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二次創作/夢
愚者談義











彼女に正面切って会うのは、随分と久し振りのことのように思えた。

本部の通路で目が合う。少し顎を引いた犬飼のことなどお構いなしに、絲(いと)は片手をひらりと振った。そこには何の気遣いも戸惑いもなく、まさにいつも通りの様子だ。


「あ、犬飼。誕生日おめでと」


口を開けばこの調子である。
怒涛の勢いで周りの環境が変わった中で、絲だけは何の柵(しがらみ)も無いかのような顔だ。真っ先に関連を疑われて聴取されたのは彼女であるはずなのに。トリガーの件でも、友人が己を利用するように姿を消したというのに。そう考えると犬飼とて平然としていたはずだが、絲と向き合ってみると彼女には負ける。むしろいつもの調子を見失っていたと思えるほどだった。

しかし予想外な一言だ。絲には師匠越しに無理矢理プレゼントをねだった身の上なので、祝いの言葉を直接もらえるとは全く予想していなかったのだ。そのこともあって、強張っていた肩からカクリと力が抜ける感覚に襲われる。


「ハハ…、今それはずるくない?」

「鳩原からちゃんと言伝て聞いた?」

「うん」

「どんな風に言ってた?」


あ、当たり前に名前出すんだな。と犬飼は吐息混じりの言葉で絲とキャッチボールをする。犬飼の中の鳩原の立ち位置はぐらついていて、何と言い表したらいいかまだ見当もつかない。絲の中では変わらず友人として根を張っていることは、その態度と発言ですぐ理解できた。


「回りくどいの好きじゃないってやつでしょ。ちゃんと聞いたよ」

「うん、そうそれ。
プレゼント欲しいなら真正面から来なよ」

「うっ」


絲は呆れた顔をし、いやぁ…アハハと笑う犬飼を面倒そうに見やる。絲の視界には犬飼の頭で肩を落とす数値が映っていた。アンニュイさが増して素敵!なんて最近の犬飼にきゃあきゃあした声を上げていた女子を思い出し、絲は見る目ねえな…と一つ息をつく。だって数字まであざといとか何だよ。普通に視覚情報が増えて嫌だわ。
まあ色々あり過ぎたし仕方ないのかもなあと思わないでもないが。ハアやれやれと首を振り、それとこれとは別なので今一度釘を刺すことにした。甘やかす方針は犬飼には取らんのだ。すぐ調子乗ってからかってくるし。


「口があるんだからはっきり言ってよね。全く…」

「でも志島ちゃん俺のこと嫌いでしょ…」


するとますますしょんぼりと肩を落とした数字が犬飼の鶏冠のような髪に埋もれていく。溶けてない?液状化現象?というか自分の言葉で沈みまくってりゃ世話ないな。仕方ないからフォローしてやろ、と絲は素直に思っていることを口にする。


「そりゃからかわれまくってますから?でも嫌いではないよ、好きじゃないだけ」

「え」


犬飼の目線が下に落ちているのをいいことに、絲は数字をガン見したまま会話を続けた。そこで要らんことをポロッと零し、目の前の同級生が目を見開いていることにも気付かないまま。


「だから適当なやつプレゼントした訳だけど」

「え、え?あれが?万年筆だよ?結構な値段するじゃん」


適当という言葉には二種類の意味があるが、絲の口振りからして明らかに“いい加減”な方の意味合いだ。それで万年筆?と犬飼は心底驚いた。
鳩原が行動を起こす数時間前、絲からのプレゼントは二宮隊の集まりの中で開封した。鳩原越しに渡されたそれは明らかに良い所の包みとリボンで彩られており、二宮も密かに感心していたように思える。その中から顔を覗かせたのは、桐箱に納まる上等な万年筆とインク瓶。センスの塊のようなプレゼントに、犬飼は柄にもなく気分が高揚したのを今でも覚えている。まあその後鳩原から絲の言葉を伝えられ、呆れた眼差しを一身に受けることになるのだが。

あれが適当なプレゼントというのなら、絲が心を込めて選んだプレゼントは一体どんなものだったんだろう。惜しいことをした、と犬飼が歯噛みをしていると、絲は万年筆を選んだ理由をさらりと述べた。


