譚海‐タンカイ‐
わたしは銃に恋をした
この世にこんな素敵な物があるなんて知らなかったよ。
「おじさんっ! わたしにその銃ちょうだい!」
そう言ってわたしは店のおじさんが座っている後ろにある棚を指して言った。
「ん? ああ、お嬢ちゃん、すまないがこれは売り物じゃないんだよ」
おじさんはわたしの指差す方を振り返って申し訳なさそうに言うのだが、そんな事はわかってる。だってわざわざ商品ケースじゃなくて棚に大事そうに飾ってあるんだから。
「そんな事わかってる〜! でも、どーしても、その銃が欲しいの!」
それでもわたしは欲しかったのだ。所謂一目惚れと言うやつで、わたしは今あの棚の銃に恋をしてしまったのだ。
「と、言われても。他の奴なら幾らでも売ってやれるんだが、あれだけは……」
「そこをなんとか!」
わたしは必死に店のおじさんに頼み込む。なんとしてでも欲しいのだ。
「嬢ちゃん無駄だぜ、俺も昔頼み込んでみたがな、それがこのおっさん思ってた以上に曲者で幾ら積んでも頷かなかったぜ」
何時の間にか店に入って来ていた黒ジャケットのおにいさんがわたしにそんな事を言ってきた。
……一言で言おう。
だからどーした。
それは貴方の話であってわたしの事とは何の関わりもない。そんな事思いつつも顔にも出さず口にも出さない。わたしは常識のわかるレディなのだから。
「おじさん……どーしても、ダメ?」
そこでわたしは方向変換。ちょっとウル目で上目遣い。甘い声で誘惑。大抵のおじさんはこれに引っ掛かってくれるんだけど……。
「すまないが、そう言う訳でこれは売れないんだ」
そうおじさんは黒ジャケットのおにいさんに視線を移しわたしに言った。
ちぇっ。
どうやら何をしてもあの銃は売ってくれないようだ。でもわたしは諦めない。だって諦めなければ必ず道は開けーるっ! のだから……。多分……。
「わかったわ。諦める、けどっ! 諦める代わりに毎日会いにくるから。それなら別にいいでしょ? おじさんの邪魔はしないから」
そうわたしはおじさんに頼み込みなんとか頷かせたのだ。
よっしゃぁっ! これで毎日会える。
そう思っていたのに――……。
「おじさんっ! ねぇ、おじさんったら!」
次の日、わたしはおじさんの死を見る事になった。
おじさんの最後の言葉は「すまないね、銃を取られてしまったよ」だった。
その言葉通りおじさんが大切にしていた銃は棚からその姿を忽然と消していた。
「ねぇ、おじさん。わたし何かしてあげられる? わたしは何をすればいい?」
わたしは震える声で話し掛けたけどおじさんは何も答えてくれない。もう……。わたしは静かにおじさん目を閉じさせる。大切な物を奪われてしまったのにおじさん顔は何故か安らかだった。
どうして――。
銃を奪うだけに何もここまでしなくても。そう憤るもわたしには何にも出来なくて、ひたすら無力感を味わうだけだった。
ここは不法地帯。人が一人死んだところで誰も何もしてくれない。だからわたしはおじさんを埋めた。
大きなシャベルを片手にわたしはおじさんの店の片隅に小さなお墓を作った。
「粗末なお墓でごめんね、おじさん。わたしに出来る事ってこれぐらいだから」
額から流れる汗を拭いながらわたしは小さく呟いた。
そんなわたしのところに複数の足音が聞こえた。反射的にわたしは身を隠そうとしたが足音の主の方が早かった。
「そこの娘、この店の亭主はどこだ?」
足音の主はこの不法地帯には珍しい身なりの整った三人の男達だった。
その内の一人がわたしに問う。
「おじさんならこの下」
そう言ってわたしは今し方作り上げた粗末なお墓を持っていたシャベルで指した。
「お前一人でか?」
「そうよ。朝から今までずっと」
そう言ってわたしは座り込んだ。朝からずっと穴掘りで足腰クタクタだったからだ。わたしの行動に男達は一瞬警戒した素振りを見せたがわたしに敵意が無いと知ると警戒を緩めた。
「ここの亭主が所持していた銃は知っているか?」
「知ってるも何もここ銃器店よ」
男達が知りたいのは多分おじさんが大切にしていたあの銃の事だろう。わたしは解っていながら敢えてそうは答えなかった。
だって、おじさんを殺したのはこの人達かもしれないから――。
「娘、名は?」
「……」
わたしは黙り込んだ。ここで言って良いものか……。この人達は白――? それとも黒?
