二次創作/夢
特別隊員の受難―恋愛戦線、混乱編―
広報であまり時間が取れないとはいえ、やはり感覚が鈍らないように鍛錬はしておきたい。木虎も充もそれぞれ訓練室に向かったことだし…とラウンジに足を踏み入れた嵐山は、辺りを包む騒がしさに気がついた。何だろうと思っていると、前方から見覚えのある人物がこそこそと此方へやってくるではないか。ざわめきの原因を知りたい彼は、迷うことなく彼女へと声をかけた。
「岸川さん、どうかしたんですか?騒がしいみたいですが…」
「嵐山…何も言わずに匿ってくれ…!」
「はあ…?」
相も変わらず、セコムが居ないときに限ってエンカウント率の高い男である。そんな朔とよく鉢合わせる嵐山でも、彼女が今誰から逃げているのかは分からなかった。彼の記憶では今日は太刀川隊は防衛任務でいない上、三輪隊だって非番だ。荒船や当真もスナイパーの合同訓練で居ないはず。これは佐鳥が言っていたのだから、まず間違いない。
(じゃあ一体誰が…?)
疲れた雰囲気の朔を前にしてはてと首を傾げたが、彼のその疑問はすぐに晴れることとなった。彼女を追いかけている当の本人が隠れていた朔をめざとく見つけ、大声を上げながら走り寄ってきたためである。
「あーーーっ朔さん逃げようとしてる!勝手にどっか行かないでって言ったじゃん!!」
「……緑川、もう20戦は付き合ったんだからやめにしよう」
己の周りをぐるぐると回って追いかけっこをする二人を見て、嵐山はなるほど、と頷いた。あの人だかりは緑川と朔の対戦見たさに集まっていたのだと理解したのである。一人すっきりした顔で立っていた彼はふいに腕を引かれ、緑川の前に立つ形でよろめいた。後ろを見てみれば、口を引き結んだ朔が瞳に必死さを滲ませて背中に隠れている。
「もう、嵐山さんを盾にしたって駄目なんだからね!朔姉ってば!!」
「ここでその呼び方はしないという約束だろう、緑川!
そんな奴にはもうこれ以上付き合えないし、そもそも10戦だけだと言ったのに勝手に20戦に設定されたんだから断る道理くらいあるはずだ」
「うっ…それは……」
話を聞いていると、どう考えても緑川の方が悪い。一刻も早く解放されたがっている朔を助けてやろう、と嵐山はその言い合いに口を挟むことにした。
「緑川、滅多にない機会だから付き合って欲しいのも分かるが…無理強いは良くないぞ!どう考えてもお前が悪い!!」
「…だってさー、よねやん先輩とかいないから朔さんフリーだったし」
「だからといって、勝手に対戦設定を変えていい訳じゃないだろ?」
「そうだぞ緑川、本当ならあそこでやめてもよかったんだからな」
合いの手を打つように朔がそう言うと、緑川はいじけたように黙り込む。少しの間俯いてから小さくごめんなさいと言うと、嵐山が良くできたな!と満面の笑みで彼の頭を撫で回した。
「ちゃんと謝るのはいいことだ!えらいぞ!」
「…別に、俺もう子供じゃないし!」
「まあ、食堂で何か奢るよ。模擬戦はまたにしてくれ」
朔の提案に表情を一転させた緑川は、じゃあ今からいこう!と元気に騒ぎ始める。そんな彼に困ったような、でもどこか楽しそうな顔をした朔は、ぐいぐいと腕を引かれるままに小さな背中について行った。
嵐山も共に行くかと言われたが、あいにく彼には訓練をするという目的がある。名残惜しく感じながら二人を見送ると、近くの空いていたブースに入った。
パネルを操作しながら先程のことを思い返すと、何やら違和感が拭えない。緑川と岸川さんは妙に仲がいいという所だろうか…。そこまで考えていや違うな、と彼は頭を振った。何だったかなぁと呟きながら換装体になる。
訓練を終える頃には、そのことはすっかり頭から抜け落ちていた。
<こちら歌川、食堂三番テーブルにつきました。どうぞ>
<同じく菊地原、歌川と一緒にいます>
「ああ、そのまま待機していろ。俺は正面から見ている」
<了解です><はーい>
軽く腹に入れとくか、と財布を手にした諏訪は、物々しい雰囲気を放ちながら食堂の中央のテーブルを陣取っている男を見つけた。私服にも関わらずインカムを装着したその男は、どうやら自隊の隊員と連絡を取っているようである。
「…何してんだお前……」
「諏訪か。昼にしては遅いな」
「お前こそ何でここにいんだよ?ラインでカツカレーの写真上げてただろーが」
手にしていたトレーを机に置き、風間の横に腰掛ける。写真につられてカツカレーを選んでいた諏訪は、いただきますと手を合わせて湯気の上がるそれを食べ始めた。
「俺がシャッターチャンスを逃すと思うな」
「は?