「万年筆はあっても困らないでしょ。値段はボーダー隊員の稼ぎがあればまあ、そこまででもないだろうし」

「ええ、そういうもの?」

「そういうものでしょ。本当ならもっと相手に合わせたやつ買うし…次はちゃんとしてよ」


―次があるのか。
犬飼はいつも余裕を表情に携えていると自負していたが、この時ばかりはパカリと口を開けて絲を見つめた。我ながら好かれる行動は取っていない。絲と絲の周りが面白くてかき回したり傍観したり、彼女からしてみれば散々な男のはずだ。自分は全く後悔していないし楽しませてもらっているが、そんな奴にも次を与えるなんてどんな精神構造をしているんだろうか。

泡を食ったようにパクパクする犬飼を怪訝な目で見て、絲はそれじゃあと横を通り過ぎていく。


「後で隊室行くからよろしくー」

「……うん……………」


反射で返事をし、角の向こうに消える背中をぼんやりと見送った。そこで弾かれたように我に返ると、犬飼は思わず両手でガッと頭を抱える。
いくら鳩原のことがあったとはいえ間抜けを晒してしまったという恥ずかしさと、なんとも言えない羞恥心故だ。顔を覆ったままふらふらと壁に額を預け、自販機の隣に体を隠す。ハァアアアと掃除機にも負けない大きなため息を吐いて、頬を無機質な壁に押し付ける。


「え…ずるい…ずるくない……?何あれ」


自分で言うことではないが、傷心中に優しさは劇薬だ。
それが自分を嫌っていると思っていた相手からであれば尚更のこと。万年筆だけでも割と嬉しかったのに、色々ちょっかい出してる俺のこと考えてくれてるじゃん…とむず痒くなる。そして今までの己の小ささを自覚した。

「次」を確実なものにするために志島ちゃんに優しくしよう。そう決意した犬飼は愉快犯の如く立ち回るのを辞めたのだが―逆に絲から気持ち悪がられ、影浦から威嚇されるとは思ってもいないのだった。身から出た錆、先は長いぞ。


さて、壁と仲良くなっている犬飼のことなど知る由もない絲だが。
ある目的のために二宮隊の隊室へ向かっていると、その隊室の主に捕まっていた。腕をガッチリ組まれたままあれよあれよと仮眠室へ連れ込まれ、絲はなんという早業…と感心してしまった。キャァ何するつもりィ!と無い女子力を振り絞ってふざける暇もなかった。防犯カメラでこの場面を見られたらやべえんじゃなかろうか。そんな気持ちで鍵を閉める師匠―二宮の後ろ姿を眺めていると、振り向いた彼に座るよう促される。絲が素直に寝台に腰掛けると、二宮もその向かいに座って上半身を屈めた。怜悧な両の目の下には、うっすらとした隈が居座っている。犬飼と同じく調子は悪そうだ。


「…お前が最後に会話をしたと、」

「ひどい顔ですよ」

「俺のことはいい」


なるほど、やはり聞きたいのはそれか。
接触禁止が解かれて真っ先に会うことになるだろうとは思っていたが、予想通り過ぎて笑いも出なかった。絲も二宮隊も、どちらも鳩原との関わりがいっとう深い。そのために重要参考人且つ被疑者となっており、両者の接触がしばらく禁止とされたのだ。この日絲が二宮隊に向かっていたのはこのお触れが解けたからであり、犬飼はともかく二宮もそれを知っていて同じように行動していたという訳だ。
しかし元気がない。いつだって態度のデカさが服を着て歩いているような人なのに、その堂々たる性質が鳴りを潜めたかのような静寂さが二宮を包んでいた。いつもの鼻笑いはどうした。いやこの場面で笑われても怖いけど。


「会話ってほどじゃないです。鳩原はただ、“私は行く”とだけ」

「そうか。…お前もいつもより目がアレだな」

「語彙力消えたんですか?死んだ魚の目って言いたいんです?」

「…」

「言外に肯定された」


しばらく淀んだ目で見つめ合って、ほぼ同じタイミングで逸らす。ブラックホールみたいで怖えわ。というか私の目がアレなのはアンタに連れ込まれたからやぞ。自分の行動振り返ってくれ、通報されても文句言えないからな。


「あ、二宮さん」

「なんだ」

「私のこと恨みますか?」

「は?」


頭の中でふざけた文句をつらつら言っていても埒が明かない。それなら思ったことを口に出してしまおうと、絲は咄嗟に疑問を投げかけた。それは絲としては当然の問いだったのだが、二宮にとっては予想外の一言だったらしい。


