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二次創作/夢
ドキドキ初めての防衛任務






絲は心底疲れ切っていた。
学校ではハブられ、ボーダーではなんか知らんが実力者に追い回され、C級隊員には陰口含め色々と噂されるという毎日。好き好んでこんな立ち位置にいるわけではないというのに、随分とまあ好き勝手にしてくれるものだ。特に同級生とC級隊員。実力者の正隊員には是非とも今後の立ち回りとか各トリガーの特性を学ばせて頂きたいのに、周りの視線と囁きとやっかみがそうさせてくれない。最早怒りを通り越して憔悴ゲージがフルでパンパンになりつつある。それに加えて、視界をよぎる未だ見慣れぬ数値の高さにも日々精神をすり減らしているのだ。心の安寧は遥か遠い。

例えばそれぞれ一度ずつ10本勝負の模擬戦を行った二宮と風間。二宮の数値は12万、風間の数値は10万。いや数値お化け他にもおったんかい、と内心ツッコミが止まらない。東は東で底が知れなくて怖いが、この二人も絲からすれば滅茶苦茶怖かった。


「フン、まだ鈍いな」

「ンヒョェ…」


ボゴンボゴンと周囲が瞬く間に更地にされていく程の破壊力もさることながら、二宮が繰り出す多彩な攻撃には舌を巻く。ログで勉強していたから分かったが、初心者相手に強化追尾弾(ホーネット)はエグいなとも思った。なにせ予想だにしない急角度で遮蔽物を避けながら追尾してくるのだ。一種のホラーである。ド派手なドッカンバトルといった印象が二宮にはあった。そしてポケットから手を出せ。ポケットと手が癒着してんのか?
対して風間はといえば、まさに忍者顔負けのサイレント戦闘と言ってもいいかもしれない。


「貰った」

「ワ゜」


いつの間にか背後を取られていて心臓を一突きだ。変幻自在なスコーピオン捌きに身軽さを生かした機動性の高さ、それに加えて随所に使われるカメレオンは厄介なことこの上なかった。カメレオン使用時は攻撃できないのが唯一の救いだっただろう。しかし考える隙を与えず近距離攻撃を矢継ぎ早に繰り出してくるのはいただけない。防御がやっとで大体削り取られてしまった。現代の小型必殺仕事人はすごい。だけどもし暗闇から現れてあの赤い瞳だけが爛々と輝いてたらチビるな、と絲は思った。
対戦を終えて分かったのは、恐らく二宮と風間の数値の差は単純な火力の違いということである。どちらも戦闘スタイルは全く違うとはいえとんでもない猛者だった。正直に言ってどちらも強過ぎて数値の違いがよく分からなかったので、こういう純粋な戦闘力の数値はあまり信用しない方が良いのかもしれない。

数値に対して懐疑的な考えを抱くと同時に、絲は自分が案外抵抗なく戦うことのできる人間だと気が付いた。
トリオン兵は自分の中では無機物と一緒なので大丈夫だろうという確信があったが、人間相手だとどう転ぶか分からなかったのだ。実際にはそんな杞憂も何のその、パカスカとランク戦を毎日10戦以上、多い時には20戦以上こなすほどには向いていた。傍から見れば立派なバトルジャンキーだが、本人にその自覚はない。人間相手だと戦術を念頭におきつつランク戦をしなければならない点が難しいがそこが特に面白く、観察や考察が得意な絲には肌に合っていた。

そんなこんなでどうせ適性があるならとせっせと時間を見つけてはトリガーの研究やランク戦に励んでいるのだが、どうにも己を取り巻く環境が悪すぎる。最近は諏訪と堤という避難場所を見つけたものの、絲に対する風当たりは強いままだった。これが所謂有名税というものなら、丁重に熨斗つけて突っ返したいものである。

そんな中でやってきた初めての防衛任務。
警戒区域を見回りトリオン兵を撃退するこの任務は、正隊員によるシフト制で回されている。比較的時間に余裕のある大学生が夜間に任務に就くため、絲のような女子高生は休日か平日の夕方に振り分けられることになっていた。平日の夕方、同じ高校の同級生がいるはずだという本部オペレーターの言葉を思い出しながら集合場所に向かうと、見覚えのあるトゲトゲ頭が風に揺れていた。


「…カゲ!?」

「ア?志島!?」


まさかの人物に驚きを隠せず声を上げると、顔を上げた男ー影浦もまた鋭い歯を覗かせながら素っ頓狂な声を上げた。何を隠そうこの二人、影浦の成績を危ぶんだ教師によって引き合わされた家庭教師とその生徒である。その横ではニヤニヤと意地悪そうな笑みを隠そうともしないスーツの男が佇んでいる。


