[携帯モード] [URL送信]
約束は破られるもので、信頼はは裏切られるもので
 この格好は目立つ。
 そう気付いたのは昼の表通りを眺めた時だった。昨晩は寝床が見つからず、人目に付かぬ路地裏に捨て置かれた木箱の上で寝て夜を明かしたのだ。
 ボディのディティールに違いがあるのはワールドごとの特徴であるから仕方ないとしても、海賊の特徴はどうしようもない。どうしようもなく作られてしまったのだからどうしようもない。軍に見つかってしまえばそれが最期、街中だろうと蜂の巣でお構い無しだ。

 「くっそ、何でネイビーブルーが一人もいねーんだよバーカ! 単色! トーヘンボク!!」

 右目のアイパッチを外しただけでは見目を誤魔化せない。むしろ目がないのだからかえって目立つ。海賊帽や動きやすさを重視された小さめの肩パーツ、やや平べったい爪先などはどうしようと隠せない。さらに、ぎらっとしたネイビーブルーのボディカラーは、淡白な色のセントラル市民の中ではかなり目立つだろう。下手をすれば通りに出ただけで通告される可能性もある。
 せめて、マントや毛布でも何か被るものさえあったら、と辺りを見回すも、何もない。そういえば昨日から何も食べていない、と鳴る腹を押さえるが、無一文に正午を告げる鐘が虚しく響く。

 「チクショー! 食い物なんて何とでもならぁ!!」

 これではいけないと景気付けに叫んで箱を降り、ずかずかと歩き出した。 セントラルに親父のツテがなかったか記憶の引き出しを片っ端から開けて
いく。ガルバートは、とにかく覚えのある顔を探しにドアをノックして歩くことに決めた。彼ならどうせ、路地裏のボロ小屋なんかに適当に住んでいるに違いない。





 これで何度目だろうか。床に正座した元軍人――しかも部隊長だった男――を見下ろして、バイコートは深く溜め息を吐いた。もうずっと溜め息を吐いてばかりで、幸せなんて当の昔に出尽くしているかもしれないとさえ思う。

 「いくらたかってこようがガキ共に飯は渡さない! AMIA(アミア)って、一番始めに約束したでしょうが!!」
 「すまない……。」
 「このトーヘンボク! 甲斐性なし! 優柔不断の優男! ったく、これで昼飯がパーだ、どうしてくれるんですかい!!」

 AMIA(アミア)というのは、バイコートがジャスライトに(彼が勝手に考えた)路地裏の三原則である。『他人に物をあげない、困っていても見ないふり、視線を合わせない』という約束である。
 特にジャスライトはごろつきのカモにされるわ、ストリートチルドレンに物をたかられるわ、捨てネコ捨てイヌに餌付けするわと、まるで頼りなかったから厳しく言っていた。それだというのにこの男は全く役に立たず、約束一つ守れずこの有様であった。

 「旦那は本当に、バカなんですから。」

 呆れてそれだけ言って、彼の説教は終わった。
 路地裏で生きるために必要なのは、他人のパンを考えることではなく、自分のパンを考えること。自分のことに精一杯で、ごろつきやストリートチルドレンに構っている余裕はないのだ。構っていれば自分がやつれてハイサヨウナラということになりかねない。彼1人がそうなるならなるで結構、自分は気楽な一人暮らしに戻れるし、厄介人は金になる。だが自分まで巻き添えになってはたまらない。

 「よう、何ゴタゴタしてんだ、痴話喧嘩かいお二人さん?」

 ふらりと玄関から入ってきたゲインを見て、バイコートがさも嫌そうな顔をした。まだ直っていない玄関は、応急処置として拾ってきたトタン板を立てている。すきま風が入るが、ないよりましだ。そもそもこの拾った家をまともに修理するほど金に余裕がないのである。

