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二次創作/夢
難解:可愛いの概念











「あ、志島先輩。こんにちは」

「おおどうした、手にいっぱい荷物持って」

「よく分からないんですが職員の方に頂いてしまって…」


いつも通りに本部の通路を歩いていると、聞き覚えのある声がした。絲が振り返ると、歌川が袋に詰まった菓子をいくつも抱えているのに目が行く。後輩も少し困ったように笑って、いくつか要りませんか?と尋ねてくる始末だった。絲にとっても歌川は素直で可愛い後輩だが、おばちゃんに可愛がられる才能もあったらしい。その気持ちよく分かる。今なら7万8600とかいうクソ高数値も可愛く見える。


「隊の皆で分け合ったら?宇佐美とか頭使うから糖分補給ー!ってよく言ってるし」

「とはいえこの量は流石に…。志島先輩、一袋だけでも持っていってください。生駒隊や二宮隊に出入りする際の手土産代わりにでも」

「じゃあ貰ってくか。よしよし気遣いができていい子だな」

「あはは」


相変わらずお口が上手なこと。こちらが持て余さないようにさり気なく言葉を付け足す辺りが賢い。可愛い奴め、と絲は歌川のツンツンした頭を撫でた。少し照れた表情で受け入れる所も可愛い。そこであれ、と違和感に気が付く。頭までの距離が前より遠退いた気がするのだ。


「もしかして背伸びた?」

「! 気付きました?170超えたんです」

「おお…流石成長期男子。タケノコだ」


今でこそ幼さが残る顔立ちだが、この落ち着きぶりに身長まで加わったらさぞかしモテることだろう。思春期女子とは得てしてそういうものである。歌川はしれっと相手を褒めて喜ばせる天才なので、ジゴロみたいになっていやしないかと少し心配だ。人を褒めるのも程々にしときなよ…と肩を叩くと、疑問符を浮かべながらも歌川はこう返してきた。


「俺が言いたいから言うんです。勿論志島先輩もですよ。この前は飲み物ありがとうございました、嬉しかったです」

「そういうとこォ…!!」


なんかますます心配になってきた。飲み物に関しては自分のを買うついでに差し入れただけだし、お礼に加えて嬉しかったと言う辺りがラブポイント高過ぎる。同年代にこんな気の利く奴いたら学年中の女子惚れてしまうんでは???しかもスポーツマンだったなコイツ。アカン…恋泥棒だ…。


「…今までに貰ったラブレターの数は?」

「えっ」


ふと気になって尋ねてみると、歌川は驚きに目を見開いてから少し眉を下げる。俺なんかに勿体ないですけど…何回か…と言われ、絲はほらやっぱりラブハントしてるやんけ!!と予想通りの答えに沸き立った。後輩の肩に乗る数字はまるで頬を染めるようにうっすらピンクとなり、恥じらっている。数字に頬の概念があるのか分からないけどとりあえずポッとなってる。なんだよ可愛いな、キレそう。


「烏丸には負けますけど」

「いやアイツより歌川のが滅茶苦茶人間出来てるし、完成度高いから…見る目あるよその子らまじで」

「…そう言ってもらえると照れますね」


烏丸の名が出てきた瞬間、絲は即座に否定する。あのフラッシュナンバー野郎は性格がちょっと悪いのだ。初対面にもかかわらず容赦なくからかわれたので、絲はそう確信している。しかしああいう手合いは何だかんだ上手く立ち回るが、歌川のようなガチ恋量産タイプこそかなり心配だ。特に褒めると素直に照れる辺りが。


「…変な女に付き纏われたら…呼びな…!!」

「何の話ですか?」


グッ!とサムズアップして力強く伝えると、歌川はまたしても疑問符を浮かべている。面倒事は嫌いだが、可愛い後輩の為なら少しくらい体を張っても良かろう。健やかに育て。

歌川と別れて通路を進む。
結局可愛い後輩に押し切られてお菓子を増量されてしまったが、誰か貰ってくれる宛はあっただろうか…と自販機前の椅子に腰を下ろした。すると、元気な足音が遠くから聞こえてくる。そちらに目を向けると、赤が目に眩しい隊服が見えた。佐鳥だ。頭の上で数字がぴょんこぴょんこ跳ねている。間違いなく佐鳥だ。


