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二次創作/夢
トリガーは引かないで―U:繁栄命・ORIGIN






USJ(ウソの災害や事故ルーム)での敵連合襲撃では、命はただただ耐え抜いていた。背後に満身創痍の相澤を庇って、"脳無"と呼ばれる化け物の強烈な攻撃を、一撃毎にシールドを張り直してその場を凌いでいたのだ。


「はあ…なんなんだろうなァアイツ…脳無の攻撃を耐えられる盾持ち…?そんな話聞いてないぞ俺は……」


高みの見物をしていた手を至る所に装着した連合の長―死柄木は、ひきつって乾燥した肌から血が出るのもお構いなしに、ガリガリと爪を立てて苛立ちのまま引っ掻いた。
死柄木がそう文句を零しているとも知らず、命は必死にトリオンの補給をしてはシールドを作る、という行為を繰り返していた。脳無の一撃一撃が重すぎて、アステロイドの集中砲火を受けているようだ。己のトリオンに裏打ちされた最高度の硬さを誇るシールドも、その拳の前では脆いガラスのように砕けてしまう。サポートアイテムで確保してある濃縮トリオンは、残り2つ。小瓶1つで可能なトリオン体での目安戦闘時間はたったの5分、つまりあと10分でゲームオーバーになってしまう。もういい、やめろと小さく訴える背後の声には気が付かないふりをして、命はかつての己の最期を思い出していた。




* * * * * *




〈―…!聞こえるか!?繁栄!!応答しろ!!〉


あの時は、雨が降っていた。
地面に力無く横たわる体からは、とめどなく赤が溢れ出していく。雨と赤と泥が混じり合って、ひどい色になっている。それがなんだかおかしくて、痛む腹も気にせず笑った。ひきつった音だ。いけると思った。己なら皆を逃がせると、そう思ったのだ―それは、ただの慢心に過ぎなかったけれど。
通信機の向こうから、己を案ずる沢山の声がする。勝手に殿を願い出て、勝手に皆を逃して満足しておいて、このざまだ。合わせる顔もなければ、掛ける言葉も無かった。ただ一つ、気になるのは自分の遺体がどうなるのかということ。このまま誰にも発見されず朽ちていくのだろうか、そう考えると少し嫌だなと思った。それなら、と思った。それならいっそ、私を有効活用して欲しい。

繁栄命は、ネイバーの侵攻によって孤児になった内の一人だった。今でも鮮明に思い出せるのは、トリオン兵が街を縦横無尽に動き回っては、破壊の限りを尽くしていく姿だ。その中で、ひらひらと宙を舞ってトリオン兵を駆逐していく人々がいた。いわゆる旧ボーダーのメンバーだ。復讐とかそんなものは考えていなかったけれど、敵を撃ち倒す力を持つことにひどく憧れを抱くようになったのはそれからだ。
同期の三輪とは、戦術の話をよくしたものだ。レッドバレッドの使い方を何時間も議論し合ったのは良い思い出だ。二宮には、射手(シューター)としての立ち回りを実戦形式で教えてもらった。インテリな見た目の癖に、割と肉体言語寄りなのだ。
太刀川とは―
加古とは―
柿崎とは―
嵐山とは―………


「……迅」


他にも思い浮かぶ師匠や仲間は沢山居るけれど、どうしたってやっぱり、相棒だけは外せない。迅には、最初から最後まで世話になったし迷惑もかけ通しだ。遠征に行く前、彼はひどく焦った顔で己を引き留めようとした。お前の未来が、どうしても描かれない。どこにもいない。その契機になるのはこの遠征しか無いんだ、行かないでくれ…そう言った。一笑に伏して、命はそんな訳にはいかないよ心配するなとだけ返し、遠征艇に乗り込んだのだ。扉が閉まる瞬間、最後まで縋るような眼差しが痛くて、命は静かに目を閉じた。
本当は気が付いていた。迅の見る未来に居ないということは、そういうことだ。だからあんなに必死だった。それでも、命は遠征に行きたかった。鬼怒田にトリオン供給のために乗って欲しいと言われたからではない。己の腕試しをしたいからでもない。ただ、己の街をぐちゃぐちゃにした敵の世界を見たかった。己が戦う敵のことを知りたかったのだ。


