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口から先に生まれたけれど
 いやいやそれが急患でね、と外出許可証の発行受付でセントリックスが得意のマシンガントークを披露していた。
 受付の軍人はうんざりした顔で、鉄砲水のように襲い来る言葉を決まり文句で流していたが、ついにそれを言うのが馬鹿馬鹿しくなってくるほど。

 「もういい、もういい! 許可証をやるからさっさと行ってこい!!」
 「ありがとう。君、今度はもっと早くに折れたまえ。私もいちいち理由を話すのが好きではないし、ああこんなことを言っていてはいつまで経っても進まないね! では君、お疲れ様、私はこれにて失礼するよ。」

 投げやりに出された許可証を指で弄びつつ、憎まれ口を忘れない軍医は、カツカツと小気味よい足音を残してひょうひょうと去っていく。
 その姿が見えなくなってから、受付をしていた軍人はようやく溜め息を吐いた。どうしてあんな奴を軍医なんかに採用したのか、当て所のない苛立ちを感じながら、上官達を恨めしく思った。

 「ああいうのが口から先に作られたって奴なんだな。」





 セントリックスが夜間にも関わらず外出するのは、急患のためではなかった。
 向かう先は勝手知ったる路地裏の、ストリートチルドレンの住み処。グラッジバルドの掃討作戦が始まる前に、打てる手は全て打たなくてはならない。親も家もなく明日も知れぬ命を、罪として切り捨てるのは許せなかったのだ。


「やあ、夜中にすまないね君逹! 初めまして、私はセントリックス、軍でお医者をしているんだ。いいかい、私はあと8つ、君逹の仲間の家を訪ねなければならないから手短に話そう。近いうちに君逹を殺しに軍人どもがやってくる。死にたくなければこれから暫くは頻繁に盗みをしてはいけないよ。死なない程度に頑張ってくれたまえ。今、お医者にかかっている子はいるかい? 路地裏にいる、怖い顔したお医者さんだ。何かあったら、この紙を彼に見せなさい。私が力になろう。それじゃ、気を付けるんだよ。」


 行く先々、彼は左腕のペンチを怖がられつつ説明をし、簡単ながらも治療をして歩き、気が付けば空が白んでいた。患者の容態が不安定でなかなか帰れなかった、と伝えておこう。軍人など適当に理由を付けてあしらっておけばいい。少なくとも、今は。
 中継として友人を使うのは憚られたが、これが一番手っ取り早く、安全な方法だった。ただ可決を伸ばすだけの幼稚な策であったが、その間にもしかしたら、本当にもしかしたら、状況が変わるかもしれない。少なくとも、廃棄ロボットの脱走の件と、エストランドの反乱騒ぎ、スパイの横取りの事件でゴタゴタが続くうちは、小さな問題にかまけている暇はないはず。
 誰かが手を差し伸べなければ、助かるものも助からない。

 「神様がいるなら是非助けて欲しいね」

勿論その一人言に返事はなかった。彼はだんだん明るんできた空を見て微笑うと、悠々と歩き出した。彼の背後に迫る黒い雲は、少しずつ厚くなっていく。



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あきゅろす。
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