「佐鳥」

「志島先輩!お疲れ様ですー」

「まだ何もしてないけどね。佐鳥もお疲れ」


メディアへの露出が多いからか、佐鳥はよく出会い頭にお疲れ様と口にする。礼儀正しくて良いことだ。可愛い奴め、と思いながら膝上の菓子をよけて自販機に小銭を入れる。


「好きなの選びな。今日も一仕事してきたんでしょ?」

「良いんですか!やったあ」


わーいと素直にボタンを押しにかかる様は見ていて気持ちいい。どうも不憫枠のような扱いを受けがちだが、佐鳥は礼儀を弁えながら物怖じしないという良さがある。明るくて大人からもウケが良く、可愛がられるのも納得の性格だ。なので絲からすれば佐鳥は存分に可愛いがれる後輩である。8万2999という数字は可愛くないけど。


「またコーラ?好きだねえ」

「コーラはポテチにもハンバーガーにも合うから最強なんすよ!」

「それは確かにそう」


自分はあったかい緑茶のボタンを押し、佐鳥の隣に座る。志島先輩も相変わらず渋いですねえと言われるが、緑茶を選ぶ回数はそこまで多くない。佐鳥と何気なくお茶を飲む機会が多いだけのことである。


「そうだ、佐鳥お菓子あげるよ。おば様方に人気の歌川から流れてきたんだけど」

「おお!クッキーのバラエティパックじゃないですか!有り難く」

「残りは綾辻のおやつにでもしてやって」

「そうします!甘い物好きですからね」


持っていた中でも一番大きい袋を佐鳥に渡すと、早速バリバリと封を開けて中身を物色している。チョコクリームサンドを取り出してうまうま言ってる所を見ていると、放牧場で餌やり体験をしている気分になった。アルパカ…カピバラ…どれでもいいな。和む。


「先輩は今日もトリガー研究ですか?」

「そうだねえ、どうしようかな。今日は珍しく誰とも約束してないんだよね」

「へえ!さっき珍しく影浦先輩をロビーで見掛けたんで、行ってみたらどうです?」

「カゲが?確かに珍しい…行ってみようかな」


今度はバニラクリームサンドを頬張りながら、佐鳥は珍獣の目撃情報を絲に提供する。その珍獣(カゲ)は、サイドエフェクトの関係であまり人の多い所に足を運ばない傾向がある。誰かと待ち合わせしてるとも聞いていないし、本当に気紛れでフラリと訪れたのかもしれない。捕まえて手合わせするのも有りだなと頷いて、絲は腰を上げた。
とうに飲み干していた緑茶のカップを捨てようとすると、横からサッと佐鳥が奪い去って己のカップに重ねる。ついでに捨てときますよ!とにこやかに言われ、絲は無言で眼下の頭を撫で回しておいた。100点。えへえへ言っている佐鳥の肩で、数字もまた楽しげに身をよじっている。可愛いー!

キュートな後輩成分を存分に浴びた所で、絲はランク戦ロビーを目指すことにした。佐鳥が目撃してから少し経っているのでもう居ないかもしれないが、本部に来ているなら隊室には居るだろう。見当たらなかったらそちらへ向かおうかなと考え、歩を進めた。
ふと、背筋がぞわりと粟立つ。なんだ!?と動きを止めると、背後に誰か立っている気配がした。首を生温かい空気がなぞり、肩に手らしきものが添えられた感触がする。振り返るよりも早く、耳元で低い音が響いた。


「ひどいじゃないですか先輩…」

「ギャアッッッ!!!!!」


ガチの悲鳴である。
多分50センチくらいは宙に浮いたかもしれない。絲はビョッと跳ね上がって瞬時にその存在から距離を取った。命の危機すら覚えたのか、得物は無いというのに手はそれを求めて腰後ろに回っている。そんな絲をよそに、おどろおどろしい雰囲気を纏った声の持ち主―烏丸は、いつも通りの真顔でそこに佇んでいた。


「……遂に命狙われたのか私は…!?」

「何の話ッスか?」

「気のせいか…」

「それはそうと良い飛びっぷりでしたね」

「気のせいじゃ…ない…!?」


気配なく背後に立つな!!と威嚇しても、生意気な後輩はどこ吹く風といった様子である。何とも腹立たしい奴だ。先程まで可愛い後輩を相手していただけに、小憎たらしさが増している気がする。敬えとは言わんがその舐めくさった態度を改めてくれ。そして相変わらずお前の数字眩しいな。絲は閃光を肩に乗せる後輩をじろりと睨み、ハアとため息をついて臨戦態勢を解いた。


