二次創作/夢
口足らずの敗北
ヤッタァ焼肉!! なんて言えるか馬鹿たれ。
セルフツッコミはさらりと流し、絲は直視したくない現実から目を逸らした。隣に座る鳩原に少し身を寄せると、彼女もまたカチンと身を固くしているのが分かる。向かいの席に座るのはのんびりした笑顔の東といつも通り真顔の二宮。鳩原からすれば師匠と自隊の隊長なのだが、いかんせん面も圧も強過ぎて何かと押し負けるのだ。絲もまた然りである。
四人が腰掛ける隣のテーブルでは、先程の模擬戦で勝利を上げた弓場隊の面々が肉を囲んでいる。生駒や隠岐が好き勝手に肉を焼いて網の上の隙間を無くし、弓場が野菜も焼けと怒っていた。楽しそう。そして何故かそこに加わってにこにこと肉を食らっている犬飼。一人違和感があるものの、なんとも平和な様子だ。静寂が包む自分たちのテーブルとの落差に、絲はより沈鬱とするしかない。ひたすら網の目を数えるばかりの時間が過ぎていった。ここの列、少し網目幅が狭いな。
「俺たちも食べようか。遠慮しなくていいぞ、鳩原もな」
「あ、ハイ」
「志島も好きなもの頼んで良いからな」
「ハイ゛」
ジュウジュウと脂身が網の下に滴り落ちて音を立てている。東に促されて絲と鳩原が箸を握ると、肉を掴んだトングが絲の目の前にヌッと現れた。そのトングを握る腕を辿ると、二宮が無言で顎をしゃくっている。皿を差し出せということだろう。微振動しながら取皿を前に出すと、ドサドサと網の上で育てられていた大半の肉を積み上げて返された。怖い。私を焼肉大好き食欲旺盛男子高校生だとでも思っているんだろうか。そういうのは米屋とか出水が良いと思う。
助けて鳩原…お前の隊長だろ…と大量に冷や汗をかきながら横目で訴えかけると、白米を頬張る友人の悟った眼差しとかち合う。ゴメン無理、と語るその瞳は悲しいほど凪いでいた。こんなの…焼肉ハラスメントだ…!ヒンと嘆きながら肉の山をもそもそ消費していると、皿の上に肉どころか野菜もどんどん追加されていく。そびえる山を前にして、絲は犬飼を押し退けて隣のテーブルに移動したい気持ちでいっぱいになった。助けてくれ。
―模擬戦終了後。
勝利したのだからその内東から声が掛かるはずと、弓場隊の面々は仮の作戦室に留まっていた。生駒や隠岐がわざとらしいほど勝利に湧き立ち、焼肉焼肉と元気に騒いでいる。そんな彼らの横で、弓場と絲は転送位置が違えばこうも上手くハマらなかっただろうと、異なる状況下での戦い方を話し合っていた。時折混ざりたそうにしている生駒から視線を感じたが、二人は気にせず想像上の盤面を動かしている。髪を下ろした弓場は少し威圧感が薄れて話しやすいのもあり、絲の口がよく回ったことも会話が弾む要因だった。
「とにかく今回みたいに序盤で不意を突いて太刀川さんは落としたいですよね」
「ああ、残しとくと厄介な人だからなァ。出水も落とせれば良かったが」
「あの火力は中々…」
「なあ模擬戦終わったんやから素直に喜ばん?焼肉のこと考えよ?好きな部位どこ?俺カルビなんやけど、ネギ塩カルビって焼いてる時ネギがさよならするのめっちゃ悲しい…なんやしょんぼりしてきたわ…」
「イコさん想像で肉焼いてヘコんではるんですか?繊細やなあ」
真面目な二人の間に生駒が割って入ると空気が緩くなり、さらに隠岐がのんびりした声で茶々を入れる。話を遮られる形になったが、生駒の言うことにも一理ある。
「しょうもねェへこみ方するんじゃねえぞ、生駒ァ」
「イコさん、ネギ乗ってる部分を内側に丸めて焼くと良いらしいですよ。試しましょ」
「ほんま?ほなそうするわ」