「誤解があるようだが、ここの亭主を殺めたのは私達ではない。私達確かに亭主が所持していた銃を探してはいたが――どうやら先を越されたようだ」
黙ったわたしの心境を察してか男の一人がそう話し掛ける。言葉の隅には信じきれないものがあるが、取り敢えず今直ぐにどうこうしようとしている訳でもないらしい。
「名を聞いてどうするの?」
「君はどうやらここの亭主に思い入れがあるようだからね」
「わたしに何をさせる気?」
「私達では色々と警戒されやすい。見て解る通り余所者だからね」
「……」
“先を越された”と言う事は先を越さなかったらやはりこの人達もおじさんを殺すつもりだったのかもしれない。それでもおじさんの為に何かできるなら――。
「クリスティーナ」
それは男達への無言の承諾。
「これからよろしく。クリスティーナ」
わたしは男達一人ずつと握手をした。
男達はアルバート、ウィリアム、オルフェスと名乗った。本名かどうかは解らないけど。
「万が一の為にこれを渡しておく。使い方は――」
「わかるわ。でないとここじゃぁ生きていけないもの」
そう言ってわたしは男――アルバートから小型の拳銃を受け取り素早く安全装置を外しスライドさせ弾を装填し狙いを付けて見せた。
アルバートの額に。
「それは失礼しました」
アルバートのにこやかな笑顔を一瞥くれてやりながらわたしは銃を下ろし安全装置を掛けた。
考えてみればわたし一言もおじさんの持っていた特別な銃の事を知っているなんて言っていない。
……これは完全にはめられたっ!
迂闊な自分を苦々しく思いながらわたしはアルバートから受け取った銃を掌の中で弄んだ。
* * * * * * * * * *
わたしは今、大きな建物の前にいる。建物の入口付近にはゴツイ男が二人立っていた。
「こりゃ、あからさま過ぎない?」
小さく呟きながらわたしは装備を確認する。
アルバートから受け取った銃が一丁。愛用の銃が一丁。隠しナイフが五本。予備弾が少し。
悪くはないが劇的に良くもない。そんな微妙な装備でわたしはこれから建物に潜入する。
今思い返せば口車に巧く乗せられたものだ。
『銃を奪った者達の目星は幾つか付いている。これからその一つに潜入してもらう』
『潜入? 奪ったかどうかを探るんじゃなくて?』
『銃が見つかればよし、見つからなければ――別の場所に潜入してもらう』
『それってハイリスク、ロウリターンじゃない。わたしに何のメリットがあるわけ?』
『クリスティーナ。君は亭主の銃が欲しいと言っていたそうだね? それは何故だ?』
『それは――……一目惚れしたからよ』
『銃を見付けたら持って行くといい』
『え? あなた達も銃を狙っていたんじゃないの?』
『私達が狙っているのは銃に仕込まれた機密チップだ。奴らの狙いもそれだろう。ならば銃からは既にチップは取り外されているはずだ。それに先ず私達は仕込まれた銃を知らない』
『それじゃあ――もう銃自体はどこかに売り払われてるかもしれないじゃない』
『それはない。監視を置いているのでね。奴らも馬鹿ではない。組織内での売買譲渡があったとしても、組織外には出していないはずだ』
『……はぁ。やればいいのね』
と言うような感じでわたしはにこやかな笑顔を張り付けたアルバートに巧く丸められたのだ。
て言うより最早断れそうにない。アルバートと言うより後ろに黙って立たずんでいたウィリアムとオルフェスの目が怖かったし。
そりゃあ、わちしだって命は惜しいもんっ。
「さぁて、いっちょやりますか」
そう呟いてわたしは銃を抜き放つ。師匠から受け継いだ大切な愛銃だ。アルバートから受け取った銃と違い、吸い付くように手に馴染む。
できれば一件目で終わりにしたいなあ……。じゃないとまた潜入させられるし。
そんな事を考えながらわたしは建物前に立っている男達に近づいた。