「で、何の用?」

「用が無きゃ話し掛けちゃ駄目なんですか?」

「用が無い癖にあんな登場だったらその顔叩いても許されると思うんだが、どう思う?」

「すんませんした」


チィッ!!と舌打ちせんばかりに言い捨てれば、流石に烏丸も謝罪の言葉を返してくる。本気で謝ってるのか分からないが。御託はいいからさっさと本題に入ってくれ…とこめかみを押さえると、烏丸はそっすねと真顔で頷いた。


「ひどいじゃないですか、先輩」

「ひどいのはお前だよ。たった今襲撃されたんだが?」

「いやその話じゃなくて」

「どれだよ…」


そして何故か開口一番詰られるという謎の展開に、困惑が隠せない。絲はコイツ何言ってんだ?という顔をし、烏丸も僅かに眉間にシワを寄せる。


「俺を差し置いて生駒さんと背中合わせに戦ったって聞きましたよ…この俺を差し置いて」

「は?」


二回言ったぞコイツ。


「いや…イコさんは私の師匠だから…烏丸の出番無いからね?私の何なんだお前は」

「愛すべき後輩ですよ」

「怖い」


心做し瞳孔が開いている目でガン見されると普通に怖いし、発言の意味も訳が分からなくて余計に怖い。えっ本当に何?


「いやそんな筈はない」

「は?」

「は?」


自分の事を可愛い後輩とか自称しておいて先輩にメンチ切るのってどうなの?絲は烏丸という男が分からなくなった。いや元々理解の範疇外の存在ではあるけれど。


「まずそんな可愛がった覚えないし、むしろ私がお前にからかわれてるはず…記憶改組はやめてくれる?」

「何言ってんすか、見てくださいこの純粋な目を」

「歌川と佐鳥のが素直で可愛いし純粋だわ」

「は?」

「おいまたメンチ切ったぞコイツ!可愛い後輩は先輩に向かって普通凄まないけど!!?」

「俺こそが可愛い後輩の概念ですけど」

「概念背負ってきやがった」


なんという大言壮語だ。身の程を知ってくれ、お前はあの二人ほど後輩力高くないぞ…。顔面力が高いだけだお前は。
オマエ、カワイクナイ。現実見ろ。と頭を振ると、烏丸は心外であるという様を隠さずこう言った。


「こんなに可愛いのに…?」

「溢れ出る自信の源は何処から???」


自己肯定力が天元突破してて手に負えない雰囲気がプンプンする。
しかし考えてみれば、この後輩は顔面力の高さで色々と得していると聞く。体育の後には何故かスポーツドリンクが献上されているらしいし、購買でパンを買うともう一食分オマケでついてくるらしい。福引を回してたとえ外したとしても、商店街のおば様方にこれ持って帰りなと沢山の土産を渡されるとか。ここまで持ち上げられ可愛がられていたら、確かに自信は漲るだろう。しかし絲からすれば面倒くせえ後輩枠No.1でしかない。可愛い後輩枠にはどう足掻いても入れないのだ。


「諦めな…世の中の需要(カワイイ)と私の需要(カワイイ)は違うんだ」

「…!!!」


ここはハッキリ言っていつもの意趣返しでもしてやろ、と手の平をスッ…と掲げる。烏丸は絲の言葉にいたく衝撃を受けたらしく、閃光を放つ数字がガーン!!と言わんばかりに体を揺らした。そのせいで光が乱反射して余計に眩しい。やめろ目を潰しにかかるな。
クッ…と真顔ながら悔しげに肩を震わせて、烏丸は分かりましたと述べる。おっ諦めたかと思い、よしじゃあ話はこれで終わりだな!とさっさかその場を後にしようとした絲を、執念深い言葉が追い掛けた。