「ちょっとカゲ、噂の志島ちゃんと知り合いだったの?」

「うっせえな、教える筋合いねーだろうが!そもそもお前ボーダーだったんか」

「そろそろ入って一ヶ月経つくらいだけど…私もカゲがボーダーだとは知らなかったわ」

「なんだ、お互い知らなかったってこと?噂に疎いんだねえ二人とも」

「「噂?」」

「うわっ、息ぴったり!」


アハアハ笑いながら俺は犬飼、よろしくねと自己紹介をしてくる男は何だか胡散臭い。とりあえず同い年ということが分かったので、犬飼と呼ばせてもらう事にした。向こうは勝手にこちらを名字にちゃん付けで呼んできているが、訂正するのは面倒なので放っておく。それはさておき、オペレーターに教えてもらったばかりの内部通信で影浦に(この胡散臭い人、何?)と尋ねると、影浦からは(顔と中身一致しねー奴)とだけ返ってきた。第一印象に間違いはなかったらしい。そもそも顔の横に浮かんでいる数値も同年代ではべらぼうに高い6万だ。顔面(ツラ)もいいことだし、ボーダー内でも高い実力の持ち主だからこそこの値なんだろうなと絲は当たりをつけた。


「カゲは隊長なんだし、口とか態度の悪さで有名じゃん?それに志島ちゃんも今期話題の新人って結構色んな所で話聞くよ」

「はあ」

「ほー」

「あれっすごい興味なさげ?」


聞いてもいないのにペラペラ喋り始める辺り、影浦の嫌いそうなタイプである。現に影浦はトリオン体だというのに耳の穴をほじっているし、自分もどちらかというと影浦寄りの気質なので気のない返事をした。ちぇーと口を尖らせる犬飼をスルーしつつ、絲は思ったことを口に出す。


「カゲが隊長かあ。だから学校でぐーすか寝てても先生があんまり突っ込まないわけね…まあでも私に負担来るからもうちょい頑張って授業受けてくんない?」

「わりーっつってんだろ。つかなんで寝てんの知ってんだよ」

「クラス移動の時いつまで寝てんだカゲーって揺すられてんの何回か見た」

「チッ。…礼にウチのお好み焼き奢ってるからいーだろ」

「おっと事実上の改善しません宣言だなこれは」


しかしまあこれで納得した、と絲は影浦の肩上辺りにチラリと目を向ける。そこにある数値はなんと10万、今まで例外としてスルーしてきた値だ。出会った当初はお互い中学生で、浮かんでいる数値も両親と同じくらいと特に気にする程ではなかった。情報共有がされていたのか、高校進学後も何故か教師に依頼されて影浦の勉強の面倒を見ていたため、腐れ縁のような関係が続いていたのだが。その中である時を境にグングンと値が大きくなり、いつの間にやら大台に乗っていたというのが事の顛末である。
自分の好感度がここまで人に影響を与えるのか!?それともバグか!?と人知れず戦々恐々としていたのだが、影浦がボーダーなら話は簡単である。単純に素の戦闘力がべらぼうに上がったということだ。それにしたってえげつない数値の急上昇である。才能マンだったんだな…と同級生の能力の高さに素直に感心した。どうせならその内の一部でも学力に当てて欲しかった気持ちはあるが。  

ウー…とサイレンが鳴る。
パッと三者共に音の発生源へと顔を向け、本部オペレーターの声に耳を傾けた。


〈ゲート発生!誤差0.28、正常範囲内。現在地より北北西に500m先、トリオン兵来ます!!〉

「「了解」」

「おー」


一人やる気のない返事をしていたものの、動きは流石の素早さだ。黒い背中を見つめながら隊長なだけあるなと普段見ることがない同級生の機敏な動きに感心していると、屋根の上を並走する犬飼が声を上げる。


「んじゃ、防衛任務デビューの志島ちゃんに初手柄あげてもらおうか!」

「いや別にいらんよ」

「情けはいらねぇってよ」

「ええ!?給料入るよ?」

「そうなんだけど、別に譲られてまで手柄上げようとは思わないし…」

「テメェの気持ちわりい配慮をやめろってよ」

「カゲはさっきから悪意ある通訳やめてくれない?志島ちゃんそんなこと言ってないよね?」


まるでコントでもやっているかのような気安い会話をしていたが、三人はそれぞれ目標を視認すると三角陣で囲むように素早く散開する。現れたトリオン兵はバムスターが三体。己を取り囲んでいる人間を察知したらしく、それぞれが巨体を揺らして接近してきていた。