「何を言っている」

「いえ…最初からあの子のこと犯人と決めつけて行動したので」

「お前は馬鹿か」

「オワァズバッと切られた」

「…アイツは一番怪しかったし、実際ルールを犯した。何故恨む必要がある」


二宮も聴取を受ける中で色々と状況は把握していたようだ。絲の言葉が意味する所を正しく理解しており、隊室における一連の行動の理由にも異議は無いようだった。


「じゃあ、後悔しないでくださいね」

「、」

「あの子を隊に入れたこと、あの子を除いた遠征を突っぱねたこと、あの子を留め損ねたこと。全部にです」


何に、と二宮が口を開くまでもなく、絲は全てを口に出して言った。二宮隊に鳩原を招き入れたのは彼であり、その弱さと強さを認めて戦術に組み込んだのも彼だ。隊長でありながら欠点を抱える鳩原の起用を押し通した判断は、今となっては愚かと言われても仕方ないのかもしれない。
でも、外野にはとやかく言う資格なんてないと絲は思っていた。二宮の感情と理屈に塗れた決定を受け入れたのは、他でもない二宮隊の面々だ。皆がそれを良しとして、その上で上を目指したのだ。隊としての方針だった。ならその判断を、信念を後悔してほしくなかった。


「…お前はどうなんだ」

「あなたと同じですよ、師匠。後悔する訳がない」


鳩原が離反したことを悲しく、辛く思う。だけど仲間であったことに後悔するはずもない。二宮も、犬飼も、辻も、氷見も、皆思いは一緒だろう。
絲が静かに微笑むと、そうかと数度繰り返した二宮は弟子を見て頷く。そこに迷いはなく、淀みもなく、ただ心のままに漏れた肯定だった。


「そうだな」


心持ち晴れやかになった二宮を見て、絲も頷き返す。
しおらしい師匠だと調子が狂うので、いつも通りになってくれて何よりだった。しかし目の下の隈はいただけない。冷たい印象にやつれた人というマイナスイメージが加わってしまう。対外的にもよろしくないだろう。二宮の覇気が無い内に指摘しておこうと、絲は親切心で口を開いた。


「それはそうと、その顔どうにかしてくださいね」

「あ?」

「ウワ怖…凄まないでください…」

「凄んでなどいない」

「アアアいやいいです話が進まない。 隊長がそんなだと、皆不安になるってことですよ」


ところがそんな弟子の心遣いなど露知らず、師匠は母音で返事をしてくるではないか。インテリヤンキーかよ怖っ。覇気戻ってきちゃった、帰って。凄んでる自覚もないんじゃあ、噂も相まってますます周りから遠巻きにされてしまうじゃないか。ビビりながら本題を切り出すと、ぱちりと瞬きをした二宮は顎に手を当てて黙り込んだ。思い当たる節があるのだろう。


「…」

「鳩原が抜けたくらい(・・・・・・・・・)でそんな顔しててどうします。あの子が戻ってきた時に馬鹿にされるんじゃないんですか?」

「、フッ」

「あ、笑った。その調子です」


鳩原の帰る場所がこちらにあると当たり前に示唆する弟子の言葉に、二宮は空気を吐き出すようにして笑った。師匠がマイペースなら、弟子もマイペースということだ。


「志島」

「はい?」

「…いや、俺はいい弟子を持ったと思っただけだ」

「ほんとですよ、弟子になってあげたんですから感謝してください」

「なってあげた…?」

「ェア今のナシで」

「オイどういうことだ」


珍しく直接的にお褒めの言葉を頂いたので、絲は犬飼の時同様ぽろりと言葉を零す。二宮はそれを拾って怪訝そうな顔をし、そっと顔を逸らした弟子を見つめた。


「ナシです」

「おい」

「許して師匠」

「……」

「……」

「…………フン」

「よし」


絲からすれば二宮が師匠になったのは事故みたいなものである。そう思っておかないと消化しきれないのだ。確かに実力的には申し分ない人だし、教えを受けられるのは有り難いことだ。それは本当にそう。しかし、普通に考えても衆人環視の中で実質師匠VS自称師匠の応酬は嫌すぎる。マジで反省してくれと思う程には、絲は心に傷を負ったのだ。
ところが二宮からすると健全な師弟関係という認識だったので、弟子の発言には引っ掛かるものがあった。とはいえ弟子には甘いのが師匠というもの。はっきりと師匠呼びされるのはそうそう無いため、二宮はその呼び方に免じて追及を止めてやることにした。チョロ宮。ちなみに師匠と呼ばれた瞬間、絲は二宮の頭上で数字が謎の俊敏さを見せシュバアッ!!とコロンビアポーズをしたのを目撃してしまった。生駒とはまた違った意味で笑ってはいけない24時みたいになるのほんとやめてほしい。拷問だぜ。











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