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二次創作/夢
仲良しこよしのあの子はだあれ










―判断を間違えた。
 
(……すごい視線を浴びている…)

敢えて言うなら、高校生というある種のブランドを背負う以上逃れられない洗礼を受けたというべきなのだろうか?他校生が校門前で人を待つだけで、ここまで注目されるとは思っても見なかった。放課後だから人も少ないだろうと高を括っていた自分が愚かだった…と絲は天を仰ぐ。その隣を興味深げな顔で彼氏待ちかな!?と囁きつつ横切っていく女子たちは、自分とは違ってグレーのブレザーを着用していた。マシなことと言えば、周囲にチラつく数値が1万以下で平和的な視界ということだけだ。こうして考えると万超えに囲まれるボーダー、怖過ぎるな…。
絲の背後にそびえる六頴館高等学校は、三門市内にある進学校である。絲の通う三門市立第一高等学校は普通校であり、市外の大学等を目指す場合は六頴館に通う者が多い。またボーダーと提携しているため、ボーダー隊員も複数在席している。しかし任務と勉学を両立させる必要がある以上、一定の学力を有するボーダー隊員しか六頴館には居ない。絲自身頭は悪くないが、六頴館の定期試験は中々シビアと聞く。そのためここで成績キープしている隊員たちは凄いなあと素直に尊敬するのだ。

絲が好機の目線に晒されながら待っているのも、もちろんボーダー隊員である。その人物とは開発室を出入りする内に親しくなった間柄だ。米屋に槍型弧月の話を聞いた関係で、絲は使用者の少ない幻踊の特性を深く理解しようと開発室に連日入り浸っていた。そこで同級生であるその相手にも意見を聞けないかと思い、誘いの声を掛けてみたのである。するとすぐさま了承されたのでボーダーで落ち合う予定だったのだが、いざ学校を出た時にSNSで遅れると連絡があったという訳だ。
そこで何を思ったか、絲はどうせだから迎えに行くかと六頴館へ足を運んだ。その時は本部で無意味に待つよりも、先に合流して開発室に向かう方が色々と話ができて有意義では?と本気で思ったのだ。今では後悔している。万超えという異常値を複数視界に入れるのも疲れるが、無遠慮に人から視線を向けられるのもひどく疲れる。相手は生徒会の仕事を一つ片付けたらすぐ向かうと言ってくれたので、そう待たされることはないと信じたいが…。

マナーモードにしているスマホがブブ、と揺れる。画面を確認すると、何故か王子から連絡が入っていた。


「…?」


何だろう、とSNSを開く。

〈やあシートン、折角一緒に本部に行こうと思ったのにもう行ってしまったのかな?下駄箱に靴が無いようだけど〉

もしかして探してくれたんだろうか。さっさと学校を後にしたので、王子のクラスの人間とすれ違った覚えはない。終礼が遅かったのかもしれないなと思いつつ、絲はぽちぽちと返信を打った。

〈今六頴館の前に来てる。思い付きで来たけどやめとけばよかった〉

〈注目を浴びてるシートンが想像できるよ〉

〈ご明察。でももう校門前に居るって言っちゃったから動けないんだよね〉

〈珍しいじゃないか、そういう行き当たりばったりみたいな行動は〉

〈時たまやって後悔してる〉

早速既読が付いて、ポンポンとやり取りが進む。王子が言うように、普段しないことをしたから今こんな目に遭ってるんだろうな…とちょっと遠い目になった。悲しい。
すると、王子以外からも通知が届く。普通校に通う同学年のボーダー隊員が参加しているグループだ。おやとそちらを開いてみれば、異様に強調された文字が目に飛び込んできた。


