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二次創作/夢
プロローグ・戦闘力20万の男








あっちを向いても万超え、こっちを向いても万超え。
今日も今日とて視界を圧迫する数値に目を細めながら、志島絲(しじまいと)はあぁと大きなため息をついた。

(あいっ変わらずこのブース近辺は数値の高い奴らばっかり…!目が疲れるったらありゃしない)

彼女の視界で明滅しては存在を主張するそれ(・・)は、物心ついた頃から当たり前に見えていたものだった。幼い頃は何が何やら分からず見えるのが当たり前だと思っていたが、日々の会話の中でどうやらそれが見えているのは己だけなのだと気が付いてからというもの、絲は知らぬ存ぜぬを決め込むことにしたのである。

ところがそんな些細な決意を揺るがす出来事が起きる。
界境防衛機関(ボーダー)への不本意な入隊だ。もちろん不本意と銘打っているのだけあって、絲は街の防衛には全くと言っていいほど興味が無かった。それはもう毛程も無かった。そんな彼女がなぜ入隊するに至ったのかというと、テレビで嵐山や柿崎といった実際の隊員が紹介されたことに色めきだった同級生に騙し討ちされたとしか言いようがない。いわゆる年相応のミーハー、もしくは厨二病といったきらいがあったその同級生は、学校でも同じグループに属していたそれなりに話す仲の絲含め、数人を巻き込みバイトの面接と偽って入隊試験会場に同行させたのだ。絲以外の同級生はサプライズで打ち明けられた採用試験が実はボーダーの試験であると知って意外と乗り気だったものの、絲自身は内心ウゲエと舌を出した。それはそうだろう、誰が好き好んで切った切られたの戦隊ヒーローをやらねばならないのか。そんな正義感は持ち合わせていないし、自分にできるとも思っていない。絲は昔から人と違うという自覚もあり、どこか達観した考えと老成した精神を持っていた。しかし手続きが済んでしまっている試験を途中退出するのもどうかと思い、どうせ落ちるだろうと筆記試験の鉛筆を握ったわけである。
それが間違いであったと気がつくのは面接に移行した時だった。


「…君は確か、友人の付き添いで記念受験したと言っていたね?」

「はい。やる気のない人間がいても士気が下がるだけだと思うのでササッと落としてください」

「……いやあごめんね、そういう訳にもいかなくてだね」

「は?」

「君のトリオン量がかなーり潤沢な方でね?できれば入って欲しいなあーというか、入ってもらえーと上から指示も来ていてねえ」

「は??」

「筆記試験も問題なし、どころか戦術的な思考回路がとてもグッド!ということで親御さんにはこちらから事情説明しておくので、入隊を真剣に検討してくれると私が助かるね!!はい合格!!今日は帰っていいよ!!!」

「は????」


は?の三段活用も華麗に無視された。さあさあ行った行った、と口を挟む暇もなく背中を押され、バタンと閉まる扉を呆然と眺める。ちなみにこの時同行した同級生は皆素質不十分で不合格だった。一番やる気の無かった絲が受かったことでグループからはハブられ、親にはいいじゃないバイトみたいなものらしいわよと軽く送り出され、逃げ道を失った結果不本意な入隊に至った…という顛末なのである。我ながら不憫甚だしいことこの上ない。普通にいつ思い出しても腹立たしい。とりあえず間延びした話し方の面接官に500円玉ハゲ量産の呪いを飛ばしておいた。いっぱいハゲろ。型抜き後のクッキー生地みたいな頭皮になれ。

それはさておき。
入隊してしまったからには仕方あるまいとひよっこC級隊員として臨んだ訓練初日、ここで絲は今まで気にかけないよう努めていた物に再び目を向けることになった。そう、人々の頭上や肩に表示されている数値(・・・・・・・・・・・・・・・・・)である。

(…万超えがわんさかいるんだけど!!?)

驚いたのは、何よりもその桁だ。今まで見てきた中で最も高い数値は例外はいるものの両親の8000程度だったというのに、C級隊員の先導をしてくれている嵐山は余裕で5万を超えているし、他にもカラフルな隊服の人は軒並み万超えの数値を叩き出している。明確に何を表しているのか分からない数値だったが、なんとなくの法則性は把握している。まずは何かしらの能力が高いこと、顔がいいこと、人気があること、自分が好印象を抱くと数値が上がること、こんなところだろうか。視界に入る隊員たちとは交流もなく別に好きでも嫌いでもない第三者なので、素の戦闘力で万超えが揃っているということである。そんなフリーザじゃないんだから…とドン引きしていると、優しげな風貌の青年とパチリと目が合った。ん?と嫌な予感がしてサッと体をずらすものの、その視線は己を追いかけている。終いには手招きをされてしまったので、絲は渋々彼の元へ近付いた。
ちなみに彼の数値は20万だったので、トリオン体のはずなのに冷や汗が止まらず足は小刻みに震えるという事態に見舞われている。穏やかな顔の癖して何というギャップだ…と、絲は断頭台に上ったかのような気分だった。


