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二次創作/夢
此の世で最も有り触れた呪いはU
花開け、羽衣の如く















夏油傑は、幼い頃から2つの秘密を抱えている。

1つは普通は見えない恐ろしい化け物が見えて、かつそれを祓う力があるということ。もう1つは、まだかまたがと待ち構えているとある人物との逢瀬であった。特に何も約束せずとも、毎週水曜日の夕方が終わりを告げる頃にその人はやってくる。いつものように公園で一人ベンチに座る少年に会いに、公園横の森から静かにその人は現れた。それを視界の隅にとらえた少年は、待ちきれないとばかりに腰を浮かせて出迎える。


「傑くん、先週ぶり」

「社!」


辺りが暗闇に包まれようとしている中、街頭が点滅して二人を柔らかく照らす。森の中から出てきたというのに、少女はいつも家からそのまま着の身着のまま来たと言わんばかりの薄着だ。夏ならそれでいいかもしれないが、季節は秋。紅葉も落ち始める頃なのだ、寒いに違いない。少年はこれを見越して余分に羽織っていた上着を細い肩に覆い被せた。少女は驚いた後、少し申し訳なさそうな顔をしてから控えめに笑った。


「意外と外は寒いんだねえ。傑くん上着ありがとう、寒くない?」

「私は大丈夫。厚着をしてきてしまったから着ててくれると助かるよ」

「ふふ、うん。ありがとう」


スマートに上着を着たままでいるよう誘導する少年に対し、気を遣わないよう言ってくれたことを察した少女は再度礼を言った。行脚と修行のぶらり旅の中でたまたま出会った数年来の友人だが、どんどん男らしい見た目になっていくのに反して少女への対応はひどく細やかに丁寧になっていく。傑くんは優しい人だ、と少女は素直にそう思った。だからこそ、少女は互いに名を名乗ることを望んだのだ。
「名は最も短く有り触れた呪い」だが、「呪う気さえなければ何の効力も無い呪い」でもある。意図するところが無ければ、互いに自己紹介をするくらいはなんてことない。現に、会えば互いの名前を両手両足の全ての指を使っても足りないほど呼び合っているというのに、呪いの気配は何もなかった。同化したばかりの甚爾と出会ったあの時は呪力のコントロールなんて夢のまた夢だったが、今ではお手の物なのである。


「今週はねえ、傑くんの話から聞かせてほしいな。学校で何勉強した?」

「そうだな、私からすれば詰まらない話だったけど…この前授業で読んだ小説なんてどうだろう」

「うん、教えて!」


夏油傑には、少女がどのような環境で暮らしているのかなんて分からない。ただ、教育機関に通っている訳ではないのだろうと何となく把握はしていた。分かっているのは、自分と同じ見える払える側の人間であることと、不思議な雰囲気を纏った年頃の可愛らしい少女であること、それぐらいなものだ。
たったそれだけしか知らなくても、少年にとってはかけがえのない存在だった。見える、祓える同年代なんて人は、一般家庭出の彼には欲しくとも手に入らないものだったのだ。明らかに神々しい狐を連れて社が森から出てきた所に出くわした時、真面目に自分への贈り物なのではと疑った程だ。天から降って沸いたような幸運だと少年は感じた。他人には見えない物が見える。ただそれだけで、彼は酷く異端な存在として地域から浮いていた。元々一人でも大丈夫な質ではあったが、幼い頃から気味悪がられてきた身としては、同じ敬遠される側の同類を手放す気は毛頭無い。加えて呪術や呪霊の知識はひどく豊富なのに、あり触れた学校のどうでもいい話にものすごく食い付きを見せる辺り、少女もまた少年に対してある種の羨ましさを抱いていることがうかがえた。二人で共にいれば足りない物を埋め合える。そんな打算から、少年は少女の手を離せないのだ。


そんな少女の存在が1つも2つも上に上がったのは、少年が呪霊と呼ばれるそれを腹に納める所を見られてからだ。得体のしれないものを飲み下し己の力として使役する、我ながら気持ち悪い術式だ。自分でも忌避感があったのか、どうしても社に対して見せたいとは思えないその瞬間を見られてしまったのだ。しかも吐瀉物を拭いた雑巾の味、と彼は黒い珠と化したそれを後に評したが、いかんせん不味い。ぐぐ、と二重苦から眉間に深い溝を刻んだ少年は、何を言われるのかと身構えていた。


「呪いって、人の感情そのものだよね。それを受け止められる傑くんは懐が広いんだねえ」

「人の感情…」

「でも貯め込んだ分はしっかり外に出さないとパンクしちゃうよね?その内何がなんだか分からなくなっちゃいそうだし、自分の感情が優先できなくなりそう。誰でもいいから吐き出せる先があるといいな」


少女はまるで当たり前のように少年を受け入れ、当たり前のように少年の術式を受け入れた。それをぼんやりと聞きながら、最後に耳に入ってきた言葉だけが頭の中をリフレインする。
唐突に湧き上がった思いが、首をもたげた。