〈【探してます】志島絲(17)、見かけたらこちらまで連絡を〉

「いやなんで????」


送り主は国近。太刀川隊オペレーターの彼女とはそれなりに仲が良く、ゲームに不慣れな絲を飽きもせず誘ってくれる相手だ。多分絲の操作するキャラクターがトンチキな動きをするのが見たいのだろう。この前は刀使いの強いキャラクターを上手く動かせず、ひたすら焚き火を斬り続ける悲しき斬り捨てマシーンにしてしまった。そういう時の国近は楽しそうに大爆笑している。まあ絲も我ながら謎の動きをしているなと思うし、友人が楽しんでくれているなら何よりである。
しかしまるで迷い猫のポスターのごとく謳い文句を付け、あまつさえそれをグループに流すとは何事か。普通に謎過ぎて声に出してしまったが、グループに参加している面々は基本ノリが良い。どんどん吹き出しが増えていくのを、絲は無言で眺めることしか出来なかった。

〈こちら当真、志島なら放課後すぐ出てったぜ。屋上から見た〉

〈こちら穂刈。残念ながら見てないな、俺は。懸賞金はあるのか?〉

〈これ何の遊び?全く…〉

〈まあまあ今ちゃん、これはウチの隊長からのお達しなのだよー。見つけた人にはお餅贈呈だって〉

〈志島のこと捕まえられへんからって、あの人遂に手段を選ばんくなったな…〉

ノリノリでコメントしている男二人は何なんだろう…というか当真、お前またサボったのか。私はカゲで手一杯だからお前の面倒は見ないからな。そう内心でツッコミを入れつつ見守っていると、今が気になることを聞いてくれた。すると、何故か太刀川が絲を探しているというではないか。水上の呆れの滲んだコメントまで見て、絲はそっとトーク画面を閉じた。関わるとろくなことが無さそうだ。ふと、月見が「太刀川君が迷惑かけたら遠慮なく教えてね」と連絡先を教えてくれたのを思い出す。迷いなく通報しておいた。部下と後輩巻き込むな。そして餅で買収しようとするな。
ヴー、と長めの振動が手のひらに伝わる。電話がかかってきたようだ。律儀な男だなあと少し頬を緩め、スマホを耳に当てた。周囲には笑った!彼氏からか!?と密かに注目している者が複数いるが、そのことに絲は気が付いていない。というか気にしてたら心が保たない。


「もしもし?」

〈すまない、待たせたか?先に行ってても良かったのに〉

「いやいや、私が勝手に待ってただけの話だから気にしないでいいよ」

〈そうか?それならいいんだが…〉

「生徒会の仕事は終わった?」

〈ああ。今そっちに向かうからもう少しだけ待っててくれ〉

「了解。…自分で来といて何だけど、なるべく早くしてくれると助かる」

〈はは、他校生なんか目立つに決まってるだろう。自分の気まぐれを恨むんだな〉

「ぐうの音も出ない」

〈まあそこまで待たせないから〉


SOSを出してみたが爽やかにかわされてしまった。いやまあ自業自得なんだけどね!?だって昨日雨降っててグラウンドぐしょぐしょだし、運動部とか室内に切り替えるだろうし、放課後だし、人いないよなーって思ってもおかしく無いじゃん!!と言い訳するものの、現実は無情である。運動部はユニフォームが泥だらけになろうがグラウンドで部活動するし、下校する生徒の数は結構多いし。そんな中で他校生が誰かを待っていれば、自分だって見るに決まっている。まあ前みたいに悪意ある視線じゃないだけマシかあ…と通話の切れたスマホをポケットにしまった。
やっぱ彼氏なんじゃない!?相手誰かな!!彼女気遣って電話してくるのポイント高くない?というか結構長いこと待ってるあの人も健気…なんて声が、近くの体育館辺りから聞こえてくる。いやあ女子高生のバイタリティ凄いね。彼氏じゃないし健気でも何でもない。そしてお嬢さん方部活はいいのか、と思っていると顧問らしき人にサボるなー!と怒られている。ヘコむことなくきゃあきゃあはしゃぎながら中へ戻っていったので、女子高生は最強ってことが分かってしまった。つよい。


