イケ学(冴島由紀)短編集 答え合わせは放課後に -冴島由紀- 「…ぶふっ!」 「──?!」 変な音に驚いてドアの方を見ると、先生がこちらを向いて立っていた。 ドアは閉まったままだ。 「…え?」 なん、で──? 「お前…、国語小学生からやり直せ」 先生が口許に拳を当てて肩を小さく震わせている。 それは、すごくレアな場面で…。 (先生…、なんでこっち見て笑ってんの──?) 「…わっ、笑わないでくださいよっ!人が必死でコクっ、告──ッ!」 喉を鳴らして笑いはじめた先生に、私はかぁっと顔中から湯気が出そうなほどに熱くなるのが分かる。 からかわれていたことを、今さらながら自覚した。 (こんな告白の仕方って…!) 力が抜ける。 やり直せるならやり直したい。 穴があったら、今すぐ飛び込みたい…!! 恥ずかしさのあまり、涙も浮かんできた。 「〜〜〜もういいです、すみませんでした失礼しましたっ!」 自棄になりながらもせめて泣き顔は見せまいと、俯いて先生を横切り、ドアを開けようとした時、ぐんっ、と腕を引っ張られた。 (──え、っ) 背中から、温かいものが被さってくる。 それと同時に、タバコとコーヒーの匂いにまじって、化学薬品の臭いがふわりと私を包み込む。 そして、冴島先生の── それらの匂いが、強く私の脳内を満たした。 ──頭が、くらくらする。 心臓が、今までにないくらいにドクドクと脈を打つ。 「まあ…、お前らしくていいんじゃねぇか?」 耳元で低く囁かれ、私の脳は真っ白になった。 全身の血が沸騰しそうなくらい、体が熱くなる。 心臓の音がばくばくとうるさい。 (先生に聞こえちゃう…!) 「まっ、まだからかう気ですかっ!?もう、いい加減に…」 離してください、と言うのは勿体ない気がして先を言えずにいると、背中の温かさと重さと一緒に、匂いも離れていった。 余韻を味わう余裕もないままフラフラと後ろを向くと、柔らかな笑みでこちらを見下ろす、先生の瞳と出会う。 初めて見る、穏やかな色。 先程よりも小さく、けれど、私の心臓はトクリトクリと波打っていた。 (先生の、返事は…?) 冗談ではなさそうな、でも確信を得るにはまだ不安定なその表情に、私は無性に答えを求めたくなる。 「──答え合わせは、放課後だ」 私の心を読んだかのように言うと、ぽん、と大きな手の平が私の頭を優しく撫でていく。 (ほ、放課後?!放課後っていつの?!…ってああっ、誕生日プレゼント、用意しなきゃ!!) 「ちなみに、お前からの誕生日プレゼントは俺が考えておく」 先生はにぃっ、と口の端を持ち上げた。瞬間魔王様のご降臨だ。 「ええっ?!そっ、そんなの嫌です!」 絶対に良からぬ事を言い付けられそうで全力で拒否してみたけど、あっさり却下された。 というか…やっぱり心読まれてる?! 再び涙目になっているうちに、先生はいつの間にか廊下に出ていた。さっさと出ろ、と睨みながら促してくる。 私も慌てて廊下に出ると、先生はガチャリと準備室のドアに鍵をかけた。 その音を合図にするかのように、不意にざわざわといろんな音が耳に流れてくる。 今まで先生と二人きりで化学準備室に居た事を改めて思い出して、顔が熱くなった。 春の昼下がり。ほんの十数分の、夢のような出来事。 「おら、行ってこい」 背中を押されて私は一度だけ先生を振り向き、喧騒の中、教室へと向かった。 放課後が、今から待ち遠しい。 -Fine- [Back*][Next#] [戻る] |