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二次創作/夢
トリガーは引かないで―T:体育祭а




「緊急脱出(ベイルアウト)機能が無いと戦線離脱が出来ない?そんなの当たり前…ここはボーダーじゃないんだから」


かつての記憶を書き綴った日記を片手でパタン、と閉じた少女―繁栄命は、5畳もない小さな自室で呟いた。迫り来るのは体育祭、ヒーロー科に進学した彼女がそのために対策を練るのは必須のことだ。だから日記から何か得られればと思って文字を追っていたのだが―…そこにはあちらとこちらの明確な違いが記されていた。


「はーあ、向こうでは束の間の平和を守ってたつもりだったけど、むしろ危機感が足りなかったのかも」


ヒーローに戦線離脱は無い。戦略的撤退はあったとしても、必ず敵には立ち向かう定めなのだ。この世界に生を受けてからもう15年が経つ命からすれば、戦線離脱という手段があること自体が甘えに等しい。いつだって命がけ、それは変わらないけれど、負けた時点でコンティニューがあるなんて何と甘いのだろう。まあボーダーは貴重な戦力を失う訳に行かなかったからこそ、ベイルアウト機能を開発したのだろうが。
とはいえ、命の個性は外から見ればやり直しがきくと見られていた。最初の個性診断では「変身」、変身した状態で致命的なダメージを負っても生身に戻るだけ。トリオンで身体を覆った状態が解ける、というからくりなのだ。生身になって初めて直接的なダメージを受ける事になるのだが、命は勿論その事も想定している。最悪を想定できない奴はリスクマネジメントに向いていないのだ。トリオンは絶えず生み出されるため瞬時にトリオン体を生成し直せば良い…理屈では簡単だが、簡単に出来れば苦労はしない。体を覆うほどのトリオンがすぐ回復するはずもない。幸い、この世界はサポート技術が発達している。あらかじめトリオンを貯蔵出来るトリオン器官紛いを開発してもらい、被服控除の際にアイテムとして付けてもらっていた。親指程の小瓶に濃縮されたトリオンは、1瓶でトリオン体での目安戦闘時間5分程度となっている。
しかしこれから臨むのは体育祭だ。ヒーロー科にサポートアイテムの所持は認められていない。そのためいくらトリオン量が多い命とはいえ、エネルギー効率の良い戦いを考えなければならなかった。


「さて、前とは似て非なる力だし整理するのは大事大事。私が今使える…明確にイメージが出来て扱いやすいのはっと」

「スコーピオン」
「シールド」
「アステロイド」

「…まあエンジニアが居ないし、完全に私のイメージで補うしかないから全部"もどき"でしかないけど」


イーグレットも使えない事はないが、極め切る前に私は終わってしまった…不確定要素は排除するに限る。弧月はスコーピオンと同じくらい馴染み深くはあるが、手軽さに欠けることは否めない。今比べる人は居なくとも、豊富なトリオン量を誇る命からすればスコーピオンで十分過ぎるほどだ。小手先で相手を翻弄する方が得意であって、正面切っての力押しはそこまで得意じゃない。如何に自分の得意分野に持ち込むか、それが問題なのだ。その分野といえば―


「身軽さだな」


となれば、オプショントリガーであるあれは外せないだろう。
真剣な顔で少女は再び日記の該当部分を開き、体育祭までの期間を有効活用するために訓練メニューを書き出していく。もう少女を取り囲んでいた頼れる仲間たちは居ないけれど、記憶の中の彼らが口々に言う。火力重視なら小細工はやめてこうするべき―スコーピオンはお前のサイドエフェクトと相性がいいから常に出しておけ―開けた場所での戦いなら派手に行け――

(うるさい人達だなあ)

でも好きだった。あの騒がしさが、若さ故の直情が。ブースで何度打ちのめされたか覚えていないが、自分も同じようにやり返していたことは覚えている。戦場を知らないヒーローの卵なんかに、ボーダーの皆に鍛え上げられた私が負けるか?答えは否。後は、身体を仕上げるだけだ。

――いざ、雄英体育祭!!




* * * * * *




「俺の前に出んなやクソモブァ!!!」

「爆豪お前…影浦の5倍くらい怖いな…いいじゃん別に」

「ンだソイツは!!引っ込んでろや!!」

「確かな恐怖」

「(アイツら超余裕じゃん…巨大ロボもだけど谷も何のそのってか……)」


障害物競争がスタートして間もなく、命は後続に畏怖の目で見られていた事に気がつく事なく、黙々と障害物を避けていた。何故かクラスメイトになじられながら並走する羽目になったのだが、何だか段々と面倒になってきている。トリオン体はそもそも身体能力を底上げする作用もあるのだが、騒がしい男―爆豪勝己はその爆発を推進力にして並外れたスピードを出しているのだ。一人でスタコラ走って行った轟はそこまでスピードがある方では無いので良いとして、横のクラスメイトは少々厄介だ。しかし奥の手としてオプショントリガーは最後まで取っておきたい。仕方無しに、命は爆豪との並走に甘んじた(耳元に防音目的でシールドを張った状態で)。