そして怪訝そうに見下げる男達の高い首筋にわたしは思いっきりグリップを叩き込んだ。
ドスッと鈍い音と共に男達の身体が傾ぎ倒れた。
「無駄に撃つわけにはいかないからねー」
わたしは呟いて抜き放った銃を安全装置を掛けずにいつでも抜ける場所にしまった。
建物の中に入ると綺麗なロビーが広がり、そこに寛ぐ屈強な男達。
……ってまずくないっ! なーんて。一応作戦はあるんだよねぇー。
そんな事を思ってる傍からわたしは屈強な男達に囲まれた。やっぱり表の見張りより強そうだ。
「貴様、何者だ?」
屈強な男達の中の一人から誰何される。
「あ、あの。ここで人員を募集してるって聞いたんですけど……」
わたしは両手を上げ弱々しく答える。一応色々と調べてあるのだ。調べたのはアルバート一味だけど。
「ち、違うんですか? わたし、場所間違えたとか……」
真っ青な顔でわたしは蚊の鳴くような声で呟く。
て言うかぁ、言葉遣いが自分でやっててキモい……。
「集めているはいるが、お前、女だろう?」
「そ、そうですけど……。やっぱり女はダメなんですか……?」
「ダメって訳じゃないが……。そう言えばお前どうやって入ってきた?」
「玄関からですけど……」
「見張りがいただろう」
「それは――こう、……な感じで」
わたしは首筋に手を当て軽く叩く仕草をして見せた。
「――おい」
男は玄関の近くにいた男に目配せする。目配せされた男は直ぐに玄関を見に走った。
「完全にのびてやすよー」
そして玄関を見に走った男はロビーにいる者達全員に聞こえるように言った。
「合格だ。付いて来な。ボスにお目通りさせてやる」
男はクルリと背を向け歩き出す。わたしは言われた通りその男に付いて行く。
長い廊下右に行ったり左に行ったり。まるで迷路だ。アルバートから地図を貰ってなきゃ一人では抜け出せないだろう。
あぁ、おじさん。なんか厄介な感じだよ。て言うかおじさん、あなた何者?
今更ながらにわたしは思った。機密チップ入り銃で何をしてたんだろう……? 謎は深まるばかりだわ。
「嬢ちゃん、名前は?」
前を歩く男がわたしに問い掛ける。
「は、はい。クリスティーナと」
そう言えば貴様からお前、お前から嬢ちゃんに変わってる……。
もしかしてわたし、一目置かれちゃった?! 等と調子に乗りつつひ弱な女の子モードにチェンジして答える。
「オレはマクロス――マクロス=ガリバだ」
そう男は言った。
わたしの歩みは自然と止まった。
「どうした? 姓なんてそんなに珍しくもないだろう」
そう、そんなに珍しくもない。姓がある事自体は。
ここは不法地帯故に殆どの者は孤児である為、姓を持たない。だが、全くいないわけでもない。
姓は血筋を表す大事なものとして貴族達の間では考えられているが、そんなものここではないに等しい。だからこそ、殆どの者は姓を持っていないと言うのだ。姓はあるだけで恨み妬まれる存在だ。自分の身を守りたいなら言わないに越した事はない。それがここの暗黙のルール。
だけどわたしは別に姓がある事に驚いたわけじゃないし、恨み妬みを持ったわけじゃない。なぜなら各言うわたしも姓があるからだ。
つまり、わたしが足を止めた理由は別にあると言う事。
「ダリス=ガリバを知ってる?」
男が息を飲むのが伝わってくる。その反応でわたしは確信した。
姓と言うのは血筋を表す。それは同じ姓を持つ者は血の繋がりがある者だけに限られると言う事。血の繋がらない赤の他人と同姓になる事はありえないのだ。
血筋を重んじる貴族達が姓を大事にする理由はまさにこれなのだ。
「その名をどこで……」
わたしとマクロスの間に緊張が走る。まさに一触即発。
「銃器店ダリスの亭主の名がダリス=ガリバと聞いた事があるのよ。わたしあの店によく行くから」
「そうか」
わたしとマクロスの間に張り詰めていた空気が和らぎ、わたしとマクロスは再び歩き出す。
