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二次創作/夢
スクープ!新種ハラスメントの実態










模擬戦と焼肉パーティーを終えた次の週、絲は東に呼び出されていた。彼曰く、謝罪も兼ねて勉強のために模擬戦データのコピーをあげるから、とのことである。客観的に乱戦の中での自分の動きを見られるのは有り難いので、否やを唱える理由もなくロビーの一角に足を運んだという訳だ。


「志島、こっちだ」

「こんにちは」

「お疲れ様です、東さん」

「あれ?二宮も居たんだな」


絲は軽く手を上げた東に挨拶すると、その向かいに腰掛ける。その後に続いて当然のように腰掛けた二宮を見て、東は仲良いなあと笑った。何故この場に二宮が居るのかというと、約束の時間の前に二人で手合わせをしていたことが関係している。
最近の二宮は何かと絲を隊室に誘ってくる上、学校では鳩原越しに予定を聞いてくることが増えた。実力者との手合わせの機会が増えるのは願ってもないことなので、絲も特に断ることなく二宮隊へ足を運んでいる。それに伴って生駒や生駒隊と過ごす時間が減っており、歯噛みする者がいることを絲は全く知らない。


「二宮さんも一緒にデータを見て解説してくださるそうなので…お願いしようかなと」

「なるほどな。確かにそれは二宮が適任だろう」


じゃあ早速これを、と目の前に閲覧コードとパスワードが入力されたタブレットが差し出された。てっきり映像端末をそのまま渡されるのかと思っていたが、元データは会議にかけるために上層部へ提出してしまっているらしい。今出せるものは武富が個人的に保存している物のみであり、それを見るためのコードとパスワードを教えると説明されて納得した。
表示された数字を己の使っているタブレットへ転送し、早速見てみようと映像一覧を流し見る。隣の二宮も絲の手元を覗き込み、目当ての物を見つけて指さした。


「実況解説付きはこれだ。付いてないものはこっちだな」

「なんで映像が複数あるのかと思ったら、各隊員の動き毎に分割してるんですね。二宮さんが指したやつはその複合版、と」

「そうなるな」

「二宮さん、見るに当たってどこか注意する点とかありますか?」

「…画面端に表示されている転送直後の各隊員の動きに注目しろ。合流を優先する者、単独で動く者、動かない者、様々な選択肢がある。何故その動きを選択したのか考えることが重要だ」

「はい」


相性的にどうなんだろうと思っていた二人が意外と噛み合っているのを見て、東は静かに驚いた。風の噂では、二宮は人目の多い中で初対面の絲をボコボコに打ちのめしたと聞く。それから二人が接触したという話は聞かず、絲が二宮を嫌っているのではと心配していたのだ。模擬戦の件でも期待が先走って言葉足らずになってしまったようだし、ガクリと項垂れる絲の様子は記憶に新しい。
実際は人目さえ無ければ手合わせをすることがあったし、最近は絲が憂慮する外的要因も無くなったので人目を気にする必要もなくなった。それ故接触の機会は増え、絲が二宮の為人(ひととなり)を理解して慣れるに至ったのだ。とはいえ前回の焼肉会のような不意打ちには弱い。人付き合いとはかくも難しいものである。

(最初こそ印象は悪かったかもしれないが、相性は良いみたいだな)

動画を停止したり早送りしたりしながら、所々で二宮が解説を入れてそれを絲が聞く。絲自身飲み込みが早いわけではないが、考える頭があるので二宮の好きなタイプに当てはまりそうだ。今も疑問に思ったことを要点をまとめてから聞き返している上、二宮も邪険にせず丁寧に答えを返している。過去に部下として指揮していた二宮が、こんなに立派に人に教えられるようになるとはなあ…。東は何だか感慨深い気持ちになった。


「志島、そこで止めろ」

「太刀川さんと会敵した所ですね」

「そうだ。お前はこの時狙撃を警戒していたか?」

「いいえ。敵対する狙撃手(スナイパー)は鳩原だけだったので、彼女なら私を撃たないという確信がありました。欠点があるから撃てない、が正しいでしょうか」

「…そうか。あえて聞くが、そう思った理由は何だ」


東が見守る中、二人の問答は続く。
鳩原には欠点がある。それ故狙撃は警戒していなかったと述べる絲を見て、二宮は一つ言葉を飲み込むように間を置いた。隊長として思う所はあるのだろうが、敵として当たる以上有利になる情報は活かすに限る。二宮もそれを承知の上で鳩原を入隊させたのだから、絲の言葉に過剰に反応することは無かった。


