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二次創作/夢
有象無象の戯れ言










―事件の次の週。
六頴館の蔵内ガチ恋勢を失恋に追いやったとは夢にも思わないまま、絲は呑気に教室で昼ご飯を食べていた。荒船のファインプレーで顔が割れずに済んだので、彼のおかげで得られた平穏と言っても良い。もし写真がバラ撒かれていたら、見知らぬ六頴館女子に待ち伏せを食らっていたのは絲である。恋とは盲目、かくも恐ろしきものとはよく言ったものだ。

さて、絲の交友関係はボーダー入隊以降グンと広がりを見せている。
例えば同学年のオペレーター女子。特に学校が同じである国近や今を筆頭に、加賀美や人見ともよく話すようになった。また女子戦闘員といえば鳩原が一番仲が良く、男子であれば影浦が一番親しい。一見内気な言動の鳩原と刺々しい態度の影浦だが、彼らは意外と多くの人と関わりがある。二人と親しくする内に戦闘員の面々とも交流が深まり、気が付けば学校でもボーダーの一員として扱われるようになっていた。国近が突然扉から顔を覗かせて絲の名前を呼んでも、誰も気にしない程にはいつもの風景と化している。


「今日任務はー?」

「なーい」

「じゃあ隊室来なよ!ゲーム続きしよ」

「おけー後で連絡するー」


絲からすればなあなあで付き合っていた同級生と居た時よりも遥かに居心地が良く、快適な環境になったと言えよう。ボーダー入隊初期の針のむしろだった時期は見ないにしても、喉元過ぎれば熱さ忘れるといったようなものだ。
しかし、それを面白く思わない者も居る。絲を騙し討ちの形で入隊試験に連れて行った同級生と、たまにつるんでいた女子たちだ。


「ねね、志島ってば超有名人じゃん!」

「ン?何の話?」


久方ぶりに話しかけられたかと思えば、興奮したようにスマホの画面を突き付けられた時、絲はああついに来たなと思った。そこに表示されていたのはボーダーの正隊員一覧であり、ボーダーのホームページへ行けば誰でも見ることが出来る。名前だけの簡素な表だが、ボーダーに憧れを持つ者であれば誰でもその意味を理解していた。そしてそこには“志島絲”の名も記されている。


「すごー!素質あったんじゃん?」

「試験連れてった甲斐があったわあ」


いやいや、すごいなあ。絲は素直に感心する。だって絲だけ入隊した時、彼女らは明らかにこちらへ聞こえるように陰口を叩いていたのだ。やれ鼻に掛けているだの、見下しているだの。そのことをすっかり忘れたかのように取り囲んでくるので、彼女らの心臓には毛がボーボーに生えてるに違いないと確信した。やーいお前ら毛むくじゃら。
普通なら囲まれた時点で少しくらい顔が歪みそうなものだが、生憎絲は常日頃ボーダーで異常値に包囲されている。つまり目の前の同級生たちからは何の圧も感じないのだ。だって彼女らの肩や頭に乗る数値は大体が2000から5000である。恐れる要素がねえな…!と謎に自信に満ち溢れていた。絲はボーダーに入ってからスキル図太さがEXになっている。一昨日来な。


「というかあれじゃん?志島がボーダー入るきっかけ作ったの私らだし、私らのおかげじゃん?」

「確かにー!」 

「はぁ」

「ねえ王子君とかと話すの?どうなの?」

「この前穂刈くんと歩いてた六頴館の人、絶対ボーダーだと思うんだけど!あれ誰!?」


ああハイハイふぅん!みたいなことしか言ってこない。予想通りすぎて、またしても絲は感心した。こんなクソほど生産性のない会話を続けようとする精神と厚かましさが飛び抜けていて、社会で生き抜くには十分だろうなあ…と。流石騙し討ちして入隊試験に人を連れて行っただけある。

確かにボーダーに入隊したことは絲にとってプラスに働いた。それは間違いない。しかしそれは結果論であって、彼女らのしたことは当初絲にとって苦痛しか与えなかったのだ。不可抗力で入隊し、視線や噂に晒され、学校でもそれなりに親しくしていたはずの人たちから陰口を叩かれる。すべての原因ではなくとも、そんな環境にするきっかけを作ったのは彼女らだ。ボーダーで今の地位を確立するために努力したのは絲であって、あたかも己のお陰と威張り散らす同級生のものではない。
そんなどうしようもない人間性に呆れ返って、そして謎の生命体を観察する気分にまで至ったのは仕方のないことと言えよう。つまり相手は己より下、対等の関係を築くに値しない存在。そんなものに時間と意識を割くのも面倒なので、絲はあーうんそうだねえと気のない返事を繰り返した。やーいお前ら毛むくじゃら下等生物。


