二次創作/夢 特別隊員の受難―赤いダークホース編― 大学の講義後、朔はボーダー本部内をいつものように歩いていた。すると、後ろから聞き覚えのある声がする。振り返ってみれば、思った通りの男がそこに立っていた。 「岸川さん!奇遇ですね!!」 「嵐山、君も大学終わったのか」 「はい。訓練室ですか?一緒に行きましょう」 嵐山准といえば、広報担当の嵐山隊隊長として世間に広く知れ渡っている男である。メディアに顔出ししているだけあって、顔面偏差値の高いボーダー内でも上位を争うイケメンだ。身長が風間と同じくらいとはいえ同じく顔面偏差値の高い朔と並ぶと、美男美女と揶揄したくなる二人であった。 エンジニアであろう職員が何やら慌ただしく通路を駆けていくので、それを避けるように端に寄りながら訓練室へ歩を進める。 「今日は追い掛けられてないんですね!」 「やっぱり私は駆けずり回っている印象しかないのか…?私だって好きで追い掛けられている訳ではないぞ、嵐山」 人好きのする笑顔で放たれる言葉に悪意は無くとも、それは確実に朔の胸を貫いた。走り回っていることに対し、なんとなく責められているような気がしたのである。 「まあ太刀川は本部長が絞ってくれたらしいし…米屋と出水は普通に模擬戦を誘うようにしてくれたから、確かにここ数日は走ってないな」 「でも何となく岸川さんって追い掛けたくなる感じしますよね」 「、え?」 相槌を打ちながら返してくる中に、何か不穏な響きのする言葉があったのは気のせいか。しかし、嵐山は変わらず眩しい笑顔をたたえたままだ。彼女は一応聞き返してみることにした。 「…何でそう思ったんだ?」 「ほら、岸川さんってあまり表情変わらないじゃないですか。逃げているときは結構必死なのが分かるから、それを見たくて追い掛けるんじゃないかって」 その話しぶりからすれば、どうやら彼自身が思ったことではないらしい。朔はその言葉を聞いてほっと胸をなで下ろした。心臓に悪い事を言わないで欲しい。 「そ、そうか。…、っ!」 と、その時、大きなダンボールを抱えた職員が横を通り過ぎていく。その際に朔にぶつかり、それに気付かないまま去っていった。その衝撃でよろめいた彼女は前方に自分の体が倒れていくのを感じ、反射的に目をつむる。しかしいつまで経っても床に叩きつけられる感覚はなかった。 寧ろ柔らかな何かに包まれているような感じが…。 恐々と目を開けると、自分のお腹に細身ながらも逞しい腕が回されている。その腕をたどり見上げると存外近くにその顔があったので、朔は慌てて目をそらした。 「あ、りがとう嵐山…」 「いえ!大丈夫ですか?」 それでなくても近いのに、更に顔を近づけて話しかけてくる彼に朔の心臓が少し動きを速める。生まれてこの方(主に風間のせいで)お付き合いなどしたことのない彼女である、端正な顔が間近にあるだけでも十分に羞恥心を煽られていた。 とりあえず離れてもらおうと体を捻って嵐山の肩を押す。もともとあまり力を入れていなかったらしくすぐに腕は外れたが、依然として二人の距離は近かった。改めてその近さを認識して、僅かに朔の頬が赤く染まる。 そんな朔を見ていた嵐山は、彼女によって外された腕をおもむろに伸ばした。髪の隙間から覗くうっすらと赤くなった耳をなぞり、顔にかかる長めの前髪を梳くように撫でる。その動作の意図するところが分からず、朔は嵐山を見つめた。そんな彼女に応えるように嵐山も見つめ返したため、無言で向き合う形になる。 二人の間に静寂が落ちた。 爽やかな笑みを浮かべていたはずの後輩が真剣な顔で黙り込みつつ見つめてくる。そんな現状に朔は多少の羞恥を感じると共に、困惑を覚えていた。なまじ顔が良いだけに、鋭い眼差しで見つめられると段々といたたまれなくなってくる。頬をくすぐっていた指が肩に掛かると、朔はいよいよ落ち着かない気分になってしまった。ただでさえ熱を持っていた顔がさらに熱くなり、隠しようもないほど赤くなっているのを感じる。 自分の一挙一動に振り回されて首まで赤くなる朔を見て、嵐山は瞳を細めた。美しく手触りの良い絹のような髪を撫でながら、口を開き―― 「…岸川さん、」 「あーーっ嵐山さんここにいたんですか!探したんですよ〜」 「ちょっ佐鳥先輩!!」 ―突然の大声に、朔はびくりと体を震わせる。 やましいことは何もしていないが、彼女は悪事を暴かれたような心境に陥っていた。