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二次創作/夢
フェードアウト未遂事件・前編











「さあ先輩行きますよ」

「開口一番何なんだ?行かんが」


今日も今日とて閃光の如き数字を肩に乗せる自称可愛い後輩―烏丸は、顔の横でキラリと光を出してクイと顎を動かした。しかしドライブに誘うかのような爽やかさでそんなことを言われても、知らんものは知らんのだ。絲は即座に否定の言葉を返したが、烏丸はどこ吹く風である。


「何言ってるんですか?」

「お前が何????」


え、そんな馬鹿な…という雰囲気で怪訝そうな顔をする後輩を前に、絲はただひたすらに困惑しかない。何か前もこの流れやらなかった?と思っていると、ああそうだと烏丸は羽織っていた上着の袖をまくってみせた。そこにはスリムな形のスマートウォッチが付けられており、落ち着いたシルバーのベルトと黒の文字盤がよく似合っている。手首を軽くひねると、それに反応した画面が針が時間を指し示すアナログ表示からデジタル表示に切り替わった。


「これ、すごい使い心地いいです。ありがとうございます」

「まあ誕生日だったしね。かなり前から直球でプレゼント欲しいって言われてたし」


いつもスン…としてる烏丸の瞳は、この時ばかりは爛々と瞳を輝かせていた。それもそのはず、今の彼は絲が烏丸のことを考えて用意してくれたプレゼントを身に着けているからだ。烏丸の誕生日は犬飼のおよそ一週間後、5月9日である。犬飼とは違って真正面から突撃コークスクリューブローしてくることに定評のある烏丸だが、プレゼントのねだり方も同様だった。普段はその押しの強さに辟易とする所のある絲も、誕生日くらいはいいかと色々吟味してプレゼントを選んだのである。ちなみにそのプレゼント内容を知った犬飼は悔しさと己の愚かさに歯軋りをした。奥歯がちょっと欠けたらしい。出直せ。
玉狛に移ってから木崎の影響でランニングが日課になったと聞き、絲はまずウインドブレーカーやスポーツシューズを候補に上げた。それでも十分かもしれないが、どうせなら色々と役立つものをあげた方が気持ちいいし受け取る側も嬉しかろう。その思いから辿り着いた結論がスマートウォッチである。長く使える良いものを、という考えでチョイスされたそれの値段はそこそこ高い。


「歩数だけじゃなくて心拍とか色々測れるしね。睡眠の質とかも見れるの知ってた?」

「スマホで同期してるアプリからですか?」

「そうそう」


烏丸が取り出したスマホの画面を絲も覗き込んだため、二人は傍から見れば仲良く頭を突き合わせているように見える。絲自身、別に烏丸が嫌いなわけではないのだ。眩し過ぎるのと押しが強過ぎるのさえ無ければ。
そういう訳で素直に烏丸が画面を操作する所を眺めているのだが、当の烏丸は絲が自ら近寄ってきたことに驚いてハァ…ッ!!と一人静かに打ち震えていた。野生の高嶺のあの子(ネコチャン)が足元に歩み寄ってきたかのような感動である。そのせいか烏丸の肩に乗る数値がぶるぶる震えて光を強め、絲の視界は一瞬ホワイトアウトした。オッ!何も見えねえぞ!対向車のハイビームみたいに唐突なフラッシュテロである。


「今日は…2万歩超してますね」

「おうめっちゃ歩いてるね、えらいえらい」

「…!」


しぱしぱする目を擦りながら、絲はとりあえずといった感じに軽く後輩を褒めた。いや実際運動部でもないのにすごい歩数行っててすごいなとは思ってるよ?ただお前のフラッシュテロに目やられとんねん。
そんな絲の現状を知る由もない烏丸は、その仕草のせいで絲がより猫のように思えてきてクッ…と下唇を巻き込んで堪える。下手な言動をした場合、折角近寄ってきてくれた先輩が即座に遠ざかることが分かっているからだ。野生の猫ってそんなもの。もっと言ってください…と喉の奥から低い声を絞り出した烏丸を、絲はおう頑張ってるなと言いながら雑に褒めた。なんか噛みしめてて怖い。


