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二次創作/夢
萌えよ若葉:プロローグ








これは、憧れになりたいある一人の鬼殺隊士のお噺。



*



―篝とは、篝火を焚くための器である。楪とは譲葉とも書く植物であり、新芽が成長した後に古い葉が落ちることに由来して名付けられている。

名には願いが集い、力が宿り、やがて己となる。

男にはその事がよく分かっていた。何故かと言えば、愛し子がまさにそれを体現していたからだ。体現してくれたからだ。

かつては、男も名を持たぬ浮浪の身であった。しかしある時、後に師範と呼ぶようになる男に拾われ、塾の門下生として世話になるようになった。師範は目尻に皺を寄せて笑い、雷の如く怒り、粗暴な男の間違いを正し、男を一人前と言えるまでに育て上げてくれた。気恥ずかしくて言えなかったが、師範には確かに感謝していた。
年を経る毎、老いにはどの人間も勝てぬように、師範もまた床に伏せるようになった。どうか逝ってくれるな一人にしてくれるなと、男は草臥れた布団にすがり付く。塾は既に畳まれており、かつて賑やかさに溢れていた堂には、二人の音しか存在しない。
今際の際、師範は震える唇から不思議な音を漏らした。コォ、コォ、命が燃え上がる音だった。嗚呼師範、そんなことをしてはいけない、貴方の鼓動をまだ聞いていたいのに。それが灯火を小さくするものだと本能で分かっていた男は、必死でやめるように言い募る。師範はくしゃくしゃと顔を皺だらけにしながら、男に最期の講義をつけてやろう、と言った。
この呼吸は刀を握ってこそ生かされるもの、悪しきを砕くもの、さあやってみせよ。…そうだ、初めてにしてはやるではないか。やはりお前はよい子に育ってくれたなあ、私のために泣いてくれるのだものなあ。呼吸を止めるでないぞ、眠る時も水中でも、いつ如何なる時も続けるんだ。動揺を呼吸に出していてはまだまだだが、中々どうして筋がいい。
師範には到底届かないか細い音が、男の唇を揺らす。この特殊な呼吸に何の意味があるのかも分からず、ただひたすらに繰り返す。顔から伝い落ちた雫が胸元をしとどに濡らそうとも、己が握る師範の手が緩やかに落ちていこうとも。
―コォ、コォ、コォ…
かつて、聞けなかったことがある。師範の体には傷痕が沢山残っていたが、まるで獣に襲われたかのようなものから刀傷まで、様々であった。勲章のように思えた男は、かっこいいなあ凄いなあと師範に言ったのだ。悲しいような喜びたいような、曖昧な目をした師範を見て、男はどのように傷を負ったのか、ついぞ尋ねることはなかった。
―コォ、コォ、コォ…


己と同じ音が、頭上から聞こえる。
コォ、コォ、火の粉を飛ばしながら燃え盛る命の音だった。気が付けば、男の年齢は記憶の中の師範に近付いている。よくここまで生きた、と素直に思った。振り返ってみると、中々良い人生である。敬愛する師範を看取ってから育手の下で呼吸と剣技を磨き、塾を立ち上げた。そして今、愛し子に抱かれて黎明を迎えようとしている。
精魂尽きた体は動かず、首を落とした今は瞬きを繰り返すくらいの事しか叶わない。それでも確かに幸福なのは、かつての己がどうしても分からなかった師範の胸の内を、やっと掴めたような気がしたからだ。
男は嬉しかった。己のために涙を流してくれる人がいる。己の持つ全てを受け継いでくれる人がいる。最期のその時まで、鼓動を共にしてくれる人がいる、その事が。

愛し子の瞳が、日に照らされてゆらりと揺らめいた。
体が崩れていく。
一糸乱れぬ鼓動が、呼吸が聞こえる。


―敬愛する貴方よ、私もそちらへ行きます。そして愛する子よ、お前もどうか、その火を絶やさぬよう。


くしゃり、男の目尻に皺が寄った。









新緑芽吹けば に続く

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あきゅろす。
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