〜〜」
そもそも俺がこんな目にあわなきゃならないのは何もかもあの変な白くまの着ぐるみを着た野郎の所為だ。
あの着ぐるみ野郎が俺のバイクを盗んだお陰で俺は彼女にはふられ、周りからはおかしな目で見られ、挙げ句の果てにはこの年になって迷子だ。
「やってらんねぇよな〜」
どーして俺ばっかりこんな目にあうんだぁ?思わず叫びたくなるのをグッと堪える。この前は理不尽さにかまけ思わず……。お陰で俺は警察にお世話になると言う恥辱を味わったばかりなのである。
「はぁ〜〜〜」
なんでこんなに空は綺麗なのだろう……。そしてなんて理不尽なのだろうか。
「ふん、ふふぅ〜! ふ〜んっ」
鼻歌なんか歌ってスキップなんかしやがって嘸かし幸せな人生なんだろうなぁ〜。俺の人生はお先真っ暗だぜ……。
「はぁ〜〜〜」
俺ってばなんて心の狭い男なんだ……。高が鼻歌ぐらいで……。
「はぁ〜〜〜」
「ふん、ふふ〜……あれ? おじさん何してるですぅ?」
「おじっ! ってお嬢ちゃん! 俺まだ23なんだけど…」
「はるかは6歳ですよぅ」
「いや、お嬢ちゃんの歳は聞いてないんだけど……」
「おじさんは何してるですかぁ?」
「お嬢ちゃん。俺の話聞いてる?」
「おじさん迷子になっちゃったんですかぁ? いい歳して情けないですねぇ〜」
「……」
俺はその瞬間この小さな少女に殺意を覚えたのは言うまでもない。
「じゃあ白くまマンさんを呼べばいいんですぅ!」
「しろ、くままん、さん? なんだそりゃ?」
「おじさん、白くまマンさんも知らないですかぁ? 時代遅れですねぇ〜」
「……」
俺は辛うじて額に青筋2本浮き上がるのみに止まらせた。俺って意外にも心が広いのかもしれない。
「見て下さいですぅ!」
そんな俺の心理状況を知ってか知らずか、少女は無邪気に何かを引っ張り出した。
「これが、白くまマンさんですよぅ! はるかが撮ったんですぅ!」
上手でしょー! と言わんばかりの満面の笑みで少女は一枚の写真を俺の目の前に差し出す。
俺はまじまじとその写真を見た。
「こいつ!」
そして俺は思わず悲鳴のような裏返った声をあげた。
何故なら写真に写っていた『しろくままんさん』なる奴は俺からバイクを盗んだあの着ぐるみ野郎だったからだ。
しかもちゃっかり俺のバイクに乗ってポーズまできめていやがった。
「お嬢ちゃん! この写真に写ってる着ぐるっ、じゃなくて『しろくままんさん』と何処であったかお兄さんに教えてくれないかな?」
「お兄さん? 何処にいるですかぁ?」
少女は不思議そうにキョロキョロ辺りを見回した。
……俺の事だよ、俺の!
「……おっおじさんに教えてくれないかな〜?」
この際おじさん……で許そう。最優先事項は俺のバイクだ。
俺は苦虫を噛み潰したような顔でおじさんとバイクを天秤に掛けた。苦汁の選択とはまさにこの事か……。
「仕方ないですねぇ〜。おじさんの時代遅れに免じて特別に教えてあげますぅ」
このクソガキめ! 言わせておけば……。我ながら本当に心が広い。
「お嬢ちゃんはヤサシイね〜。おじさんカンゲキしちゃうよ……」
俺は心のこもらない棒読みと言うやつだ。で少女に礼を述べる。本当に俺は心が広い。
「んとですねぇ、白くまマンさんとは会ったんじゃなくてはるかが呼んだんですぅ!」
「呼ぶ?どう言うことだ?」
「それはですねぇ――」
「晴華? 何やってんだ?」
後少しそんな時に少女の知り合いのような少年が公園の入り口からこちらを見ていた。
「あっ! なっくん! 遅いですぅ! はるか待ちくたびれちゃったですよぅ!」
「ごめん晴華、寝坊しちゃってさ。で、晴華は何やってたんだ?」
少年は俺に疑念の目を向けている。この少女より、少年の方が警戒心が強いようだ。
「はぁ〜。俺はこのお嬢ちゃんが持ってた写真に写ってるこの人? を探してて、お嬢ちゃんにどうやったら会えるか聞いていたんだ」
大きな溜め息を吐いた後、俺は諦めモードで少年に説明した。
「本当にそれだけ?」
疑り深い少年に俺は両手を振って頷いた。
「そうですよ? なっくん、はるかはまだ何もしてないですぅ!」
……まだ?