「レーダーを見ると、私を十分狙える位置に鳩原は居ました。勿論その可能性を考慮に入れた上での行動です」

「そうか」

「はい。
狙撃が無いと判断した理由は、第一に嵐山隊が辿り着く前に交戦したこと、第二に太刀川さんと私が戦っていた時間が短かったこと、第三に武器を隠して攻撃したこと。この三つです」

「道理だな。狙撃手(スナイパー)はどこから狙っているか分からないのが一番の強みになる。一方で隊の援護が無ければ一人落とした所で自分も落とされる」

「あと、三つめなんですが…この武器を隠すスタイルは鳩原のことを意識して練習しました。勿論攻撃手法を相手に悟らせないという目的が一番大きいですが」

「フン。…あいつには有効だろうな」

「はい」


実際、厄介な中距離攻撃持ちの己を落とした方が試合運びはかなり嵐山隊に有利なものになっていたはずだ、と絲は思っている。それでも鳩原は自分を落とさなかった。つまりはそういうことである。思った以上にこの戦闘スタイルは鳩原にとって相性が悪い、それを確認できた模擬戦だったという訳だ。


「だが鳩原だからこそハマった作戦だ。違う狙撃手(スナイパー)相手ならどうするつもりだった」

「…初手は変えないでしょうね。私たちの第一目的は出水か太刀川さんを落とす、ないしは削れるだけ削ること。ただ太刀川さんを相手取って息が続いても、嵐山隊の二人が合流すれば間違いなく狙いは私に傾きます。実力的に落としやすいですし」

「それで?」

「なのでイコさんに他攻撃手(アタッカー)を引き連れて来てもらって乱戦の形にします。情報過多になれば狙いは定まらないでしょう」

「…、」


サクサクと淀みなく言葉を紡ぐ絲を見て、二宮はどこか満足そうにしている。二宮は才能ある者が好きだ。特に無駄がなく冷静で、理路整然とした考えを持って行動する者が好きだ。自分は感情に動かされることが少なからずあると自覚した上で、東のような性質の持ち主を好んでいる。
だからこそ絲のことを惜しい(・・・)と思う。絲の戦闘スタイルはほぼ確立されているが、そこが惜しい。射手(シューター)トリガーを十二分に操れる才能があると、手合わせを重ねる中で理解しているからこその感情だった。二宮と手合わせをする時の絲は、あえて射手(シューター)トリガーを使うこともあれば使わないこともある。その腕は二宮をして中々将来性があり、火力も思考力も申し分ないというのに。

そして、彼女がスタイルを確立するに当たり教えを請うた相手も気に入らない。その名前が絲の口から出たのを耳にして、二宮はムッと目を細めた。向かいの東はおっとご機嫌斜めになったぞ、と息と気配を殺す。


「二宮さん?」

「…次。自分自身把握していると思うが、お前の最大の問題点が試合後半に見受けられた」

「えっ容赦のない早送り」

「出水と当たった所まで飛ばす」

「えっ頑張った所飛ばされた…聞いてくれない…」


絲からすれば、乱戦の時の立ち回りに関することが一番聞きたい内容だ。だというのに、二宮は再生バーを勝手に操作して絲と出水の戦闘シーンまで飛ばしていってしまう。絲のささやかな抵抗の声を聞き流し、二宮は目的の場面で動画を停止した。早送りされた生駒の残像が少し物悲しい。


「飛ばした所のお前の動きは悪くない」

「!」

「あの乱戦で中距離をカバーできるお前を鳩原は落とそうと狙っていた。お前はそれを分かっていて武器破壊をさせないためにも隠し撃ちをした訳だ。結果として点獲得のために矛先はダメージを負っていた太刀川隊に向く」

「そうだな。あそこの立ち回りは上手かったと思うよ」


二宮からの思いがけない言葉に絲が面食らっていると、東からもお褒めの言葉を頂いた。実力者に褒められるのは嬉しいが、二人から一度に声を掛けられると逆にビビる。小さな声でありがとうございます…と礼を言うと、良かったのはここまでだと二宮に釘を差された。まあそうなるよな。