マクロスがおじさんの縁者なのはわかった。ならここは白……? だったらとっととおさらばしたいところだけど――まあ、ここのボスの顔を拝むのも悪くない。
「……って嬢ちゃん、喋り方変わってないか?」
「あ……っ」
しまった。だがもう遅い。
「はぁ、バレちゃったわ」
「そっちの話し方のがしっくりくるのは確かだな」
そう言ってマクロスは笑った。
「ダリスはオレの親父だよ。そう言えば今日親父の店の品物だとボスから貰ったもんがある」
わたしの目の前にマクロスは一つの銃を掲げた。
その銃を見て今度はわたしが息を飲んだ。
――見付けた。
その銃はわたしが棚を指して欲しいと言った物で。おじさんが『これは売り物じゃないんだよ』と申し訳なさそうに言ったその品だった。
あぁ……。この人は知らない。何も知らないんだわ。
わたしの視線があんまりにも銃に釘付けだったのでマクロスが「やんねぇぞ」と少し慌てたようにしまった。
「ごめんなさい。あんまり素敵な銃だったから」
そうわたしは誤魔化した。あなたの父は――ダリスは既に死んでるのよ、と言ってしまいそうになるのを堪えて。
「やっぱり嬢ちゃんにもわかるか? だけどよー、この銃に合う弾が見つかんねぇんだ」
「何か特別な銃なのかもね」
わたしにとってもあなたにとっても。
「違いねぇ。さて、着いたぜ。ここがボスの部屋だ」
わたしの前には茶色い両開きの扉が表れていた。
わたしのする事はただ一つ。
茶色の扉を潜りわたしは部屋の中にマクロスの後に付いて入る。
高価と一目でわかる絨毯が広がった部屋に立ち並ぶ黒服の男達とその奥に優雅に椅子に腰を置いている明らかに纏う雰囲気の違う男が一人。
「合格者を一人連れて来ました」
そうマクロスがよく通る声で告げる。
「その後ろにいる娘か?」
「はい。腕は確かです」
ボスと思わしき男の思っていたより年若い声に少しばかり驚きながらわたしは二人のやり取りを静観する。
「娘、名は?」
「クリスティーナ」
「ではクリスティーナ、君の実力を見せてもらう」
男の言葉が終わった途端黒服の男が一人動いた。
マクロスはわたしに「頑張れよ」と声を掛け後ろに下がる。
「何を使っても構わない。好きにやってくれ」
奥に座る男が足を組み直しながら告げる。
「好きに、ね」
小さく呟きながらわたしは袖に隠してあるナイフを手の内に滑らせる。
そうしている間にも黒服の男との間合いは詰まる。
先に動いたのは黒服の男だった。腰に重心を置いた重い蹴りがわたしの側頭部を狙い真直ぐに打ち出される。
わたしはギリギリのところまで引き付け直前で上体を後ろに僅かに反らす事で躱す。目の前をビュッと風を切る音と足が通り抜ける。その勢いに前髪が数本持っていかれた。
――速い。そう思いながらわたしは男の懐に飛び込む。両手に忍ばせたナイフを右に構えた。わたしの予測が正しければ男は回し蹴りを放つ態勢だった。あれだけの勢いの乗った蹴りだ。そうそう止めらるはずがない。
睨んだ通り男の第二撃の蹴りはわたしの構えたナイフに当たりキンッと金属の音を響かせながら受け流される。
やっぱり仕込んでたか。
わたしの使うナイフは特別製だ。普通の金属でも軽く断ち切る。なのに跳ね返された。
「特殊合金ね」
一度男から間合いをとりわたしは呟く。
さて、どうしたものか。男の急所という急所に仕込んであるのだろう。
「俺の回し蹴りを受け流した奴は初めてだ」
「それは誉めて頂いてるのかしら?」
「次は本気でいく」
「今まで小手調べだったわけ? 舐められたものね」
わたしの皮肉に取り合わずに男はハッと気合いの声と蹴りを放つ。
わたしは舌打ちしながら先程と同じように紙一重で躱す。今度はその勢いを利用して後ろに後退した。その直後わたしが今までいた場所には男の掌が打たれていた。
「逃げてばかりか?」
男の挑発に易く乗るわたしではない。
