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二次創作/夢
フェードアウト未遂事件・後編











日が傾いて夕日が段々と姿を隠しつつある頃、大学の講義を終えた木崎レイジが玉狛支部に帰ってきた。その目に飛び込んできたのは、熱に浮かされたような瞳で小南VS絲の模擬戦42戦目を観戦する烏丸と、その隣で模擬戦を見ながら時折烏丸に目をやっては笑いを堪える迅と、模擬戦の記録を取りながら元気に声援を飛ばす宇佐美の姿である。陽太郎は口の端にお菓子のくずを付けたまま、雷神丸と共に部屋の隅でクッションに埋もれながら寝ていた。


「…どういう状況だ?」


木崎は事前に迅から絲が来る旨を伝えられていたが、楽しいことになるよとしか実際には聞いていない。どう見ても烏丸の様子が変だし、宇佐美は宇佐美でガン決まった顔をしてパネルを操作しているし、小南と絲の模擬戦数が半端じゃないことになっている。一人だけ状況を全部把握しているであろう男は、木崎の帰還に気が付いてお帰りレイジさんとひらひら手を振った。それを見た木崎は、一つ息を吐いて手に持った買い物袋を掲げる。


「来客と聞いていたから餃子の材料を多めに買ってきた。迅、お前も手伝え」

「はいはーい。でも多分模擬戦はまだしばらく続くから、準備はもうちょい後で大丈夫だよ」

「そうか。 …京介はどうした?」

「うん、あれは‘気になってる先輩の色々な面を今日一日でたくさん摂取してしまったから飽和してる顔’」

「……諏訪から聞いた話だと志島が京介に振り回されてるって話だったがな。まあいい、折角だから俺も模擬戦を見ていくとするか」

「そうしなよ。志島ちゃんの戦い方って意識の外からやってくるというか、なんか面白いんだよね」

「ああ、よく聞くしよく知っている。風間も諏訪も隊員以外に褒める後輩は大抵志島だからな」

「うーん確かに。特に諏訪さんは後輩バカだよねえ」

「大学の購買で自分が食べもしない飴を買い込んでたくらいだ。自分を見て駆け寄ってくる後輩が可愛くて仕方ないんだろうさ」


諏訪さん見た目で怖がられがちだしよっぽど衝撃だったのかもねと笑う迅は、あえて草壁の名前を出さなかった。案外面倒見のいい諏訪が気にかける後輩の一人だが、かつては諏訪に銃手(ガンナー)としての手解きを受けていたのが草壁である。今はオペレーターとして存分に能力を発揮しており、年齢に見合わないその有能さは感心の一言をもって人々に讃えられている。ただ、口が悪い…というより口調がキツい。どうも諏訪自身その洗礼を受けたようで、木虎や真木含む後輩女子は強い感じのイメージが拭えなかったようだ。
そこに登場したのが絲という純粋に慕ってくれる存在だ。自分が粗雑な自覚があるため、人から雑に扱われても諏訪は基本怒らないし流している。それが通常だった中に尊敬と信頼をまっすぐ向けてくる後輩が現れたらどうだ。間違いなく可愛がる一択だろ、とは諏訪の言葉である。それを木崎が伝えると、それにしたっていつも志島ちゃん用の飴を持ち歩くのはよっぽどじゃない?と迅はさらに笑った。

二人が見つめるモニターには、小南が接続器(コネクター)で大斧となった双月で絲を袈裟斬りにした様子が映っている。絲はそれでダウン判定が降ったようだが、小南の片足は大きく削れていた。負ける回数は勿論絲の方が圧倒的に多いが、小南とて全くの無傷とはいかないようだ。慣れない玉狛トリガーを使いながら、あの手この手で勝利への道筋を掴もうとする表情はとても生き生きしている。そんな彼女と戦う小南も、それを見る側もひどく楽しそうだった。

(連れてきてやっぱ正解だったな)