「何でしょうか…」

「いや、トリオン兵との戦闘で物怖じしてなかったのに嫌に時間かけてた(・・・・・・・・)のが気になってね。何か気になることでもあったのかな」

「…いえ、」


絲はげえ、と本当にえづきそうになる程心拍が早まるのを感じた。最初の挨拶で東と名乗った目の前の青年は、何ともよく末端まで目配りしているものである。

東の指摘通り、絲は模擬訓練でバムスターを相手に攻撃するチャンスをわざと何度も逃しており、最終的に1分と少しのタイムで打倒した。絲には当たり前のことだが、バムスターも人間同様数値が可視化されていたのを見ての行動である。こういう無機物の場合は単純に性能そのものが表示されるので難しいことを考えなくてもいいのは分かりやすくて良い。その数値が見た目の厳つさの割に4000と案外低かったので、両親より低いし倒せるなあとぼんやり思いながら相対していたわけである。生来の性格に加え、前提としてトリオン兵に対する恐怖が無く落ち着き払っていたこともあり、その動作は冷静そのものだった。相手を観察し、動きを捉えて避ける。1分かけてそれを行い、十分かなと判断した所で一発かまして終わったというその動きは、別に悪いものではないと思っている。
しかし訓練にまともに取り組もうとしない不謹慎な奴という烙印が押されるのだけはごめんだった。なにせ巻き込んできて落第した同級生たちには才能を鼻に掛けていると既に白い目で見られているのだ。これ以上不名誉な肩書きを増やしたくないのが本音である。絞り出した答えを口にした時、失礼だとは思いながらも視線はフワとあらぬ方向を向いていた。


「…その時間は状況の確認と分析のための時間、です」

「うん、なるほど。観察してみてどんな敵だなと思った?」


これ以上掘り下げるな…!頼むから…!!と内心恐怖に咽びながら言葉を紡ぐ。穏やかに降り注ぐ眼差しが何よりも恐ろしいのだと絲は学んだ。これが…圧迫面接…?


「、まずはそこまで動きが速くないので、よく見れば避けるのは容易な敵です。トリオン体は身軽なので案の定大丈夫でした」

「うん」

「……攻撃も単調で、両前足?のツメを振り上げて下ろすだけだったので、これも避けられます。ただ他の人の様子を見ていると装甲は厚めで無闇矢鱈に攻撃しても無駄かな、と…口というか目みたいな所は他と違ってやわそうでしたし、何度か庇う動作も見受けられました。それならあれがバムスターとやらの核部分なのではと仮定して、攻撃した…という感じ、です」


途中で何度もチラチラと東を窺うも、静かに続きを促されるだけでもういいとは言ってくれない。怖…本当に何…怖い…と恐怖の微振動を繰り返す心臓が口からまろび出やしないかと不安になりつつ、最後まで伝え切ると、東はにこりと微笑んだ。


「うん、いい考え方だ。少し時間をかけすぎな気はするけど、まだ初日だしね。攻撃に移った時の動きも迷いが無かったし、注目されてるだけある」

「………、注目、???」

「あれ、面接官に言われなかったかな?トリオン量が高いって」


そういえば言われたかもしれないが、それが注目されるようなことなのかどうかも分からない。何の話だという顔をしていたのか、東はトリオン量が高いだけで戦術の幅も増えるから、今後隊を組みたい人や人員補充をしたい隊から注目されているんだよと笑いながら軽く絲に告げた。


「…こんなヒヨコに何が出来るとお思いで…???」

「考えて動けるトリオン量豊富な隊員、というだけで隊としては色々選択肢が増えるんだよ。今は期待を込めて注目って感じかな」


恐ろしい話を聞いてしまった…やはり入隊自体が間違いだった…!と痛む頭を押さえて絲は初日から前途多難な己の未来を案じた。入ったからにはちゃんと取り組もうとは考えていたものの、そもそもバイトの範疇に収まればいいくらいの考えだったのだ。
しかし、だ。ここで燻って期待外れと言われるのも癪に触る上、もしこれがあのハブってきた同級生の耳にでも入ってみろ、また何かしら言われるに決まっている。ここは大人しく訓練を重ね、上に行くことを目指さなければなるまい…と悲しいかな決意せざるを得なかった。憂うべきは外聞を気にする己と真面目さが同居する性分である。


「まあ、でも君はすぐ上に来るだろう。スナイパーにも向いてそうだしね、もし興味があったら俺に声をかけるといい。名前は分かるかな?」

「東さん、でしたよね」

「そう。じゃあこの後の訓練頑張って、志島さん」

「はぃ」


情けなく語尾の下がった返事にひらりと手を振ってその場を後にした東の背中が見えなくなると、途端に絲の体は重くなった。東に名前を把握されていたこともそうだが、何より背後の反応が恐ろしい。
恐る恐る振り向くと、同じC級隊員からは嫉妬と羨望の混じった視線が向けられており、ヒソヒソと噂する声も聞こえている。それもそのはず、目立たないと思っていた女子が一人だけ声をかけられて激励の言葉を向けられたのだ。何も思わない方が難しい。しかもそれに加えて、正隊員と思わしきカラフルな隊服を身に纏った人々も騒めいている。あの東さんがわざわざ新人に声かけたって?へえ…みたいな会話を耳が拾った瞬間、その場に五体投地したくなった。もう心の中の己はとっくに燃え尽きて真っ白になっている。とんだ洗礼を受けてしまったものだ。密やかにいきたかったな…と最早叶わぬ願いを胸に、クッと唇を噛む。

(戦闘力20万怖ーーーー!!!!!!!!!!!)

数値が20万ともなればボーダー隊員としての能力値はおろか、慕われ度合いもバカ高いのだろう。そんな彼ー東春秋の影響力の凄まじさを身に染みて感じさせられた時間だった。もう二度と関わりたくないと思った絲だったが、残念ながらB級隊員になって以降は数値お化けに囲まれることになるのである。そんな未来はすぐそこだということを、彼女はまだ知らない。南無三。










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あきゅろす。
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