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五.ある日、森の中で熊さんに出会った


 「初日から撃たれるとは全くついていないことよ!」


 後方を盗み見ながら茂みをかき分けて進むシマの足取りは重かった。ヘンリーから逃げているうちにすっかり日は沈み、視界が悪くなったところで運悪くぬかるみにはまってしまったのである。

 ぬかるみは思ったよりも深く、大戦機の重量も相まって一歩踏み締めるとずぶりと足が沈んでしまう。まともな地面を探そうと辺りを見回したが、都合の良さそうな場所は見当たらない。このままうっかり底無し沼にでもはまったとすれば末代までの恥だ。そんなことを考えながら、彼は引き抜いた足を前方に振りだした。

 しかし、今回は運が悪かった。振りだした拍子に、片足に圧がかかってぐらりと傾いたのだ。崩れた体制を立て直すことができず、彼はそのままぬかるみに尻餅を着くように背中から倒れてしまった。


 「ぬぉおっ!? しっ、しまった、動けんっ……!!」


 立とうとしてもがけばもがくほど足はずぶずぶとぬかるみに沈んでいく。手をつくことができないために、起き上がることも容易ではない。近くの木を支えにして上体を起こし、いざ足を抜かんと右足を抜けば左足が沈み、左足を抜けば右足が沈む。
 ぬかるみから脱することに集中するあまり、彼は遠くから聞こえる低い地鳴りのような足音に気付かなかった。

 さあ一段落付いた、と振り向けば、低い木の間から顔を覗かせている大戦機――ミシェルの姿があった。シマに気付いた彼女はビッと指をさして声をあげる。


 「見付けたわよ蛮族大戦機!」
 「このような時に…まさに弱り目に祟り目、泣きっ面に蜂だのぉ」

 「何暢気なこと言ってんの……きゃあっ!?」


 動いた瞬間ぐらりとミシェルが傾いた。ぬかるんだ柔らかい地面が彼女を支えきれなかったのである。両手両膝を地面に付き、手を引いたり膝を立てたり立ち上がろうと動くのだが、彼女もまた一瞬前のシマのように一進一退を繰り返した。
 その様子を見て、彼はもう耐えられないとでも言うように指をさしての大笑い。羞恥心から泣きたくなってきた彼女はぎりっと彼を睨むのだが、それでもなお彼が笑っているので「いい加減にしてよ!」と叫んだ。これだから蛮族の大戦機は嫌いなのよ!


 「ふはは、どうだその図体では動けまい!」
 「アンタも同じクセに威張ってんじゃないわよ!」
 「むっ、そうであったか。ならば一足お先に失礼しよう」
 「そうはさせないんだからッ!」


  ドンッ!
 ミシェルの腕に装備されたミサイルが一発、至近距離から発射された。ミサイルはすぐさま宙で爆発し、彼女は爆風に煽られて飛んできた木片や泥を手で防ぎながら、僅かに目を細めてほくそ笑んだ。これであの大戦機も吹っ飛んだだろう。
 しかし、煙が晴れ再度目標を捕捉したとき、その考えは変更を余儀なくされた。刀を正眼に構えたシマが立っていたのである。彼はにぃと目元を釣り上げると、刀を鞘に納めた。


 「少々狙いが甘かったのぉ、次はよく狙うがいい。それでは某、失礼つかまつる!」
 「ちょっと待ちなさいよぉ! 私を置いていくんじゃないっ!!」


 背中のバーニアを点火し、その勢いで宙に飛び上がる。ぬかるみの地面すれすれをバーニアの推進だけで駆け抜けて固い地面に降りると、シマはあっという間に森の奥へと姿を消した。残されたミシェルはぽっかり空いた空間に向かってきいきいと怒鳴っていた。





 さて、とキドカワがライフルのカートリッジを入れている横で、タカハラはじっと暗い森の奥を睨んでいた。時刻は23時を打ったところ。こうして待ち続けること早8時間。一向に進展しない戦況に、若い大戦機は痺れを切らしていた。シマとは一度通信があったりきりで、それ以降は音信不通の状態である。
 沈黙にも耐えかねた彼は、隣の司令塔にこっそり話しかけることにした。


 「キドカワさん、シマ、大丈夫でしょうか」
 「心配してもしょうがないでしょ。私と君の仕事は、ここから先に敵を入れないことだよ」
 「分かっています。でも、仲間のことを心配するのは当然じゃないですか」
 「優しいねえ、タカハラちゃんは」


 ライフルを背中に掛けながら返ってくるすげない返事がタカハラの癪に障る。初めて会ったときから彼の馴れ馴れしい話し方には腑に落ちないところがあったし、他人と自分とに線引きをしているような態度には釈然としないものを感じていた。

 一言、たったの一言言い返そうと、僅かに身じろいだ瞬間、キドカワがマシンガンを闇へ向けて撃った。


 「きっ、キドカワさん!?」
 「お話する時間は終わりよ、三時の方向に敵影有り! タカハラちゃんはそこから私の援護をお願い」
 「えっ」


 タカハラが状況を飲み込む前に、静かにしてね、と人差し指を口元に当てる仕草をして、彼は暗がりの中へ飛び出した。

 しんと静まりかえった森の中に響く大きな足音が二つ。敵が応戦すると、僅かに爆ぜる光が見えた。相手の逃げる方向を予測して、標的を撃つ。
 タカハラもそれに慣らいライフルの照準を定め一撃を放つと、ザッと一つの足音が止まった音が聞こえ、不穏な沈黙が続く。まさかキドカワに当てたのではないかと気持ちが焦り出し、草陰から身を乗り出したその時、森の奥から苛立ち混じりの叫びが聞こえてきた。


 「おいぃぃ! 2対1なんて聞いてねぇぇぇぞぉぉぉ!?」
 「言ってないものは仕方ないでしょ、ご愁傷様」
 「今回は出直してやらぁぁぁ!」
 「あっ、おい、待て!」


 逃げる足音。一瞬間を置いて、すぐにタカハラが後を追う。ただでさえ明るさも足場も身動きするには不適当な状況にもかかわらず敵を追うのは彼がまだ若いからか、それとも使命感に燃えているからか。どちらにしてもルーキーの彼一人では心許ないことに変わりはない。
 キドカワは手にしていた得物で肩を叩いて暫しその場で思案を巡らせると、やれやれと首を振って、のろのろと歩き出した。




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