嵐山の背後、つまりは朔の正面に続く通路へ目を向けると、佐鳥と何故か焦っている木虎が立っている。佐鳥に至ってはのんきに手を振りながら近づいてきていた。 「賢!木虎!どうしたんだ?」 「ええっ!?嵐山さんが隊室に集まるように言ったんじゃないですか〜!」 「ん?そうだったか!すまん、忘れていたよ」 (―あれ、) 自隊の隊員と話す嵐山には、先程までの鋭い雰囲気は感じられない。火照った顔を冷やすように手で扇いでいた朔は、そんな後輩を見て内心首を傾げた。 何を言いかけたのか気にはなるが…こんなにはやく態度が変わるのだ、きっと大したことは無いのだろう。 朔は独りでに頷き、自分が感じた違和感を気のせいと結論づけて片付けた。 「とっきーも綾辻先輩ももう集まってますよー?」 「そうなのか?」 目の前で交わされる会話を聞き流していると、佐鳥の後ろから来ていた木虎が隣に近付いてきたことに気づく。視線を移すと、やや頬を染めたまま木虎が話しかけてきた。 「あの…お二人の邪魔ではありませんでしたか? 佐鳥先輩のこと止めはしたんですけど…」 「…?邪魔? いや、気にすることはないよ。嵐山は私がよろけたのを支えてくれただけだし…話も大したことじゃなかったみたいだから」 その言葉を聞いて、木虎は安心したようで残念そうな表情をする。 彼女が最初に二人を見たとき、嵐山の影に隠れるように朔が立っていた。そんな光景に少女は恋愛的な展開を期待したのである。木虎は横やりを入れてはならないと自分に言い訳をして、二人の様子を窺うことにした。強いとは言えやはり年頃の女の子、そういう事を邪推したくもなる。 しかしそこへ、空気を読まない先輩―もとい、佐鳥が嵐山を探してやってきたのだ。低姿勢で木虎が見つめる通路の先に目的の人物がいると分かるやいなや、制止の言葉も聞かずに佐鳥は飛び出していったのである。 共に行動している隊長の雰囲気が普段と違うことくらい、何故分からないのか。 …いや、問題はそこだけではなく、朔の鈍さにもあると木虎は考えていた。明らかにそういうムードを嵐山は作り上げていたのに、彼女ときたら「大したことじゃない」とのたまったのだ。微妙な表情もしたくなるものである。 先は長そうだが、尊敬する二人が付き合うのは木虎の望む所だ。小首を傾げて疑問符を浮かべる朔を前に、木虎は綾辻と作戦会議を開く段取りを考えていた。 「(何がなんでもくっつけてやるんだから…!!)」 ―A級三位部隊という高い壁など気にしていられるものか。 いくら周りのガードが固いとはいえ、実際当の本人がどう思うかが問題なのだ。あんなに近い距離でも嫌がらなかったということは、見込みがあるに違いない。 闘志を目に宿して一人うち震える木虎を見て、朔はやはり首を傾げざるをえなかった。 「(なんか木虎ちゃん燃えてるな…)」 「じゃあすみません岸川さん、俺たちはこれで失礼します」 「岸川さん今度俺とも模擬戦してくださいね!」 「…佐鳥先輩スナイパーじゃないですか……」 そう挨拶をして去っていく嵐山隊の面々を、朔は手を振って見送る。木虎と佐鳥がなにやら言い争っているのを微笑ましく眺めた後、さて自分も訓練室へ…と歩き出すと、数歩もたたない内に踏鞴を踏むこととなった。 振り返ってみれば、わざわざ追い掛けてきたのだろうか。つい先程別れたはずの嵐山が朔の腕を掴んで立っている。 「どうしたんだ嵐や」 「―続きは、」 ま、と言い切る前に、それを遮って嵐山は口を開いた。その表情は真剣で、エメラルド色の瞳に剣呑な光を灯している。彼は身を屈めてぐっと朔に顔を近づける。あまりの近さに動揺していると、嵐山は更に距離を詰めて、彼女の耳に唇が触れるほどのところで動きを止めた。 「 続きは、また今度 」 妙に色気のあるかすれた声で囁いた後、彼はパッと距離を開ける。 いつものように笑みを浮かべ「それでは!」と言って颯爽と歩いていく後輩の背中を見て、朔は口をはくはくと開け閉めする事しか出来なかった。 通路を曲がったところで、嵐山は不意に足を止める。 思い出すのは小さな耳や白く滑らかな頬、掴んだ時に妙に小さく感じた両肩―… どれを取っても自分とは違うか弱さを感じさせられた。しかもあんなに赤く染まった顔で見上げられては、元々想いを自覚していただけあって理性が働くはずもない。佐鳥が来ていなければ事を急いてしまっただろう、と苦笑いをこぼす。 