二次創作/夢 特別隊員の受難―言葉遊び編― 「うわ、なんだあの組み合わせ…」 「どういう関わりが…?」 ひそひそとラウンジに居た人々が噂しながら見つめる先には、ある三人の姿があった。 その内二人はB級隊員、もう一人はボーダー唯一の特別隊員である。噂されるのも頷けるほど珍しい組み合わせであるのは、そのB級隊員の顔ぶれを見れば一目瞭然だった。何故かと言えば、B級一位部隊の二宮匡貴、そしてB級十位部隊の諏訪洸太郎という二人の隊長が異様な存在感を放っているからである。 見た目からすれば仲違いをしそうな面々であるのに、彼らは全くそんな雰囲気を感じさせなかった。寧ろ、真剣な表情で何かを熱心に語り合う様は一種の仲の良さを想像させるではないか…。 「ますます意味がわからねえな…」 「おお…」 混乱を極めたギャラリーは、噂を噂で留めてその関係の真偽を確かめようとはしなかった。 うっかり声をかけて面倒事に巻き込まれるのは間違っても御免である。彼らギャラリーが面倒事になると確信している理由は、勿論あの特別隊員だ。彼女にその気があろうが無かろうが、岸川朔という人物は間違い無くトラブルや事件の発端となるのである。 ―触らぬ神に祟り無し。 三人が繰り広げる熱い議論が聞こえない所まで退避した彼らは、全てを見なかったことにしてその場を後にするのだった。 「諏訪…君が薦めてきたやつ、」 「ああ…あれは」 「おう、どうだったよ」 ―さて噂の三人はといえば、だが。 妙に緊迫した空気を醸し出しながら朔が口を開き、二宮もそれに同調して頷いた。そんな二人を前にした諏訪も真剣な顔でねめつけるような鋭い眼差しを返す。しかしそんな険しい雰囲気も、朔が再び口を開く事で瞬く間に霧散するのだった。 「物凄く面白かった…!!」 「だろォ!?ほーらな!!やっぱ気にいると思ったんだよ俺は!!!」 「序盤からして王道だと侮っていたんだがな…俺も岸川に同感だ」 「分かってんじゃねーか二宮…この作品はそこがミソなんだよ!!」 パッと嬉しそうに声を上げた諏訪は、非常に得意気な顔をしていた。 そう―彼らが話題としていたのは、三人で囲んでいた机に置かれた本の中の一冊…諏訪が二人に薦めた推理小説である。はしゃぐように、とまでは行かなくとも、各々が生き生きとした表情でその作品の注目すべき点や感心した点を矢継ぎ早に上げていくのだった。 そもそもあまり共通点の無さそうな三人が、何故熱い議論を酌み交わすようになったのか。 それは、彼らが中毒と言えるほどの読書家である事が深く関係していた。 中でも、諏訪は推理小説、朔は歴史小説、二宮は世界文学…とそれぞれが読むジャンルが違っていたのだ。が、好きな分野の本ばかり読み漁っていると、不思議なことに違う分野にも手を出したくなるのが読書人の常なのである。 しかし、迂闊に手を出してがっかりしたくもない。新しいジャンルに挑戦するには何故かかなりの勇気を要するのだ…故に、彼らは尻込みして手を出さず仕舞のままだった。 ―が、ある時。その一種のフラストレーションは解消されることとなる。 「ん」「お」「あ」 彼らは、目的の物を抱えた状態で三者三様の反応を示す。 市内最大級の書店で、三人は思いがけない面々と思いがけない形で出会うこととなった。書店といえば本、であるのだが…それぞれが抱える冊数がもはや一桁ではない。レジ打ちのアルバイトが可哀想になる程の本を両腕に抱えているではないか。 …いや、それよりも彼らには気になる点があった。 「諏訪…それは推理小説か?」 「おう、つか二宮も大量に世界文学抱えてんじゃねーか」 「いや、俺よりも岸川の方が持ってる冊数は多い。…歴史小説か」 朔は他二人の持つ本のジャンルが気になって仕方なかったし、彼らもまた然りだった。各々好きなジャンルの本を大量買いしようとしているのは目に見えて明らかである。言うなれば、それぞれのジャンルのプロフェッショナルが目の前に居るのだった。 ―こんな良い機会を逃す手はない。 その場にいた誰もがそう思っただろう。 彼らは即座に会計を済ませ、無言でその後の予定を無理矢理空けてから顔を見合わせる。示し合わせたかのような手際の良さだった。 「…この後私は暇なのだが」 「奇遇だな、俺もだ」 「俺も」 あくまで偶然を装うという謎の行動を取った後、彼らは喫茶店に入った。注文を済ませて、さあと意気込んで話し始めてみればもう止められない。静かになったのは食事が運ばれてきた時のみであり、食べ終えればまた口のよく回ること。 店内で繰り広げられる熱い議論のせいで少なからず客足は遠退いていたが、初老のマスターはにこやかな表情で朔達を眺めていた。喋りすぎて喉が渇いただろう、とコーヒーのサービスまでする始末である。 