「好奇心は、猫どころか…私も、殺すよ」

〈どこだ繁栄!声は届いているのか!?聞こえているならバッグワームの換装を解け!!〉

「…こちら繁栄。敵は撃破、しかし地点B‐3から動けない状況です。あと30分程したら、兵も全て退いて行くでしょう…そしたら迎えに来てくれますか」

〈!無事か、心配をかけさせるな…了解した。迎えに行くから身を潜めていろ〉

「はい、風間さん。…連れて帰って、下さいね」

〈?繁栄、どうした〉

「いえ、傍受の可能性もあります。切らせてもらいますね。待ってますよ」


待て、と聞こえたような気がするが、もう保たない。通信を切って、辛うじて動かせた腕を地面に叩き付ける。もう手先は動かない。じわじわと末端から氷漬けになっていくような感覚だった。トリオン器官のある辺り、胸の中央部分から黒い光が放たれる。


「―迅、君は泣くかな」


いつだって君は泣かないから、心配してたんだ。迅、いつだったか言っていたね。君の師匠、いつか必ず手放す日が来るって。それなら、


「それなら、その時は君が私を―

使ってくれ」


黒い光が球体となり、命の体を包み込む。球体は徐々に小さくなり、最後には人の掌に収まる程の大きさになった。宙に浮いたそれは、カランと音を立てて血溜まりに落ちる。

遠征隊がそこに到着した時には既に雨は上がり、赤の名残も無く、命の証(ブラックトリガー)だけがそこに横たわっていた。




* * * * * *




「はは、おかしいな」

「…ハァ?何笑ってやがんだ」


何がおかしいって、何もかもだ。今はあの世界を心の頼りに生きているというのに、どうしてあの時あんなにも簡単に捨てられたのだろう。仲間も、その想いも、自分の命すらも。突然重荷を背負わされた迅には申し訳無いことをしたと思う。謝る術なんて、どんなに探してももう何処にもないけれど。


「―でも、守りたかったのは本当だよ」
「あの時は命を天秤にかけたけど、悲しむだろうな…悲しんだだろう。君たちは優しいから」
「今も守るために力を使うよ、でも、もうあんなことはしない。今度こそ、全部自分の手に入れてみせる」

「そうじゃないと、胸を張れないものね!!」


残り2瓶、一気に使い切る。瓶から吸引した濃縮トリオンで体を満たし、シールドの密度を上げた。脳無の一撃でヒビが入り欠けていた箇所が、またたく間に修復されていく。怪物も負けじと拳を振り下ろすが、シールドは先程までの脆さが嘘のように揺らがなかった。それを見ていた死柄木は、遂に声を荒げて脳無に命令する。―壊せ、ソイツを殺せ!


「私、ブラックトリガーになってからの能力は薄々分かってる。絶対の防御…そうだよね、迅」


それでも命は微笑む。死柄木など、脳無など目ではないと言わんばかりに。

だって今も昔も、守りたい気持ちだけは―これだけは、本物なのだから!

シールドが幅を広げ、脳無をじりじりと押し返していく。しかしシールドを打ち付ける脳無の手は、傷つく度に修復されていった。シールドにトリオンを大量に送ってしまっている命は、もうトリオンが底をつくまで時間が無いと理解していた。それでも、止めない。私達には、ピンチに必ず駆け付ける…


「―待たせたね、繁栄少女!後は私に任せなさい」


―ヒーローがついているのだ。


オールマイトが脳無を屋根ごと吹き飛ばし、敵連合がワープゲートの個性で撤退していった後。
最初見た時とは様相の異なる訓練施設内を、命はぐるりと見回した。あちらこちらと地面は抉れ、一部は凍り、一部は焼け焦げている。皆が非常時に己の力を迷わず発揮したことが、よく分かった。警察に付き添われながら、行きの時に乗ったバスに再度乗り込む。これから日常に戻るのは、なにか不思議な感じだ。