「…ねえ、聞いてる?」

「へえ」

「ちょっと、私らのグループ戻ってきても良いよっつってんのにそんな態度ある?」

「ふーん」


わあすごい、立場を弁えずに上から目線だ。勝手に人のことを省いておきながら呼び戻すとは、利用してやろうという魂胆が見え見えである。人間関係ってこんなのの連続か?生きるの難し。
絲はポケットからスマホを取り出しトーク画面を開くと、手早く二文字だけ打って頬杖をついた。打てど響かずの態度に痺れを切らしたのか、絲を騙した張本人がバン、と机に手のひらを打ち付ける。鼻の頭に皺が寄っており、不機嫌さを隠そうともしていない。


「…っマジ調子乗ってない!?」

「はあ、調子に乗るとは」

「イイ気になってんじゃないの!?」

「六頴館の男子と居るの見た奴居るんだからね!ボーダー入ってうつつ抜かしてんでしょ」

「おお…“うつつを抜かす”なんて言葉知ってるんだ」

「な…!?」


おっとヤバい口が滑った。なんて絲が口を塞ぐものだから、そう言われた彼女らは言葉を失ってからワナワナと肩を震わせた。アンタねぇ!と昼休みで人の少ない教室に怒声が響いた瞬間、ガラリと前の扉が開く。そこには両手をポケットに突っ込み、戸を勢いよく蹴り開けた体勢の影浦が立っていた。その後ろには水上も居る。


「んだテメー、突然“集合”とか送ってきやがってよ」

「なんや修羅場か?多対一は感心せんなぁ…助けいるか?」

「…ぇ、」

「いーや手を煩わせるまでもないよ。ま、彼女らがボーダー隊員に(・・・・・・・)興味あるらしくてね」

「ハッ、くだんねェな」

「ほぉん。それは結構なこって」


ツンツン頭の目付きが鋭い影浦に、扉の縁に手を掛けて煽ってくる水上。近付いてきた二人は共に背が高く、見下されては足が竦む。特に自分たちが褒められたことをしていないという自覚がある彼女たちにしてみれば、これ以上ないほどに効果覿面だった。縋るように絲へ視線を向けて、彼女たちは冷ややかな眼差しとかち合う。そこでようやく、抱き込むのにも縋るのにも間違った人を相手にしていたのだと気が付いた。


「ホラ、お望みのボーダー隊員だよ。何とか言ったらどうなの?関係構築したいなら自分でどうぞ」

「あ、いや…」

「一つ言っておくとね、ボーダー隊員は君らのステータスにするには価値が高過ぎる。分かりやすく言うなら豚に真珠」


怯んで後退りしたその肩に、鉄砲の形にした指を突き付けて絲は淡々と囁く。


「いざという時、誰より早く銃弾や刀の前に出る度胸はある?誰に何を言われてもブレずにネイバーを倒しにいける?自分の腕や足が飛んでも迷いなく武器を振るうことはできる? ―ボーダーってそういう所だよ。それが当たり前の人達となんで釣り合いが取れると思ったの?」

「っ」

「エンジニアとかも打診されてたと思うけど、やっぱり花形が良かった?こんなのにもビビるくらいなら、受からなくて良かったね。傷付くのは自尊心くらいで、体には穴なんて開かないわけだし」


怒りで赤くなっていた顔は今や青ざめ、視線は地を這っていた。絲が押し付けた指先を避けることもせず、彼女らはただただ俯いている。

彼女らの今回の暴走は、思春期故の蛮行だろうかと絲は思いを馳せた。何だって出来る、許されると思い込みがちな年頃だから無理はない。一つ立場が違えば己がそうだったかもしれない。
しかし、ボーダーに居るのは軒並み“出来ない自分を知っている”者ばかりだ。思い通りの身のこなしが出来ない。咄嗟の判断が遅い。機動力がない。狙った所に弾が当たらない。自分一人では守れるものも守れない。