「今回はこれで諦めてあげます」

「今回はって何だ!?永遠に諦めてくれ」

「必ず可愛いと思わせてみせますよ…必ず…!」

「怖…………」

「とりあえず佐鳥はシメます」

「なんで?」


いつもは凪いでいる瞳が爛々としていて最早狂気の沙汰である。何が彼をここまで駆り立てるんだろうか。そして佐鳥ゴメン、なんか知らんけど唐突に被弾した。頑張って逃げてくれ。
よく分からない発言を繰り返す烏丸を見ていると、段々コイツ疲れてんのかな…と心配になってきた。腕に抱えた菓子を差し出して、食べる?と尋ねると素直に頷く。


「これ歌川から貰ったんだけど、食べ切れないくらいおば様方に恵まれたらしいんだよね」

「…」


大袋だし家持って帰りなよと渡した瞬間、烏丸は勢いよくバリィッ!と袋を開封した。かと思えば、中の小袋を次々と開けては口に詰め込み始めたではないか。ムシャァッ!!とフードファイターばりの咀嚼である。形のいい頬がハムスターの如く膨らんでいくのを、絲は呆然と眺めた。


「気でも触れたか…??」

「ひにふわないんへすよ」

「ごめん何言ってるのか全く分からんわ」


ふとオレンジの光が己を照らしていることに気が付く。烏丸の肩で輝いていた数字に視線を向けると、炎が上がっていた。

(燃え………)

ゴウゴウと燃え上がっている。それはもう恐ろしい勢いで。エフェクトなので熱さを感じるはずもないのだが、見た目のインパクトが凄い。肩の上でキャンプファイヤーしながら菓子を一心不乱に貪ってるイケメンて何?ある種の妖怪?情報過多が過ぎるんだが。混乱のあまり目を白黒させていると、お!!と陽気な声が烏丸の後ろから聞こえた。嫌な予感がする。


「なんだよ京介良いの食ってんじゃねえか!俺にもくれよ、なっ」

「ふぁへません」

「というかお前顔面白くね?ウケる」


にょっきりと現れて烏丸の肩を組んだ男―太刀川は、その向かいにいる絲を視界に入れるとパッと喜色を顔全体に浮かべた。


「おー!!なんだよ志島じゃん!!お前あの模擬戦から探してんのにマジ見つかんねえのな!!ランク戦やろうぜ」

「やりません」

「よしロビー行こうぜ!!」

「さようなら!!!」

「あっ待てよ」


絲は太刀川を目にしたら逃げるように訓練されている。なにせ師匠の一人は純粋に太刀川が嫌いだし、手合わせしてくれる内の一人である風間はいつも太刀川に迷惑を被っているのだ。何なら得にならないから会話するなとすら言われている。そして太刀川に一度捕まったら満足するまで戦わされるのだから、たまったものではない。逃げる一択である。
即座に逃亡を開始した絲を追い掛けて、太刀川は楽しげに走り出す。ちなみにこの追いかけっこだが、影浦(マブ)に助けを求めて影浦隊隊室に絲が飛び込んだことで終息した。絲を見失った太刀川は、騒ぎを聞きつけた月見に回収された後、忍田本部長に引き渡されたという。その後しばらく彼の姿を見た者は居ない。

二人を見送った烏丸は、食べ終えた菓子の袋を一纏めにして握り潰した。グシャリと音を立てて丸い塊になったそれを、通路の片隅にあるダストボックスに投げ入れる。その表情はひどくつまらなさそうで、拗ねているようにも見えた。


「…」


その脳裏に浮かぶのは、絲に背中を預けられた生駒や楽しそうに撫でられている佐鳥や歌川の姿。
そこに自分が居ないのがどうにも不服で駄々をこねてみたが、相手には上手く響かなかったらしい。さて手段を変えるか、もっと強引に行くべきかな。なんて考えつつ、自販機の前に立つ。柄にもなく甘い物を一気食いしたせいで喉が渇いて仕方ないのだ。HOTの欄に緑茶を見つけて、絲が飲んでいたことを思い出す。ボタンを押して出てきたそれを一口含み、烏丸は思わず笑った。


「趣味渋いな」


後日、またしても烏丸に背後から襲撃されて激しく飛び上がるのだが、そのことを絲はまだ知らない。何なら「腕組むので妥協してあげます」と腕を組まれ、そのまま太刀川のいるランク戦ロビーに引きずられかけて必死に抵抗する羽目になることも、また知らない。
生意気で、不思議で、面の良い―そんな少し面倒な後輩との戦いは、まだまだこれからが本番なのである。











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