広げた手の平をじっと眺めていると、先に行っていた自隊の隊員が隊室の扉から顔を出した。 「嵐山さん?突然引き返してどうし…」 訝しげな顔をしていた木虎は嵐山を見てはっと息をのみ、期待に満ちた眼差しを向けた。そわそわと両手をいじり、うかがうように口を開く。 「岸川さんと何か、あったんですか…?」 「、どうしてそう思ったんだ?」 「だって嵐山さん―…」 木虎の言葉に彼は驚きに目を丸くする。思いも寄らないことを言われて、嵐山はじわじわと口端が上がるのを感じた。何があったのか聞きたそうにしている後輩の頭を軽くなでながら、隊室に入ろうと促す。 「悪いけどな、木虎。 これは俺の秘密ってやつだよ」 (“優しい顔をしていた”…か) 自分を待っていた隊員たちに謝罪しながら木虎に言われた言葉を反芻した嵐山は、脳裏にある一人の女性を思い浮かべる。 自然と優しい気持ちになれるような、温かい雰囲気が包む人だと思った。 ―同時刻、風間隊隊室。 隊内会議を行っていた風間は、嫌な予感がしてふいに顔を上げて扉を見つめる。その隊長の異変に気がついた隊員達も、何かに気がついたような顔をして扉を睨み付けた。 「…この会議中に何かあったみたいだな」 「俺達がいない時間帯を確実に突いてくるとは…いやらしい奴ですね」 「えーまた岸川さん変なの引っかけてんの?潰すにも一苦労なんだけど…」 ぶうぶうと不満を漏らす菊地原に苦笑しながら、三上は皆の前にあるカップにコーヒーを注ぐ。自分も席に着いてから、難しそうな顔をして彼女は口を開いた。 「でも、今回は一筋縄ではいかない相手じゃないでしょうか? この時間に岸川さんが本部に来ることを知っているとなれば…」 「大学生かつ俺達をものともしない奴 ……嵐山か」 特徴的な赤い瞳をぎらつかせ、風間はぽつりとこぼした。心なしか、隊員二人の目つきも鋭い。三上に関しては笑顔だったが、目が笑っていなかった。 この時トリガー点検の為に入室したエンジニアは、後にこう語る。 “あれは獣が狩りをする時の目だった”、と…―。 特別隊員の受難―赤いダークホース編― (岸川さん可愛かったなあ) * * * * * * 腕が疲れたぜ!! ・セコム′S: 不届き者感知レーダー搭載。電波障害?ねーよそんなの。雨の日も晴れの日も雪の日も嵐の日も正常に作動します。A級?隊長?そんなの関係ないよ。全身全霊全力を以て潰しに行くよ。逃げようだなんて思わないことだね。 〇嵐山隊 ↓ ・隊長: 今回台風の目となった爽やかイケメン。顔も性格も良いだけに下手に貶すとブーメランとなる扱いにくい人物。根底にあるのは純粋な想いだが、無意識に割とすぐにボディタッチに走る。コイツが一番ラブコメ展開になりやすい。無意識か計算かは不明だが、セコムのいない時によく主人公と接触するラッキーボーイ(19)。おかげで中々に牽制し難くてセコムは苛立つ。セコムを苛立たせる天才はこの男である。 ・オールラウンダーその1: 出歯亀少女。隊長と尊敬する先輩の関係が気になって気になって仕方ない様子。主人公の周りがガチガチに固められている事は気づいているが、主人公自身にそういう想いを抱かせてしまえばこっちのものだと企む賢い子。隊長の「秘密だ」というセリフに内心ガッツポーズをして、嬉々として綾辻に報告した。 ・オールラウンダーその2: 今回は一言も喋っていない半目キノコ。自分から手出しはしないが、ひっそりと女子二人の活動を応援している。温かく見守る派。空気を読まないスナイパーの所業を聞いて頭を三回無言ではたいたらしい。 ・スナイパー: 鈍さ純100%の不憫系男子。自分が後輩に止められ後に同級生に頭をはたかれた理由を、全く分かっていない。主人公には綺麗な憧れのお姉さん、という態度で接している。多分これからも滅茶苦茶良いところで邪魔をする。故に叩かれる。しかし敵対勢力には感謝される。そしてやはりその理由は分からない。 ・オペレーター: この人もまた今回は喋っていない。画策系女子。隊長と主人公のエンカウント率が高いのは、二割程度この人の仕業。地味に誘導して接触させている。そして後輩隊員と作戦会議を開いては盛り上がっている。みかみかと仲はいいが、主人公に相応しい人の意見に関しては対立している。これだけは譲りませんよ! 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