スピードと先読みならわたしの方が長けているが体技では体格からして適わない。――正直やりにくい相手だ。銃を使うにしてもこれからの事を考えるなら、まだその時ではない。
「はぁ」
溜息と一緒になんか色々吐き出したい気分に捕われながらわたしはナイフを逆手に持ちかえ構えた。
「そこまで言うのならこちらも本気でいくわ」
わたしは男に堂々と言い放つと開いた間合いを徐々に詰めた。間合いを図りつつ男が動くより先にわたしの方から仕掛けた。
放たれる蹴りを躱し男の懐に飛び込む。逆手に持ったナイフを振り上げ男の首筋を狙う。
首筋に吸い込まれるようにナイフは弧を描き途中男の上げた腕により阻まれる。
キンッと高くなりナイフを持つ手に振動が走る。わたしは構わず反対の手にあるナイフで男の上がった腕の間を縫い肩の関節を切り上げる。
独特の感触がナイフを通してわたしの腕に伝わる。わたしは更にナイフを持つ手に力を入れる。
横合いから男の反対の腕がわたしに迫っているのが見えた。わたしは弾かれた方のナイフで男の肘の関節を突き刺し牽制する。
そして、わたしがナイフを持つ手を離し下がるのと男の蹴りがわたしのいた場所を切り裂くのはほぼ同時だった。
男は肩と肘の関節から血を流し額には脂汗を浮かべている。わたしは下がる際に男の蹴りが僅かに擦ったのかツゥっと血が頬を伝った。
わたしは頬を伝うそれを舌先で舐め取る。口内に独特な味が広がった。
「さすがの特殊合金も関節には仕込めないものねぇ」
「っ、く、そぉっ!」
男は突き刺さったナイフを痛みに耐えながら抜き捨てているが待ってやる道理などない。
わたしはすかさず男に詰め寄り再び肩にナイフを食い込ませる。
絨毯におびただしい血液が零れ染みを作る。
男は必死でわたしを捕まえようと腕を寄越すが痛みに乱れ定まらない。
そんな男の腕や足を易々躱して後ろに回り込むとわたしはナイフの柄で男の後頭部を横に殴り飛ばした。
男の身体は傾ぎそれでも踏み止まろうとする足をわたしは蹴りで砕き更に後頭部に体重の乗った踵の一撃を与える。今度こそ男は絨毯に倒れ臥した。
「しつこい男は嫌われるわよ」
まあ、聞こえちゃいないだろうけど。わたしは心中で毒づいた。
「……嬢ちゃん」
「慣れない事はしない方がいいわね」
痺れちゃったわ。とわたしは両手を振りながらマクロスを振り返った。
「慣れないって?」
「ナイフは専門外ってこと」
言いながらわたしは落ちているナイフを拾う。
付いている血を丁寧に拭い懐にしまう。
「そーそー。早く医者に見せてあげないとその人の腕使い物にならなくなるわよ」
わたしの言葉にハッとしたのか黒服の男達が慌てて倒れた男を担ぎ部屋を退出した。
「で、わたしの実力はわかって頂けたのかしら?」
奥に座る男を見据えわたしは問い掛ける。
「素晴らしい。その一言に尽きるよ。あれもそれなりの実力者ではあったのだけどね。君には遠く及ばなかったようだ」
実に楽しそうに男は述べた。
こいつがおじさんを殺させた奴か。そう思いながらわたしはにこやかな笑みを絶やさずに対峙する。
しっかりと腕は愛銃の近くに置いて。
「私はこのシーザスカンパニーを束ねているデイト=シーザスだ」
そう言ってデイトは立ち上がりわたしに近づくと握手を求めた。
「改めて、クリスティーナよ」
握手に応じながらわたしは答える。やはりデイト=シーザスは思っていた以上に若かった。20代前半ぐらいだろうか。
「一つ、聞きたい事があるわ」
そんな事を考えながらわたしは問う。もちろんにこやかな笑みは絶やさず。
「聞きたい事?」
問い返してくるデイトにわたしは一度目を伏せ意味ありげな沈黙の後ゆっくりと区切りを付けて更に問い重ねる。
「……えぇ。……銃器店ダリスの亭主、ダリス=ガリバを殺したのは、誰?」
「――っ! ……面白い事を言う娘だな」
「答えてくれなくても別にいいの」
明らかに焦りを見せているデイトにわたしは笑いかけた。