盤面考察はまた後でも出来るので、弓場と絲は話をやめて勝手にヘコみ始めた生駒の背を軽く叩くことにした。こういう性質の異なるメンバーがうまい具合に混ざっていることを考えると、この日限りとはいえ中々バランスの取れたチームだったのかもしれない。ふと師匠の集めた隊は個性のオンパレードだったなと気が付く。ボケ倒し名人だらけの生駒隊だが、その中の真面目枠もといバランサーは多分水上に違いないと絲は勝手に当たりを付けた。ふざけてるようで締めるとこは締める男であると絲は知っている。そしてマリオちゃんは反応が可愛くて場を和ませるだけなので、バランサーにはなれない。
接点が多いこともあってなんとなく生駒隊に思いを馳せていたその時、ある男が前触れもなく作戦室に足を踏み入れた。犬飼である。
「お邪魔しまーす」
「は?なんか来たわ」
「え、すごい辛辣じゃない?」
犬飼が作戦室に訪れる理由も無ければ歓迎する理由も無いので、絲はなんで来たんだコイツという顔を向けた。当の本人はそういう反応カゲそっくりだなとカラカラ笑っている。個人情報の拡散といい謎の数値爆上げといい、コイツは本当に自分の行動を振り返った方が良い。イジられたり絡まれたりする側からすれば面倒な奴としか言いようがないので。
「犬飼、テメェ一体何の用だ?」
「何ってお迎えですよ、お迎え」
「なんや?どないしたん?」
「お迎えってあれですか?焼肉の」
「そうそう」
弓場の発言を皮切りに、生駒と隠岐がスススと移動して絲の周りを固めだした。絲を盾のようにして犬飼を窺っているが、人を肉壁にしないでほしいものだ。犬飼のことを警戒してるんだろうか。それを可笑しそうに眺めながら手をひらひらさせた犬飼は、頼まれて迎えに来たんですよと告げる。へえそうなんやと疑いもせず頷く生駒に対し、絲はン?と首を傾げた。
「東さんが犬飼に頼んだってこと?別に犬飼関係なくない?」
「まあまあまあ!ひとまず案内するから行こうよ、ね」
「……」
「わー志島ちゃんの目すごい冷たい」
とても怪しい。
弓場や生駒がいる手前何か陥れるとかではないだろうが、尋ねたことに対して明確に何も答えていない所が特に怪しい。じっとりした目を向けても笑うばかりなので、今は答える気が無いようだ。
「ここで待ってても肉は食べれないんですから」
「ほんなら行こか。俺はサンチュ食いたい気分やわ」
「ネギ塩カルビどこ行ったんです?焼肉行くんやから肉食べてくださいよ」
「…まあいい。犬飼、東さんは先に行ってンのか」
「そうですよ。ほら志島ちゃんも渋い顔してないで!行こう行こう」
生駒はもう焼肉の口になっているようで、食べれないとかあり得んわ、と言いながらさっさと荷物を抱えて外へ出て行った。隠岐も隊長に続いて扉を潜っていく。弓場も絲と同様犬飼を案内によこした東の意図が気になるようだが、ここで話していても仕方ないと先に行った生駒と隠岐に続いた。最後まで室内に残っていた絲を見て、犬飼は仕方ないなあという顔でその背後に回りぐいぐいと扉へ向かって押してくる。まあ行かないという選択肢は無いようだし、焼肉が食べられるのは普通に嬉しい。それでも素直に従うのは何か癪なので、わざと後ろに体重をかけつつ促されるまま店へと向かうのであった。
そして辿り着いた少しお高めの焼肉店。
ご予約のお客様はこちらですーと従業員に案内されて個室に入室した瞬間、絲は体がガチンと固まるのを感じた。とても強い威圧感と眼差しを一身に浴びたからである。ちなみに背後の犬飼は明らかに笑っている気配がした。貴様。
「ああ志島、いい試合だったな。お疲れ様」
「ア゜、りがとうございます………」
「フン」
―いや“フン”じゃねえ!!何故いる!!?
