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二次創作/夢
ひよっこ正隊員の不憫なボーダー生活








さて、上層部からトリオン能力の高さに目をつけられていた絲は、同期入隊のC級隊員の中で最も速くB級へ昇格した。それもそのはず、最初に与えられていた数値は3000、昇格に必要な数値は4000。素質十分として他隊員よりも遥かに優位なスタートを切っていたのだから、本人としては当然できなければダメなんだろうなあと思っていた。もしこれで他の人に抜かされていたら悲しいことこの上ない。
そんな自分に対してシビアな考えを持つ絲は、三週間足らずで1000のポイントを貯めて昇格するのは余程のバトルジャンキーだぜアイツ、やる奴だななんて噂されていることは全く知らない。部活やバイトの感覚でせっせと放課後に本部へ足を運んでは、訓練とランク戦を重ねてポイントを積み重ねる。そんな姿は目立たないようでいて目立っていたので、正隊員たちの間ではよく話題に上がっていた。


「おっ、来てるぜ職人が」

「職人って…」


諏訪は観戦ブースでのんびりコーヒーを煽りながらぐるりとモニターを見回し、ここ最近ですっかり見慣れた顔を見つけて茶化すように声を上げた。その横では堤が呆れたような顔で腰掛けており、甘いものが飲みたいとぼやいて黒糖カフェラテを買ったくせに甘すぎる…と文句をこぼしている。しゃあねえな貸せよと諏訪の持つコーヒーとカフェラテを交換された堤は、馴染み深いほろ苦さにホッと一息ついた。


「しかし…志島さん?彼女トリオン量10とか言ってたっけ、どうせなら射手(シューター)にすればよかったでしょうに。今使ってるのはスコーピオン?今まで使ってたかな」

「アイツB級上がってから色んなトリガー使い始めてんぜ。それでどれも中々様になってやがる」

「へえ…器用な子なんですね」

「いんや、一通り性能とか使い方を確かめてからランク戦やってるみてーだな。沢村さんが入ったばっかでえげつねえログ残してる奴いるっつってたから確かめてみたらバムスター連続20体切りやってた」

「おお…新入隊員とは思えぬことをやってますね…?」


柔和な表情を浮かべる顔にたらりと一筋の冷や汗が流れる。だから職人なんだよ、と諏訪が笑ってカフェラテをあおった。


「あっっま!!オイこれ黒糖の塊でも入ってんじゃねえのか!?」

「だから言ったじゃないですか、甘すぎるって」

「お前もう二度とこんなもん買うんじゃねーぞ」


ぶつくさと文句を言いつつ飲み干してくれる隊長に温かな眼差しを向けながら、堤はふと疑問に思ったことを口に出した。


「諏訪さん、こんなに気にするってことはスカウトするつもりなんですか?」

「…いや、俺じゃねえ。あいつは俺みたいなのとは合わねえだろ」

「なんだ、そういう口ぶりってことはもう既に話したことあったんですね」

「まあな。ああいうのは風間とか二宮みてえな奴との方が相性いいだろ」

「ああ…そういうタイプか」


つまりは真面目に取り組み様々な可能性を考慮して動ける自己研鑽を怠らないタイプ、と言った所だろうか。確かに我らが隊長の指揮には多少合わないだろうなと納得していると、諏訪は紙コップのふちを噛んでプラプラと遊ばせながらでもなあと零した。


「アイツ、風間とか二宮に声かけられそうになるとすげえ勢いで逃げるんだよな」

「…男性恐怖症とか…?」

「だったら俺と話すわけねえだろ。普通に会話できたぞ」

「それもそうですね。諏訪さんの見た目はヤンキーですし」

「オイこら堤ィ!!」


わちゃわちゃと二人が騒いでいると、ランク戦を終えた絲がブースから出てくる。ちょうどいいからお前のことも紹介しとくわ、と諏訪がオイ志島!と声をかけると、きょろりと辺りを見回したかと思えばパッと顔を明るくした絲が走り寄ってきた。堤はえ?すごい懐かれてないか?と少し混乱した。割と柄の悪い諏訪に懐いておいて風間や二宮を避ける理由はなんなのだろうか。