「あ、志島先輩!お疲れ様です」

「綾辻。今帰りか、そっちこそ生徒会お疲れ様」

「ありがとうございます」


にこやかに挨拶をしながら近付いてきたのは、嵐山隊の綾辻である。待ち人と同じく生徒会に所属しており、一年生ながら教師からの覚えがめでたいと聞く。ボーダーでは広報担当の才色兼備、学業も優秀。属性盛られ過ぎでは?と思わないでもないが、それ以上に色々やっていて疲れないんだろうかと心配だ。
手にぶら下げていた袋から紅茶とチョコ菓子を取り出し、綾辻に手渡す。これは…?と不思議そうな顔で己と手の中を交互に見やる姿に、絲は小動物を見ているような気分になった。


「広報にオペ、生徒会に学業。やることがあまりに多いなと思って。ささやかだけど差し入れ」

「良いんですか?ありがとうございます」


パッと表情が華やいで、周りの雰囲気も柔らかくなったようだ。六頴館ではマドンナ的扱いを受けている綾辻のその笑みは、こちらをこっそり窺っていた生徒たちの心を鷲掴みにしたらしい。ウッ可愛い…と唸っている男共の声がして、純粋に面白かった。メロメロじゃん。綾辻の頭の上ではふわふわもこもこの2万2500という数値が風に揺れている。たまにぴるぴる震えているので、兎にも見えて大変和む光景だ。数値可愛くないけど。会えるかなーと思って目についたもの買っといて良かった。よしよし、と風に乱れた髪を直してやって軽く頭を撫でる。可愛い後輩は可愛がってなんぼだろう。
一方で、体育館の方からまたしても囁やけてない元気な声が聞こえてくる。えっあの人が彼氏のパターン!?彼氏力高過ぎ…マドンナもメロメロにする他校の先輩…!!と興奮した様子だ。彼氏ちゃうわ。落ち着け。甘いものに目がない綾辻が早速開封するのを見守っていると、顧問が彼女らを回収しに来たのかアアーと声が遠ざかっていく。懲りないなお嬢さん方。部活しな。


「あ、生徒会の方は解散したので…戸締まりとかありますけど、もう来ると思いますよ」

「そう?分かった。しかしまあ、生徒会選挙か…大変だね」

「やってみると意外と楽しいんですよ。確かにやることは多いですけど」

「そういうものか…」


昼休みに各教室を回って投票を呼びかけるなんて、疲れることそのものだと思うのだが。私だったらご飯をのんびり食べて自分のやりたいことをやりたい。
綾辻は、入学後間もなく教師の推薦で生徒会入りしたという。そこで真面目に仕事をこなし、今度は自ら副会長に立候補するのだそうだ。素晴らしい向上心だねえと感心のため息を漏らすと、いえいえと後輩は穏やかに否定した。


「生徒会に一度入ったら、今までの伝統的にあまりメンバーは変わらないんです。今いる人の役職がスライドするというか」

「ふうん。じゃあ他に立候補者がいてもほとんど信任投票になるってこと?」

「そうですね。他の生徒からしたらどの候補者も知らない人ですし、生徒会経験者が居るならそこに票を入れるみたいですよ」

「なるほどね」


綾辻ならボーダーの広報担当な上に可愛いから、生徒会経験者じゃなかったとしても票集まりそうだよなあ。そう絲は思ったが、とはいえ信任されないと駄目なので選挙頑張ります!と意気込む綾辻を前に口を噤んだ。やる気に水を差すのは本意ではない。ふわもこの数字も可愛らしくムン!と体を揺らして意気込んでいたので、絲は静かにニッコリした。言わないで良いことは言わないでおく。周囲の野次馬は二人のやり取りを見て、俺綾辻ちゃんに投票するよ…!俺も…!と決意を固めていたそうな。
綾辻は嵐山隊の仕事があるようで、差し入れの礼を再度絲に告げてその場を後にした。華奢な背中に手を振り見送っていると、明らかに急いでいる足音が己に近付いてくる。後ろの校門を振り返って、絲はああやっと会えたと破顔した。長身の好青年―蔵内は、そんな同級生を見て少し申し訳無さそうにしている。


