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大人になる日は唐突に
 夜、セントラルの船着き場に板切れが一枚流れ着いた。ガツンと波止場に当たったそれはしばしゆっくりと波に漂っていたが、その下からそろりと板切れを押し上げてロボットが顔を出す。きょろきょろと辺りを見回して、危険がないかを確かめると、ゆっくり船着き場に向かって泳ぎ始めた。
 岸に上がると、再度周囲に危険がないかを確かめて、積荷置き場まで駆け抜ける。荷箱の後ろから警備兵がいないのを確認して、ようやく彼は一息吐くことができた。

 「ヘッ、セントラルの警備も大したことねーぜ! あっさりくぐり抜けるたぁーさっすが大海賊、…予定のキャプテンガルバート様だ!」

 夜間に警備が手薄になる箇所はよく知っていた。というのも、彼の父は名だたる海賊であったから、そのつてを辿って情報を得ることが出来たのである。


 父の名はキャプテンバルゾフ。


 アクアリアの海を征し、義を重んじる海賊であった。多くの仲間に信頼されて海を渡り、人を助け、客船や医療船は決して襲わなかった、誇り高いアンビシャス号(BE AMVITIOUS/故意に字を間違っていた)の船長であり、父。

 軍による海賊討伐が始まってから、程無くしてバルゾフも捕まえられた。数相手の軍に到底敵う筈もなかった。それでも彼は挑んだのだ、自由と誇りを賭けて。

 そして、治まらぬ海賊達への見せしめとして、彼は処刑されることとなる。
 ガルバートがそれを知ったのは、アクアリアの裏通りにあるバーで、砂嵐のちらつく古ぼけたテレビでその様子が流れた時だった。最期に父が海に出たとき、彼はアクアリアの港町に置いていかれたから、すっかり馴染みとなった場所でその日も暇を持てあましていた。 白黒の画面の中でバルゾフが叫ぶ。


 「俺達はな、もう風を待つ帆船じゃいけねぇ! 手でも足でもオールでも板っ切れだって構わねぇ、何でも使って自力で泳いで海渡らなきゃなんねぇんだ!!」


 父は、吼えていた。
 初めて泣いている父を見た。それは敵と戦う勇敢な海賊ではなく、仲間逹と豪快に笑う海の男とも違っていた。





 「自由ってお宝は、まだ誰も手にしちゃいねぇ! だから探せ! 掴み取れ!! そして皆に分け与え杯を共にしろ!!」





 そこに居たのは何の代わり映えもしない父親だと、ガルバートは画面に食い付いていた。聞き逃せるはずもない、これが父の、最期の言葉なのだから。





 「おいガルバート、忘れるな、お前はキャプテンバルゾフの息子だ!! Boys, be amvitious(少年よ、大志を抱け)!!」





 その後ドンと音がして、そこから記憶がない。

 気が付いたら父親をダシにして見知らぬ海賊の船に乗り込み、食糧と水を掻っ払うと小舟も拝借して、セントラルへ向かって漕いでいた。途中からは海面を漂っていた板切れをボード代わりにして、現在に至る。
 無謀とも言える決断に、是非を与えてくれる者は誰もいない。どんな結果になったとしても後悔しない。それを自分の胸にここまで来たのだ。今更後戻りは出来ない。

 「仇は必ず取ってやるからな、親父。」

 思い出して涙するのは格好悪いと思いながらも、込み上げてきた熱いものを抑えられずに鼻をすすった。


 「誰かいるのか!」


 音に気付いた見回りの兵の声。
 物陰から明かりがちらりちらりと覗く。親父なんか思い出すといつもろくなことがない。天国か地獄か分からないが、天秤に掛けられているであろう大海賊を恨みつつ、明かりが遠くに行くのを待つ。
 しかし、無情にも近近付いてくる兵。吉と出るか凶と出るか、ガルバートは身を縮めた。サーベルの柄に手を掛け、地面とすれて音を立てないように細心の注意を払う。口元に手を当て、足音が少し遠くなるのを待った。明かりが見えなくなると同時に、作戦開始。



 「ニャ――――ォ……。」



 これで引っかかったら馬鹿決定だ、と内心笑いつつ、案の定いなくなった兵に舌を出しつつ、気配が遠のいたところですかさず荷物置き場を走り抜ける。ちょろいもんだ、と笑いながら闇に消える海賊の姿を見たものは、幸い誰もいなかった。

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あきゅろす。
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