「…で、君は私をどこに連れていこうとしてるの」

「ああ、そうっすね。言い忘れてました」

「人を連れ去る前に行き先教えなさいよ、誘拐だぞお前」

「じゃあ…この顔に免じて許してください」


さて、何かに感じ入っている烏丸を待っていては話が進まない。そのため、絲は渋々ながら冒頭の話題を振り返って後輩に持ちかけた。するといけしゃあしゃあと目的地を伝えることを忘れていたと言い始めるので、いやいやお前ね…と呆れた眼差しを送る。普通忘れんやろ。そういう思いを乗せた眼差しを受け止めた烏丸は、ふむと一拍置いてから上半身を屈める。ぐいと近付いてきた顔はよく整っていて、黒く澄んだ瞳は近くで見ると中毒性がありそうだ。わあまつ毛の密度がすごーい。毛穴が見当たらなーい。チッ世の中の不条理がよ。
自分の顔が世間一般受けすると分かっていての行動なのだから、何ともタチが悪い。世の女が狂わされてしまう。そして肩上の数値また光増してない?眩しくない?そろそろ私の目冗談抜きで焼けそうなんですがこれ保険下りる?下りない?そっかぁ…。


「…顔がいいな……腹立つけど……」

「ォッッシャ!! …お眼鏡に叶ったようで何よりです」

「??お前今すげえ勢いでガッツポーズした???」

「何の話です?」

「ンェ……怖………」


絲が悔し紛れに顔を顰めて感想を述べたその時、烏丸は一瞬の風になった。残像でガッツポーズしたのを優れた動体視力で捉え、その次に続く落ち着き払った声音に戦慄する。お前今すごい太い声でォッッシャ言うたよな?何しらばっくれてんの?誤魔化せると思ったんか??今の何という驚きと困惑の表情を隠せないまま指摘したが、烏丸はどこ吹く風といった様子だ。絲は目の前の後輩がますます分からなくなった。元々分かってること少ないけど。
さて、本題の行き先はどこなのか。改めて話を聞いてみると、どうも行き先を提案してきたのは迅なのだという。ここで何故迅の名が?と疑問に思った絲に、烏丸は例のアレっすよと軽く告げた。


「アレって…ああ、あのトンチキサイドエフェクト?」

「そんなこと思ってたんですか」

「いやだって未来視とか頭への負荷凄そうだし。まさに‘副作用’と呼ぶに相応しいよね」

「そういうもんなんですかね」

「そういうもんでしょ。じゃなきゃ上もそんな名前付けないよ」


迅とは生駒や弓場繋がりで時折会話するくらいの仲であり、サイドエフェクトという超爆弾級の話題については全く触れたことがない。そのため想像でしか物を言えないが、近くに感情受信体質というけったいなものを抱えている友人がいるので全くの無知という訳ではなかった。
サイドエフェクトはその力の大きさ故に、持ち主の生き方を決めてしまう。影浦しかり、菊地原しかり。コントロールが難しいものほどそうなるだろう。中でも特に迅のサイドエフェクトは人が持つには大きすぎる力だ。ボーダーという戦闘に重きを置く異常な組織だからこそ役立てる(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)ものであって、日常生活で大いに役立つかと言われれば首を振るものも多かろう。むしろ逆のことが多いはずだ。上手く付き合っているなら良いが、その内頭がパンクしてしまうのではないかと密かに心配している。まあ本人からすれば余計なお世話かもしれないので、絲がその思いを口に出したことはない。


「で?迅さんはどこを提案してきたわけ?」

「玉狛です」

「え」

「玉狛支部。俺が今所属してるとこっすね」

「えー…?」


迅はそのサイドエフェクトで見たものから人や組織にとって最良の選択肢を選び取り、該当者へ占いのように言葉をかけるという。下手な占いよりもよっぽど信憑性が高いため、迅からアドバイスされたら素直にそれを聞けと風間にも言われたことがあった。噂では太刀川の単位落第を防いだとか防いでないとか…。とはいえ、己が玉狛支部に行って何があるというのだろう。今のままでは色々と圧の強い後輩の巣穴に飛び込んでいく獲物(自分)しか思い描けず、絲は疑問符を浮かべて首を傾げた。