労りの言葉を掛けてくる東がいるのはいい。事前に覚悟はできてるし、東超えの数値(太刀川の22万)を目撃したばかりなので。問題はその隣、鼻を鳴らした二宮匡貴その人である。今回の模擬戦には微塵も関係ないというのに、さも当たり前と言わんばかりに席についているではないか。そしてその向かいには所在なさ気な顔で鳩原が座っている。鳩原は絲の姿を見ると、明らかにホッとした様子で胸を撫で下ろしていた。それは良い。鳩原が居るのは心強い。
バッと後ろを振り向くと、犬飼が俺ここ入りますね!と弓場ら三人が座るテーブルに勝手に混じっている。絲の視線に気が付くと、心底愉快そうな顔を隠さず手を振ってきた。そこで絲は理解する。東が犬飼をよこしたのではなく、二宮が犬飼をよこしたのだ。しかも犬飼は明らかに絲用に隠岐が空けていたであろう席に腰掛けている。明らかに隠岐がえ?という顔をしているのに、どこ吹く風といった様子だ。どこまでも自分が愉快と思う方へ誘導してやがる…テメェ…許さねえぞ……。
「…いつまで突っ立ってるんだ?座れよ」
「ハイ座ります」
犬飼への恨み節を心の中で唱えていると、しびれを切らしたのか二宮から声が掛かる。意図が読めなさ過ぎて怖いので、絲は二宮の言葉へ被せ気味に返事をして鳩原の隣に座った。絲の向かいの東は、少し眉を下げつつメニューを差し出してくる。
「男ばかりだからね、鳩原と仲が良いみたいだし呼んだんだ。余計なお節介だったかな」
「イエ!トンデモアリマセン!!」
むしろファインプレーでしかない。鳩原も9万2000とかいう訳の分からない数値だが、目の前の数値20万と12万の圧に一人で晒されるのは嫌だ。こうなれば一蓮托生である。一緒に犠牲になってくれ鳩原。そんな絲の考えを知ってか知らでか、賑やかな隣とは正反対のドキドキ☆対面圧迫焼肉パーティーが始まったのである。
そして冒頭に戻る。
ストップをかけるまで肉が盛られ続けた訳なのだが、途中で東も参戦し追加注文は良いのかと追い打ちをかけてくる始末だ。そんなに食べれませんと丁重にお断りし、鳩原と山をつつきあう。頑張ろうな鳩原…この山全然減らないんだけどなんでだろうな…。
合間に参加メンバーをチラと流し見て、やはり二宮の在席理由が謎であることに頭をひねる。犬飼は二宮にくっついてきたに違いないからどうでもいいのだが、この人は一体何しに来たんだろうか。圧迫焼肉面接やめてください。折角の肉の味が分からん。鳩原とちょっと何か言ってよ、いやそっちが、と押し付け合いのアイコンタクトをしていると、箸を置いた東が口を開いた。
「試合のペースは全体として弓場隊が握ってたと思うんだが、一体どんな作戦を立ててたんだ?」
「、大したものではないです。生駒隊の二人は自由にさせといた方が生きる駒だったので、私と弓場さんが攻撃手(アタッカー)を率先して押さえに行くという方針でした」
「確かに志島のアレは分かってても引っ掛かるだろうし、弓場は弓場で速過ぎて防ぎようがないからなあ。攻撃手(アタッカー)に強い隊員が二人もいるのは今回の参加メンバー的に有利だったか」
「そうですね」
東の言う通り、今回はチーム構成も転送位置も絲達の方に有利な形で進んでいた印象がある。主催の東が掌を加えるとは到底思えなかったので、恐らくは完全なるビギナーズラックだったのだろうが。とはいえ絲も敵チームに挟まれる形での転送だったし、生駒は生駒で三つ巴になっていた。最初から好きに動けていたのは隠岐くらいなものだろう…狙撃手(スナイパー)なので派手さは無いが。
思い返してみても運が良かった、と内心頷いていると、ジンジャーエールを飲んでいた二宮と目が合った。価格帯が高めのくせに飲み物をジョッキで出す辺りが焼肉店だなということと、セレブ顔にジョッキって死ぬほど似合わないなという思いで頭が支配される。ぽけっと肉を消費していると、その考えを見透かされたかのようなタイミングで二宮が絲を呼んだ。
「志島」
「ワ゜!はい何でしょう」
「あの時太刀川は嵐山隊の元へ向かっていた。お前は離脱して生駒と合流する手もあった筈だが…何故そうしなかった?」
「合流には時間がかかりすぎます。それに太刀川さんを野放しにしておいたら戦況も何もあったものじゃない。真っ先に落とすべきだと模擬戦前から話は上がってましたよ。その点で言えば出水もそうです」