「あの時お前はバッグワームを外していたな。それなのに動きが鈍くその進行方向も丸分かり、これでは狙ってくれと言っているようなものだ」

「はい…」

「しかも真正面から当たっている。真正面から当たりたいならそのトリガーセットをいじるべきだったな」

「間合いの広さで言えば出水に有利ですしね…」

「フン、普段からアステロイドなり使えと言っているだろう」

「ハヘェ」


容赦のない指摘にアー!と心臓が悲鳴を上げている。二宮の指摘はご尤もであり、動きの悪さも会敵の仕方も出水に後れを取った要因だ。とはいえトリガーセットに関してはほぼ確立しつつあるスタイルを多少崩すことになるので、取り入れるには時間がかかるのだ。
とはいえ、二宮とてそれは分かっている。絲なら出来たはずと思っているからこその発言であり、絲に発破をかけるという意味合いが強いのだろう。二宮の肩上の数字も発言の度に体を大きく折り曲げている。それ肯いてんの?落ちない?と思っていると、案の定肩からコロリと落下した。慌てて肩に戻ろうと腕を伝う様子は、仔猫が爪を立ててよじ登る流行りの動画を連想させる。値はでかい癖に動きはよちよちしてんな…。よちよち二宮サン…?


「そもそも俺と何回も手合わせしておいて何だあのザマは。普段はもっとマシな動きしてるだろうが」

「アバ…仰る通りです…」

「鍛え直しだ。トリガーは射手(シューター)仕様にしておけ」

「ウワバ……」


数字(よちよちナンバー)に気を取られていると、本体の方にボロクソ言われた上にこれからボロクソにしてやると宣言されてしまった。普通に脅喝では?と震えていると、口の端を持ち上げた二宮にジッと見つめられる。えっ笑った?


「弟子(・・)だからな、面倒は見る」

「!!?」

「えっ」


これには向かいで空気と化していた東も驚きの声を上げた。東は絲が二宮の弟子だとは到底思えなかったし、その絲自身も椅子から浮くくらいには飛び上がっている。
二宮がご機嫌に後輩を指導するのは良いことだ。彼のような実力者が積極的に動けば、後続が育つ。望ましいことであり、門戸はいつでも開かれているべきだ。絲への指導がその足がかりになればと思っていたし、二人の相性も良さそうだと東は見守る姿勢を取っている。しかし今回の師弟関係に関しては、明らかに本人が了承していない。稽古を付ければ弟子だと思ったのだろうか?東は自分の教えが悪かったんだろうか…と普通にヘコんだ。


「…、!!…!!?!?」

(し、衝撃のあまり言葉を失っている…!)


東が向かいに目をやると、絲が信じられないものを見るような顔で二宮を凝視している。それはそうだ。世話になっているとはいえ、年上の男に突然師匠面されたら怖いだろう。衝撃発言をした当の本人は周りの反応など意に介さず、射手(シューター)トリガーについて話し続けている訳だし。東は絲の心中を察して額に手を当てた。絲の課題が自分が教えられる分野(射手を相手取る訓練)だからか、完全にはしゃいでいる。相手の情緒を汲み取ることに関しては人間一年生の可能性が出てきてしまった。

一方、驚きのあまり言葉を失っている絲はと言うと。
それはもちろん内心大暴れである。というか二宮に弟子と思われていたことなど全く知らなかった。

(え!!!?弟子!!!!?!?じゃあ二宮さんが師匠になるってこと!!!?!!!?!)

私の師匠はイコさんなんですが!!!と叫びたい気持ちでいっぱいである。そこでもしや…と思い至った。試合中盤の生駒との連携は我ながら良かったと思うし、二宮と東からも褒められている。それでも二宮がその映像を飛ばしたのは、絲が師匠としてことある毎に生駒の名前を出していたからではないか?
多分だが、二宮は無駄なことが嫌いだ。そんな男が最初期から接触を図ろうと絲を探し回っていた。彼からしてみれば、ぽっと出は生駒の方だと言いたいのかもしれない。先に目を掛けていたのは俺だぞ、と。

(ウワアア納得できてしまう…!!そして多分正解だこれ…!!!)