「俺は迅さんから‘しばらく玉狛(ウチ)に来ると良い思いできるよ’と聞いたので」

「‘良い思い’…?」

「分かんないっすか?」


ヒントを与えるように情報を小出しにする烏丸をじっと見つめるが、その言葉の示す所は何一つ分からない。ますます頭を捻る絲を見て、烏丸はフッと笑った。ちなみにこの笑みで烏丸ガールズは3回死ぬ。


「―トリガーの研究、本部に知られることなく自由に出来ますよ」

「行く!!!!!!!!」


傾国の笑みなどなんのその、絲は目の前にぶら下げられた餌に即座に食い付いた。開発室への出入り禁止に関しては、罰則規定に基づいてボーダー全体に公表されている。とはいえ二宮隊や影浦隊の降格処分のビッグニュースに隠れているため、絲の処分自体はあまり話題に上がらない。というか気にするのは絲と近しい者だけである。
烏丸はもちろん風間隊の頃から接点のある宇佐美は、一連の騒ぎの中にひっそりと絲の名前があることに序盤から気が付いていた。心配だねえと漏らすオペレーターと机を囲っていた所、迅がそれならこっち呼んじゃえば?と提案したのである。

―志島ちゃんはかなぁりフラストレーション溜まってるみたいだよ

―そうなんすか?

―トリガーの研究を高校の内から熱心にやってるくらいの宇佐美タイプだし、開発室出入り禁止はキツいだろ。こっちには本部と規格の違うトリガーもあるじゃん?楽しめると思うよ、本人もこっち側も

―私も楽しみー!志島先輩と色々話せるなら準備しとかないと!

―それなら俺呼んできますよ、ちょうど本部に行く予定ありましたし

―おっじゃあよろしく!

そんな風に三人で会話した内容を掻い摘んで伝えると、絲はより一層目を輝かせてさあ行こう今すぐ行こうと烏丸を急き立てた。烏丸の背後に回りグイグイと押してくる様は、いつになく興奮したように見える。絲がここまで体全体で感情を露(あらわ)にするのはかなり珍しく、烏丸は初めて見る先輩の様子に真顔で胸をときめかせた。心臓がギュオン!!!!と激しく音を立てている。


「…そ、そんなに楽しみなんですか?」

「それはもちろんそうでしょ、玉狛のトリガーなんかレア中のレアだよ!本部では完全にランク戦制度が定着してるから使えないようなやつ、それはもうたくさんあるって宇佐美から聞いてたし、烏丸もなんか新しいトリガー貰ったって言ってたよね?すごい見たい!どんな性能なの?え、早く案内して!今すぐ行くから!!」

「ハイ」

「ほら早くー」

「ハイ……」


普段のゴリゴリ可愛い押し売り系後輩の影はどこへやら、今や絲に詰め寄られてタジタジである。開発室に出入りして熱心に研究していることは知っていたが、禁断症状がここまで出ているとは思っていなかったのだ。烏丸はフゥー…と長い長い息を吐き、早口でまくし立てる絲に片言で返事をしながら天を仰いだ。感謝―…圧倒的感謝…!!烏丸はこの時ほど迅のありがたさを噛み締めた時はなかった、と後に語る。こうして迅の助言を盾に悪知恵を働かせた烏丸により、絲は玉狛に自らドナドナされることとなった。

ふんふんと鼻息荒く歩を進めていた絲だったが、そこで手土産を買っていないことにはたと気が付いた。頭を好奇心と興奮に満たされている状態とはいえ、流石に礼儀を弁えた訪問をしなければならないだろう。特にトリガー関連の新しいものとなれば、自制ができずに長いこと居座ってしまう可能性が大きい。
今の内から袖の下を握らせておくか…と汚いことを考えて、絲は烏丸を促して近場の手頃な菓子屋に向かった。長居するのをやめるつもりは全く無い辺りが思考の暴走を表している。一応招かれた側だからOKでしょ!!と普段なら遠慮する所にアクセルがブォンブォンにかかっていた。それだけトリガー研究が出来ないことがストレスだったようだ。気を利かせた蔵内がトリガーの話を振ってくれていたが、研究ができることへの妬みの方が最近は勝っていたのかもしれない。残念。