「お疲れ、蔵内」

「悪いな、待たせた」

「いやいや、さっきも言ったけど私が勝手に来ただけだから」

「元々約束してたのは志島の方だし、少し遅くなっただろ?電話の後すぐ向かうつもりだったんだが、先生に捕まってしまってな…」

「そういうのあるある。さっきまで綾辻に相手してもらってたからそこまで肩身狭くなかったよ」


確かに蔵内が来るのは少し遅かったが、別に気になる程のものでもない。気にしいなのはいいけどいつもそんなんだと疲れるよ、と買っておいた緑茶を渡す。ぱちりと瞬きをした蔵内は、それを咄嗟に受け取ってこれは…と不思議そうに言った。蔵内の整えられた頭の上には、5万2100の数値が腰掛けている。優雅な座り方だね、君。そして綺麗な明朝体だ。


「いや、綾辻にも言ったんだけどさ。進学校の勉強とボーダーの両立でも大変だろうに、加えて生徒会でしょ?いつもお疲れ様ってことで差し入れ。抹茶チョコ食べる?」

「…ああ、ありがとう。じゃあ貰うよ」

「美味しいよ。お気に入り」

「本当だ。甘すぎず苦すぎずでいい塩梅だな」

「でしょ」


普段人を労る側や頼られる側だと、こういう時に少し驚くのは何なんだろう。まあ素直に受け取るだけ良いか、と絲はお気に入りの抹茶チョコを4個ほど蔵内の手のひらに乗せた。頭使ってるんだからいっぱいお食べ。ちらと見上げると、数字からほよんほよんと薄ピンクの綿毛が出ている。美味しかったなら何よりだ。


「選挙の準備はどう?」

「会場の設営とかは前日だから、そこまで差し迫ったものはないな。ああ、でもスピーチ原稿がな…推敲の件で先生に呼び止められたんだ」

「…やっぱり今日やめとく?そんなんじゃ疲れるでしょ」

「いやいや、志島とトリガーについて話すのは楽しいからそれはナシだ。ある意味息抜きと言っても良い」

「無理はしないようにねー」


じゃあ行こうか、と隣に並んで本部への道を辿る。本来の目的は開発室でのトリガー研究なので、ここに留まっているのは時間が勿体ない。さて今日は何をテーマに取り組もうか?トリガーという好奇心擽られる技術の結晶について口を開けば、二人が目を輝かせるには十分なのである。


「…見た?」

「え、え、何…何を見せられた…?」

「スゥーッッ」

「息を吐け!!」

「あんなにふんにゃりした蔵内くん初めて見たんですが!!?」

「あれは蔵内くんが彼女であの女子が彼氏ということ??」

「天才」


二人が去った後、周囲はにわかに沸き立つ。
体育館の主と化していた部活顧問も、最早彼らを止めようとはしなかった。止めても無駄な程に盛り上がっているからである。
校門前の他校生は一体誰を待っているのかとワクワクしていたら、我らがマドンナ(綾辻遥)と親しげに話し始めた所でまず彼らは驚いた。普段断られがちな差し入れも喜んで受け取るほどの仲であり、加えていつもとは異なる無邪気な綾辻の様子に彼らは釘付けとなる。その時点であの人只者じゃねえ…!となった訳だ。

そして極め付けに、次期会長間違いなしと言われる蔵内がやや息を切らしながら登場する始末。見守っていた彼らはあんなに急いで迎えに来る!?と滅茶苦茶そわそわした。そして会話に聞き耳を立てていると、いつも平然として頼もしい男が最初から他校生にペースを握られている。しかも労られて少し照れてるしチョコ食べて表情がふんにゃりした!!蔵内の方が背高くて明らかに歩幅合ってないのに同じペースで歩いてった!!!衝撃の連続である。