あ、ああ…岸川か」
突然言われた事が理解できず素っ頓狂な声を上げるが、その視線を追って納得する。二つほど向こうのテーブルに朔が緑川と共に座っていたからだった。手元を見る限り、彼女はいつも通りコーヒーを飲んでいるように思われる。その向かいの緑川は、食堂裏メニューのパフェを美味しそうに食べていた。
そういえばシャッターチャンスとは何の事だと思った諏訪は、物欲しそうに眺めてきていた風間にカツを分けてやりながら尋ねる。
「で、あれの何処がチャンスだって?」
「…それはだな」
「(すげえ頬袋)おう」
もごもごと口を動かす様子を見ながら、諏訪もカレーを頬張る。ごくりと口の中の物を飲み込んだ風間は、一息置いてから話し始めた。
「岸川はあまり感情が表にでないタイプだろう」
「ああ…お前がそれ言っちゃう?明らかお前の影響だよな?」
「そんなあいつでも楽しいとか嬉しいとかが分かり易い時がある」
「おい。おいこら鉄面皮」
「それが緑川と居る時だ」
「………ほぉ」
そう言われてみれば、確かに何時もより柔らかい表情をしているような…。
ちらりと奥の方に目をやれば、なるほどその通りである。しかし、何故緑川なのか?次なる疑問が浮かんだその時、横にいた風間がインカムの向こう側に合図を出した。
「恐らく、聞きつけた黒江がやってくるだろう。その時に一番いいやつが撮れるはずだ」
<了解です>
「は?なんで黒江?緑川だけじゃねーのかよ」
「まだ続きがある。
朔と緑川は親戚で家族みたいなものだ。だから必然的にその幼なじみの黒江にも懐かれている」
「……まじか」
「嘘を言ってどうする?」
口に運ぼうとしたスプーンがカラン、と手を滑り落ちる。半ば呆然とした諏訪に台拭きを手渡しながら、風間はその呟きに肯定の言葉を返した。
飛び散ったカレーを拭きつつ、諏訪は再び朔の方を窺う。暫く眺めていると、確かに仲のいい姉弟のような雰囲気が見て取れるのが分かった。
「…全然気づかなかったぞ、オイ」
「それは当たり前だ。
岸川は緑川にボーダーに入る条件として"互いに緑川、朔さんと呼ぶ"事を言い聞かせている」
「何でだそりゃ」
「岸川は中々難しい位置にいるからな。守秘義務というのもある、組織に入る以上は線引きをしておきたかったんだろう」
「あー。確かにあいつ最初は営業にも居たし技術部もよく出入りしてるもんな。トップシークレットの塊ってか」
差し出されたクリームのたっぷりついたスポンジを口に含めて顔をしかめる朔と、それを見て笑う緑川。甘い物があまり好きではない事を知っていて食べさせる緑川もそうだが、甘いと分かっていて食べる彼女もどこか楽しそうだ。普段よりも気を抜いている事が見て取れる光景に、家だとあんな顔すんだなあと諏訪は何故か感動を覚えていた。
穏やかな顔付きで二人を眺める諏訪を、風間は横目でじとりと睨みつける。
「…欲しくても写真はやらんぞ」
「いやいらねーよ。それに隠し撮りとかしなくても普通に俺らで撮ってる写真あるわ」
「…何?」