「―…」

「え?」


無意識に唇から溢れた言葉は、少女に届かなかったようだ。何と言ったのか聞き取れなかった少女は不思議そうに聞き返して、少年の言葉を待つ。その様子を見て、少年は何でもないよと思ってもいない言葉でその話を締め括ったのだった。恐らく社にとっては何気ない一言であり、気にも留めない言葉の一つだった。それでも、夏油にとっては大事に抱き締めたい言葉だった。

嬉しかった。今まで苦しかった。気を張るのは疲れた。口調を変えた。笑顔を浮かべるようにした。世間一般でいう不気味さを少しでもなくそうと努力した。そうして普通の中に隠れながら、力をつけるために化け物を食べた。不味かった。気持ち悪かった。本当なら食べたくなかった。

ぐるぐると巡る慟哭は、年々夏油の中で声を大きくしていく。その内体を食い破って外に出てきてしまうのでは―そう思うほどに。その一つ一つを、もし、もしもだ。聞いてくれるのなら、受け止めてくれる相手を選べるのなら!

(―他の誰でもない、君がいい。社、私は君を選びたい)

その日、少年は懇願に似た希望を見た。まるで彼の言いたい事が分かったかのように、少女は微笑んでこう言った。


「傑くん、お父さんとかお母さんに言いにくい?私達みたいな力を持ってないから?そっか…
じゃあ、私で良ければ話してね。貴方と私は同じだもの」

「…同じだと、思うかい」

「同じものを見ていて、形は違えどそれを祓う力をそれぞれ持ってる。なにか違うところがある?」


違うだろう、私と君では。私が使うのは、君みたいに綺麗な力じゃない。そう思っていても、少年の心は歓喜に震えていた。
許された。この汚い感情を、受け止めてくれると、彼女から手を差し伸べてくれた。


「蜘蛛の糸って、あるだろう」

「話が急に変わるねえ。小説に出てくる地獄に垂らされた糸のこと?」

「私はそんな糸になんか頼らないよ、今そう決めた」

「ふうん、確かに傑くんは自分で何とかしてしまいそうだしね」

「…ふふ」


そう、亡者たちが救いを求めて群がる蜘蛛の糸には頼らない。
夏油傑本人が思う自分には少女が言うようにこの苦しみを解決する力はないし、少女が思うほど強くない。だから何かに縋らざるを得ない。それでも縋るとするなら、自分だけに手を差し伸べてくれる目の前の少女が良いのだ。

その日から、少年は少女が気負わないように胸中を少しずつ、少しずつ少女に漏らしていった。そうやって心の重たい物を一つ一つ下ろしていって、綺麗にしていく。社はそうするのが当たり前かのように、少年の口から零れ落ちる言葉を丁寧に拾っては大事に抱えてくれた。そうして少年は、仄暗い悦びを覚えてはまた少女に縋りつく。心の内と同じように冷え切った指先を握り込んで温めながら、少女はいつも艷やかな瞳を細めて微笑むのだ。


「ねえ傑くん、傑くんは人の事を考え過ぎちゃうから疲れやすいんだよ。たまには我儘になろうよ」

「私が我儘を言って、困らせはしないかな」

「遠慮のない関係になりたいなあ、私は。我儘どんとこいだよ」

「…考えたこともなかったな」


思い返すのは心無い人々の陰口に翻弄される両親の疲弊した顔だ。子供がどんなに異端でも、己達には分からない何かと相対している素振りを見せても、ちゃんと愛情を注いでくれていた。それだけは確かだった。だからこそ、これ以上困らせたくなかった。少年は、我儘をほとんど言わないまま成長していったのだ。


「…本当は」

「うん」

「もっと褒められたいんだ。皆の見えない所で、皆を助けているんだって、知って欲しい」

「そのために頑張って呪霊を取り込んでるんだもんね」

「ただ一言…一言でいいから、私の行動を正しいと認めてほしかったんだ」


だんだん少女の顔が見れなくなって、握られたままの手を引き寄せて額に寄せる。少女の指先はほんのり温かい。


「―聞かせてくれ、君の言葉で」

「…私でいいの?」

「君が良いんだ」


指先から少女が身じろぎした振動が伝わる。一拍おいて、互いの額が合わさった。ハッとして祈るように閉じていた瞳を開けば、目の前には目蓋を下ろす少女の顔が目の前にある。


「傑くんは一人で頑張ってきたよ。だから、これからは必要とされる限り私が見ててあげる。どうしても辛い時は、苦しい時は、側にいる。抱え込まないでね。
私にもどうか、背負わせて」

「……ああ、」


吐息とともに震える声でそう返した少年は、細い肩に両腕を回して固く強く抱き締めた。歓喜に震える体を、少女は優しくさすって抱き締め返す。それがまたどうしようもなく嬉しくて、柄にもなく舞い上がって、少年は鼻筋を花薫る柔い首元へと擦り付けた。
手放しはしまい。手放せはしない。彼女さえ居れば、自分は何にだってなれるのだと本気でそう思った。

―夏油傑はこの日、己だけの神を得たのだ。











2.夏油傑の信仰




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あきゅろす。
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