自分の意見に賛同してくれる人が周りにいれば、気も大きくなる。そして言動にもそれは反映され、どんどん歯止めが効かなくなるだろう。彼女らはまさにその状態であり、たとえボーダーに入れていたとしても大成はしなかったはずだ。結局は完全実力主義であり、口先よりも己が相手から奪ったポイントが物を言う。強くなければ誰も注目せず、誰もその言葉を聞きはしない。そうやって出来ない自分を受け容れられず才能や努力の差を目の当たりにし、心折れた人達がボーダーを去っていくのだ。


「くだらない自己満足に、体を張ってるボーダー隊員を巻き込むなよ」


財布を持って席を立つ。影浦と水上の肩を叩き、絲は二人を連れ立って教室を後にした。


「いやーカゲだけでも良かったけど、水上がいい感じにスパイス効かせてくれたわ」

「勝手についてきたんだよ」

「今日木曜やろ?ウチ来るんか聞いてへんてイコさんが騒いどんねん」

「ああなるほど。先に国近と約束しちゃったけど…先にそっち行く。一時間くらい」

「了解」


出張購買所の前は、あらかた人気商品が売れたからかあまり人がいない。それをいいことに三人で売り場を占領し、どれどれと首を伸ばしてそのラインナップを確かめた。


「一人300円ね」

「太っ腹やんけ」

「オイあの頭悪いヤツ残ってんぞ」

「ホントだ…“好きなおかず全詰め爆弾おにぎり”…」

「味混ざってエラいことになりそうやな」

「いけ水上、お前に決めた」

「いくかボケ」


結局影浦は焼きそばパン二つと高菜おにぎりを、水上は味がランダムのおにぎりセットを選んだ。絲も手作りプリンが残っていたのを手に取り、纏めて会計を済ませる。それらを手に抱え、体育館に繋がる渡り廊下横の階段へ向かった。あまり人通りもなく踊り場の窓から日が差し込むので、休憩にはもってこいの場所である。


「で、何なんだよあの女共は」

「ああ、アレね。面白いでしょ」

「お前あいつらに詰められとったんに…もっと徹底的にやっても良かったやろ。甘いんとちゃうか?」

「まあそうなんだけど、相手するのも面倒で…カゲ召喚したら怯むだろうなって」

「いいように使いやがって」

「日頃勉強見てんだから大目に見て?中々大変なんだぞ」

「フン」


思い思いに腰を下ろし、それぞれパンやおにぎりを食べ始める。ギザギザした歯を備える影浦の一口は大きく、焼きそばパンは3口で消えてしまった。水上は備え付けのたくあんをつまんでポリポリと音を立てている。それぞれ10万と9万8000の数値は頭の上に陣取っているが、二人共ボリューミーな髪の毛をしているので半ば埋もれていた。通りでウニとかブロッコリーとか呼ばれるわけだわ、と絲はプリンを口に運びながら思う。


「あっ居た!」

「ほんとだ、良かったぁ」

「ん?」


頭上から声がしてそちらを向くと、今と加賀美がそこに立っていた。今の肩にはピシッと背筋を伸ばすように姿勢の良い1万5000の数値が乗っており、加賀美の髪の毛の輪っかにはアクロバティックに1万4300の数値が引っ掛かっている。どうやら絲を探していたようで、二人は絲を挟むように腰掛けた。何故探されてたんだろうと思ったのが顔に出ていたのか、今は絲の眉間をパチリと指で弾く。あまり痛くは無かったが、絲は反射で目をギュッと瞑った。


「イテ」

「全く、割と注目浴びてたんだからね?」

「そうそう。しかもその中心が事勿れ主義の志島ちゃんだったから余計に!」

「あれま…」

「何となく予想はつくけど、何があったのよ」


今と加賀美からは逃さないぞという圧を感じる。近くに座る影浦と水上は咀嚼するのに忙しいらしく、特に口を挟む素振りは無さそうだった。


「いや…名前忘れたんだけどさ、ボーダー入る前はなんか一緒にいた人なんだよね。騒ぎになったの」

「はいストップ、まず出だしからおかしい」

「同じクラスなのに名前忘れてんのかよw」

「今ちゃん頭抱えるの早いよ」

「名前出さんなあ思っとったらそういうことかい」


観念して口を開くと、即座に今からストップが入る。それと同時に影浦は吹き出し、加賀美はちょっと困った顔をした。水上は一人だけ何かに納得しているようで、もしゃもしゃとおにぎりを貪っている。お、鮭やと一瞬嬉しそうな顔をしていた。


