02 ピアノ
ピアノのそばの椅子に腰をかける。
なるべく音をたてないよう、細心の注意を払って。
鍵盤の前には黒髪の少女が座っていた。
小さな手を懸命に開いて、カンタービレの調べを奏でる。
瞳は閉じられ、口元は笑みを浮かべている。
まるで、自分でメロディーを歌っているように。
その様子に目を奪われた。
こんな風に、自分は弾いたことがあるだろうか。
ピアノ
ピアノの音が、曲の終わりを告げる。
僕は拍手をするのも忘れて、ピアノの前に座る少女を見つめていた。
と、ゆっくりと伏せられていた瞼が持ち上がる。
少女の視線と僕の視線がかちあった。
バチッ、という音がしたような気がした。
実際はしてないのに、と頭のどこかから声が聞こえた。
「こ、こんにちは…」
ピアノの前の少女は、目を丸く見開いてそう口を開く。
僕は、はっとして挨拶を返す。
それに少女は笑顔を返して立ち上がると、僕の前まで歩いてきた。
「隣、いいですか?」
了承の返事を返すと、少女は僕の左側に腰掛けた。
ふわりと甘い香りがした気がした。
少しの間、沈黙が流れる。
それが数秒だったのか、数分だったのか。
僕にはわからない。
「ここには…よく来るんですか?」
耳に心地よい声が響く。
先程聴いた、ピアノの音色と同じ柔らかな声。
それでいて、真っ直ぐな凛とした声。
「……たまに。休日が多いけど。」
そうなんですか、という声と共に再び訪れる沈黙。
会話が続かない。
聞きたいことはたくさんあるのに。
僕にとって、言葉はもどかしいもの。
思っていることを上手く表現できない。
そのことで、周りを苛つかせてしまうことも多々ある。
少女の様子を伺おうと、視線だけ隣に移した。
いつの間にか僕に向き直っていた少女は、黙り込んだ僕をさして気にする様子もなく、興味津々といった目で口を開いた。
「その制服、星奏学院の制服ですよね?」
いきなり飛んだ話題に面食らいながら頷くと、少女は、やっぱり、と嬉しそうに笑った。
「私、星奏学院に憧れてるんです!」
まったくもって、話の筋がわからない。
けれど、不思議と不快ではなかった。
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