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詩集
雨のおはなし
すこしすすけた
空色のとんがり帽子をかぶった詩人が
この世界の隅に住んでいます
詩人はいつも
あまいりんごをかじりながら
重いくもり空のしたで
世界で一番おおきな丘にたっている
世界で一番たかい木のてっぺんの
ふとい枝のうえで
丘や木のつくった
たくさんのことばたちと話をしていました
ことばたちはひとりひとり
枝に座った
詩人の耳をくすぐりながら
かぜのような音でささやきました
「ねえ」
「いつになったら雨がふるのかな」
「ねえ」
「雨はいつふるのかな」
「ねえ」
「雨がいつふっているのかな」
詩人は
座っていた枝からぶら下がった
おおきなはっぱを手にとって
ちいさな羽根のついたペンで
みじかい雨のお話を書きました
詩人のまわりをとびまわっていた
いくにんだかのことばたちが
詩人の持ったペンにすいこまれてから
おおきなはっぱにしみこんで
詩人の書いたお話のなかで
雨になったり
風になったりしました
詩人は
それからゆっくりと目を閉じて
まぶたのうらにはいつも
雨つぶがおどっているのだなあと
おもいながら
みじかいお話を書いたはっぱを
ペンを持った手からはなしました
雨のお話と
大きなはっぱと
それから
お話のなかに
住んでいたことばたちが
ゆっくりと
地面へ向いて降りていきました
「ねえ」
ことばたちは春の雨のように
詩人のあしもとを過ぎて
詩人の座るおおきな木の
ふとい幹をまわるように
おどりながら
詩人から離れていきました
「ねえ」
「雨が降っているよ」
「ねえ」
詩人はまた
りんごをひとくちかじりました
それから
詩人が目を閉じると
詩人のまぶたのうらで
あまいりんごのかおりのする
やわらかくて
あたたかい雨が降っていました
雨のなかで
たくさんのことばたちがおどっていました
ことばたちは
雨のお話のなかから
幸せそうに語りかけていました
詩人には
お話のなかの
ことばたちの声は聞こえませんでしたが
ことばたちが
まぶたのうらから見えなくなってしまうまで
詩人はりんごを噛みながら
ずっと
目を閉じたままでいました
お話のなかのことばたちには
お話のなかのことばたちの声しか
聞こえませんでしたが
詩人はお話を書いて
ことばたちの居場所をつくり
りんごをかじりながら
その
うれしそうなことばたちを覗きこむのが
何よりも好きでした
「ねえ」
「雨がやまないね」
「ねえ」
「いつ晴れるのかな」
詩人が目をあけると
先とはちがうことばがまた
詩人の耳元をくすぐっていました
「ねえ」
「晴れるのはいつ晴れるのはいつ」
「ねえ」
あたたかくて
つよい風がふきました
ことばたちが詩人にさいそくをしているのでした
詩人はまたひと口りんごをかじり
それをかみながら
風ですこしずれた帽子をかぶりなおしました
おおきなはっぱを手に取ると
「ねえ」
「晴れるといいね」
厚いくもり空をみあげながら
ちいさな羽ペンで
晴れた空のお話を書きはじめるのでした
「ねえ」
「晴れるといいね」
「誰か
 雨のお話をひろってくれるといいね」
「晴れるといいね」
ことばたちは皆
目をとじて
それぞれの晴れた空を
おもいえがいているようでした
そんなことばたちを眺めながら
詩人もうれしそうに
晴れた空のお話を
書きすすめていきました
ことばたちがささやきます
「ねえ」
「もうすぐ晴れるね」
くもり空の下で
詩人もりんごをかじりながら答えました
「ああ」
「もうすぐ晴れるよ」



あきゅろす。
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