「一応クラスメイトなんじゃないの?」

「そうなんだけど、気に食わないと思ったら陰口叩く感じだから…覚えてても得にならなそうだし」

「…」

「…」

「突然黙るじゃん」


スン、と静かになった両隣にえっ何?怖…と戸惑いつつ、絲はプリンを食べ進める。カラメル美味しい。
高菜おにぎりを二口で食べ終えた影浦は、手の中のゴミをくしゃくしゃに丸めて一纏めにした。それを渡された絲は、空になったプリンのカップと共に購買で手に入れた袋へと仕舞う。水上もしれっと空の器を渡してきたので、絲は何も言わず袋を差し出して入れてあげた。後で捨てよ。


「まあ縁切れて良かったんじゃねえの、そんなすぐ忘れるくらいなら元々名前覚えてなかったんだろ」

「まあそうね。名字くらいなら分かる…けど班ごとのワークとかあると困るな。フルネーム書けない…」

「その度に名前聞きゃいーだろ」

「そういう問題なん?つーか志島は普段から人の名前覚えとらんのかいな」

「いや…そんな…そんなことは……?」

「否定せんかいそこは!俺の名前ちゃんと覚えとんのか!?」

「ヴゥン」

「ヴゥンちゃうやろ。水上敏志、リピートアフターミー」

「Satoshi Mizukami」

「発音良くて腹立つな…」


影浦は絲の性質をよく理解しているので今更、という態度だが、知り合って一年も経っていない水上からすれば普通に引く。今のクラスになってから何ヶ月経ってると思ってるんやコイツ、というのが正直な所だ。いくらドライとはいえ、これはあまりにも取捨選択の思い切りが良過ぎる。俺かてここまでやあらへんぞ。完全な無関心、突き放しとはこのことだろうと水上は理解した。絲の中のボーダーラインに触れたが最後、戻ることは二度と許されないだろうということも。もしかしてこの前のイコさんは割と綱渡りだったのでは…という所まで思い至って、スッと目を閉じる。ここから先は鬼門や。

一方、今と加賀美だが。
女同士のいざこざは過去に何度か経験してる上、二人共ボーダー隊員とお近付きになりたいという輩に詰め寄られたこともあった。そのため絲がいかに面倒なことに巻き込まれたか、よく理解している。絲を見つけるまでに耳にした話では、四、五人が群がってボーダーについて執拗に聞き出そうとしていたという。その時点でああー…と二人で顔を見合わせたのだが、影浦や水上の様子を見る限りそう簡単な話でもなさそうだ。大体興味のないことには言及しない影浦が、ペラペラとこちらに情報を与えるように話していたのがどうにも引っかかる。


「で、志島ちゃん?」

「詳しく話しなさい、詳しく」

「詳しく…?どこから?」

「あなたがこき下ろした相手がやらかしたこと全部よ」

「あ、じゃあ騙し討ちからか」

「ア?騙し討ち?」

「うん」

「なんやそれ」


加賀美と今に両側からずいずいと詰め寄られ、絲は冷や汗をかきながら疑問符を浮かべた。女子って距離近い。いい匂いする。
詳しくと言われてもなあ…と思っていると、相手がやらかしたこと全部と来た。それならボーダーの入隊試験も含まれるなあなんて顎を擦れば、詳細を知らない影浦が怪訝そうな顔をする。俺戻ろかな…と退屈そうにしていた水上も、興味有りげにこちらを窺い始めた。


「あの中の一人が騙し討ちしてきてボーダー入隊試験を受ける羽目になって、私だけ受かって、それを機にハブられて、正隊員になって名前載ってさっき詰め寄られてた。こんな感じ」

「うわ…」

「ええ…」

「ボーダー隊員とお近付きになりたかったみたいだから影浦召喚したら水上もついてきた。威圧タイプ揃い踏みで効果抜群だったね」

「変な肩書き付けんなや。ちゅーか、元々ボーダーには興味なかったってことなん?」

「まあそう。試験官に“落としてください”的なこと言った覚えある」

「…成程な、これで納得したぜ。テメーが自分からボーダー入る訳がねえしな」

「いや分からんよ、突然正義の心に目覚めたかもしれないじゃん」

「抜かせ」


女子二人があんまりな事の顛末に顔を歪める中、影浦と絲は軽口を叩き合う。普段なら相変わらず仲が良いな…と生温く見守るのだが、この時ばかりはそうも言ってられなかった。