実力者二人に師事してもらうのはすごく有り難いことだ。どうしても自己研鑽の時間を減らすことになってしまうのに付き合ってくれるのだから、頭が上がらない。しかし正直な所、駄々をこねる生駒を師匠と呼ぶ心積もりでいたのだ。そこへ絲からすれば予想外の男が割り込んできたので、混乱は必須である。だって弟子とか師匠とか言うような顔してないし。
残念ながら、二宮にそんな絲の心中を理解しようとする情緒は無い。そのため彼らが座るテーブルは、項垂れる男と固まる女とマイペースに話す男が異様な雰囲気を醸し出していた。


「ちょお待っったーーーッッ!!!!!」


とそこへ、重い空気を吹き飛ばすような声が響く。
その声の方向へ三者共に視線をやると、低く腰を落とした生駒がビシィッと手の平を前へ向けて構えていた。戦隊モノのような登場の仕方に、ロビーはざわついている。その後ろの通路には、四つん這いになって震えている犬飼とそれに白けた眼差しを向ける水上が見えた。笑い過ぎで死んでいると分かっているので、水上は足元の同級生を雑に蹴飛ばしている。生駒が来たことを喜べばいいのか、犬飼にムカつけばいいのか。どうにも嫌な予感がして、絲の目からちょっと光が消えた。

時は少し前に遡る。
生駒はというと、隠岐に尻を叩かれながらも未だ踏ん切りがつかずにいた。そうして時期を逃し続けている内に、絲は先約があると言って生駒隊隊室へ足を運ぶ回数が減る始末。隠岐はおろか、海やマリオにも今日も来ないの?ふうーん…と冷めた目を向けられる事態になってしまった。斥候(水上)を送り込んでみると、二宮は抜け目なく鳩原を使って絲を囲もうとしていると言うではないか。これはアカン!!とやっと覚悟を決めた生駒は、フンフン鼻息荒く絲を探してロビーに辿り着いたのである。

そこで目にしたのは、仲睦まじく隣りに座って一つのタブレットを覗き込む二宮と絲の姿。向かいには穏やかな顔の東が座っているのだが、生駒にはそちらを気にする余裕はまったくなかった。


「ちょちょちょちょ水上アカンアカンほんまあれ、アレ何!!!!?」

「落ち着いて下さいよ…見たまんまやないですか。しかし仲良うなったもんやなあ」

「アカンその言葉は俺に効く」


通路の角で二人を眺めながら、生駒はウッ!と胸を押さえる。ついてきてくれと言われてロビーまで足を運んだ水上は、しかしまあよく距離縮めたもんやなと意外な心持ちで二宮を見た。


「志島ちゃん…ついに乗り換えたんか…二宮さんに……!!」

「尻軽みたいな言い方やめたってください、人聞きの悪い…志島が可哀想やろ」


水上から見た絲は面倒ごとが嫌いであり、初対面で躓いた相手にはあまり近寄ろうとしない印象がある。水上自身面倒だと思えば上手く切り捨てる質なので、その気持ちはよく理解できた。そういう相手だと最初に開いた距離を詰めるのは中々難しいのだが、そこは上手く鳩原が立ち回ったのだろう。絲は懐に入れた人間に対して驚くほど素直になるので。犬飼のことはあまり好きじゃなさそうだし、鳩原の功績が大きそうだと水上は一人頷いた。

(しかしそこまでして師匠の肩書きが欲しいんか)

見た目に反して二宮は意外と大人じゃない。そう認識を新たにして、水上はもだもだしている生駒の背を軽く叩いた。二宮がどう思おうと、絲は生駒の弟子だ。生駒が絲に費やした時間を無視して二宮が師匠を名乗るのは、水上としても頂けないのである。チームメイトはうるさいし将棋も教え途中なことだし、隊室に絲が来ないのはデメリットが大きい。ほら行くんでしょ。そう隊長の背中を押して、水上は事の行く末を見守る体勢に入った。
―そのすぐ後に二宮が衝撃発言をし、生駒が待ったをかけ、いつの間にか横にいた犬飼が笑い死ぬとは全く思わなかったが。