「諏訪さん」

「おう、悪いなランク戦直後に」

「いえ。この方は前仰ってた隊員の方ですか?」

「そ。ウチの堤、俺と同じ銃手(ガンナー)な」

「志島絲です。この前B級に上がりました」


ペコリと頭を下げる姿は普通の女子高生だ。諏訪にこれやるわと食堂のおばちゃんに貰った飴を押し付けられて素直に喜んでいる所も、年相応である。ランク戦での勝利を雑に褒められて嬉しそうに目を輝かせる姿はどこか小動物のような印象を受けた。諏訪も後輩を激励するように頭をポムポム叩いているが、ちょっと絵面があれだ。もしこれで絲が制服姿だったら諏訪を通報していたかもしれない、と堤は悲しい未来を想像した。
お、と諏訪が絲の後方を見て声を上げる。それに伴って堤もそちらへ目を向けると、隊服がスーツという一風変わった出で立ちの男がランク戦ブースに足を踏み入れてきた所だった。


「キ゜ョ」

「!?」

「ア?」


それと同時に凄まじく飛び上がった絲が矢で射抜かれた鹿のような奇声を上げて椅子の背に隠れる。あまりに聞き馴染みのない周波数の声に堤は驚き、諏訪は己の背後の椅子に一瞬で潜り込んだ絲を何してんだコイツ、という顔で見た。ワタシハイマセン…ワタシハイマセン…と呪詛の如く背後から囁かれる声に呆気に取られていると、諏訪隊の二人を見つけた二宮がズンズンと近付いてくる。ア゜ー!!とか細い金切声を最後に言葉を発さなくなった絲を尻目に、堤は思わず内部通信で(志島…ロスト…)と呟いた。ちなみに諏訪からの返事は(ウルセェ)だった。


「ここに志島がいると聞いたんですが知りませんか」

「志島ならランク戦終わってとっとと帰ってったぜ。まだ会えてねえのか?」


スンとした表情で二宮が諏訪に尋ねたのは背後でブルブル震えている絲のことだった。しかし諏訪には彼女を差し出す気がないらしく、しれっと嘘をついて帰ったと言っている。堤は可愛い後輩を売ることはしないんだな…俺のことは加古炒飯の時は容赦なく売るくせに…と内心涙を零しつつ助け舟を出すことにした。


「どうも急いでるみたいだったし、もう本部にはいないんじゃないか?」

「…そうか。また話せればと思ったんだがな」

「ん?なんだ、お前志島と話してたんか」

「……二宮、まさか初対面でいきなりブースに連れ込んだとか言わないよな?」


てっきりまだ一度も対面していないと思っていた諏訪が二宮の発言に気を留めると、堤は恐ろしいことに気がついてしまった。この二宮という男、才能がある人物が大好きなのだ。実力があるといえども、志島はまだボーダーに入って一ヶ月にも満たない年下の女の子だ。威圧感のある年上の男性に突然ブースに連れ去られ、言葉少なにボコボコにやられたら誰だって怯える。ただでさえ愛嬌のない男だ。まさかお前…とじとりとした目を向けると、二宮は数拍おいてふいと顔を逸らした。


「やったんだな!?ボコボコにしたのか!!?」

「ポイント移動なしの模擬戦だ。通常通りの戦い方をしたまでだが?」

「お前それ…通常通り容赦のない弾丸の雨を浴びせたってことだろ…」

「容赦してどうなる。見込みがある奴だから今の実力を測っておきたかっただけだ」


ああ…これは間違いなく新たな才能マンに喜び勇んで我先にブースに連れ込んだやつだ…と堤は絲を心底不憫に思った。そりゃ奇声を上げて隠れもする。しかし厄介なのは二宮にまずいことをしたという自覚がない所である。先ほど目を逸らしたのも堤に詰め寄られるだろうな、という考えからだった。そこに絲にした仕打ちへの引け目はない。何がいけないのかと真顔で頭上にハテナを浮かべている姿に、これで将来有望な新人が潰れたらどうしてくれるのだろうと頭が痛くなった。そんな堤の隣で、諏訪は何かに納得するように顎に手をやり頷いている。


