[携帯モード] [URL送信]

二次創作/夢
撒き餌式人心掌握術











「第一印象」という言葉を絲は何となく好きになれない。この言葉は相手を一目見た時に抱く印象という意味なので、どうにも理解し難いのである。だってその人がどんな人か判断する材料が外見だけなのだ。何とも羨ましい限りである。絲にはその人の能力などが数値化されたものが見えてしまうので、外見以上にその数値が異常であればそちらに気が向いてしまうという悩みのようなものがあった。
そう、例えば目の前の―


「やあ、志島。今日も精が出るな」

「こんにちは、東さん」


―東春秋という数値20万を肩に乗せる男とか。

今でこそ怖い人ではないと理解しているから普通に構えず会話できるものの、ファーストコンタクトがあの質問攻め(・・・・・・)だったのだ。あんなのはもう御免被りたい。本人にその意図がなくとも、あれは完全に実力者から下の者への圧力を感じた。真剣に向き合おうとすればするほど20万の数値が目に飛び込んでくるのだから、そう考えるのも仕方ないと思って欲しい。まあ自分以外にこの視界の持ち主はいないのだが。
しかし、東の数値は何故ここまで高いのだろうか。人が高められる上限まで達しているのではあるまいな…と疑いたくもなる。正直ネックなのは自分の数値が分からない所だ。自分が今どれくらいの数値で相手とどれくらいの差があるのかが分かれば、ここまで過剰に反応しなくても良い気がする。曲がりなりにも正隊員なので万超えしているとは思いたいのだけれど…と思考を彼方に飛ばしていると、東がにこやかにこう切り出してきた。


「志島は今メインで弧月と拳銃(ハンドガン)を使ってるんだったよな?」

「そうです。旋空もイコさんと辻のおかげで大分理想に近付いてきましたね」

「そうかそうか!トリガーの研究も熱心にやってると鳩原に聞いたよ。隊に所属してないのが勿体無いな」

「いや…隊は自分に向いているとはどうも思えなくてですね。特に複数を相手するとなると」

「そんなことはないと思うけどなあ」


東が言いたいことはよく分かっている。絲は自己研鑽に余念がないタイプだが、個人で極めるのにも限界があるからチームに入った方が良いということだろう。確かにソロで活動している隊員はいるものの、その全体数は少ない。上昇志向のある者ならまず間違いなく隊を結成してB級上位を目指すし、さらにその上のA級も見据えているからだ。A級には隊を組んでいなければ上がることはできないので、絲のようなB級ソロの正隊員は珍しいのである。傍目から見たらランク戦にも積極的に参加するほど上昇志向があるのに、何故か隊を組もうとしない変な奴。そんな印象を抱かれていることは絲自身重々承知している。

ただなあ、と絲は本気で隊への所属を考えると渋い顔をせざるを得ない。
何故かって?それはもちろん、視界情報の多さに苦しめられることが分かっているからだ。最近は数値から出ている謎のエフェクトを元に相手の考えていることを推し測ることもあるが、数秒が命取りの混戦に時間を要するこの作業が活かせるとは到底思えない。ましてやピカピカに光っていたり自己主張が強すぎるフォントだったりと個性豊かな数値に常日頃から目を奪われがちなので、そこに気を取られて緊急脱出、なんてなってしまったら目も当てられない。多分周りからしても勝手に挙動不審になって勝手に負けたようにしか見えないだろう。その点ソロランク戦であれば一対一なので、意識を多方に割かなくて済む。そういう訳で、絲は隊への所属にはどうしても消極的なのだった。


「それなら一度試してみるのはどうだ?」

「え?」

「チーム戦をだよ。やってみなければ分からないこともあるだろう」


東の思いがけない提案にぱちぱちと瞬きをして、確かに一理あるなと絲は考える。どんな相手と戦うかにもよるが、今後急拵えで混合部隊を結成しなければならない事態が来ないとも限らない。なにせ近界民から侵攻されている側なので。それもそうですね、と頷いて返すと、東はじゃあ人を集めようかと早速動き始めようとした。えっ今から?早くない?と思わないでもなかったが、人脈が地下のアリの巣よりも広いと評される東の手を借りれるのであれば文句は言うまい。そう判断したこの時の浅慮を、絲は後々苦い気持ちで振り返る。ここで一旦ストップをかけておけば…と。