志島絲という人物は今回の事件(鳩原の一件)のほぼ中枢にいて、それでいて通常通り振る舞えている奇特な人物だ。絲を玉狛に呼び寄せたのは、別に迅が彼女を励ましたかったからという理由だけではない。通常通り振る舞えている(・・・・・・・・・・・)という異常さを気にかける者が絲の周りには多くいるからだ。
迅と親しい生駒は絲の師匠だし、弓場もよく手合わせを行なっているらしい。彼らは本人から何か言わない限りは静観の構えを貫くらしいが、それでもやはり様子が気になっているようだ。またこの場にいる木崎は迅以外に唯一真相を知っている者であり、妹弟子(鳩原)や同級と親しい絲のことを少なからず心配している節があった。迅はそういう人たちが心配しないように、絲が楽しく過ごしている所を周りに示して欲しかったのだ。勿論絲に元気になってもらうことも狙いの一つだが。

しかし小南や宇佐美はともかく、烏丸がこういう様になるとは読めていなかった。思ったよりも烏丸に絲という薬(マタタビ)が効くらしい。絲は烏丸に強く、烏丸は烏丸ガールズに強く、烏丸ガールズは絲に強い。未来視も相まってその相関図を覚えた迅は一つ賢くなった。覚えんでいい。
ちらと隣を見て、木崎の緩んだ目元にホッと息をつく。ひとまずの狙いは達成されたようだ。


「…うん、レイジさん。そろそろ作り始めるとちょうど焼き始める頃に皆戻ってくるよ」

「焼き始めに?焼き終わった頃の方がいいんじゃないのか」

「いやいや、こういうのは皆で囲って焼くのが楽しいんでしょ!ほらほらタネこねるから」

「そうか?じゃあプレートを用意するか」


さてと迅は腕まくりをして気合を入れる。今日は迅含め食べ盛りの男三人が揃い踏みなので、大量の餃子を作らねばならない。余れば翌日にスープに入れて水餃子にしてもいいだろうが、まず間違いなく全て食べ尽くされるはずだ。ケチらずにある材料は全部つぎ込んでやろうとボウルを取り出す。お腹を空かせた烏丸を筆頭にした高校生たちがキッチンに飛び込んでくるまで、あと小一時間といったところか。


「頑張るかあ」

「…迅、今日はギョーザか?」

「お、陽太郎お目覚めか」

「包むのおれもてつだうぞ!」

「そりゃありがたい!じゃあ手洗ってこいよー」

「わかった!」


おチビ様の手も借りて、木崎含む三人でせっせと餃子を包みまくること一時間。
迅の読み通り、匂いを辿るように烏丸がキッチンに姿を現した。その後ろから背伸びをする小南と絲、宇佐美も続いてやって来る。四人は机の上に山と積まれた餃子を見て目を丸くし、すごいと感心の声を上げた。おれも包んだ!これ!とアピールする陽太郎を抱き上げて、絲はすごいなあともう一度漏らす。なにせ量が半端ない。どこのフードファイターの食事だろうか。キャッキャと元気いっぱいに喜ぶ陽太郎と自己紹介を交わしていると、最後の一つを包み終えた木崎が顔を上げた。


「よし、これで準備は終わった。お前ら好きなだけ焼いて食え」

「え、これ全部今日食べる分なんですか!?」

「男子三人いるからねーこれくらいペロリでしょ」

「とりまるなんか信じらんないくらい食べるのよ」

「俺成長期の食べ盛りなんで」


フフン…と胸を張る烏丸はどうやらいつもの調子を取り戻したらしい。真顔で謎に自信満々な態度にはよく覚えがあった。なんか突っ込んだ方がいいのかな…と思うよりも早く、玉狛の面々は軽くスルーして食卓に付き始めている。あっ当たり前すぎるくらいいつものことなんだなと把握し、絲は何も言わずに小南の隣へ向かった。反応しないのが一番ってことやな。イコさんに染まって常日頃突っ込みまみれだけど、突っ込まないように頑張ろ。

六月が迫り来る中、季節はどんどん初夏へと向かっている。鮮やかな緑がそこかしこで見られるようになってきたが、それに伴って日差しも気温も徐々に夏仕様になっている。
季節の変わり目である今こそスタミナが大事だからな、精をつけろと木崎に促されるまま餃子を焼いては頬張っていく。ニラと生姜が効いていて、噛めば噛むほど肉汁と具材の味が染み出してくる。美味い。行儀が悪いとか世間で言われているらしいが、周囲は皆ご飯にワンバウンドさせてから餃子を食べていた。ならば別に自分も構わないだろうと絲もご飯に餃子を乗せ、溢れる肉汁を染み込ませる。茶色くなった米と一緒にかきこむのが美味いのだ。汁物くらいあってもいいだろうとザクザク野菜を切って適当にぶち込んだ味噌汁を啜り、ホッと一息つく。日本の食事って感じだ。