これはどう言う意味だろうか?
「さっきの話の続き聞かせてもらっていいかな?」
そんな事よりもバイクだ。最優先事項は俺のバイクだ。
少年が青ざめ震えていたのは見なかったことにしよう。
「はいですぅ! 白くまマンさんを呼ぶには大きな声で、しーろーくーまーまーん! と呼べばいいですぅ」
少女が叫んだ瞬間どこからともなく白い煙りが周囲に溢れ俺の目の前にはあの着ぐるみ野郎がいた。
しっかりオレンジのヘルメットを被り黄色いマフラーを巻き俺のバイクにまたがったあの着ぐるみ野郎がっ!
「俺のバッ――っ!」
叫び近寄ろうとする俺の腕を誰かが思いっきり掴んだ。
「待つですぅ」
ゾクッ!
(――っっ!)
俺は心の中で絶叫した。俺の腕を掴んだのはさっきまでの無邪気な少女。だけど漂うオーラが違った。
「今の晴華に逆らわない方が身の為だよ、お兄さん」
「あ、あぁぁ」
少年の言葉に俺は素直にガクガクと首を縦に振った。
少年は俺を疑っていたわけではなく少女が何かをしでかしたのでは、と疑っていたのだ。
「素敵ですぅ! 白くまマンさん!」
カシャッ!
カシャカシャッ!
「最高ですぅ!」
俺と少年は茫然と少女と白くまマンの記念撮影を眺めていた。
「あのカメラあの子何処に隠し持ってたんだ?」
「さぁ、俺もわからないんだ……お兄さん腕、平気?」
「まぁ、とりあえずな」
気力の抜けた声で俺は自分の腕を眺めて答えた。
腕には少女の小さな手の跡が紫色になってクッキリと残っていた。その跡は俺にヒリヒリと痛みを訴える。
「ごめんね、お兄さん。晴華って動物に目が無くて、一度暴走すると手が付けられないんだ……」
痛そうに俺の腕を見ながら少女の行為を謝罪した。
「気にすんなって、おまえの所為じゃねぇよ」
そう言って俺は少年の頭をクシャッと撫でた。
――約30分後――
あれから少女は撮りに撮りに撮りまくった。何処からか新たなフィルムを取出し神業のような素早さで取り替え撮りに撮りに撮りまくった。
時には俺や少年にカメラを押しつけツーショットやスリーショットを撮る。まぁ、俺は一枚も写ってないが。
カシャッ!
「ふぅ〜、全部撮り終わりましたですぅ〜」
満足そうに少女は言い、さっきまで居た筈の白くまマンはいつの間にか消えていた。
「あっ、……俺のバイク……もう、いいや」
こんな目に会うのは二度と御免だ。二度と白くまマンなんかに関わるもんかぁ!
俺は胸中で強く誓った。
後日、俺があの見知らぬ公園からやっと家に帰り着くと何故か家の前にあった。
俺のバイクが――。
俺は迷わずそのバイクを売りに出した。そして遠い空を見上げ思う、
(――なつ、頑張れよ…)
なつ。……それはあの恐ろしい少女の幼なじみの少年の名前。
今もあの少女は何処かで暴走しているのだろうか……。
チクリッ。
治ったはずの腕が微かに疼いた。
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