数日空けて、絲はいや大変だったと額を拭うような仕草をする東からブースと日時を指定された。その日は祝日で高校も休みだったので、特にさしたる用事もない。誰がいるんだろうなぁとのほほんと考えつつ提案を受け入れ、そして模擬戦の日を迎えた。言われた通りに足を運び、言われた通りにブースに入り、合図を元に転送開始のボタンを押し―目の前に広がる光景に絲は唖然とした。


「あいこでしょォ!!あいこでしょォォア!!!!ッシャアアア!!!ゥオラァッダラァ!!!!!」


複数の男たちが円になって暑苦しくじゃんけんをしている。大声を上げているのは一人か二人のようだが、まるで汗と熱気が飛び散るスポーツのような雰囲気を醸し出している。自分でも何を言っているのか分からないが、それ以外に言いようがないのだ。模擬戦をするはずだったのにこの有り様はなんだ?最早ホラーでしかない。恐怖に包まれた絲がイ゛ィ…と蝶番が軋むような悲鳴を上げるのも仕方ないことだった。
ステージに設定されている市街地の一角で繰り広げられる白熱した戦いは、高々とチョキの手を掲げた男が勝ち上がったらしい。電信柱の影で遠巻きにワイワイと騒いでいる彼らを眺めていると、その輪の外側に立っていた一人とバッチリ視線がかち合った。


「あ、噂の志島さんじゃん。おーい」

「お、来たな!」


見つかってしまった…!話しかけないでくれ頼む…!!という願いも虚しく、こっちこっちと促されるままに重い足取りで近付く。愛しの電信柱に隠れてたかった。

声を掛けてきた男子―米屋陽介は絲のことを知っているらしいが、絲も彼のことはよく知っていた。ランク戦ブースで暴れている有名人である上、槍型の弧月を自分の得物として使いこなしている実力者だ。トリオン研究のために開発室に出入りしているとそういう話もよく聞く。絲自身、米屋のようなカスタムもその内やってみたいなあと思っている次第である。彼のカチューシャの上でうねうね波打っている7万9000の数からは目を逸らした。動きは可愛いのに値が可愛くない。
その隣でワクワクした顔を隠さない男子・出水公平も、米屋同様有名であることは間違いない。出水公平は絲が世話になっている二宮の師匠である。太刀川隊の小生意気なイケメンをして半端ないと言わせるそのトリオンの豊富さ、戦闘センス。出水と二宮が破壊活動に専念したら、多分怪獣が通った後みたいに何も残らないだろう。米屋の数値に何故か体当たりしている8万9000という値の高さからして、後輩にこんな恐ろしい奴らが当たり前にいるボーダーに改めて恐怖した。というか数字同士でキャッキャしてるの初めて見た。ドゥルルルとドリルみたいな音を立ててぶつかり合っている。ノリは男子高校生のものなのに、勢いが強過ぎて猛者の戯れ上級編になってるんだが。耐久性すご。ドゥギャリリルルルルと音が激しくなった。エグい音出すな。


「米屋っす。今日はよろしくお願いしまーす」

「出水です!やー京介から面白い先輩がいるって聞いてたんですよ」

「ああうん。志島ですよろしく、烏丸は後でシメるわ」

「やべえ京介のことシメるって言ってる女子初めて見た!!」

「あのモテ男をシメるとか…志島さんおもれーな!」


しまった心の声が出た。
しかし時すでに遅し、自己紹介の途中で漏れた本音を隠す間もなく、肝心要のファーストコンタクトは終わった。彼ら曰く、烏丸京介という男に懸想するボーダー関係者は多いらしい。そんな中で烏丸に辛辣な言葉を吐いた絲がとても愉快に思えるようで、米屋と出水は互いの数値と同じようにキャッキャとはしゃいでいた。心底どうでもいい。心底どうでもいいのだが、イケメンの求心力の恐ろしさを垣間見た気がする。その烏丸ガールズに恨まれる真似はしないように、やはり接触は最小限にしようと絲は固く誓った。