「ンー、お、あった。これだよこれ」
「………」
諏訪が取り出したスマホに映っているのは、確かに朔である。しかもその口元には緩く笑みが浮かんでおり、風間は瞳に驚きの色を乗せた。が、すぐにその顔を嫌そうに歪める。朔の両隣には諏訪と二宮も映っていたからだ。
「この読書サークルが……余程リストに入りたいと思える」
「は?サークルなんか入ってねえけど?つか見たんなら返せ、俺のスマホ」
「朔姉」
「双葉!おいで、隣は空いてるよ」
「えっちょっと、何で双葉は普通にその呼び方OKなわけ!?ずるいんだけど!!」
「あの時ああ言わないと、お前は所構わず接触しようとするだろう。それに私は言ったはずだが?公私混同するならボーダーに入るな、と」
「…双葉は?」
「普段はちゃんと朔さんと呼んでいるよ。な、黒江?」
「はい、朔さん。私は駿みたいに馬鹿じゃないので」
「えええ〜何だよ〜…」
噂を聞きつけた黒江がやってきてから、その場は穏やかな賑わいを見せた。親しい友人同士が醸し出す雰囲気とはまた違った、内縁の者が昔話に興じる時のようなそれだ。彼女自身無意識ではあるが、家族同然の彼らを前にすると途端に表情筋が緩くなる。初めて笑う姿を見た者も少なくなく、食堂は密かな囁きに満ちた。
(え、一体あそこはどういう関係性…?)
(親と子みたいな…)
(いや、姉と弟妹みたいな…)
そんな事はつゆ知らず、彼らは思いのままに会話を重ねていく。傍目からでも家族のように見えるのだが、その実内情も弟を叱りつける姉と同じものだった。
「私は何も、今までの関係を無しにしようだなんて言ってるわけじゃない。ただボーダーという組織に属する以上、守秘義務や守るべき礼儀というものがある」
「そんぐらい俺にだって分かるよ…」
「私は本部長直属唯一の特別隊員で、ランク戦という物には一切関与していない。言ってしまえば、お前たちとは一線を画しているんだ」
「…うん」
「つまりは上司だ。そんな人になめた口をきいていいと?」
「思いません…」
「そうだな。だからせめて公の場では控えて欲しいんだよ、駿」
「!
分かりました、朔さん」
「ならいい。さっきの嵐山の時みたいに気を抜かないでね」
緑川の注文したパフェを横からつついている黒江の頭を撫でながら、朔は微笑む。厳しく言うのは彼に期待しているからであって、組織に所属している自覚を強く持って欲しいと願うが故だった。
これから、緑川はもっともっと強くなる。その過程で弟子をとる事だってあるだろうし、十年もすれば人を率いる立場になると彼女は確信していた。彼女とて、弟や妹を突き放すようで心苦しい所もある。しかし、それ以上に彼らの未来に期待しているのだ。互いに切磋琢磨しあって成長してくれたら、とも思っていた。
(ただ、今はまだ…早いかな)
パフェの奪い合いをしている二人を見て、ふっと瞳を和らげる。その目に映るのはA級部隊の実力者ではなく、可愛い二人の家族の姿だった。
「それじゃあ、私はこれから本部長に用があるからここでな」
「えーそうなの?