「いつもと違うけど、この味噌汁美味しいじゃない。志島さん何入れたの?」

「え?だし兼具材で昆布を細かく切って入れたくらいかな」

「昆布って本来水から入れて煮出すんだったっけ?うさみ分かる?」

「どうだったかなー、学校の調理実習でやった気もするけど覚えてないや」

「でも本当に美味いっすねこれ」


自分の作った味噌汁が褒められて嬉しいのだが、特別な物は何も入れていない。何か違いがあるんだろうかと高校生たちは揃って首を傾げる。調理実習の記憶なんて遥か彼方にすっ飛んでいて何も覚えていなかった。実習では誰かがダークマターを作りやしないかとドキドキしていたくらいの記憶しかない。隣の班の男子は炊飯時の水の量を間違えてホカホカのお粥を作り上げていた。味噌汁と卵焼きと大量のお粥とは中々見ないメニューである。皆で滅茶苦茶味変した。優勝は塩と生姜だった。シンプルしか勝たん。

そもそも絲がわざわざキッチンに立たずとも、餃子以外に木崎お手製の副菜は用意してあった。しかし、絲は自分が増えたことで手間を増やして申し訳ないなーという気持ちと汁物が欲しいという自分の欲があったのだ。そのため自ら味噌汁でも作らせてくれないかとお願いしたという訳である。
客人に料理をしてもらう訳には…と断ろうとした木崎だが、烏丸の‘俺は先輩の味噌汁めっっちゃ食いたいんですが?’という眼差しにちょっとビビった。目からビーム出てんのかってくらい禍々しい目つきだったらしい。ちなみにその時烏丸の数値はレーザーポインターみたいに光を集中させて木崎の顔をホワイトアウトさせていた。新技生み出すな。絲は白くのっぺらぼうになった木崎の顔をポカリと口を開けて見てしまった。そんなことある?

結局小南や宇佐美も食べたーいという声を上げたため、絲は何の変哲もない味噌汁を作って皆に提供したのである。フードファイター・烏丸は餃子が出来上がると同時にシュゴオッッと吸引する勢いで食べ続けていたのだが、絲がおかわりの味噌汁を運んでくると恭しく両手で受け取り大事そうに噛み締めながら食べ始めた。


「よし今だ!志島ちゃんナイス!!」

「京介が味噌汁に夢中な間に焼いて食えるだけ食うぞ」

「美味い…美味い……」


烏丸の勢いに負けて量を食べられていなかった迅と木崎は、ここぞとばかりにワッと箸を伸ばして餃子をかきこみ始める。二人ともまだまだ食欲旺盛なお年頃なので、がっつりいっぱい食べたいのだ。対して烏丸は、先ほどまでの勢いが嘘かのように一口一口ゆっくりと味の染みたざく切りの野菜を味わっている。なんかグルメ漫画の作画に変わってる気がするが、それ程までに気に入ってくれたなら何よりだ。言語中枢やられてる気するけど。


「断食月(ラマダーン)終えた後にご飯食べた人みたいな反応だな…」

「それって確か日没後なら食べてもいいんでしょ?」

「あ、知ってるー!日が登ってる間の殺生を禁じる?みたいな決まりだったよね」

「うぷぷ…たしかなまんぞく…」


女子とお子様はもうお腹いっぱいになったので箸を置いており、ガツガツと餃子を貪る男性陣を眺めながら女子三人はのんびりお茶を啜っている。
陽太郎は眠くなってきたのかカクカクと船を漕いでいたので、絲は下で待機していた雷神丸にそっと乗せた。雷神丸は鼻先を絲の足にちょんとくっ付けてからのそのそ移動し、陽太郎ごとゴロンとクッションに転がる。しばらくしてぷすー…と気の抜ける音が聞こえてきたので、一人と一匹は仲良く眠りに落ちたようだった。小南に犬だと教えてもらった雷神丸だが、どこをどう見てもカピバラにしか見えない。騙されやすいとは知っていたが、多分烏丸か迅が言ったことを真に受けて信じ切ってるんだろうなあと想像する。大正解。