「二宮、今度は人の少ねえとこで捕まえてみろ。案外話できると思うぜ」

「…そうですか。ではこれで」


諏訪のふんわりとしたアドバイスに頷いて踵を返して去っていく二宮を眺めつつ、堤は怪訝な表情を隠さず尋ねる。


「…なんの根拠があってあんなことを?普通に考えて志島さんは二宮が怖いから避けてるんでしょう」

「いーや、それは違うな。オイ志島、もう行ったぞ」

「ハヮ…ありがとうございます諏訪さん、堤さん…」


へっぴり腰の絲はいやにげっそりした顔をしている。それだけ精神に負ったダメージが大きいということだろう。ということはやはり二宮に恐怖心ないしは苦手意識があるのには間違い無いのでは?という考えを隠さず諏訪を見やれば、だから違えっての、と諏訪は雑に絲の頭をぐしゃぐしゃと撫で回した。


「志島、お前二宮と戦うこと自体は別になんとも思ってねえだろ?あんだけ頻繁にランク戦してりゃあ戦うのがイヤって訳ねえし」

「は?はあ、そうですねえ。二宮さんの戦い方は火力以外にも緻密な操作性とか戦術とか参考になる部分が多いですし」

「で、お前が前捕まったのはここのランク戦ロビーか?」

「…そうですね」

「つまり、どういうことなんです?」


謎を紐解いていくように一つ一つ質問を重ねているのは分かるが、二宮自身に苦手意識があるわけではないとなればどうしてあそこまで露骨に避ける真似をしているのだろうか。堤が先を急かすと、諏訪はつまりこういうこったと解説してくれた。


「こいつ注目されんのが好きじゃねえ質なんだよ。二宮と模擬戦した時はギャラリーがいっぱいいて注目の的になったとかそんなとこだろ。多分風間も単純だから実力を測るとか言って人が多い中で模擬戦させられたんじゃねーの?」

「諏訪さんよくお分かりで…志島検定三級あげちゃいます」

「いるかボケ。つーかお前俺と会う時もなるべく人目につかないように場所選んでたろ、そんぐらい分かるわ」


じゃれ合う二人を前に、堤ははあなるほどなあと嘆息した。確かに諏訪とここまで親しくできる度胸があるなら二宮や風間だって個人的に付き合う分には問題ないだろう。しかし二宮も風間も人目を気にしないというか我を貫くというか、ゴーイングマイウェイな面がある。そこが今回はうまく噛み合わなかったんだな、と堤は納得した。しかしあそこまで大袈裟に反応するということは、ギャラリー陣に何かされたのだろうか。そのことについて軽い気持ちで絲に尋ねてみると、ズゥンと深淵を覗くかのような表情になってしまった。


「ふふ…ああいう方々は己の影響力を甘く見てるんですよ…まだペーペーの私が人がいっぱいいる中で東さんに二宮さん、風間さんと立て続けに実力者から声かけられたり模擬戦に直々に誘われたりしたらどうなると思います…??噂話にうしろ指、挙げ句の果てに呼び出しと謂れのない言いがかりですよ…」

「んでそこを見た俺が一回追い払ってやったんだよ」

「それはなんとも…」


すごいかわいそう。
口には出さずとも、堤はあまりの不憫さにそう思わざるを得なかった。そして諏訪を無条件に慕う理由も分かった。ある意味配慮のできない実力者たちよりも、庇って気遣ってくれる見た目ヤンキーの方が絶対良い。詳しく話を聞いていると、入隊にあたっての試験でも同級生に騙し打ちをされたということやその後ハブられたことなど、ここまで散々な経験しかしていない。諏訪も同級生の件は知らなかったらしく、お前呪われてんのか?と恐る恐る尋ねていた。絲の瞳は悲しいかな濁り切っている。


「もし志島さんに興味あるとかいう人がいたらなるべく人の少ない所でって伝えるようにするよ…」

「ありがとうございます…助かります、私の命が……」

「困ったら俺か堤呼んどけ。ほらよ」

「ありがとうございます…感謝……」


萎れている後輩の背をさすりながら、諏訪と堤はSNSのフレンド登録を済ませる。しおしおとした顔のまま力なく去っていく絲に手を振りながら見送り、二人は顔を見合わせた。何とも言えない沈黙が二人を包んでいる。
とそこへ、聞き馴染みのある声が諏訪の名を呼んだ。振り返ると先ほど話題に上がっていた人物ー風間がそこに立っている。


「…どうした?」

「志島がいると聞いてきたんだが…知らないか?」


どいつもこいつも志島に興味を持ちすぎである。これでは心休まらないだろうと諏訪と堤は口を開いた。


「「いや?」」








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