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七.探られる腹の内は逃げの一手

 周りを見ても草、木、草、木、そして暗闇。同じ景色を見ているとしか思えない森の中をぐるぐる回りながら、タカハラはキドカワの後ろを歩く。同じ景色に辟易してきたと言っても、今回初めてこの島を訪れた彼は勝手に動けるほど島の地理を知らなかったので、不本意ながらも後ろを付いて歩くことしかできなかった。GPSを使いたくても、現在地では電波が悪いために使用できず、詳細のない地図と星の位置だけでは今いる場所を正確には把握できない。「先輩方」は何度も来ているのだから、地図くらい作ってくれても良いだろうと彼は口の中でもごもごと文句を垂れた。

 ヘンリーとパトリックから逃げてからこれといった会話もなく、時間だけが黙々と過ぎていく。険悪な雰囲気ということではないのだが、タカハラはどこか居心地の悪さを感じていた。とにかく、気まずいのだ。もとはと言えば自分が勝手な行動をしたための結果であり、本来ならば礼の一つも言えばいいのだろうが、何となくタイミングを逃してしまった今では言い出しにくかった。


 「キドカワさん、どこに向かってるんですか?」


 沈黙に堪えかねて、タカハラが口火を切った。人間の若い世代は沈黙が苦手だとテレビ番組で言っていたような気がする、と思い出して彼は内心苦笑いする。大戦機なれど、感情的な部分は人間と大差ないのかもしれない。
 問い掛けられたキドカワは気にしている様子もなく、「うん」と言ってちらりと視線を寄越したが、すぐに正面に戻し、足を止めずにざくざくと道を進んでいく。


 「忘れ物したから取りに行くんだよ、さっき私達が別れたとこまでね」
 「忘れ物ですか?」
 「そう、忘れ物」


 軽い口調で言うキドカワに、そこはかとなく安堵した。それと同時に、「忘れ物」という幼い単語に、何をしているんだこの人は、と肩を落として呆れてしまう。
 確かに彼の手元を見れば、彼は先ほど使っていたマシンガン以外全くの手ぶらで、はじめに持っていたはずの彼曰く「秘密兵器」の入った大きなケースの姿はなかった。


 はたとタカハラの足が止まる。


 視線はキドカワが歩くたびに揺れるペイント弾が装填されたマシンガンに集中した。訓練用の武器を持っているなど、ふざけているのか、逃走戦を想定していた作戦の一つなのか、どちらにせよ彼には「不真面目」としか見えないでいた。それよりも気がかりだったのは―――――。


 「キドカワさん」
 「何かな、タカハラちゃん」


 「さっきの弾、空弾ですよね」


 はた、とキドカワが歩みを止める。じっとりとした空気が肩にのし掛かるのを感じた彼は、思わず引っ提げていたマシンガンに手を伸ばした。背中に感じる疑惑の視線に、汗をかかないはずの背にいやに冷たいものが流れていくように錯覚し、手が震える。
 マガジンを間違えたなどという言い訳は通用しないだろうか。この若い大戦機を納得させるような説明ができるだろうか。納得させるより説得した方が早くはないだろうか。いや、今はそのようなことをしている場合ではない。一挙一動にがなり立てて正している暇などありはしないのだ。
 震える指で帽子型のパーツのツバを下げながら、キドカワは暗い道に視線を落とした。


 「いやあ、間違っちゃったみたいで……形が同じなのも、考えものだよねえ」


 うっかり者で頼りない上司を装った方が、臆病者の兵士と言われるより、気が楽だと判断した上での台詞。
 振り向いてぽんぽんとマシンガンを叩くと、呆れた様子のタカハラが頭を抱えて溜め息を吐くのが見えた。止めていた足を動かして近付いて、彼の正面に立ったタカハラは上司の胸を軽く小突いて、「早く行きますよ」と先を歩き出した。
 と、その時。


  ビ―――――ッ!


 島中に響き渡るようなサイレンの音が空気を裂いた。思わず人間が耳を塞ぐように頭の横に手を当てたタカハラの横で、涼しい顔をしたキドカワがその様子を見て顎に手を当てて笑う。彼にとってはもう何度となく聞いてきたサイレンの音なので、驚くこともないと言うことだろうか。
 じんじんと痛む聴覚センサーを修正しつつ恨めしそうな視線を送ってくるタカハラを、彼は見て見ぬふりで歩き出す。結局歩く順序が元に戻り、先を歩いていたキドカワがのんびりとした口調で話す。


 「戦闘可能時間と行動禁止時間が切り替わる合図だよ、いやぁ、時間が経つのは早いなあ」
 「次の戦闘可能時間のデータも送られてきましたね」


 ―――――行動禁止時間:8月4日04:00~12:00、戦闘可能時間:12:00〜未定。―――――


 また未定か、と零すタカハラに、キドカワはけらけらと笑ってみせる。まあ人間のすることだから大目に見てあげないと。大らかなのか、自分達大戦機という存在を尊大に見ているのか、後輩機には彼の言葉の裏にある意図が分からないでいたが、もう一つ気がかりであったことを思い出した。
 単独で偵察に出したシマのことである。彼とは一度連絡があったきり、連絡がつかないでいた。司令塔は交戦を控えろと指示を出していたが、敵との戦闘に巻き込まれたか、もしかしたら、もしかしたら―――。最も考えたくない選択肢を思い浮かべ、タカハラは背筋にぞっとしたものが走るような気がした。


 「シマは、どうしましょうか」
 「どうするも何も、連絡も途絶えたままだし、迎えに行ってあげないとねぇ」
 「それなら早く迎えに行きましょうよ!忘れ物なんか後で取りに行っても大丈夫でしょ」
 「それがそういかないから取りに行くんだよ」
 「はあ」
 

 銃を握らない時間が来たことにひどく安堵しながら、また訝しむ後輩に「時期が来たら教えてあげるよ」と言葉を濁して早足に先を急ぐのだった。



 ああ、夜風が傷に凍みるように、痛む。


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