まあしかし、本当に謎の生き物だ。
絲には人だけでなく動物や無機物の数値も視覚化されているのだが、雷神丸の頭上には城戸司令のような文字化けした塊が浮かんでいる。しかもその塊は、どうも6桁は優に超してそうなのだ。本当にそうだったら100万とかも有り得るんだろうか?何はともあれ、値の桁がなんとなく推測できる文字化けの仕方は初めてだった。同様にぼやけて数値が読めない陽太郎も何かあるんだろうなあ、とは思う。けれど林藤支部長の子供だというし、部外者の自分が頭を突っ込む話でもない。認識としては大きなペットと元気な子供で十分だろう。

(数値と言えば…)

ちらと隣の小南に目をやる。もう麻痺してきている上に初対面でもないので驚かないが、小南の数値は本部でもトップクラスだ。ふんわりと羽のように揺れる髪の隙間から顔を覗かせているそれは、22万と太刀川と同じ値を叩き出している。仕草は可愛いのに値が可愛くねえ。恐ろしいことだ。
まあ本部で一番恐ろしいのは忍田本部長(数値53万)なのだが。鳩原の一件からよく関わるようになったが、いざ目の前で値をはっきり認識した時は背筋が凍る思いだった。リアルフリーザはやばいだろ。忍田の数値は刀みたいに研ぎ澄まされてシュッとした形をしており、いぶし銀が鈍く輝いていた。かっこよ。味方につければ心強いことはたしかなので、太刀川関連で困った時には存分に頼らせてもらっている。いつもお世話になってます。

ぴすぴすと鼻を鳴らすウサギのように落ち着きなく髪から肩へ移動する小南の数値を眺め、可愛いな…と頬を緩める。癒し。対して奥に座る宇佐美の頭には、何故かメガネをかけた数値がデデン!と陣取っている。ボーダーメガネ人間協会名誉会長を名乗るだけあるな…まさか数値という概念にメガネを装着する程とは…。先ほどまではトリガーの方に気を取られすぎてあまり見ていなかったが、本部にいた頃よりも値が上がっている。オペレーターで唯一国近だけが3万だったのだが、今では宇佐美も3万代に乗っていた。なんなら国近よりも1000上だ。玉狛で思う存分研究や試作に取り組んだからだろうか。羨ましいことこの上ない。


「そういえば、もう八時になるけど志島先輩はどうします?」

「? どうって?」

「泊まってくかどうかですよー」

「!そうよ、泊まってけばいいじゃないの!女子会やるわよ女子会!」

「おおー楽しそう…だけどそんな突然でも大丈夫なの?」

「もちろん!ねっレイジさん」

「ん?ああ、林藤さんももし遅くなるようだったら泊まっていいと言っていたぞ」

「ほら!元々私たちも泊まるつもりだったし」


ウキウキと体をねじる数値と顔を輝かせる小南に見つめられ、絲は顔の前に両手をかざしてそういうことなら…と返した。そうと決まれば!と部屋に布団を準備しに行った宇佐美と小南の後ろ姿を眺め、元気だなあと零す。ふと視線を戻すと、向かいに座っていた烏丸が食事の手を止めて両手を組み天を仰いでいた。え?食事の祈りには遅すぎんか?お前もう腹に餃子パンパンじゃねえか。


「…何してんの?烏丸」

「迅さんに感謝してました」

「エッ俺?」

「それだと迅さん死んだみたいになっちゃうやろが」

「じゃあ本人を拝みます」

「ならいいよ」

「良いんだ!?」


迅の方を向いて感謝を祈りを捧げる後輩を見て、絲はヨシと頷く。天を仰ぐ烏丸を笑っていた迅は、突然己に矛先が向いたことに驚き戸惑う。そりゃ誰も急に拝まれるとは思わんわ。普段烏丸に振り回されまくっている絲は、生温い眼差しを迅に送った。がんば。