「二宮さんちょお待ってくれます!!?」

「?なんだ」


そして今。
やっとこ通路の影から飛び出した生駒は、咄嗟に飛び出たはいいものの先のことを何一つ考えていなかった。つまりはノープラン。アッッ!やってもーた!!と言わんばかりに頭上の数字も揺れる。しかし二宮に小細工をかけても意味は無さそうな上、自分も小細工ができるタイプではない。故に、ストレートに行くことにした。キリッと顔を引き締めた生駒を見て、騒ぎを大きくしたくない絲はあっこれ駄目なやつだなと悟る。そう、生駒は色々と主張がでかい。声も存在感も。


「志島ちゃんの師匠は俺なんですわ!!!旋空は俺が教えたんでよう似とりますやろ!!!?」

「…ふん、大きく出たな。そもそも最初に目を掛けていたのは俺だ。俺がコイツの師匠だが?」

「ヒエエ」

「クッ!確かに出会いは大事やな…
ほんでも付き合いの深さが大事やと思います!!志島ちゃんは隊に出入り激しすぎて最早ネオ生駒隊みたいなもんやし!!」

「こっちは出会い頭に10本勝負した仲だ。鳩原とも仲がいい上に辻とも話せる」

「なん…やて…!?」

「ヒィ訳分からん何で張り合ってんの?どこで張り合ってんの?」


二宮はおもむろに立ち上がり、生駒と真正面から対峙した。その間に謎のマウント合戦が始まってしまったので、槍玉に挙げられた絲は蒼白になって震えることしかできない。生き恥晒し博覧会みたいになっとる。心做しかボクサーの入場曲みたいなのも聴こえてきて、二人の争いは一層激しさを増していた。
東と共に席から離れて避難した絲は、そこで通路にしゃがみ込む犬飼がスマホを握っていることに気が付く。よくよく耳を澄ませば、そこから曲が流れているではないか。デッデッデッ、と重厚感のある音が辺りに響いている。明るい髪の上で数字が楽しげに体を揺らしていた。


「…お前かよ!!!!」

「フフッwwいってwwwwww」


無駄に臨場感増そうとするな!!と怒り心頭になる。犬飼の斜めに撫で付けられた髪を、絲は楽しげに踊っている数字ごと引っこ抜く勢いで掴んだ。容赦したらまた調子に乗るに違いないからだ。トリオン体ということもあり、全力で頭を振ってやった。東にやんわり止められたが、犬飼が沈黙したので特に後悔はない。やはり暴力…暴力は全てを解決する……!
殺意の波動に目覚めていると、傍観していた水上が慰めなのか肩に手を置いてきた。何じゃァワレと柄悪く睨めつけると、おー怖、と手の平を顔横で振っている。


「諦めや。腹くくったイコさんは一度走り出したら止まらん」

「暴走機関車か?」


諦めろと言われたって、そう簡単に済む話ではないのだ。今回の騒ぎで、絲は「二宮と生駒に取り合われている女」というレッテルが貼られるに違いない。また針のむしろのような環境には戻りたくないというのに、酷い仕打ちである。アッ涙が…とからからに乾いた目頭を押さえていると、東が心底可哀想なものを見る目で絲を慰めた。


「その…噂は俺があらかじめ何とかしておく。すまないな…二宮が…」

「現人神(あらひとがみ)…??」

「東さんは天皇家ちゃうやろ」

「そっちじゃなくて霊験あらたかな神のことだわ」

「高度な掛け合いやめてくれる?www」


人の姿をした神に違いねえなと東を拝んでいると、すかさず水上からツッコミが入る。うるせえお前見てるだけのくせに。事前に対処してくれる人の有り難さを思い知れ。あと犬飼はまじで静かにしてろ…と眼力パワーで黙らせておいた。犬飼の頭でご機嫌にうねっていた数字がぴたりと固まったので、もしかしたら自分はメデューサだったのかもしれない。
しかしまあ飽きないものだな、と絲は未だ対立する生駒と二宮へ視線を戻した。絲からしてみればほぼ師匠VS自称師匠の構図なのだが、場をどうやって収めたものだろうか。はああと大きく、それはもう特大の息を吐く。覚悟を決めて二人の間にずいと身を割り込ませ、彼らの眼前に手をかざした。