「…それでさ、あれ、何か聞いていい?」

「あ、じゃんけん大会すか?チーム割りです」

「あんな怖いチーム割りある!!?」

「まあ俺らの割り振りは決まってるんで、あれは実質絲さんのチーム決めですよ」

「は?」

「だから絲さんの」


出水のあっ俺絲さんて呼びますね!という言葉は最早耳に入る余地すらない。その前に伝えられたことが衝撃的すぎたからだ。なんだよ私のチーム決めって。あまりに愕然とした顔をしていたのか、米屋が迸る笑いを堪えつつ説明してくれた。


「志島さん入れたチームが勝ったらちょっと高めの焼肉、志島さん入ってないチームが勝ったらファミレスで奢ってやるって話なんすよね」

「…まさか」

「東さんがそう言ってました」

「東さんァ!!!!!!!」

「ヒwww」


とんでもねえ火薬をブチ込んでくれたものである。もう駄目おもしれえと腹を抱える後輩二人を横目に、絲は頭を抱えた。どうやってチーム戦をしたことのない自分と組んでくれる人を探すのかと思ってはいたが、まさか撒き餌で釣る作戦だったとは。しかも参加メンバーを見る限り男だらけで肉に対する欲求は高そうな連中ばかりだ。道理であそこまでただのじゃんけんが加熱する訳だよ!そりゃ必死にもなるわ!
この撒き餌の怖い部分は、絲を入れたチームが負けた場合に何も得るものが無い所である。もちろん負けているのだから当たり前の話だ。しかし絲としては、あんなに真剣にじゃんけんをして勝った人の期待は裏切れない。申し訳ないどころの話じゃ済まないレベルである。これは死物狂いでやらないとまずいぞ…と思いつつ、東のしれっとした顔が脳裏に浮かんで少し背筋がヒヤリとした。しかも東本人は参加しないらしい。高みの見物…!?と余計に戦慄した。

(こういう所か戦闘力20万!!別に手を抜く予定は無かったけどそこに必死さを付け加えて限界値を見極めようとしてきてる!!怖!!!!!!!)

あの人古参だとは聞いているけど、一体どんな風に生きてきたらここまで綺麗に人を動かせるんだろう。オペレーターは本部所属の非番の人たちを連れてきたらしいし、顔が広すぎるのも怖い。ボーダーの深淵を覗きかけている気がして、絲はそれ以上考えるのをやめた。深淵が手を叩いて喜びながら引きずり込んできそうな気配を感じたからである。


〈志島、どうだ?あまり気負うなよ〉

「ギョ゜」


突如内部通信で話しかけてきた戦犯―東の声に、絲は激しく動揺した。まさか今の会話聞かれてたか!?恨み言でかい声で叫んだんだが!?と身構えたが、ステージ上での会話は通信を使わない限り外からは分からない。そのことを思い出して表情を繕い、ひとまず大丈夫です!と返しておいた。


〈色々声を掛けてたら手が空いてる中でも面白いメンバーが集まってな。試したいことがあったら存分にやってみてくれ〉

〈ちなみにメンバーを事前に教えてくれなかったのはどうしてなんでしょうか東さん…〉

〈ん?ああ、その方が面白いかと思ってな〉

〈“その方が面白いかと思ってな!?”そんな理由で!?〉

〈ハハハ!志島の工夫を楽しみにしてるよ〉


いやハハハとちゃうわ!!!!クソーー!!!!!!お空きれい…
笑い声を最後に切れた通信に内心キレ芸をさらす。突然動きを停止した絲を不思議がり、米屋と出水はその顔を覗き込んだ。


「おっ地蔵みてーな顔してますよ志島さん」

「いやこれは違うんじゃね?」

「虚無………………」

「虚無だとよ」

「虚無かー、惜しい」

















[*前へ][次へ#]
[戻る]


第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!