そんな人の良いマスターに見守られながら、彼らは一日の四分の一をその喫茶店で過ごすのだった。 「は〜…気に入って良かったぜ。 その本の作者は今でこそドラマ化とかして有名だけどよ、俺はそれ以前の作品こそ読むべきだと思うんだよなあ…それも確か第二作目」 「確かに、これは時系列的にドラマ化も難しいだろうしね。小説として完成させたままにしておくべきだろう」 「原作をみだりに変えて放送するのが一番俺は気に食わないな」 「「ああ…」」 積み上がった本と冷めたコーヒーを前にしながら、(絵面的にこう表現していいのか不明だが)和気藹々と三人は会話を重ねる。周囲からは奇特なものを見るような視線が刺さるが、彼らは全くもって気にしていなかった。最優先すべきは本のこと…これが三人揃った時の鉄則なのである。 「二宮のこの作品も…秀逸と言う他ないな。言い回しが絶妙だ」 「それな。特に心理描写がなんつーか…鬼気迫る感じ?」 「少ない言葉で全てを書ききらない所がこの作者の特徴だ。読者に常に選択肢を与えて考えさせる…そんな所だろう」 「奥が深いな…。」 「全くだ…」 しみじみと文学の奥深さを噛み締める二人を前にして、二宮は口角を少しあげる。自分の推薦した作品の良さを他人に理解してもらえるのが、思ったより楽しいらしかった。 また彼は、香りの飛んだコーヒーを飲みながら一冊の本を手に取る。それは、朔が二宮と諏訪に薦めた歴史小説の内の一つであった。 「岸川が薦めてきたこれは…賞賛に値する一作だな。何故この作者があまり有名で無いのかが理解できない」 「それ、後書きもすげえ面白かったよな!?後書きが面白いなんて初めてだったぜ」 「中国史小説の第一人者の先生でね。文献を幾つも示し合わせて、事実に基づいた仮説も文中に折り合わせているんだ。何がすごいって、仮説を仮説と思わせないその手法だよ」 「膨大な量の知識があって、且つその活用法を理解していないと出来ないことだろう。…凄まじい人だ」 「知らねー単語ばっかなのにスラスラ読めることに俺は驚いた」 尊敬している先生を褒められ、朔も満更ではない様子だ。 彼女曰わく、その先生がきっかけで歴史小説に手を出したらしい。読み終えた今となっては、その発言に二人は納得しか出来なくなっていた。それ程大きな影響を人にもたらす作品に出会えた事は、彼らにも大きな充足感を与えていたのである。 一通り語り終えて満足した三人は、しばらくその雰囲気に浸っていた。これも割といつものことだが、初めて目にする者にとっては只の恐怖でしかない。ボーダー内の実力者達が目を閉じたり細めたりして悦に浸っているのだ…それも当然と言えよう。顔をしかめて遠ざかる者も少なくなかった。 さて、そんな彼らの後方―…植え込みの向こう側では、風間隊の面々が揃って聞き耳をたてていた。 いや、これは聞き耳と言うべきなのか…。あまりにも堂々とし過ぎている彼らではあったが、話に熱中している三人には意外と気付かれないものである。それを良いことに、植え込みという一つ壁の向こうで彼らは思い思いの会話を重ねているのだった。 「二宮と諏訪、か。前に書店で会ったとは聞いていたが…油断していたな」 「短期間でここまで親しくなるなんて…由々しき事態ですよ、風間さん」 「これって簡単に引き剥がし難くない?ちょっと歌川、潜入してきてよ」 「無茶言うなよ…。俺は本とかあまり読まないぞ」 高校生組は時間割が固定されている上ボーダーの訓練や任務があり、そうそう読書に時間は割けない。もし誰かを潜入させるなら、それは…。 視線が集まった事に気がついた風間だが、残念ながら彼はあの場に違和感なく溶け込めるほど読書家ではない。そういった意味を込めて首を振れば、空気はズンと重くなった。 「しばらく様子見だな」 「「「はい…」」」 苦肉の策ではあるが、今はこれ以外に方法はない。仕方ないと言わんばかりに風間がそう言うと、彼らも渋々ながら肯定の返事をするのだった。 何もそこまで警戒しなくても、と思う人もいるだろうが、彼ら風間隊にとっては重大問題なのである。現に、朔が二宮と諏訪といる時間は確実に増え、その分風間隊と彼女が過ごす時間が減っているのだ。いくら彼女が気を許してくれているからといって、あぐらをかいて何もしない訳にはいかなかった。 因みに、風間は朔が取られないようセコムをするという目的で、高校生組は不穏因子を取り除いて隊長と朔をくっつけるという目的で動いている。目指すところに少しの齟齬があるものの、彼らは一体となって二宮と諏訪を見張るのだった。 あの後語りに語って満足したかと思えば、三人は更なる世界を求めて書店へと向かっていた。