「えー絶対あの人ボーダーだよー!あの二人と仲良い人で他校って絶対そう!!」

「あの人は彼女の器じゃなくて彼氏の器では?」

「気負わせることなく話を進めるの上手すぎて抱かれたわ…蔵内が…」

「ちょ、あれ誰か確かめてみようぜ。誰に連絡する?」

「荒船なら知ってんだろ、蔵内と仲良いもんな」

「よっしゃスタンプ爆撃したれ」


特に蔵内と同学年の彼らはもうウキウキだ。六頴館は進学校故に授業の進行スピードが早く、恋にうつつを抜かすとやって行けなくなるなんて囁かれることもあった。もちろんそれは人それぞれだが、中でも鉄壁の恋愛耐性を持つボーダー隊員は本当に色恋沙汰の話を聞かない。スッカラカンである。学業に任務にと忙しいからだろうと思いはするものの、進学校で少数派の彼らは何かと目立つ。そんな人たちの恋愛事情が気にならない訳が無いのだ。特に難攻不落と称される蔵内に僅かでもピンクめいた疑惑があるのなら、それはもう早急に調べるしかあるまい!部活してる場合じゃねえ!!
絲と蔵内が色気も何もない話で大盛り上がりしているとは露知らず、野次馬していた生徒たちは事の真相を確かめようと動き出したのだった。そこには何もないというのに。

ところ変わってボーダー本部、荒船隊隊室。
誰よりも早く隊室に到着していた荒船は、荷物の中でけたたましく揺れるスマホに気が付いた。こんな立て続けに連絡してくるって誰だ?穂刈か?と思いつつ、鞄のサイドポケットからスマホを取り出す。通知を見てみると、異様な勢いでメッセージが増えているようだった。


「ウチのクラスのグループじゃねえか」


そのグループはクラスの男子用に作られたもので、近場のデカ盛りメニューやら食堂の情報やらそんなものしか流れてこない所だ。普段は穏やかなグループなのに、何をそんな騒ぐようなことがあるのかと軽い気持ちでタップする。そこに並んでいたメッセージは、支離滅裂ながら興奮していることがうかがえるものばかりだった。

〈蔵内が他校の女子!!!!待ち合わせ!!!!!〉

〈あれは身内にだけ向ける顔、俺じゃなきゃ見逃しちゃうね…〉

〈ラブコメの波動と聞いて〉

〈荒船ー!!!重要参考人荒船ー!!!!!出廷せよ!!!!!!!〉

〈校門前でマドンナと親しげ、蔵内とも超仲よさげ、あの女子はやべえ奴だぜ…〉

〈我らがマドンナと我らが会長(予定)にあんな顔を…!〉

ハン?と顔を顰める。とりあえずうるせえと吹き出しを付けた所、あ!いた!!捕まえろ!!!参考人!!!!とクラスメイトは途端に湧き上がった。落ち着けと言う意味を込めたのに、何故か次から次へと激しくメッセージが流れてくる。うるせえな…と2分くらい見守っていると、やっとクールダウンしたのか沈黙する荒船を求める声が上がり始めた。

〈で、校門前に他校生がいたってか?蔵内待ちで?〉

〈あっ荒船!!〉

〈そーなんだよぉまじ真実の愛を感じたわ〉

〈ちなみに蔵内が彼女な〉

〈は?〉

その他校生とやらに心当たりが無いでもないが、何をそんなに騒いでいるのか。荒船が疑問に思った所で、彼らはわあわあと好き勝手に語り出す。

〈結構な時間待ってても、相手に気負わせない発言するしなー〉

〈しかも労りの言葉と共に差し入れだぜ?〉

〈いーなーマジで〉

〈俺も労られてえよ〉

〈そっちかよ〉

〈というかあらゆる女子との噂を否定してる蔵内が迂闊にも校門前で待ち合わせとか…なあ?〉

〈そう思うよなあ?〉

〈それだけならまだしも…〉

〈おうよ、ふにゃふにゃの顔してたしたなあ?〉

〈俺ら見てたしな〉

そういうことかよと荒船はニヤリとした。これは蔵内が確かに迂闊と言えるかもしれない。待ち合わせ自体はどこの誰だろうと噂になる。ところがそれをしたのがボーダー所属かつ生徒会所属の蔵内ときたら、話題性抜群のネタを掴んだとそれはもう燃え上がるだろう。そこにいつもとは違う表情と来たら、勘繰るのも無理はない。
さて相手には一応確認しとくか、と違うトーク画面を開く。