「おいコラ聞いとんのかテメエ!!変身女!!!」

「…」

「耳塞いでんじゃねえ!!!!」

「…………」

ッ!!…ッッ!!」


律儀に返事をしていたのを止めれば、最早横の存在はハエと同じだ。うるさいぞハエ、と心の中で舌を出しながら無言で走り続けると、何かを察知した爆豪は耐え難い屈辱を受けたように喉の奥で唸り声を上げていた。勿論、それすら命は知り得ないのだけれど。
茶番だな、と見守っていた担任・相澤が溜息混じりに漏らしたその時、二人は地雷エリアに突入した。爆風で宙を飛べる爆豪はそのまま轟の背中一直線に飛んでいったが、命は突然足を止める。顎に手を当て、何やら考えているようだ。その時の彼女は、障害物競争で1位を取るメリットを考えていた。数十秒後に導き出された結論は、後々1位になれば良い、だ。全員参加の障害物競争、プロヒーローがスカウトをかけるには不向きだ。如何せん数が多過ぎる―故に、この後にも戦いがあると踏んだ命は安全策で行く事にした。


〈おっと普通に地面を走っているようだが、地雷が爆発しねえ!!ありゃなァにをやってんだ!!?〉

〈繁栄か。アイツの個性だろうな…大方生命エネルギーを板状にして地面すれすれを走ってるってとこだろう。走った後の板は消して行ってる、うまいもんだ〉

「先生方ネタばらしはやめてくださいよ…あとこれはトリオンって名前です!覚えて下さいね!」

〈騒がしくて聞こえん〉


にべもなく担任に切り捨てられた命は、少し唇を尖らせた。とはいえ本当に拗ねている訳ではなく、ただの茶番だ。司会と絡んでおけば余計に自分の注目度が上がるのだ、来たる戦いの為の伏線に過ぎない。命の目論見を分かっててすげない返事をしたのか本当に聞こえていなかったのかは分からないが、放送席のミイラマン・相澤ははよゴールしろ、という顔で手を振った。




* * * * * *




「ねえアンタさ、俺と騎馬戦組んでくんない」

「いいよ君の個性何?差し障りない程度に教えて」

「、!?なんで…」


何故かひどく目を見開いた状態で固まってしまった紫の少年を前に、命は首を傾げつつ利き手を前に出した。握手のつもりで手をひらひらとさせても、向こうにはその気は無いようだ。時間も無いので潔く諦め、本題に入る。


「どうしたん?まあとりあえず、私は繁栄命って言って、"エネルギー生成"って個性。汎用性高くて、今普通に体操服だけど変身してるの」

「は…変身?」

「そ、生身じゃない。この状態で首切られても死なんって事

「いや怖いな…つまり個性で着ぐるみ着てるみたいなものなのか」

「そうそう。で、他メンバーは後ろのぼんやりしてるのでOK?」


紫の少年の背後に佇むクラスメイトと隣のクラスの男子は、どこか様子が可笑しい。それにも拘らず、命はさした問題もないように話を進めようとする。明らかにおかしいだろ、何も聞かないのかと思わず少年が口にすれば、少女は可笑しそうに笑った。命は、この少年が堂々と正面から宣戦布告しに来た放課後の事をよく覚えていた。それだけ真剣なのだ。


「ねえ、正攻法だけがヒーローの全てだと思ってる?悪いけど、私は結構小手先使うタイプだからそういう考えじゃないんだよね。良いじゃない、今日この場は自分をアピールする場所でしょう。目立ってなんぼってやつ」

「…ああ、うん。それもそうか」 


個性にも正しさが無いとダメだと思っていた、周りに思わされていた少年は、ひどく腑に落ちたように頷く。胸の中の蓄積されたわだかまりがとけた訳ではないが、皆形振り構ってられないことは一緒だ。俺は俺が上に行くために、彼女は彼女が上に行くために、お互いを利用し合うだけだ。
と、そこで己が名乗っていなかった事に気が付いた少年は、特徴的な紫の髪を耳後ろに撫でつけてから、こう言った。


「お互い、上に行くために手を組もう。俺は普通科の心操人使」

「そこは普通科の、って要らんでしょ。よろしく心操!早速なんだけど、警戒を緩めるためにも上は任せていい?」

「…なんていうか、タラシか?いや何でもない、俺は良いけど繁栄は下で大丈夫なの」

「? ああ、今の状態をトリオン体って言うんだけど、ちょっと身体能力底上げされてるから問題無いよ。あと前半戦は油断を誘うために使わない予定だけど、後半戦からはポイント死守でシールド使わせてもらうね」

「本当に汎用性高いんだな…羨ましい」

「見る限り君も対人はすごそうだけどなあ」


虚空をぼんやり見つめる二人を尻目に、命は心操と作戦を練っていく。その一方で、彼女は危なかったなと密かに胸を撫でおろしていた。何故かというと、恐らく初めに声を掛けられた時こそ、自分のコントロールを奪われるか否かの瀬戸際だったと考えたからだ。心操が驚いていたのは、己に掛かるはずの個性が作用していなかったからだろう。真偽は定かでないが、命は個性―トリオン体を形成していたお蔭で難事を回避できた。膜で覆われた生身にまで、心操の個性は届かなかったのではないか?
そして安堵すると同時に、心操の個性の強力さにも驚いていた。なにせ、支配下に置いたのであろう二人を騎馬戦で使えると来た。一種の催眠状態なのか、二人は心操の言う事を素直に行動に移す。いよいよ騎馬を組んで後ろ二人と手を結んでも、彼らは自我を取り戻す様子はない。味方であればなんとも心強い存在だと思いながら、命は上に乗る心操と共に始まりの合図を待った。





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