「もうさ、三体いるんだし一体ずつ倒せばいいんじゃないの?」

「それもそうか。志島ちゃんいけそう?」

「まあ多分、ポカやらなきゃ大丈夫」

「オイ、俺は俺で勝手にやるからな」


絲と犬飼が言葉を交わしていると、影浦がヒョイと屋根から飛び降りてバムスターへと飛び掛かっていく。顔を見合わせて、やれやれと息を吐きながら二人も目の前の敵に攻撃するべく行動を開始した。
バムスターといえば、絲からするとトリガーの性能確認の際に散々相手したトリオン兵だ。今更恐怖心も何もないので、いつも通り動きや特性を観察してから倒すことにする。しばらく大振りな攻撃を避けていると、本部でプログラミングされたトリオン兵のデータはかなり緻密であることに気が付いた。何せ記憶の中の動きと大して違いがない。これならいつもみたいにやっていいだろうと判断し、腰後ろに佩(は)いていた太刀型の弧月を逆手に抜き去るとそのまま核を斬り裂いた。我ながら曲芸じみているが、これが一番力が乗りやすいのだ。ここ最近の研究の成果だった。地に崩れ落ちるバムスターを確認し、犬飼と影浦の姿を探す。すると絲よりも手早く片付け終わっていたらしく、少し離れた屋根の上に彼らが佇んでいるのを見つけた。


「お待たせ」

「いや全然待ってないよ。しかしあれだね、志島ちゃんなんか剣道でもやってた?」

「ん?いや、特には」

「へえ、それで一撃必殺か。才能あるね」

「まあ精神的な枷が無い分思い切りはいいと思うよ、才能はよく分からないけど。
カゲから見て私の動きはどうだった?」

「ケッ、まだまだだな。仕留めに行くまでがなげぇ」

「あーそれはある。まあ追々ね」

「まあこんなもんじゃないの?だってまだ一ヶ月経ってないんだから、ここまで動ければ万々歳でしょ」


なんだか妙に犬飼が褒めてくれるので、ちょっとした怖さがある。周りにギャラリーがいないから軽口を叩けるものの、ランク戦ブースでもこのノリで絡まれたら大いにまずい。ファン的な奴は少なからずいそうなので、なるべく本部内で近付かないようにしようと絲は心に決めた。
ついでに(ねえカゲ、犬飼の隊服見覚えあるんだけどどこの隊?)と気になっていたことを影浦に尋ねてみる。すると影浦から(あのいけ好かねえスーツが隊服のとこなんか一つしかある訳ねえだろ、二宮隊だよ二宮隊)と返ってきたので、ウッッワ…と絲は静かに虚空を見つめた。まだ二人しか知らないのにその隊曲者しかいねえ、どういうこっちゃ。周囲が落ち着くまで本部内での接触は最低限にしようと再度固く誓った。

無事防衛任務を終えると、影浦と絲は二人でさっさと本部へ向かっていく。その背中を見送りながら、犬飼は取り出したスマホを耳に当て電話をかけ始めた。


「あ、もしもし?二宮さん?」

〈何か用か〉

「いえ、ちょっとした報告です。例の志島ちゃんなんですけど、今日たまたま防衛任務が一緒だったんですよ」

〈フン。…それで?〉

「いやー良いですね!今日セットしてたのは弧月でしたけど、ちゃんと破壊力あるし。動き出しもスムーズだったんでこっちからフォローすることは無かったですよ。考えて動ける、二宮さんの好きなタイプですね」

〈それは知ってる。伝えたいのはそれだけか?〉

「聞きましたよ、最近志島ちゃん追っかけてるみたいじゃないですか。もしかして弟子にでもしようとしてます?」

〈…どれくらいの奴か知りたかっただけだ。深い意味はない〉

「でもまた接触したいんですよね?このままじゃ多分中々会えないと思いますよ」

〈……〉

「単独行動が苦じゃないタイプな上、あれはカゲと性質が近いんで注目されるのも嫌がりますね。人の多いブースで声かけるのはやめといた方がいいですよ」

〈それは前に聞いている。まあお前の言いたいことは分かった〉

「なんだ、もう既に誰かから言われてたんですか?じゃあそういうことなんで、捕まえるの頑張ってくださいね!俺は今日はこれで失礼します」

〈ああ。気を付けて帰れ〉


通話が切れたことを確認して、犬飼はスマホの画面を消した。同年代にまた面白い子が増えたなと上機嫌に鼻歌を奏でつつ、軽やかに本部への道を辿る。もしかしたら二人に追いつけるかもしれないし、そうなった時に二人のなんとも言えないしかめっ面を拝めるかもしれない。からかうのが楽しそうな二人だ、荒船や北添(ゾエ)にも紹介してやろう。そんなウキウキ弾む心で犬飼は足取りを早めた。







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