迅からすれば、烏丸は自分が泊まる時に絲も泊まることが嬉しいのだと分かり切っている。どうも烏丸は絲にご執心らしいことは今日一日で学んだ。しかしそれがどうして自分に感謝を捧げることになるのか、と考えを巡らせた所ではたと思い至る。玉狛に呼んだらいいよと言ったのは己だ。話は案外単純だった。そういうことかぁ、と頭をかきながら未だ拝み続ける烏丸の頭を上げさせる。とはいえ、迅にとって烏丸がここまで喜ぶのは予想外だったので棚からぼたもちといったところだろうか。
余談だが、烏丸は食事の後に女子会に突撃をかけて普通に馴染み、ちょっと夜更かしをして仲良く寝落ちた。ある意味での離れ業をやってのけたもさもさしたイケメンは、各所から恨みを買いそうだ。翌朝女子三人と一緒に寝癖がついたままリビングに姿を表したので、迅は俺の後輩…色々と読み逃してた部分あったかもな…とちょっと引いた。

しかし悲しいかな、話はこれだけで終わらなかった。迅にとっての悲劇はここから始まったのである。


「あれ?志島ちゃん今日も来たんだ」

「宇佐美と小南と外で待ち合わせてから来たみたいだぞ。カフェに寄ってきたと写真を見せてもらった」


お泊まり以降、元々相性は悪くない玉狛女子二人との距離が急速に縮まったらしく、絲はほぼ毎日のように玉狛に顔を出すようになった。宇佐美監修のトリガーを使って小南と延々と模擬戦をしたり、バイト終わりに乱入してくる烏丸も交えて新しい戦術を試したりと、高校生組皆で仲良くやっているようだ。


「お、今日は泊まりか」

「志島先輩がレイジさんと一緒にトンカツ作ってくれるみたいなんですけど迅さんの分俺が食いますね」

「え?俺の分食うって一方的な宣言??」

「コラコラやめなさいトンカツ怪人。君の分は多めに揚げるから」

「ほんとっすか!!!!!」

「声デッッッカ」

「京介のこんなデカい声初めて聞いたわ」


そうこうしている内に、いつの間にか絲が晩御飯を一緒に取ることが当たり前になっていった。それに伴ってテンション爆上げもさもさイケメンが観測されるようにもなっている。落ち着け。そして最早家に帰るのが面倒になったのか、玉狛高校生組が泊まっていけと猛プッシュしたからか、最終的には林藤の許可を得て連日泊まるようになったのである。絲からしても、本部にはない規格の玉狛トリガーを試したりデータを取ったりできるのがひどく楽しい。近界由来の技術も組み合わさっている所が特に興味深かった。
玉狛のドンにも許されたしどうせ開発室には出入りできないんだし…。そう考えた絲は師匠との稽古以外で本部に行かなくなり始め、代わりに玉狛支部には毎日足を運ぶようになっていた。稽古という名の模擬戦自体はいつも通り行っているものの、終わり次第さっさか玉狛へと向かっているので本部での滞在時間は短い。それに伴って絲の交友関係はこの短期間で異様な狭まりを見せていた。

迅にとって予想外だったのはこの部分だ。
絲が楽しく過ごしている所を周囲に見せて欲しかったのに、まさか本部にほとんど行かなくなるなんて誰が想像しただろう。これではただ絲が楽しいだけで終わってしまう。いや、木崎は何だかんだと世話を焼いているので嬉しそうだし、烏丸を筆頭にした他の面子も非常に楽しそうだ。陽太郎も絲が来るとトリガーの話さえしていなければ存分に構ってもらえるので、来訪を心待ちにしている所がある。玉狛側にとっては活気が出て良いことづくめなのだ。玉狛側にとっては。

つまり本部側の絲と交流の深い人間がどう思うかというと―


「なあ迅、最近志島ちゃんが模擬戦の後スーッと帰ってまうんよ…俺なんかしたんかな……」

「オイ迅、生駒が来なかったか。最近志島のやつが素っ気ねえらしくてなァ…」

「お、迅がこっちに来るのは珍しいな。ところで志島を最近見ないんだが、お前何か知らないか?」

「迅、最近宇佐美は元気にやっているか。志島もそちらに世話になっているようだが」

「よお迅!!なんだよ暇そうじゃんか、俺と戦ってけよ!!」


―とまあ、こんな感じになるのである。
生駒に弓場、東に風間、最後に関係ない太刀川。戦闘馬鹿(バトルジャンキー)は置いておくにしても、絲を気にかける面子が豪勢すぎる。そう考えるととんでもない人脈だ。風間以外は迅が絲を玉狛に呼ぶよう提案したとは知らないようだが、それにしたって嗅覚が良すぎる。絶対に何か察しているだろうと言わんばかりの顔ぶれだ。もし絲が本部に寄り付かなくなった原因が迅だと知れれば、と考えただけで面倒だ。何よりそんな未来がここにおるで!!とチラ見えしている。帰って。迅は事態がどんどん肥大化しているのを理解し、ダラダラと背中に汗が伝うのを感じた。

