03 名前 「志水さんっ!!」 教会に少女の声が響く。 学校の帰りに教会に寄るようになって一週間。 彼女と会うのは3回目。 名前 星奏学院が憧れだと言った少女。 あれから色々と質問ぜめにあった。 どんな学校なのか。 校舎のこと。音楽室のこと。練習室のこと。 行事についても聞かれた。 けれど、いかんせん1年の僕に答えられることは限られていて。 だから自然と話題は、僕が参加した学内コンクールになっていた。 時々、言葉がうまく出てこないときもあったけど。 そんな時間すら、待ち遠しいという、ワクワクした目で、彼女はじっと僕を見つめていた。 コンクールの話をして、気づけば雨もやんでいて。 橙色の光が教会の中へと差し込んでいた。 時間も時間だったから、その日はそのまま別れた。 またお話聞かせてくださいね、と言って。 翌日、教会に行くと彼女はピアノの前に座っていて。 僕は前と同じように、最前列のピアノの近くに腰掛けた。 やっぱり彼女は楽しそうに、メロディーを口ずさむように弾いていた。 弾き終えた彼女は、僕の拍手にはっとすると、少し恥ずかしそうに一礼して僕の所まで歩いてくる。 僕の左側に座ると、また話を始める。 学校のことは、おおかた話してしまったから。 何を話そうか、と思案していると、彼女の方から話を切り出してきた。 「ピアノ、好きなんですか?」 「?」 「昨日も、今日も、聴いてくれたから。」 それは、僕が聞きたかったこと。 あなたはピアノが好き? 「うん。ピアノも好き。」 「も?」 「僕、チェロやってるから。」 あなたはチェロは好き? 「楽器…学校に持って行ってないんですか?」 「…今、メンテナンスに出してて。代わりのは学校で借りてるから。」 ゆっくりとしたテンポで進む会話。 どうしてここで弾いてるの? 演奏するときは何を考えてるの? どうすればあの音が出せるの? あなたのことが、もっと知りたい。 「……志水桂一。」 「え?」 「僕の名前。名前を聞くにはまず自分から…って、先輩に言われた。」 「…ふふっ。面白い先輩ですね。」 葉山美波。 それが彼女の名前。 あの音色の持ち主にぴったりだ。 心のどこかでそう思った。 . [←][→] |