「志島先輩ー!待ってました!」

「おー宇佐美!お出迎えありがとう、これお菓子どうぞ」

「あれ、なんか先輩テンション高め?どうしたのとりまるくん」

「ハァ…俺は今心が千々に乱れています……ハァ…ッ」

「え?どういうこと?」

「ねえトリガー見せてくれる!?もうずっとソワソワしてて!!」

「このようにはしゃいでる志島先輩の破壊力をずっと浴びてきてて…呼吸困難なんですけど活力に溢れている矛盾状態なんです」

「めっちゃ早口。情報量すごいなあ」


とりあえず中どうぞーと促されて肩で息をする烏丸と共に扉をくぐる。今日はもうちょっとしたら皆戻って来る予定だと宇佐美が言うので、量が多めのクッキー詰め合わせを買ってきてよかったなと絲は考えた。多分トリガーを前にしたら色々たがが外れるので、賄賂は多ければ多いほど良いのだ。
何より宇佐美がいるのは大きい。B級ソロの立場からすれば本来知り得ないことだが、絲は防衛任務の穴埋め要因としてよく駆り出されることから誰がいつ近界(ネイバー)遠征に行っているかを知っている。これは忍田本部長から直接教えられていることだ。そのため、宇佐美が風間隊オペレーターだった時に遠征に行ったことがあるのも又聞きで知っていた。遠征に同行を許されるほどの腕前かつ、ネイバー側の技術に造詣が深い後輩だ。きっとここ玉狛でのびのびとやっていることだろう。是非色々と聞いてみたい。

宇佐美もそれを分かっていていそいそと資料を奥から運んできているので、絲は楽しい時間が過ごせる事を確信して満面の笑みを浮かべた。絶対長居する(揺るぎない決意)。ちなみにこの笑みでお茶を運んでいた烏丸は崩れ落ちて膝をついた。瀕死だ。


「む、客か」

「ちょ、宇佐美このやしゃ丸シリーズって何?データ開いたら色の違うモールモッド出てきたんだけど??」

「ふふん、そこに目をつけるとは流石ですな!これは私がプログラムを組んだ仮想訓練用モールモッドの映像なのだ」

「しおりちゃん、こいつは誰だ?」

「ゴールドにブラック、ハニーブラウン…ハニーブラウン?どんなチョイスだ…そしてピンクか」

「私こだわりのカラーチョイス!そしてそれぞれ性能が違うのです」

「しおりちゃん、」

「へえ、一つ一つ個別プログラムを…変態的な技術だなあ」

「それほどでもぉ」

「しおりちゃ…」


烏丸の震える手から幾分かかさの減ったお茶を受け取り、絲は早速宇佐美の出してきた資料に目を通し始める。しとどに濡れた烏丸の手や服には全く意識が行っていなかった。資料を流し読みしていると初っ端からインパクトの強いものを引き当ててしまい、思わず質問すると宇佐美は待ってましたと言わんばかりの勢いで解説をしてくれる。夢中で話す二人の傍らには胸を押さえながら絲をガン見する烏丸だったが、その隣にカピバラのような生き物に乗る小さな男の子がいた。
賑やかさにつられて登場した玉狛支部に住んでいる男の子―林藤陽太郎は、固まっている烏丸を数度つついても反応が無かったため宇佐美に声をかける。しかし宇佐美と絲は技術的な話で頭がいっぱいになっており、陽太郎がそこにいることに全く気が付いていない。