…また今度模擬戦してくださいよ、朔さん」
「朔さん、私もお願いします」
「はは、時間があいたらな。気をつけて帰ってね」
そう言って去っていく後ろ姿を見ながら、二人は通路に佇む。その背中が見えなくなった時、ふいに黒江が口を開いた。
「…あんたは、それでいいの」
「え?何?」
「朔姉って呼ぶだけでいいの」
それだけじゃないでしょ、と物語っている瞳を前にして、緑川は目を見開いた。まさか気付かれているとは思っていなかったのだ。そんな幼なじみを見て、黒江は馬鹿じゃないのと呟く。
「いつも三人だったんだから、気付かないはずないでしょ」
「えーそっかー。なんだよ、分かってたなら早く言えよなー!」
今回のラウンジでの騒動にしたって、仕事にレポートに追われている朔を少しでも独占したかったから起こしたのだ。構われたくてやっている事が子供じみていることくらい、彼自身よく理解していた。しかしそうやって駄々をこねるようにすれば、仕方なさそうな顔で彼女は手を差し伸べてくる事も、彼はよく分かっている。
「あーあ!ほんと、朔姉ってば良いお姉ちゃん過ぎるんだよなー!!」
「…まあ好きなようにしたら。私は全力で妨害するけど」
「えっそこは応援してよ!?」
「嫌」
ギャーギャーと一方的に騒ぎながら、彼らもまたその場を後にする。二人がいた通路には人の姿は無く、緑川と黒江の声がしなくなると途端に静かになった。
―ところで、二人のいた通路を一つ曲がると小さな喫煙所がある。
そこは喫煙者の多いエンジニアらが使うには遠い所にあるため、どの時間帯に行っても人に会うことはあまりない。それ故、知っている者はここを穴場として使用していた。
その中の一人、諏訪洸太郎は風間等を食堂に置き去りにし、その喫煙所で気ままに煙をくゆらせていたのである。そこに飛び込んできたのが先程の二人の会話。そこにはガラスなどの仕切りはなく、一つ向こうの静かな通路での会話は丸聞こえだった。
(へえ…緑川がなあ)
こりゃうかうかしてらんねえな、と肺に溜まった白い煙を吐き出す。そこで、ふと食堂に置いてきた友人の事が思い浮かんだ。岸川朔のセコムと噂される男である。アイツはこの事を知ってんのか?と考えてから、多分ねえな、と自らその問いに答えを出した。知っているなら、あんな風に呑気に写真を撮っている筈がないからだ。
(ま、これでセコム様から一歩リードってか)
―目に見える敵はもちろん、目に見えない敵も知っていて損はない。
そんな事を考えて一人ほくそ笑みながら、彼は短くなった煙草を灰皿に押し付けた。
特別隊員の受難―恋愛戦線、混乱編―
* * * * * * * * * *
ワートリ長期企画にて一番票をのばしております、長編更新枠。ありがたや…。というか話数少ない割に人気ですね、このシリーズ(笑)
今回は前回に引き続きリクエスト下さったれい様のご要望にお応えして書いたのですが…。すいません、緑川あまり出てないですね!?自分でもびっくり!書き直しをお望みでしたらご連絡ください…!ちなみに、我が家の奈良坂は「1浮気につき1たけのこ」だそうです。
それから、真由美様と蒼葉様も温かいコメントありがとうございます!そのお言葉を励みにして頑張りますね!!
・セコム'S:
今回仕事してない。まあそんな時もある。大体主人公に関係してるけど。諏訪曰わく「ただのストーカーじゃねえか」とのこと。
御名答。
○似非家族:
幼なじみ、または親戚という繋がりがあり、三門市近辺に住んでいた事から幼少期より共に過ごす。主人公の家族写真は大体この二人が、学生写真はセコムが共に映っている。つまりは知らぬ間に周りを囲われている。二人は無邪気かつ無垢な子供を演じて邪魔者を蹴散らしていた過去あり。つまりは今回のstkセコムよりもよっぽどセコム。
↓
・弟:
セコム自身昔から知り合いであるためか、若干チェックの甘い少年。大好きな姉さんがボーダーに取られたと拗ねて反抗期を迎えたが、自分が姉離れ出来ずものの二日で終わった。その頃から淡い恋心を抱き始めた模様。自身もボーダーに所属してから姉を遠い存在に感じ、子供じみた行動で気を引こうと健気に頑張っている。この行動がセコムにはシスコンの駄々こねに見えているらしい。いいぞ、今の内にもっとつけ込むんだブラザー。
・妹:
正直に言って今作の中で一番セコムらしいかもしれない猛者(見た目美少女)。現セコムすら知らない事を知っている上、冷静沈着、実力もある。創作チャーハンも美味しく頂ける。そろそろ世代交代の時は近いのか…。ちなみに主人公の髪の毛の手入れはこの子がしている。やはりいい仕事をする、将来が楽しみな子。
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