「だって、誰がダリスを殺していようと、命じたのはあなたでしょう?」
一呼吸置いてわたしは続ける。
「なら、わたしのする事はただ一つ」
わたしは愛銃をデイトの額に突き付ける。
「――何をしているかわかっているのか?」
「わかってなきゃやんないわよ」
「たった一人の為に組織を敵に回すつもりか?」
「あら、認めたわね。ダリス殺したの」
「どういう事だ! これは親父の店から仕入れたんじゃないのか?!」
マクロスが声を荒らげて懐から一つの銃を取り出して言った。
「その銃には機密チップが入っていたの」
そうでしょう? とわたしはデイトに言う。
「なぜダリスがそんな物を持っていたかは知らないけれど」
言っている間も銃口をピタリと位置付け動かさない。
「もうそんな事、今のわたしには関係ないけどね」
「それで、どうするつもりだ?」
「そうね――でも、それはわたしの仕事じゃあないみたい」
わたしは銃口をデイトの額からおろす。
それにね、わたしは言葉を続ける。
「わたしの狙いはマクロスの持ってる銃だから」
マクロスの身体が強ばったのが見て取れた。わたしはその様子に苦笑しながらも続ける。
「でも、いいわ。だってそれ一応形見になるじゃない」
それを奪い取る程堕ちちゃいないわ。
そう告げてわたしは扉に向かう。
「さようなら。デイト=シーザス」
わたしが呟いたのとデイトが倒れたのは同時だった。
「お、おいっ!」
慌てた声を上げるマクロスを横目にわたしは硝煙を立ち上らせたそれを持つ男に視線を向ける。
「そろそろじゃないかと思ったわ」
そしてわたしは不敵に告げる。倒れたデイトの後ろに立つ男――アルバートに。
「おや? いつからお気付きで?」
おどけた調子でアルバートはわたしに問う。あの厭らしい笑みを張り付けたて。
「そうね、わたしがあなた達に連絡を入れたのはかなり前だからそろそろとは思ってたの」
わたしは扉に背を預けながら隙なくアルバートに目を走らす。
「それに、いくら何でもここのボスに銃口向けたのよ? なぜ護衛が動かない」
大方わたしがあの黒服の男を打ちのめした辺りから潜んでいたんだろう。
「まあ、ウィリアムとオルフェス辺りが掃討してたんでしょう?」
わたしの答えに満足したのかアルバートは笑みを更に深く刻み頷いた。
「それで、どうするの?」
わたしはアルバートに問いただす。
「わたし達をどうするの?」
わたしの問いの意味がわかったのかアルバートはあぁ、と頷いて答えた。
「どうもしませんよ。寧ろ協力に感謝しているぐらいですよ」
一旦言葉を区切りアルバートは窓際まで行くと外を眺めながら更に言葉を重ねる。
「しかし、惜しい人を失いました」
微かに臨む横顔に哀愁の色を湛えてアルバートは呟いた。
「あっそう。ならわたしは用なしね。だったら帰るわ」
わたしは寄り掛かっていた扉から身体を離すとアルバートに背を向けて扉を開けた。
「銃はいいのですか?」
足を踏みだそうとした瞬間にアルバートから声が掛かる。
「いいの。それと忘れてたわ」
わたしは状況に追い付けず混乱しているマクロスを一瞥した後アルバートへ振り向き大分前に受け取った銃を投げ返した。
「これは君に差し上げたつもりなのですがね」
難なく銃を受け取りながらアルバートは言う。
「要らないわよ。そんな発信機入りなんか」
「やはり気付かれましたか」
悪びれる事なく喋るアルバートにわたしは疲れを感じてきた。
「わたしを誰だと思っているの?」
それだけ残しわたしはシーザスカンパニーを後にした。
「でも、惜しい事をしたなぁー。せっかく見付けたのに……」
マクロスに見せられた銃は紛れもなく昔わたしが愛用していた物だった。
おじさんの店で一目惚れしたのもなくしてしまった愛銃に似ていたから。
「似てるわけよね。本物なんだもの」
あの銃は特別製で普通の弾丸は受け付けない。だからマクロスが銃に合う弾を見付ける事はないだろう。なにせわたしにしか作れない弾だから。
