二次創作/夢
君は一等星
―かっこいいなあ、って思ったんだよ。
「人に口出ししてる暇があったら、自分の至らなさに目を向けな」
ある時、鳩原は人を撃った。誤射だった。ランク戦で言えば大金星だったが、鳩原にとってはその限りではない。人に照準を合わせようとすると手が震え、息が上がり、心臓が嫌に暴れてしまう。そのランク戦の後は散々で、床に這いつくばってしばらく動けなかった。
鳩原は精密射撃という技術を持ち合わせていたが、人はそれを宝の持ち腐れと呼んだ。人を撃てない役立たずと嘲り笑った。それは紛うことなき事実であり、実際鳩原は人を撃てない性質(タチ)だった。それでも諦め切れなくて、それから彼女は徹底的に腕を磨いて、磨いて、そしてトリガーの研究に没頭する。開発室に出入りしていると、蔵内とは別に同年代が足を運んでいることに気が付いた。まだ入隊して間もないらしいが、トリオン量も素質も申し分ない人材だと耳にした。
(どんな人なんだろう)
と思った次の日、開発室の扉越しにバッタリ二人は邂逅を果たす。そんな出会いから仲を深めていった志島絲は、押しが強い訳でもなく控え目な訳でもない、不思議な人だった。するりするりと銃に向き合うばかりだった鳩原の日常に潜り込んできて、いつの間にか二宮隊にも溶け込んでいるのだ。犬飼のことは苦手らしいが、その割にちゃんと相手をしているので嫌いではないようだった。
鳩原は、人に、環境に恵まれたと思う。
そして同時に、弟のことを思い出して申し訳なくも思う。自分だけこんなに呑気にしていていいのか、もっと上手くやれないのか。ぐるぐると巡る思考回路に惑うばかりで、心無い言葉に言い返そうなんて思ったことすら無かった。絲も己への陰口に少し傷付きはするものの、大抵無反応でスルーしていたのでちょっと違うけど自分と近いなあと考えていた。
ところが、絲は鳩原とは全く違う一面があったらしい。ある時鳩原が何も言わずに放っていると、その欠点を論(あげつら)って肩をぶつけてきたり足を引っ掛けるような人が出てきた。トリオン体だしいいかと膝を払っていた所に絲が早足で飛び込んできたことは、鳩原にとって本当に予想外のことである。ポカンと友の背を眺めていると、苛烈な言葉が鳩原に手を出した者たちへ淡々とぶつけられていった。
「君たちの噂話や陰口には随分と世話になったね。でもそんなの人の性だから放っておいたよ、面倒だし。実害がなければそれでいい」
「な、なんだよコイツ」
「…でもさ、それは違うよね?」
ついとその眼差しが鳩原の肩を押した手に向かう。反射的に腕を後ろに回したその少年は、己のやったことをその行動で示していた。
「よく聞きなよ、君たちの性質にまで言及してやるほど優しくないって言ったんだよこっちは。でも行動に起こしたなら話は別」
「は…、は?何が言いてえんだ!?」
「こっちが話してるんだよ、口出すな」
怒鳴ることで主導権を握ろうとしたのだろうが、にべもなくその思惑は叩き落される。絲は語気を荒げることなく、ただひたすらに淡々と言葉を続けた。
「どういう心積もりであれ、ボーダーに属している以上はその規律に従う必要がある。そして人を妬むのは勝手だが危害を加えるのはボーダー関係なしにただの犯罪だ」
「、!」
「出るとこ出たっていい、舐めた真似をするなら徹底的に潰す。
―こちとら許してやってた立場だぞ。被害者ぶるな」
鳩原は目の前がチカチカと明滅したように思えて、何度か目を擦った。それくらい衝撃的だったのかもしれない。
堂々と背を伸ばして、前を見て、言いたいことをハッキリと言うその姿は、本当にかっこよかった。絲は反撃できないんじゃなくて、反撃しないだけだったんだ。鳩原は、分かり切っていたことをそこで再確認した。自分のために怒らないで人のために怒るなんていう危うさ(・・・)はあるが、それでも己のために行動してくれたという事実が何より嬉しい。不謹慎だけれど、その危うさを自分だけが知っていたいなあなんてちょっと思いもした。まあ、影浦がいる以上独占は無理だけれど。
これがきっかけで決定打だったのかもしれない。鳩原にとっての絲は、己とどこか似ていて、けれど決定的に違う部分があって、それでもなお尊敬する友人だった。
絲と仲を深めるほどに、周囲が賑やかになっていく。弟子も出来た。絵馬ユズルという感覚で狙撃する天才肌だ。どこまで教えられるかは分からないが、頑張ってみようと思えた。ユズルといると弟のことを思い出すが、不思議と苦しくはない。むしろ私が迎えに行くのだと、決意することすら出来た。鳩原は絲みたいになりたかったのかもなあと、今更ながらに思う。だって本当にかっこよかったから。
「…絲、どこ見てるの?」
「ン゛、いや、何でも」
よくよく見ていると、絲は時折何もない所に視線をやっている。
それは誰かの背中であったり、肩であったり、頭上であったりと様々だ。鳩原に関しては大体上を見ているので、額からつむじにかけての辺りだろうか。気になって手でそれとなく探ってみたこともあったが、ゴミも何もついていなかった。
「ィア゜!!!?」
「イルカの周波数?」
絲は驚いたりすると大体変な声を出す。
人間がギリギリ聴き取れる周波数で音を出すと誰かが言っていたので、鳩原はそれに納得した。確かにあれは人間の声というより何か別の生き物の音という感じがする。変わってるとは思うが、絲は真面目に淡々と過ごそうとしているのでちょっとしたスパイスくらいあったって良いだろう。鳩原は友人のそういう所も気に入っている。
「可愛い後輩が来ましたよ」
「わざわざ玉狛から!?帰れ」
「まあまあまあ」
「GO HOME」
「まあまあまあまあ」
絲は癖が強い人たちに好かれがちだ。
本人は頼れる大人か冷静かつ自立しているタイプの人間に懐くのだが、どうも一捻りある人たちを引き寄せてしまうらしい。元太刀川隊で現玉狛所属の烏丸なんかは、絲に滅茶苦茶可愛いの押し売りをしている。絲はすごく眩しいものを浴びせられてるみたいなシワシワした顔で会話しているので、ちょっと面白い。多分烏丸もそうなんだろうなあと鳩原は察している。ウオオ離さんかいワレ!!!!とビチビチ暴れている友を回収しに行くのにも、慣れたものだった。
私は手放してしまうけど、絲はきっと、私のことを手放さないでくれる。だから、未練はあっても迷いはなかった。心優しい隊長も、天邪鬼な同級生も、口下手な後輩も、頼れるオペレーターも、可愛い弟子も、ボーダーの仲間も、皆、皆、何もかも置いていってしまうけれど。
私の友達。
冷静なようでいて、変な所が真面目で、たまに抜けている大事な友達。私が憧れた一番星。君の放つ輝きの一部になれているのなら、それで十分。君が私を覚えていてくれるなら、それで。懐に入れたらとことん優しい君の、疵(きず)になりたいのだ。
〈―少しでも迷いがあるなら戻れ!!この大馬鹿!!!〉
ああ、最後のシグナルを見てくれたのが絲で良かった!
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