誰にも応えてもらえずにしょんぼりした陽太郎だったが、机の上に放置されたクッキー缶を目にしてパッと顔を輝かせた。逆に言えば今こそ制限されがちなおやつを誰にも気付かれずに手に入れるチャンスだ。乗り物にされているカピバラらしき生き物―雷神丸は、陽太郎の意向に沿ってノソノソと机に近付く。陽太郎は精一杯背伸びをして腕を伸ばしクッキー缶を掴もうとするが、あとちょっとという所で届かない。それでも踏ん張ってんぎぎ…と小さな手を開いていると、目の前のクッキー缶が宙に浮いた。あっと顔を上げてクッキー缶を掴む手の先を辿る。そこには羽のような形の髪を揺らす女子―小南桐絵が立っていた。身に纏う制服は近辺で有名なお嬢様学校・星輪女学院のものだ。


「こなみ!帰ったのか!」

「何これ、クッキー?あんたまさかこっそり食べようとしてたんじゃないでしょうね」

「ぎくり」


絲と宇佐美が盛り上がるソファの方をチラリと見て、クッキー缶の出所を把握した小南はじとりと目を細めて陽太郎に詰め寄る。おやつに関しては何度もしてやられている上、延々と食べ続けてしまうからと陽太郎は林藤支部長から個数制限がかかっているはずなのだ。本人もそれをよく理解しているからか、追求してくる小南からそっと顔を背けた。素直というかなんというか。その行動で盗み食いをしようとしていたことは明白だった。


「ホラやっぱり!この前だって私が貰ってきたプリン食べ尽くしたじゃないの!」

「そ、それはそこに置いといたこなみがわるいんだ!」

「なぁんですってぇ?この!この!」

「うわあぎゃくたい!ようじぎゃくたいだぞ!」

「これはお仕置きよお・し・お・き!人聞き悪いこと言わないでよね!!」

「うぎーっ!」

「何してるんですか二人とも」


もぎゃもぎゃと頬や髪を引っ張りあって二人が騒いでいると、やっと意識を取り戻した烏丸が手を布巾で拭きながら近付いてくる。陽太郎が来たことはおろか、小南が帰ってきたことにも気が付かなかったらしい。これに関しては絲も宇佐美も同様なのだが、烏丸に関してはただ供給過多によって稼働停止していただけである。ロボットかおのれは。


「小南先輩帰ってたんすね」

「たった今帰ってきたところよ。で、今日来てるのは志島さん?珍しいわね」

「あの人くるのはじめてだ!おれあったことないぞ」

「まあそっすね。志島先輩、今本部の開発室で出禁食らってるんで…玉狛に誘ったらどうかって迅さんが言ってたんで連れてきました」

「えっ出禁!?何それ知らないわよ私!!どうしてそんなことになっちゃったの!?」

「俺も詳しくは知らないっす」


烏丸は小南から受け取ったクッキー缶を開封し、中から三つほど取り出して下で跳ねていた陽太郎に渡す。ご機嫌になった陽太郎は再び雷神丸に跨って部屋の隅にあるクッションに向かい、早速クッキーを食べ始めた。それを横目で見ながら、烏丸は先ほどよりも軽い調子で続ける。


「研究にのめり込みすぎてダウンしたらしいとは聞きましたよ」

「じゃあ体調悪いってことじゃない!ここ来て大丈夫なの?」

「大丈夫なんじゃないっすかね」

「ホントに!? ま、まあ元気そうにうさみと喋ってるし…大丈夫かしら…」

「はい。まあその倒れた人志島先輩じゃないですし」

「…、ハァ!?
とりまる、アンタまた嘘ついたわね!?しかも洒落にならないやつ!!」

「別に志島先輩がダウンしたとは言ってないですよ」

「む…っムキイィ!!」


目をつり上げてポカポカと小南に殴られるが、腰が入っていないからか別にそこまで痛くない。烏丸にとって小南を揶揄うのは玉狛に来てからのライフワークのようなものである。いつも通り引っ掛かってくれて何よりだ。閃光の数値は満足気に体を揺らした。
無事今日のノルマを達成した所で、ふと玉狛に絲を連れてきた時のことを思い出した。興奮から肩をバシバシ叩かれた時はかなり体幹から揺さぶられるような衝撃を感じたが、あれは腰が入っていていい平手だった。多少筋肉の付いてきた己を容易くよろめかせる威力だ。木崎が気に入りそうである。遠慮のない間柄になってきた証拠かと思い出し笑いをしていると、それを気味悪がった小南は叩くのをやめて一歩下がった。後輩を見る目は完全に不審者を見る時のそれである。