他にも師匠の内の一人である二宮や絲を可愛がっている諏訪に堤など、言葉にはせずとも会う時間が減ったことを気にしている者はたくさんいる。同級生で言うと仲の良さが別格の影浦は普段通りらしいが、国近はゲームする機会が減ったと文句を零しているようだ。六穎館組は学校が違うため接点が少なく、蔵内を筆頭に会話が少なくなって寂しそうだと聞く。周囲に与えている影響が多大すぎる。
他にも絲が可愛がっている後輩の佐鳥や歌川、樫尾らも先輩に会えなくてどうしたんだろうかと噂しているらしい。ひとまず現状確認と情報収集のために本部を訪れた迅は、比喩でなく本当に頭を抱えた。どう収めればいいんだこんなの!?数人ならまだしも、手を回すべき人が多すぎる。


「…まあ俺が下手に手を出すよりは志島ちゃんが動いた方が確実だな……」


絲一人を玉狛に呼ぶだけでここまで余波がすごくなるとは全く見えていなかった迅は、何も解決しないまま本部を颯爽と後にした。完全なる投げ出しである。無理!無理なもんは無理!解散!!
ちなみに本部でここまで心配されているのは、玉狛での時間が充実しすぎて絲が携帯をほぼ確認していないがために、彼らへの返信が寝る前の一瞬で考えた短文になっているからだ。傍から見たら鳩原の突然の除隊処分に時間を置いてからショックを受け、ボーダーへの足が遠のいているようにも見えるだろう。実際そう噂する者も出てきている。もちろんそんなことはないのだと知る者が大半だが、やはりそれでも不安にはなってしまう。こうして誤解は進んでいくらしい。

結局の所、事態が終結したのは6月中旬のことだった。
きっかけは絲のマブダチ・影浦の誕生日が6月4日だったことにある。学校ではクラスが違うくせに気が付けば隣にいる二人は、その誕生日が差し迫った時も一緒に昼食を取っていた。そこで下手なものをあげるよりは直接聞いた方がいいなと思った絲が、誕生日プレゼントに何が欲しいかを尋ねたのだ。


「プレゼントォ?そんなの一つに決まってんだろーが」

「え?まさかこの前見てた限定モノのめっちゃ高いスポーツシューズ…」

「んなわけねえだろーが。つうか腐っても隊長だぞ、金ならテメエよりあるわ」

「うわ高校生が吐く言葉じゃない…」

「るせ」


ギザギザの歯が前触れもなく絲が食べようとしていた豚肉の紫蘇チーズ巻きを齧り取っていく。人が箸に持ってたの狙いやがったなと思ったが、こうなれば全部あげてしまおうと絲は残りを影浦の口の中に放り込んだ。やっていることはカップルのそれなはずなのに、全く甘い雰囲気がない。言うなれば獲物の分け合いっこである。二人の向かいに座る北添は、またじゃれあってるなあと大きな肉まんを頬張った。


「で、一つって一体何?」

「俺と戦え」


結局あれもそれも寄越せと主張されたので絲は箸ごと弁当箱を影浦に渡した。影浦は当然のような顔でそれを受け取って残りを遠慮なくムシャムシャと食べ、あっという間に殻の弁当箱が返ってくる。お茶を飲みながら影浦の望むプレゼントは結局何なのか尋ねると、予想外の言葉が返ってきた。影浦との模擬戦はいつもやっていることである。最近はそれこそ玉狛に入り浸っていて出来ていないが、村上も交えた三つ巴戦は定期的に開催していた。