「新しいのを探さなきゃなね……」
元々わたしの専門は射撃だ。なのに昔の仕事途中に愛銃をなくしてしまったのだ。
その銃がどう巡り巡って銃器店ダリス――おじさんの下に辿り着いたかはわからないけど。
一人思案に暮れるわたしの耳に「待ってくれ」と声が掛かった。振り替えると息を切らしながら走ってくるマクロスが見えた。
「どうしたの?」
わたしは驚きつつもマクロスに問う。
「見かけに、よらず、足、速いんだな」
息を整えながらマクロスは言った。
「この銃、本来の持ち主は嬢ちゃんなんだって?」
「――それをなぜ?」
わたしは息を飲んだ。
「奴らが、アルバートとか言ったか。あいつらが全部教えてくれた」
「あなた、あの人達の話を信じたの?」
わたしはマクロスの人の良さに呆れた。
こんなんでこれからやってけるのかねぇ……。
わたしはふと不安になった。シーザスカンパニーの後ろ盾もなくなった今、マクロスは非常に危険な位置にいると言うのに。
「……あ」
固まるマクロスにわたしは思わず吹き出した。肩を震わせているわたしにマクロスは決まり悪そうに外方を向いた。
「あの人達が何をどうあなたに話したかは知らないけど、まあ、大方本当よ」
わたしは笑いをスッと収めて言った。マクロスがわたしに「本来の持ち主」と言った時点でアルバート達は話したのだろう。
「じゃっ、じゃあ、嬢ちゃんがあの噂のクリス=アゼルなのか……?」
「そうよ。本当はクリスティーナ=アゼルバインって言うのだけどね」
内緒よ? そうわたしはマクロスに笑いかけた。
「あの二丁使いのクリス=アゼルが女……」
「男と思われていたお陰で追跡からはあっさり身を隠せたわ。そう言えばシーザスカンパニーにも追われていたかしら」
昔は色々とやっていたのだ。愛銃を一丁なくしてからは仕事にやる気が起きず、ここ何年かはフラフラ意味もなく放浪していた。
「にしても、あの人達やっぱりわたしの事知ってて押し付けたのね……」
最初からきな臭いと思ってはいたのだ。少しばかり現場に居合わせた小娘に協力しろだの、あっさり機密チップをバラすだの、――全く、面白くない。
「これからどうするの?」
ぶつぶつ何かを呟いているマクロスにわたしは尋ねる。
「ん、あぁ、親父の跡を継ぐさ。その為に生かされたみたいだからよ」
「そう」
その言葉で十分だった。
「それより嬢ちゃん。オレはこれを渡しに来たんだぜ。受け取ってくれ。どうせオレには使えねぇ代物だ」
「いいの?」
「構わねぇ」
「そ、なら有り難く」
そう言ってわたしはマクロスから求めて止まなかった愛銃を受け取った。
数年ぶりのグリップの感触が懐かしく、その重さに漸く落ち着いた。
「お帰りアゼル」
わたしは小さく愛銃に呟いた。
「クリス=アゼルって……」
わたしの呟きに何かを気付いたのかマクロスが口を開いた。
「そうよ。わたしの使う銃の名前。わたしの名前から付けたの。世界でたった二つの銃だから」
わたしは頷き答えた。
「そうか」
それっきり話題が尽きた。沈黙がわたしとマクロスの間に降りる。
本当は色々聞きたい事があるのかもしれない。それを言わないのは彼なりの決意の表れか……。
そんな事をわたしは考えた。
「……――親父の墓、感謝する」
沈黙を破ったマクロスはそれだけ残し踵を返した。
「さようなら、マクロス」
彼の名を呼ぶのもこれで最後だろう。もうわたしとマクロスの道は交わらない。そんな確信めいたモノがわたしの中にはあった。
「さぁて、仕事の再開でもしますかね」
誰もいなくなった道でわたしは言葉を洩らす。やっと手に戻ったアゼルを確かめながら。
再び人々の噂に“二丁使いクリス=アゼル”が囁かれるのも近い。
ーFinー
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