「二人とも見苦しいですよ!!一旦ストップ!!」

「!」

「ハイッ!」


絲の容赦ない言葉に二宮はピクリと体を揺らし固まり、生駒はしまったと言わんばかりの顔で絲を見る。彼らとて若者の範疇だが、ボーダーの中では人を率いる立場だ。そんな二人がロビーでいつまでも騒いでいては外聞も悪かろう。とはいえハッキリ言うたもんやな、と水上は同級生の度胸に感心した。言ってることはぐうの音も出ない正論なので、二宮も生駒もキュッと口をつぐんで絲を窺う。


「あのですね、お二人が私を気に掛けてくれることは大変有り難いです。ただ時と場所を選んでくれます?変に噂されるのは私なんですよ」

「ゴメンナサイ…」

「…悪かった」

「…それに、師匠が一人なんて決まりあります?」


生駒はすっかりしょげ返って、背中を丸くしている。二宮も表情こそ変わらないものの、ばつの悪さが声音に滲んでいた。反省している二人を見て、ふっと絲は雰囲気を和らげる。彼らの争点を無くしてしまえば、この騒ぎは収まるのではとふと思い付いたのだ。


「イコさんは技術面での師匠、二宮さんは戦術面での師匠。それじゃ駄目なんですか」


目を丸くした生駒と二宮はお互い顔を見合わせ、確かに…と納得する。生駒が教えているのは弧月の扱いや旋空の有効な使い方であり、二宮が教えているのは射手(シューター)の立ち回りや俯瞰的な思考回路による分析だ。役割分担的にも丁度いい。彼らの得意とする分野は違う。よって教えられることも変わるのだ。


「志島ちゃん天才やわ」

「異論はない」

「はい!よし!解散!!」


パンパン、と力強く手を叩いて閉廷を宣言する。二人から言質さえ取れれば、絲にもう用はない。さて撤収撤収!さあ散れ!特にそこの犬飼散れ!と背を向けるも、いや待ってえな、と生駒が声を上げた。


「師匠が二人っちゅーことは志島ちゃんの時間も半分こ、ゆうわけやんか」

「はあ」

「でも最近二宮さんばっかりやったんやし、向こう二週間くらいは俺らん所来てくれるやんな?マリオちゃんも海も首長なってキリンの如しなんよ」

「確かに最近行けてなかったですね…」

「待て」


生駒が頼むわ最近なんや張り合い無いねんてぇとぐるぐる絲のまわりを周る。生駒の言う通り、マリオちゃんや南沢とは最近直接会話をした覚えがない。将棋崩しトーナメントも途中な訳だし、あの淀みなく賑やかな雰囲気を浴びに行くのも悪くないだろう。良いですよと絲が返事しようとすると、今度は二宮がスパンと会話の流れを遮ってきた。


「半分って言ったのはお前だろ、生駒。コイツにはまだ教えてないことが山程あるんだから独占はやめろ」

「エ!二宮さんこそあの手この手で志島ちゃん囲い込んでましたやんか!!そのおかげで俺らほぼ接触無かったのに!!」

「フン」

「ズルいやん…俺ら具なしカレーでそちらさんは毎日ナスカレーみたいなもんやでホンマ…」

「もー何ですぐそうなるーーー?」


綺麗に片付いたかと思えば、今度は指導時間の奪い合いと来た。ええい面倒な…と歯噛みする絲は、棒立ちするオレンジブラウンのもさもさ頭の方へ視線を送って激しく手招きした。激し過ぎてメンチ切ってかもしれない。その隣で華麗なウィンクをキメてくる男はガン無視した。散れ。絲の圧に負けた水上は、気怠げな雰囲気を隠しもせずのそのそと近寄ってくる。


「何やねん、巻き込むなや」

「お前の所の隊長だが??はい折衷案出して」

「はー…人使いの荒いやっちゃな」


ほれほれと意外に広い背中を押し、絲は水上を二人の間に滑り込ませた。流石に視界にもさもさ頭が入ってくれば驚くらしく、彼らはぴたりと動きを止める。水上は少し眉根に力を入れ、あー…と頭を掻いた。