「そんなのいつもじゃん」

「ちげえ。…玉狛で色々やってんだろ」

「!」

「最近は新しいものを試したくてたまらねえって顔してるぜ」

「わぁ…はは、よくお分かりで!宇佐美から色々教えてもらったし、小南にはいっぱい揉んでもらったしね」

「それで俺を負かしてみろ。できねえとは言わせねえぞ」

「よしきた、受けて立つ!何戦する?」


絲を煽る影浦だが、その顔にも戦いてえという獰猛さが前面に出ている。似たもの同士お互いのことがよく分かると言うことだ。一日で終わるのは惜しいからどうせなら一週間くらい連戦して戦績を競うのはどうだ、一日何戦までならいけるんだ、と目を爛々と輝かせて話を詰めていく姿は完全に同類だ。静かに見守っていた北添は、可愛いじゃれ合いが野良猫同士の対決みたいになっちゃったなあとメロンパンを頬張る。あーあ、野生味が前面に出てしまった。

こうして絲は影浦の誕生日以降、久方ぶりに本部で過ごすようになった。

最初は影浦とポイント移動ありのガチバトルを繰り広げていたので、他の人と話す機会がそこまで潤沢にある訳ではなかった。しかし、本部で全く姿を見なかった絲が何やら戦い方をグレードアップさせて影浦と渡り合っているのを見れば、元気にやっているのは一目瞭然である。玉狛での模擬戦三昧により小南のスピードについて行けるようになった絲は、影浦のトリッキーな不意打ち攻撃にも対応できるようになっていた。攻撃の予測は元々得意としていたが、そこに技術的な面で底上げされた俊敏さが加わって影浦のマンティスを捌ける回数が増えてきたのだ。
その変化に‘もしかして姿を見なかったのは隠れて特訓してたからでは?’という説が自然と持ち上がり、なあんだと胸を撫で下ろす者が多くいた。鳩原の一件を乗り越えて戻ってきてくれたと考える者もいたらしい。そう言う意味ではここに来てやっと迅の狙い通りになったと言えるだろう。その前の本部での混乱が大きすぎて、遅効性にも程がある!!と迅は後に嘆いたらしい。

勿論推測だけでは満足できない面々は、影浦とブースから出てきた所を捕まえてここ最近本部にいなかった理由を問い詰めている。そこで絲が玉狛でトリガーの研究や小南との模擬戦に明け暮れていたと聞き、師匠や同級生、後輩たちはとても深く納得したらしい。
特に蔵内は、そんなに研究できないことがストレスだったんだな…気付けなくてすまない…!と何故か潤む目頭を押さえていた。涙腺が弱いことに定評のある蔵内だが、そんなことで泣かないでほしい。絲はいつも頼れる年上みたいな同級生のその姿に動揺し、蔵内の周りをオロオロ周って途方に暮れた。王子はそんな二人を笑いながら撮影しており、SNSで同学年のボーダー隊員のグループに早速送りつけている。特に六穎館組からの反響が大きかったとだけ記しておく。

絲自身それがきっかけでバフが切れたとでも言えばいいのか、常時アドレナリンドーピング状態からやっと抜け出した。そういえば興奮しまくってて玉狛のことしか頭になかったな…と。振り返ってみれば、ここ最近本部所属の隊員と会話したのは学校や稽古時の僅かな間だけだった。今まで本部に暇さえあれば通い詰めていたのに、それ以外姿が見えないとなれば心配もされるだろう。失踪扱いもされるわ。


「ほんま心配したんやで!!俺志島ちゃんに嫌われてもーたんか思って枕を涙で濡らしまくったわ」

「アラァ…それは申し訳ない」

「お前ほんま…俺らとは学校で会うてんねんから、そん時に説明くらい寄越してくれても良かったやろ」

「いやーそこまで気にされるとは…そこまで接触減ってた?稽古の時は会ってたじゃん」


どうもご心配おかけしましたーと生駒隊の隊室を訪れると、師匠がすぐさまスライド瞬間移動で絲にひっしとしがみついた。離さないという固い意思を感じる。うおんうおんと嘆く生駒の背を軽くさすり、同じくしとどに液体を垂れ流す数値を見てこっそり笑いながら謝罪した。水上の呆れと少しの棘がある言葉が飛んできたので、それとなく躱そうと隠岐に質問を投げかけると、絲の横にピッタリと陣取っている後輩はにっこりと微笑む。


