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六.Good night my Brother!
 「大戦機が2体もいるなんて聞いてねぇぇぇぜお嬢ぉぉぉ!!」
 「言ってないしアンタが勝手に行ったんじゃないの!」
 「お嬢が行けっつったから行ったのにそりゃあねぇぜぇぇぇ!!!」


 時刻は0時を打ったばかり。後方から飛んでくる弾丸の雨を避けながら、ミシェルと交信するヘンリーには反撃する余裕がない。彼は今後ろから迫っているタカハラと殆ど変わらない高さであるが、接近戦を考慮された設計上脚力が勝っていることが現状の救いだ。
 普段気だるそうな双眼も、この時ばかりは飛び出さんばかりに見開かれ、一歩でも先に進まんと手足を懸命に動かしていた。一先ずミシェルとの交信を切ると、速度を上げて闇を駆け抜ける。

 ヘンリーを追い掛けるタカハラは、乱立する木々を避けつつ目標を見失うまいと慣れない湿地を駆けていた。枝葉の多い木々が夜の闇と相まって視界を狭くする。電波も悪く、道に迷えばおいそれと帰ることができなくなる不安もあったが、身体は敵を追い求めて脚は止まらない。
 走る度にびちゃびちゃと不快な音を立てる不安定な足場。更に動きながらで狙いの定まらない中、マシンガンを向けて引き金を引く。下手な鉄砲もなんとやら、とは言ったものだが手応えは掴めないでいる。


 「ったく! ちょこまか動くなよッ!」


 走りにくい環境で、撃つ弾は当たらず、距離は差が開いていくばかり。スキーヤーのゴーグルのようなバイザーの下で、苛立たしそうに目を細めた。時々背に掛けている予備のマシンガンやライフルにツタが引っ掛かり、嫌な音を立てて擦れたり千切れたりすることも集中力を削いでいく。

 突然、ヘンリーの姿が消えた。

 一瞬我が目を疑ったタカハラは、走っていた足を止めて溜め息を吐く。赤外線センサーの有効範囲からは消えているし、ぱったり音も聞こえなくなってしまった。急速に冷えていく感情とともに、頭が冴えていく。
 何をこんなに焦っているんだろう。射撃による後方支援を目的に開発された自分が走って追い付ける筈もないと、撃っていたマシンガンを下ろすと小さく舌打ちした。
 辺りを見回せば真っ暗な森には鬱蒼と草が生い茂り、木々の枝葉の間から見える夜空は東国の演習場で見るよりも高く、銀の粉でも散らしたかのように星が瞬いている。視線を前に戻せば、自分が踏み荒らしてきた地面がぐちゃぐちゃの泥にまみれて抉れているのが見える。
 もともとは人間がこの島で戦争をしていたというのだから、何か幽霊の類いが出ても可笑しくないとタカハラは思う。こういう所には良くない霊がいるとテレビ番組で見たのを思い出し、ぞくりと嫌な感覚がした。良い霊でも、お断りだけど。


 「にっ…人間も苦労するよな、戦争する度に島に木だの草だの植えるんだし…はは…」


 気を紛らわそうと、独り言。こんなところは早く立ち去ろう、と自分の足跡を辿っていく。踏む度にべちゃっという粘着質な音と跳ねる泥には辟易したが、どうすることもできない。戦争が終わる頃にはボロボロで泥まみれになっているだろう。

 ―――終わる。

 はたと足を止めると、辺りは静寂に包まれた。ささめく葉の音が聞こえる程度で、生を感じさせる音は聞こえてこない。

 戦争が終わる時、果たして自分は生きているだろうか。自分が生きていたとして、シマは、キドカワは、生きているだろうか。敵はどうなっているのだろうか。倒すのか、生かしておくのか。この戦争が終わっても、また戦争は繰り返されるのだろうか。急に、タカハラは「戦争」がとてつもなく恐ろしいもののように思えてきた。


 ――――ズン!


 「なっ、何だよもぉっ!?」


 思考を中断させるように響いた大きな音。音だけではない。震動で地面が揺れ、ざわざわと枝葉が音を立てた。
 森にはすぐに静寂が訪れたが、タカハラはマシンガンを構え、じっと闇を見据える。気のせいの筈がない――彼は視覚、聴覚、赤外線、各種センサーを働かせ、姿の見えない敵を睨み付けた。


 ――ズン!


 「そこかぁっ!!」


 タカハラは180度ターンすると、真後ろに向かってマシンガンを放つ。

  ガガガガガンッ!