 「今終わったとこでさァ。しかしゲインの旦那、あんまり口が過ぎると角でぶちますよ。」
 「そりゃ怖ぇ、しばらく黙ってます。」

 宜しい、と彼はテーブルに置いてあった新聞を手に取った。


 『エストランド、冷めやらぬ反政府活動!』


 一面にでかでかと書かれた下には、エストランドの反政府活動者<テロリスト>の写真が載っている。横から覗き込んできたゲインが、一人のロボットを指差した。どうやらガンマンらしく、手にはピストルを持っている。

 「コイツ、マグナムっつってな、エストランドじゃ知らない奴はいないくらい有名なんだぜ。凄腕のガンマンでさ、そりゃあもう、最高にカッコいいんだ! 決闘しても、相手は絶対殺さない。自由を愛して、絶対負けない、義を重んじる、不屈の男! 男の中の男だよ、マグナムは。」
 「好きなんですね、彼のこと。」
 「あー……、いや……まあ、ちょっとタラシで、親バカで、テキーラが好きだった、けどな。」

 ジャスライトの言葉に、つい口数が多くなったことを恥じ入り、照れ隠しのように慌て付け加えた。それから少し声を落として。

 「俺の憧れさ。」

 と呟いた。
 バイコートは横で興味なさそうに新聞の上で笑うロボットを見、ぐしゃりと新聞を丸めるとゴミ箱に投げ入れた。

 「あっ、お前!」
 「そうカッカしなさんな、たかが紙でしょうに。新聞なんてのは読み終わったら捨てるモンでしょ? それとも、捨て方まで文句つけられにゃならんのですかね。」
 「……アンタの性格、好きになれそうにねぇ。」
 「お生憎様、こちとら好かれるようなタチじゃねえのは百も承知しとりますよ。自由だなんだってのたまってる輩には飽き飽きなんでね、やりたきゃ勝手にすりゃあいい。どうせ軍人様に撃たれておっ死ぬのが関の山でさァ。」
 「テメェ……!!」


  ガンッ!!


 ゲインの拳が出るより先に、ジャスライトの平手打ちが彼の頬を叩いた。ゲインも彼も、目を丸くして叩いた主を見た。
 いつもなら苦笑いをして争い事の仲裁に入る彼が、今は怒りに顔を歪ませて、じっと睨んでいる。一文字に結ばれた口の端が小刻みに震え、必死に言葉を音にしようとしていた。バイコートは笑い飛ばそうとしたが、口も身体も動かない。初めて彼を、怖いと思ったのだ。

 「どうして、お前は……!」

 やっと絞り出したような声は震えていた。それ以上の言葉は出てこなかったが、言わんとしていることは、彼は何となく分かっていた。

 ――どうして、人の為に動く者を罵るのか。

 皮肉屋の承認は唾を吐き捨てて、虚勢を張った。

 「理想を語るのは結構ですがね旦那、何もしねぇくせに理想論ばっかり語りくさって、やる気がねぇならやめちまえ!」
 「私は…。」
 「……アンタがしたのは、ごろつき共にのされて、ガキに飯を騙し盗られて、出来もしねぇ理想をグズグズ語ってただけだ。」
 「っ…!!」

 怒りはとうとう行き場を無くし、拳は彼の横に添えられたまま、ただぶるぶると震えていた。バイコートはバツが悪そうに顔を背け、ゲインはどうしていいか分からず困り顔で2人を見る。
 ジャスライトはぐるりと2人に背を向けて、外へ走り出た。待て、と声を掛けようとしたゲインをバイコートが制止する。

 「放っといてくだせぇ。」
 「良いのかよ、仲間だろ。」
 「もともと、他人でさァ。」

 ウエストバッグから湿気た煙草を取り出して火を点ける彼が、薄情になっちまった、と呟いたのを、ゲインは聞こえないふりをした。
 勝手だとは思ったが、今は憎んでいたい。聞こえたら憎めなくなりそうだったから、彼は黙って荷箱の上に腰掛けた。

 沈黙が痛いほど身に染みた。


前へ次へ

3/6ページ


あきゅろす。
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!