「何よあんた…叩かれて喜ぶ趣味でもあんの…?」

「え、違いますけど」

「そ、そうよね?違うわよね?」

「俺が喜んでるのは志島先輩に叩かれたという事実に対してなんで」

「とりまるあんたその発言はやばいわよ!!!!!!」

「え?」

「自覚ないの…!?それとも私がおかしいの!?」


思わず頭を抱えた小南だが、彼女の憂慮は烏丸には届かない。本人が先の発言を問題と思っていないためそれ以前の問題だからだ。クッキーを呑気につまんでいる姿に言いようのない不安を抱き、小南はとりまるから志島さんをガードしなきゃ…!と一人決意した。烏丸がフラフラと絲と宇佐美が盛り上がる方にまた戻って行こうとするので、慌てて先回りして二人の間に割り込む。こうなったら実力行使よ!と意気込んだ小南は、挨拶もそぞろに腕をがっちり掴んで絲へこう言い放った。


「志島さん、久々に私と模擬戦しない!?玉狛のトリガーもうさみがいるから使い放題よ!!」

「えっっ良いの!?宇佐美、私用にカスタマイズとかしてくれる?」

「モッチローン!スーパーメガネ宇佐美にお任せあれ!」

「やったー!!小南ブースどこ?ここ?ここ行けばいい? あっトイレだ」


突然現れた小南に驚くどころか、絲はその発言に目を輝かせ諸手を挙げて喜んでみせる。巻き込まれたと言ってもいい宇佐美ですらノリノリでメガネをくいと上げるので、小南と絲の模擬戦は提案から10秒で開催が決まった。落ち着かない様子で立ち上がった絲が手当たり次第に目に入るドアを開けていくので、逆に呆気に取られていた小南は正気を取り戻す。勢いよくトイレの扉を開け放つのを見て笑い、はしゃぐ先輩の手を取ってこっちよ!と明るい声で誘導した。
小南とて少し前までは太刀川を押し退けて攻撃手(アタッカー)一位の座に君臨していたのだから、戦うのが嫌いなはずもない。玉狛での生活は勿論大好きだが、本部でバチバチにやっていた頃より格段に戦う数自体は減っている。そのためこういう機会があれば心は弾むし、小南相手でも目を輝かせて早く模擬戦しようと言ってくれる相手であればなおさらだ。つまり小南は今、とっても気分がよかった。絲とて最初こそ色々言われてはいたものの、今では立派な実力者の一人だ。そういう相手と思う存分戦えるのは普通に嬉しい。

この時点で、小南は烏丸のことをすっかり忘れてしまっていた。最初は絲に烏丸を近付けると危ないのではという懸念からの強行だったが、今はもう絲との模擬戦が第一になって当初の目的は遥か彼方へ飛んでいる。しかし邪魔された側の烏丸は、むしろこの状況を神と迅に感謝していた。迅は烏丸に感謝されすぎてその内玉狛の土着神になるかもしれない。

それはさておき、烏丸からすればこれだけ長いこと絲が近くにいることは愚か、表情も感情表現も豊かな所を見るのは初めてなのだ。小南の発言ではしゃぎながら次々扉を開ける絲の様子は落ち着きのない小動物を思わせる。そんな初見のスチルをいくつも見せられては、先輩を攻略しようとしている烏丸が危うく攻略されてしまう。ドゥドゥンドドドゥンとけたたましい胸のトキメキを手で押さえながら、烏丸は無言で百億点…!と呟いた。魂の喝采がうるさくなるほどに、普段絲を振り回しまくっている男がこの時ばかりは敗北を認めざるを得ない状況になっている。
さてどこまで迅に見えていたのか分からないが、それにしても絲のはしゃぎっぷりは異常である。つまり玉狛は魔境だったのかもしれない。











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