 着弾してはいるのだろう、マシンガンの弾丸が敵の装甲にぶつかり火花を散らしている。ガチッ、ガチッ。弾切れにチッと小さな苛立ちを漏らし、腰に備えたカートリッジを取り出して手早く交換。反撃の隙を与えないよう撃ち続ける。


 「随分頑丈な奴だな!」
 「そう褒めるなよ、照れるんだぜ、ブラザー」
 「悪いけど、これは皮肉ッ!」


 メキメキと生木のへし折れる音を響かせて、タカハラが3体いてもまだ余る幅と、倍ほどの高さをもつ巨体が現れた。

 太く短い足で重そうな上半身を支えている。丸い顔は愛嬌があると言えばそうかもしれないが、双眼鏡のように出っ張った二つの目は眠たそうに瞬きをしていた。
 曲面を描くようにせりだしている大きな肩はミサイルポッドになっているのだろうか、とタカハラは止まりそうな思考を手繰り寄せる。


 「でっ…でかいっ…!!」
 「よく言われるんだぜ、ブラザー」
 「おいパトリック、さっさと蹴散らしちまえよぉぉぉ!」


 頭上からヘンリーの声がする。見れば彼はこの巨大な大戦機の肩に乗っており、拳を振り上げてタカハラを見下ろしていた。


 「分かってるんだぜ、ブラザー」


 声とともにパトリックの巨大な拳が持ち上がる。凝視するタカハラ。撃て、撃ち返せ! 震える拳に力を込めようとも腕はただの鉄塊となったかのように持ち上がらない。圧倒的な力の差を感じた心は恐怖を覚え、あまつさえそれを身体に伝えているのだった。


 「グッドナイトでゴッドビーウィズイェーだぜ、ブラザー」


 拳が降り下ろされる。ぐわん、と目の前に広がっていく影。反射的に腕を顔の前で組み、衝撃に備えて身体を強ばらせた。ああもうおしまいかな。やけに冷静に考える頭に、心が苦笑いする。




 目一杯に、黒が―――!




 「あっ……れ?」


 身体が横に吹き飛ばされるのを感じたが、思っていた痛みは感じなかった。身体は倒れていて、パトリックの拳は数メートル先にある。茂みに飛ばされ、まだ見つかってはいないようだ。
 ぽかんとした顔でそれを見ていたタカハラの頭に、ガツンと何かがぶつかった。地味に痛い。痛む頭を押さえようと伸ばした手を掴まれ、立たされるのもそこそこに走らされる。


 「何やってんのよ、お馬鹿さん」


 久方ぶりにさえ思える、声。顔を上げればキドカワが前を走っていた。ちらりと振り返った顔には「呆れた」とはっきり書いてある。


 「きっ、キドカワさん!?」
 「お喋りはいいからさっさと走ってねタカハラちゃん」

 「おいぃぃぃ! あっちにいるぞパトリックぅぅぅ!!」
 「いつの間にか増えてるんだぜ、きっとあれがニンジャ・マジックだぜ、ブラザー」
 「そんなことどうでもいいんだぜぇぇぇ!!!」

 「あーもー、ちょっと黙っててくんないかなッ!」


 タカハラを先に走らせると、キドカワはヘンリーにマシンガンを向けて引き金を引く。照準が僅かに外れ、パトリックの肩に命中する。カカカンッ、という軽い音に、タカハラは違和感を覚えた。


 「そんなんじゃ俺は傷付かないんだぜ、ブラザー」
 「あっそ、それじゃあこれならどうかな!」


 もう一丁のマシンガンに持ち替え、今度はパトリックの顔を狙う。いい気持ちはしないが、これも逃げるためだ。


 「何度やっても同じだぜ、ブラザ………あっ?!」


 パトリックの視界からキドカワが消えた。いや、視界が不透明なピンク色に染められた。動揺でパトリックの身体が揺れ、肩に乗っていたヘンリーもふらついた。
 タカハラが撃ったのは、彼らが訓練時に使っているペイント弾だ。速乾性な上に付着すると落ちにくい性質の塗料が使用されており、それがパトリックの視界を塞いだのだった。


 「まっ、前が、前が見えないんだぜ、ブラザー」
 「しっかりしろぉぉぉパトリックぅぅぅ!」


 ズシン、ズシン、と大音を立てて動き回る彼の上に乗っているヘンリーは振動でバランスを崩して彼の肩から降りられないでいる。
 それを満足そうに見ていたキドカワは笑顔で振り返ると、怪訝そうな顔で見ているタカハラに歩み寄って肩を叩いた。

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あきゅろす。
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