〈志島、お前今日ウチ来てたか?〉

〈ん?まあね、今開発室にいるよ。何、ついに荒船も研究に参加する?〉

〈それはまた今度な〉

〈のんびり待ってるわ〉

元々スマホを使っていたのか、目当ての相手からはすぐ返事が来た。ビンゴである。ほぉー?と荒船はにやけが止まらないままクラスのグループへ戻った。彼らが満足するように、ほんの少しの個人情報を流してやる。

〈ソイツは俺らと同学年のボーダー隊員だ。正直注目されんのが嫌なタイプだからそれを見れたお前らはラッキーだったな〉

〈マジ!!?〉

〈座敷わらし系イケメン彼女ボーダー隊員ってこと!?運使い果たしたか……〉

〈肩書き長えー!〉

〈もし写真とか撮ってたら怖えダチがバックに付いてるからな。拡めたりしないでさっさと消せよ、身の安全まで保証しねえぞ〉

〈え?ガチ勢いるん?蔵内勝てるか??〉

〈オラ消せー!!ボーダー隊員が言ってるんだからマジのやつだぞ!!〉

〈まああんだけ彼氏力高けりゃガチのダチとかファン居てもおかしくねえわな〉

一応釘を差しておくと、騒いでいたクラスメイトは文句一つなく後輩にも伝えとこーと言い始めた。ボーダーによって治安が守られているという自覚があるからか、彼らはそういう所での協力に迷いがない。好奇心があってもそれなりに抑えてくれるので、荒船は感謝しろよと内心絲に対して呟いた。
しかし蔵内がなあ、と考えながら帽子のつばを指先でいじる。最近楽しそうに二人がやり取りしているのは見ていたが、話の内容はトリガーのことばかりなのだ。あまりにも色気が無さすぎてスルーしていたが、なるほど確かにクラスメイトが言うことも一理ある。確かにはしゃぐような素振りを女子相手に見せるとなると、絲くらいしか思い当たらないのだ。

〈で、どうなんすか〉

〈あの二人はラブなんすか〉

〈ラブなら明日の朝教室飾り付けなきゃならんのだが〉

〈付き合ってるとは聞かねえな。蔵内がどう思ってるかは知らねえけど〉

〈ッフーーーン???〉

〈ッハァーーーン???成程???〉

〈滾っちゃうな〉

〈気持ちが抑えられねえ〉

〈踊るか…〉

〈踊るか…〉

〈昂りを鎮めねば…〉

〈それでは聞いてください、「恋の前奏曲(プレリュード)」〉

一言添えてコメントすると、クラスメイトたちは斜め上の反応を示し始めた。荷物を片隅に除けて戻ってくる間に撮ったのか、真面目な顔でリコーダーを演奏する動画が投下されている。タップして最初から再生してみると、リコーダーの演奏に法螺貝のレプリカを使って合いの手が入れられた本格的なものだった。ピョロロピロップォオピロピィンブォオ…と嫌に耳に残る音だ。そして演奏している二人の前では、5人ほどの男子が曲に合わせてとても滑らかに踊っている。静かな部屋で一人吹き出した荒船は、マジで勘弁してくれ…と震える手で顔を覆った。情感的に踊るな。

シュン、と扉が開く。おーすと単調な声で入室した穂刈は、我らが隊長が震えているのを見てどうした?と声を掛けた。無言で差し出されたスマホを受け取り、トーク画面を遡っていく。暫くして顔を上げた穂刈はスマホを荒船に返し、ソッと荷物を床に置いた。