不意を突かれて変な声が出たが、こちらを試すような物言いにスッと背筋を正す。二宮は曖昧な答えを好まない。そして理由の無い行動は無いと考える人だ。というかこの人模擬戦見てたのか…事前申告してくれ…と思いつつ、促されるまま言葉を続ける。
「なので出水か太刀川さんを最初に落として、パワーバランスを傾ける狙いがありました。私は太刀川さん狙いだったので、太刀川さんと嵐山隊がぶつかる前に待ち伏せできる位置で良かったです」
「癪だがあれでも個人総合一位だぞ。落とせる自信があったのか」
「普段の太刀川さんであれば即退場でしょうね。でもあんな形で挑まれたら太刀川さんは喜んで相手するでしょう?面白い奴だって言わんばかりに」
「ははは!太刀川だしな」
東が太刀川のこと良く分かってるなあと笑った。絲だって次も太刀川を落とせるかと聞かれたら無理だと答える。旋空弧月での誘いも、手の内が割れていない未知の相手と戦いたいと太刀川が思ったからこそ乗ってきたのだ。今後はミスリードを誘う手こそ使えども、不意を突く機会は二度も無いだろう。何となく納得していない二宮を見て、絲は行き当たりばったりの作戦だと思われてるんだろうなあと頬をかいた。
「リスキーではありましたけど、自信はありましたよ。イコさんにはいつも付き合ってもらってますし、何よりお墨付きを貰ってるので」
「アッ…」
「へえ、そうなのか」
「……、…」
「え、鳩原何?どうした?」
自分にとっては勝算のある行動だったと言葉を重ねると、鳩原の頭の上の数値がヒュッと細長くなって固まる。それと同時に興味深そうな東の相槌と二宮からの沈黙が返ってきた。しかし鳩原の数が動くのは珍しいな、と絲はスリムになった9万2000の値を眺める。すると隣の友人は泡を食ったかのように二宮と自分を交互に見てオロオロし始めた。一体二宮がどうしたのかとその視線の先を辿ると、その肩上に陣取る12万の数値がぶるぶると震えている。マナーモードのスマホみたいだ。え?なんか生まれる?産卵期?表情に何も表れてないのが怖すぎる。
「な、何でもないよ」
「え?何?どういうこと?」
「何でもないよ…!」
「そうなのか…」
明らかに二宮の数字の様子がおかしいが、鳩原がそう言うならそうなのだろう。絲は友人の言葉に素直に頷いた。12万の値は未だ揺れている。激しめの縦揺れから横揺れに変わっているので、産卵期ではなく地震らしい。ウケる。絲はシレッと失礼なことを内心で呟いた。
鳩原は知っている。
二宮はショックを受けているのだ。何かと二宮の口から絲の名を聞くことがあったので、二宮隊の面々は皆彼が彼女を気に入っていることはよく分かっていた。なんなら犬飼の弟子なんですか?という問いに満更でもない返しをしていた所まである。これはもう完全に師匠だと思ってるな…と隊長を除いた隊員皆で頭を突き合わせたことだってあった。
しかし、憂慮すべき点がある。それは“絲本人が二宮との関係を師弟関係と認識しているのかどうか”という点だ。隊長除く二宮隊としては、まず二宮は師弟関係について絲に何も伝えていないだろうという共通認識を持っていた。隊長のことなのでよく分かる。そして思っていた通りの事態になってしまった。普段の言動からして明らかではあったが、絲は二宮を師匠であるとは全く思っていない。そして今回の絲による生駒への尊敬が滲む発言こそ、彼を師匠と仰ぎ見ているという証左に他ならないのだ。絲はそう何人も師匠を作るタイプではないと鳩原はよく分かっている。
(二宮さん…定期的に教えを請いに来るから嬉しくなったんだろうな…)
そして見込みのある新人だったからこそ、自分が鍛えてやろうと意気込んでいたのだろう。しかしそこで突然の生駒発言である。自分よりも明らかに頼りにされていると把握した二宮は、雷に打たれたかのように硬直してしまった。だって二宮はいつも(・・・)なんていう高頻度で絲の訓練に付き合っていない。
(でも言葉足らずでこうなったんだろうし、自業自得ってことでいいかな…)
行間を読み取れ、を地で行く人だとよく分かっている。未だ疑問符を浮かべながら肉を消費する友を見て、これは二宮さんが悪いなと鳩原は静かに頷いた。友人の頭越しに犬飼と目が合う。こちらの会話をなんとなく聞いていたのか、あちゃぁと言わんばかりの表情だ。残念ながらそういうことです、と鳩原はチームメイトに凪いだ笑みを返しておいた。南無三。
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