(風間隊は尾行をしようとしたが、残念ながら後に防衛任務を控えていたので出来なかった) 道すがら本の話で盛り上がりを見せ、諏訪は勿論、必要以上の会話を好まない二宮も普段より饒舌である。朔を真ん中に挟みながら、一行は楽しそうに歩を進めていった。諏訪はともかくとして、固い表情筋の持ち主二人もたまに笑うとは…趣味が合うという事は恐ろしい効力を発揮するものである。 いつになく浮かれている朔を横目に、その頭上で二宮と諏訪は目を合わせた。わずか数秒の事だったが、それが合図のように二人はほぼ同時に朔の手を取る。―二宮は紳士のように優しく掬う形で、諏訪はぶっきらぼうに手全体を覆う形で。 突然両手を拘束された朔は、不思議そうに二人を交互に見上げた。どうした、とその小さな唇が紡ぐより早く、諏訪が口を開く。それは、その場にいる全員が覚えのある一説だった。 「<君よ、どうか私の意を。 繋いだこの手の温かさが全てを届けはしまいか>」 二宮が薦めた作品の最終章にある、主人公に向けたある男の台詞が朔へと降り注ぐ。諏訪の手の温もりが朔の手へと移り、じんわりと広がった。 「<君よ、どうか私の意を。 触れたこの手の冷たさで心を震わせてくれはしまいか>」 また、二宮がもう一人の男が主人公に言った言葉を朔に向けて放つ。諏訪とは対照的にその手はひんやりとして冷たく、逆に朔の手の温もりを奪っていった。 二人の意図が分からずに瞬きを繰り返していた彼女は、彼らの一連の行動を芝居と心得たらしい。捕らえられたままの手を自ら握り締め、弾むような声で言った。 「<自覚せよ。 温もりも冷たさも無形故、我が身に伝わらぬ。方々自覚せば、我も我もと>」 主人公が二人の男に向けた言葉を一語も違えずにすらすらと朔は言ってのける。やり遂げたぞ、と再度見上げれば、参ったと言わんばかりに二人は顔をしかめた。 「っかー!慣れねー事はするもんじゃねーな」 「…同感だ。 というより、二人が台詞を覚えていたことに驚いたんだが」 「印象的なシーンだったからな。私はよく覚えてる」 三人が演じたのは、主人公に男二人が言葉少なに言い寄るシーンである。主人公はまどろっこしい事を何より嫌う少女で、具体的にものを言えば私も応えるでしょうよ、と強気に返す場面だった。 ―とは言っても、二宮や諏訪にとってそれは演技だったのだろうか。 そもそも、二人とも演じるなどという道化の役割は苦手としているのだ。いくらその作品を気に入っているからといって、わざわざ自分達に重なるようなシーンを引っ張ってきてまで演じるだろうか? 勿論、そんな事は彼らの口から聞かない限りは何もわからない。ただ、そう…彼らの好む小説のような言い回しをするならば― ―答えは、一瞬の瞳の交錯に潜んでいる。 特別隊員の受難―言葉遊び編― * * * * * * * * 今回こんな展開になったのは間違いなく私が全く本を読めていないからである。滅茶苦茶本読みたい。私もこの語り合いの輪に参加したい。中国史漁りたい。中国史興味あったらぜひ私にご一報ください。全力でコメントし返します。 別名: 活字中毒トリオ編〜セコムを添えて〜 ・セコム's: 今回は主人公の本へのあまりの執着ぶりに後込みした模様。ただ相変わらずの性能の高さで不穏因子の気配を察知。観察に至るまでの行動が素早く、潰す算段まで同時に考えてしまうあたり前より進化している。絶え間ない成長の果てにはきっとstkになる。お巡りさんこいつらです。しかしボーダー内は基本治外法権。 ○活字中毒者: その名の通り本が大好き。好むジャンルは違うが、違うからこそ主人公含め連むようになった。何も知らない周りからすれば違和感ありまくりの異色な組み合わせ。仲良さげに話す所なんて見たら目薬五回はさしたくなる。 ↓ ・スタイリッシュ中毒者: 洋書を持ってても違和感なんざ感じようがないお方。これでもまだ二十歳。作者の偏見で世界文学好きになった。今までは主人公が気にかかっても目の前に立って見つめるだけだった(セコム爆誕編参照)。ある意味pure。グミじゃないよ、でもpureなの。セコムルンバッバには早い時期から目を付けられていたが、長らく無言だったので今の所ブラックリスト入りはしていない。 ・パツキン中毒者: 見た目に反して推理小説好きな事はよくからかわれるらしい。本人はきっと気にしてない。主人公と同い年なので割と仲良しだが、やはりここにもルンバッバが立ちはだかる。ブラックリストに入っていないのは、意外と内面を隠すのが上手いからだと思われる。が、真偽は(一応)定かでない。もう一つ意外な点は、ロマンチストであること。でなきゃ突然あんな劇を路上で始めるわけがない。やった後に凄まじく照れるタイプ。頑張ってcube。 [*前へ][次へ#] [戻る] |