「ちょっと!何呑気なこと言ってるの、怒るべき所でしょ!」

「志島ちゃんがすごい頑張ってるの知らないくせに、流石に厚かましいよね…」

「え?」

「え、じゃなくて。そこまで色々迷惑被ってて、もっとキツくしたって構わなかったんじゃないのってこと!」

「おー、言われとんで。だから甘いっちゅーたやんか」


今と加賀美から思いがけない言葉を掛けられ、絲はぽかんと口を開ける。今の数値は艷やかな黒髪の上でプン!といきり立ち、ぽんぽこ蒸気のようなエフェクトを生み出していた。加賀美の数値も輪っかにくくられた髪の毛の間をぐるんぐるんと大回転しており、動きがとても激しい。今のは普通に可愛いし加賀美のはちょっとアクロバティックが過ぎるな。体操選手?
水上にもほれ見いと言わんばかりに軽く茶化され、絲はますます驚くほかなかった。


「はぁ…何ていうか、怒るのってすごいパワーいるよね?」

「え?」

「だってどうでも良い相手に怒ることって、すごい面倒じゃない?時間割いてあげる価値もないというか、うん、やっぱり面倒」

「…」


明け透けな絲の言葉に、今度は今と加賀美が呆気に取られる番だった。その表情から嘘は一切無いことが窺える。その様子に怒気がスルスルと萎んで、二人の数値もスン…と静かになった。虚無になったとも言う。怒るべき人が怒ることすら面倒と言うのであれば、こちらが喚き散らす訳にもいかない。


「ま、そういう面倒なことを代わりにしてくれたんだよね。それはすごく嬉しい。ありがとね」

「、うん」

「あなたがそれで良いなら良いけど…」

「で、相手するだけ無駄だからもう怒らなくていいよ。それより私とトリガーの話しよ」

「ブレへんなコイツ」

「志島はいつもこんなんだろ」


途中まで良いことを言っていたはずなのに、突然トリガーの話に移り変わったことで影浦以外の三人は呆れた顔をした。と、そこで予鈴が鳴る。昼一番の授業まであと5分の合図だ。さあ戻ろ戻ろと慌ただしく腰を上げ、皆で教室へと急いだ。
絲が足早に扉の向こうへ飛び込んでいったのを見て、今は水上と顔を見合わせる。影浦と加賀美も選択授業があるからと既に教室へ戻っていたが、二人は次の授業担当の教師が時間にルーズなためまだ廊下に留まっていた。


「…らしいと言えばらしいわね」

「良くも悪くも周りに対して無関心なんやろな。ま、心配せんでも大丈夫やろ」

「何か根拠でもあるの?」

「今回の話聞いても特に大きい反応してへんのがおったやろ」

「ああ…影浦くん」

「せや。今回ので怖ぁい番犬付きって知れたやろうし、これで手出してきたらただのアホやろ」

「……あそこの関係も謎なのよね」

「下手に首突っ込まん方がええ。噛み付かれんで」


今としては、水上と絲の関係も気になるといえば気になる。飄々とした態度で誰に対しても一線引いているくせに、絲はその限りではないように見えるからだ。二人の軽口の叩き合いは妙にテンポが良く、ライトな漫才を見ているようだと同級生の間で話題になるほど。今回は影浦にくっついて絲の元へ訪れたようだが、聞く限りSNSで連絡すれば済むような簡単な用事しかなかったらしい。わざわざ足を運んで首を突っ込んでいる姿は、それこそ番犬じゃないの?と思っても仕方ない。


「あなたがそれ言う?」

「はん?何の話や」


しらっとした顔を見て厄介な人ばかり吸引してるのね、あの子は…と察し、今は特に追求することなく教室へ戻った。触らぬ神に祟りなし。下手に掻き回せば色々とバランスが崩れる気がする…そんな彼女の懸念は正しかった。残念ながら志島絲という人物は先輩後輩共に面倒な人間を引き寄せているので、同年代に限った話ではないのである。頑張れ。

その日の放課後。
絲は生駒隊の隊室に一時間ほどお邪魔した後、太刀川隊の隊室を訪れていた。国近と昼にゆるく約束をしたゲームの続きに取り組むためである。絲にとって避けたい烏丸や太刀川は、事前に来ないことを確認してある。また出水は国近のゲームを邪魔すると怖いことを知っているので、もし途中から来ても問題はない。まあ国近も絲とゲームする時間を楽しんでくれているようなので、一応二人で居られるように調整してくれているようだ。ありがたや。