「いやいや、先輩稽古終わったら雑談もそこそこにサーっとはけてってましたんで。寂しかったですわぁ」

「すぐいなくなっちゃうから将棋倒しトーナメントのリベンジマッチまだ開催できてないっすよね!」

「これは穴埋めしてもらわんとなあ?」

「取り立てヤクザの本場の方ですか?怖…」

「アンタら詰め寄んのもそこまでにしときーや!いつまでもグチグチ言ってんのはみっともないで!」


笑顔でちくちく刺してくる隠岐に向けていた顔をそっと逸らす。圧すご。将棋倒しトーナメントを止めてたのは申し訳ないが、それ南沢がやりたいだけだろ…ジェンガとか何気に強いもんな。隠岐や南沢の援護をするように水上がオォン?と顎をしゃくってくるので、絲はひっつき虫と化してる師匠に身を寄せた。怖いんよ。脅すな同級生を。
そこに助け舟を出してくれたのは、我らがマリオちゃんである。可愛くて気がきくなんて最高でしかない。


「まあ私は絲先輩と今度映画行くけどな」


と思いきや、普通にただの自慢(マウント取り)だった。その発言は火に油ぁ!!と遠い目になる。思った通りわあわあと男性陣が抗議の声を上げ始めたので、さらに目から光が消えた。


「えっマリオちゃんずるない!?俺もまだ弟子とお出かけしたことないんやけど」

「俺も!俺も行きたい!何見るんすか?アクション系?」

「女子だけじゃ危ないやろ」

「なあなあマリオ、買い物したりするなら俺も行ってええ?俺色々選ぶの得意やで」

「男子禁制や。参加者は募集しとらん」

「そんな殺生な…!!」


どうにかついて行こうとする彼らにやかまし!!と一喝し、にべもなく断る細井は頼もしい。ボーダーに入った時は数値の異常さに慄くばかりだったのに、ここまで人間関係に広がりをみせるとは自分でも驚きだ。今回の件で自分を心配してくれている人は結構いるんだなあとよく分かった。生駒隊はちょっと騒がしすぎるけども。
今回は自ら隊室に赴いたケースだが、それ以外の人にはブースから出た瞬間ドワッッと囲まれたので影浦にオイテメーふざけんじゃねえ!!説明くらいしとけや!!と至極真っ当な正論で叱られてしまったくらいだ。仰る通り。なんか刺さった感情が不愉快だったんだろうな、すまんマブ。周りも一気に喋ってきたから「◯*%#@!$$%+#!!!!!」みたいな不協和音だったもんな。重ねてすまんマブ。

そういう訳で、絲がもしやフェードアウトするのではと危惧されたこの一件は一応の終わりを迎えた。
今回100%得をしたのは玉狛側の面々であり、中でも烏丸ははしゃぐ絲(獰猛な姿)を見て何回も軽率に死んでは蘇っている。行動がオタクのそれ。影浦の誕生日をきっかけに絲が本部に戻り始めた時は、他を出し抜く機会が減ることを悟って真顔で特大の舌打ちをしたそうな。ただ絲自身玉狛独自の技術に大いに心惹かれるものがあったので、休日には積極的に足を運ぶようになった。その分前よりも会える回数は増えているので、可愛がられたい後輩もそこには満足しているようだ。


ちなみに事の発端である迅はというと、玉狛に絲が通い詰めるきっかけを作ったという自覚がありながら何も言わなかったため、後からそれを知った方々に詰め寄られたらしい。
無言で圧をかけてくる二宮、一言くらい言えや!と文句を言ってきた諏訪、弛んでっぞ筋通せや!!!と勢いが強い弓場。優しいのはそういうことだったんだなと頷いてくれた東だけである。一人だけ何も知らない(気にしてない)太刀川はただ迅と戦いたいだけなので割愛しておく。

良かれと思ってやったことは結果こそついてきたものの、己に火の粉が降りかかっていて素直に喜べそうもない。迅は絲が烏丸に強く、烏丸は烏丸ガールズに強く、烏丸ガールズは絲に強いことを学んだが、自分は絲と相性が悪いらしいということも学んだ。どうも大筋は見た通りに進むのに、細かい所で予想外のことが起きてしっぺ返しを食らうのだ。実を言えばお互い形は異なれど‘見る'ことに特化した特殊能力の持ち主なので、それが未来の読み逃しに繋がっている。しかし迅にはそれを知る術はなく、ついでに言えば絲にもない。つまり今後も絲が絡むとこういうことが起こる可能性があるということだ。

頑張れ迅、負けるな迅!











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