それでも、得た物は大きかった。思い出した、自分の本懐を。取り零したものは拾えないけれど、あの世界には戻れないけれど…ここで自分にしか出来ない事がある。
自己犠牲という形ではなく周りに安心を与えるような、そんな守り方。己が目指すべきはそういうものだ。そしてこの力を使い続けることが、あの世界が存在した事の証明だ。だから私は、今日も立つ。


「…迅、私は元気にやっていくよ」

(―仕方ない奴だな、命は。大丈夫、未来は動き出してる…お前の思うままに突き進んでいきなよ)





* * * * * *





連れられてやって来た場所は、何故か電波塔の上だった。連れて来た本人は、暢気に顔で鉄パイプの上に片足で立っている。万が一落下しても己はシールドやグラスホッパーがあるから問題ないが―彼は別だろう。


「常闇、大丈夫そう?」

「…これも鍛錬…」

「駄目そうだわ」


まあ足場は作るから、ダークシャドウならうまくやれるでしょう。そう言えば、ダークシャドウは元気にオウヨ!と返事をした。体育祭以降常闇と話す機会は増え、ダークシャドウとも仲良くなったと思う。九州の夜景にはしゃぐ姿を微笑ましく見ていると、傍観していた引率者―現No.3ヒーロー・ホークスが二人に語り掛けた。


「俺がここに二人を連れてきたのは、俯瞰するって事を覚えて欲しかったからなんだけど。どうしてか分かる?」

「僅かな異変も見逃さず、即座に対応するために全体を見回す癖をつけろ…そういうことですか?」

「繁栄ちゃん正解!」

「ホークス、私は一応"コンバーター"というヒーロー名があるので、そちらで呼ぶ様にお願いします」

「ああ、ごめんごめん」


へらりと笑って謝罪する様子には、真剣さは微塵も感じられない。これはまた忘れられそうだと思っていると、ホークスは常闇の肩を掴んで赤い羽根を広げた。


「じゃあ訓練ってことで、パトロールに行こっか!ツクヨミは俺が運ぶから、しげさ…コンバーターは出来る限りついてきてね」

「いや私だけ難易度高くないですか?」

〈先行ッテルゼミコト!!〉

「そんな馬鹿な」


気が付けば二人の姿はもう夜の空だ。慌てて己も飛び降り、二人の後ろ姿目掛けてグラスホッパーでスピードに乗る。


「おっいいねえ、その調子!もうちょい速くしてもいけるかな?」

「私飛行性能無いので!それは勘弁して下さいね!!」

「それは残念…
おっ、敵のお出ましだ。それじゃあ行こうか、お二人さん」


遥か下の交差点で、敵が巨大化して車をなぎ倒しているようだ。そこに急降下する背中を追いかけて、ぐんぐん高度を下げていく。着地のためにいくらかグラスホッパーとシールドを経由すると、降り立った時にはホークスの剛翼が全てを片付けていた。赤い羽根は一つ一つが沿道の人々の避難に、手にした一際大きな羽根は敵の沈静化に。またたく間に終わってしまった敵退治に、見るのは数度目としても驚かされるばかりだ。


「流石、疾すぎる男…といったところか」

「常闇…じゃなかった、ツクヨミ。結構なスピードだったけど、大丈夫だった?」

「疾さを体感するいい機会だった…己も空を飛べればいいのだが」

「そうだねえ」


集まってきたファンに、手早く雑にならないようサービスを行う様は流石だ。くるくると人波を抜けて来た男は、二人に手をひらひらと振りながらどうだった?と尋ねる。どうと言われても、二人とも全てが迅速であるという答えしか出ないのだが。
そんな困り顔のヒーローの卵を見て、ホークスは笑った。これから学んで確実に力にしていきなよ、と。二人は意気込んだ返事をして、事後処理に当たるサイドキックの元へ駆け出した。何かを掴んで見せる、そのために九州まで職場体験に来たのだ。学べるものは全て、吸収できるものは全て、彼らは糧とするつもりだった。


「エンデヴァーさんの息子さん、欲しかったけど…もう一人はあの子にして正解だったかな。調べたい事がいっぱいだ」







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