「それでは聞いてください、「恋の前奏曲(プレリュード)」」

「ダァッwwふざけんなマジでwwwwww」


しなやかに体をくねらせて、穂刈は動画の踊りを再現し始める。悦に入ったようなその表情に、荒船は堪えきれず大声を出して笑い転げた。完全なる追い打ちである。動画の尺とほぼ同じ時間をたっぷりと使った穂刈は、息も絶え絶えの荒船を見て頷いた。満足したようだ。


「志島が目立つことをするのも珍しければ、蔵内がこういう噂になるようなことをするのも珍しいな」

「何事もなかったみてえな顔して普通に話してんじゃねえ」

「悪いな、出ちまったんだ。お茶目心が」

「そうかよ…。
まあ志島は学校違うし、放課後なら人少ないと思ったら予想が外れたってとこだろ」

「お前らより授業終わるの早いしな、俺ら一高は」


普段の筋トレよりも腹筋に負荷が掛かったような気がするぜ、と零す荒船は、佇まいを直して穂刈と向き合う。穂刈は蔵内のタイプって志島だったか?と頭を傾げているが、なんとなく荒船はあの二人が噂になるのも無理はないと思っていた。だって年頃の男女にしては普通に仲良いし。
穂刈が怪訝そうな顔をするように、蔵内のタイプはどこか癖があるか少し抜けた所のある、いわゆる“手の掛かる末っ子系”だ。王子や神田が言うのだから間違いない。自立した印象のある絲とは真逆ではないかと誰もが思うだろう。ところが、志島絲という女子は「頼れる人だ」と相手を認識すると、控えめに甘えるらしいのだ。今では絶対の信頼を置かれている諏訪は、ああいう所が可愛がりたくなんだよなあとボヤいていた。気が付いたら飴を準備していて、会った時にはいつも渡してしまうんだとか。つまり彼女には普段とのギャップがあるということで、そこに蔵内はやられたのではないだろうか。

(志島は志島で蔵内のこと防波堤みてーに頼ってるしな)

犬飼に絡まれた時近くに蔵内がいれば引っ張ってくるのだが、あれも甘えといえば甘えだろう。同年代の男子だとダントツに仲が良い影浦を除いても、絲の中の蔵内は友人の特別枠に当て嵌まる。でなければ割と受動的な所のある絲が、わざわざ他校まで足を運ぶはずがないのだ。クラスメイトたちの乱舞っぷりもあながち間違いではない。


「ま、実際のとこは分かんねえな。本人たちの問題だろうから放っとけよ」

「あ、スマン」

「ア?」

「犬飼に伝えたばかりだ、たった今」

「お前正気か?」


何故よりによって犬飼に漏らしたのか。荒船は信じられないものを見る目で穂刈を射抜いた。いや連絡が来ててな…なんて言い訳しつつ、当の本人はテヘと言わんばかりに自らの頭を小突いている。

クラスメイトが六頴館にいるボーダー隊員の中で真っ先に荒船へ連絡したのは、犬飼が良くも悪くもインフルエンサーであるからだ。彼にかかればどんな噂も瞬く間に広がってしまう。デリケートな話である今回はまず真相を確かめねばと目撃者が思ったため、結果荒船に白羽の矢が立ったという訳だ。それを荒船も理解していて、穂刈へ一応の注意を投げかけたのだが…。
荒船は自分にできる範囲を正しく理解している。すまねえ蔵内、俺にできることはここまでだ…。早々に話の拡散は免れないと判断し、未だ騒がしいトーク画面へメッセージを書き込んだ。

〈犬飼に漏れた。せめて蔵内本人の耳に入らねえようにしとけ〉

近年稀に見るファインプレーである。
この一手のおかげで蔵内は誰からも突き回されずに済むのだが、次の日から嫌に生温い視線をそこかしこで浴びるようになったという。荒船から事の顛末を聞いた王子は、そう語るチームメイトにニコ…と笑顔だけ返したとか。ちなみに犬飼は予想通り今回の話を拡めまくったので、荒船に遣わされた穂刈のチョークスリーパー(ガチ)で沈んだ。南無。











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