「俺みたいなんを駆り出すくらいには当事者がウンザリしとるみたいなんで、一つ言いますわ。あんまり騒ぐと嫌われますけど、ええんです?」

「!!」

「!!」

「すごい、背後に雷見える反応だ」


青天の霹靂!!みたいな顔で、生駒と二宮は水上を凝視する。ピシャンと雷に打たれたかのような衝撃に身を揺らしていたが、彼らの肩上の数字は比喩でなく本当に少し焦げていた。エフェクトには雷というレパートリーがあったらしい。ちょっと毛羽立ってぷすぷす燻ぶっている。その様子に何となく感心していると、水上の丸め込みがいつの間にか終わったようだった。


「お、まとまった?」

「おん、ひとまず一週間は俺らん所や。そんで次の週から月火が二宮さん優先、木金がイコさん優先。予定があれば断ればええし、水土日は基本フリーやな」

「おお…」

「なんや不満か?これ以上は自分でやり」

「予想以上の成果で大変ご満悦ですな。ありがとうみずえもん」

「誰が青狸や」

「猫だよ」


遠巻きに眺めるしか出来なかった東は、年下二人に諌められる年上二人を何とも言えない気持ちで眺めていた。特に二宮に関しては、やはり人の気持ちを汲み取る所からしっかり学ばせておくべきだったか…と頭を抱える思いである。生駒も生駒で悪い奴ではないのだが、ロビーで大声は辞めようなと注意しておかねばならない。
東は遂に情操教育まで手を伸ばさなければいけないのかと遠い目をした。それは別に彼の役目ではないのだが、適任は彼以外にいない。頑張れ東。お前の肩に割と冗談じゃなくボーダーの未来がかかってるぞ。ちなみに世間一般的には彼もまた若年層に当たるのだが、それを誰も指摘したことはない。東だもの。

後日、絲になるべく生駒との接触を控えるよう頼まれたと二宮から聞き、東は何故だろうと当の本人に聞いてみることにした。すると悟り切った瞳にじいと見つめられ、思わず身構える。解脱したんだろうかと思う程静まり返った瞳だった。


「あの二人は…なんていうか、悪気はないんですよ」

「あ、ああ…そうだな」

「でも二人かち合うと‘教育熱心(スパルタ)な塾講師と楽しくがモットーの学校教師の教育方針の違いによるデッドヒート’みたいになるというか…」

「………」


東には何も言えなかった。その光景がしっかり想像できる上に、比喩表現が的確すぎて取り付く島もなかった。それでは、と去っていく背中がなんともわびしい。南無…と見送っていると、絲が消えた曲がり角の向こうでうお、何だその萎れた顔!?という声がした。おやと顔を覗かせてみると、絲の前に諏訪が立っている。年下、特に女子から怖がられることが多い男だが、どうやら仲が良さそうだ。まるで大型犬を撫で回すように絲の頭をもしゃもしゃにかき混ぜている。


「ア゜ー頭揺れる」

「…で、その顔は最近よく聞く師匠関連か?」

「…………諏訪さん」

「おう」

「師匠面ハラスメント…!!!」

「ハ?なんて?」


エ゛ン゛!!!としわしわなめくじの如く嘆いた絲に、諏訪は疑問符を頭いっぱいに並べる。それはそう。言葉の意味が分からないんだから仕方ないことである。そこでパチリと東と諏訪の視線が合い、暫し無言のまま時が過ぎた。東はアイコンタクトでそのまま慰めろと送り、諏訪は戸惑いながらも了解を返す。彼自身、割と後輩の萎れかえる事態に慣れているのもあった。


「ホレ飴食え。お前隊室来いよ、堤いんぞ」

「生き仏が…?行きます」

「アイツ生き仏なんか?」

「あれは悟ってますよ」

「加古のせいかも知んねぇな…」


黒飴で頬を膨らませる絲は少し元気になったようで、諏訪と共に通路の奥へ姿を消した。東はそれを見送って、ふうと一息つく。不憫で心底心配していたが、絲にも頼れる人が居るようで何よりだ。対面時に突拍子もなく心の声を漏らす様といい、諏訪の慣れた様子といい、今回に限った話ではなさそうなので。東は絲がまた何かに疲れていたら諏訪セラピーに迷いなく突っ込むことを決めた。
ちなみに疲れた東が麻雀セラピーに浸るのはそう遠くない話である。頑張れ若人。











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