「生駒隊で一汗流してきたんでしょ?真面目だねえ」

「イコさんは何だかんだ真面目に教えてくれるからね。なんなら最近は水上も教えてくれるよ」

「え、自分から?想像できないなあ」

「多分あれはイコさん独り占めすなってことじゃないかな…途中でニュッと割り込んでくるし」

「あーそれは分かるかも。あそこの隊仲良いよね」

「太刀川隊も仲良いじゃん」

「隊長の適当具合にはちょっと困るけどねー」

「あの人を“ちょっと”で済ませられる辺り国近だな…」

「どーもどーも」


軽い調子で掛け合いをする二人の手は、カチャカチャと忙しなく動いている。国近の手付きは玄人じみていて流石のコントローラー捌きだと言える一方、絲は指を四方八方に激しく動かしているだけだ。現に国近のキャラクターはバッサバッサと敵を薙ぎ倒しているのに、絲のキャラクターはひたすら辺りの雑草を刈っている。国近はこの珍妙な動きが見たいらしく、相方としては微塵も役に立たないのに絲をよく誘うのだ。お陰で雑草刈りスペシャリストになりつつある。ポイントは根元を狙うことだ。


「やー今日も狩ったなー!」

「今日も刈ったなー」


100%国近のお陰でそのステージをクリアした時の第一声は、言葉こそ同じでも意味は全く違う。当たり前である。片や敵を狩っており、片や草を刈っているのだから。晴れやかな表情の国近の隣で、絲は悟った笑みを浮かべた。己にゲームの才能は無い。
次のステージに映るまで、暫し時間が掛かるようだ。画面にNowLoading…と表示されているのを眺めていると、机に広げたお菓子をつまんだ国近がそういえばと声を上げた。


「なんかトラブってたんだって?どうしたのさ、珍しい」

「ああ、取るに足らんことだから気にするもんでもないよ」

「志島がそうでもこっちにとっては興味アリアリなんだよねえ。だって面倒事は避けに避けるじゃん」

「そういうもんか?」

「そういうもんそういうもん。ほら詳細」

「うーん、名も知らぬかつての友達未満クラスメイトがボーダー隊員とお近付きになりたかったらしくてね。なんかピーチクパーチクうるさく囀ってただけだよ」

「うぅんめっちゃ気になるなあ。クラスメイトなのに名前知らないのウケるね」

「ウケちゃうか。まあそこで影浦召喚したら水上もついてきてさ」

「うわ!超見たかった!!絵面ヤバそう」

「YAKUZA二人にビビってるくらいだったし、釣り合ってないよって諭してあげたってわけ。終わり」

「絶対なんか違う気がする」


ヌン…とオオサンショウウオのような顔をした国近の肩で、3万の数値が軟体のごとく溶けている。オペレーターでここまで値が高いの怖あ!!と最初こそ警戒していたが、本人がゆるすぎるのであまり気にならなくなった。東や二宮のような意味深かつ重い台詞を吐かれることが無いというのもある。
とはいえ国近の数字はいつもヌヌ…と軟らかな体を伸ばしてこちらの肩へ乗ろうとしてくるので、本人にバレないよう避けるのが大変だ。中々の曲者…ならぬ曲数字である。あ、コラ乗ろうとするな。スライムみたいにヌンメリ移動しよって。少し肩の位置をずらすと、数字は若干しょんぼりしてしゅるしゅる縮みながら体を元に戻した。毎度よく飽きないものだと呆れながら横目で牽制する。大人しくしてな軟体数字。


「志島って本当に怒らないよね」

「苛つくことはあるけどね。怒るのって疲れるじゃん」

「それはそうだ」

「代わりに今と加賀美が怒ってくれたし、もう何も言うことはないよ」

「まー志島がいいならいいかあ」

「いいんだよぉ」

「あっステージ進んでる!ほら志島、刈って!」

「はあい」


急かされてコントローラーを握り、キャラクターの刀をぶんぶん振り回す。相も変わらず草しか刈れない絲を横目に、国近は爆笑しながら突進してくる敵をバッサリと一太刀で斬り捨てた。国近のように絲のゲームの腕前が上達するかどうかは…不明である。先が長いことは確か。


「おりゃ」

「いいよーナイス伐採!」

「木も伐れるようになった!進歩では?」

「うーんそういうゲームじゃないんだよねえ!でも喜んでて可愛いから進歩したってことにしとこ」

「可愛くて良かった」

「自己肯定感高ぁい」











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