三.すでに戦争が始まっていることに気付いているだろうか
置いてきぼりを食らったような気分だ。タカハラは武器の入ったコンテナを開けて中からライフルだの剣だのを出しては「これじゃないんだよねえ」とか「こんなの誰も使わないのに」とか、ぶつぶつ言っているキドカワを見ながら、渡される荷物を空いているコンテナに分けて入れていた。
あと2時間後には戦争が始まるというのに、まるで旅行先でああでもないこうでもないといっている旅行者のように荷物を漁っていていいのだろうかと疑問に思う。しかし、この戦争に関する情報は一向に入ってくる様子もなく、司令塔でさえこの様子なので、つい戦争なんか本当は何もなくてただの実践に近い演習なのではないかとさえ邪推してしまう。それでも先ほどまで人間への文句をぐちぐちと言っていたシマが真剣に刀の手入れをしているところを見ると、いかにもいつもと違う雰囲気なので、やはり何かあるのだと思わされてしまうのだった。
タカハラにライフルが入った最後のケースを渡した時、キドカワが「あ」と何か思い出したように手を止める。
「タカハラちゃん、ルール覚えてきた?」
「ええと、斜め読みですけど……だいたいは」
この戦争には、人間の戦争にはなかった「ルール」が定められている。これが一種のスポーツのような性質を出すことに繋がっており、ただ敵を倒せばそれで終わりということではいない。機械同士の戦争など、終わらせようと思えば一日とかからず終わってしまうだろう。
しかし、終了を急ぐあまり強力な兵器を使用すれば被害も生半可なものではなく、土地が焦土と化してしまったり、二度と足を踏み入れることが出来ない土地になってしまったりする。人間が大量破壊兵器を使用するのと何ら変わりない。大戦機時代の戦争には人間の生命・生活を守りながら争うことが暗に含まれているのであった。
「じゃあ再確認と行こうか。私達が勝つためのルールは?」
「ルールは4つあります。相手の司令塔を戦闘続行不可能な状態にした場合、相手スタンバイエリアへ侵入した場合、相手陣営内に配置されているクリスタルを所持して、自軍スタンバイエリアに帰還場合と、相手が降伏した場合です」
「バトルエリアでの戦闘はいつでも可能だっけ?」
「いいえ、戦闘可能時間で指定されている時間のみです。行動禁止時間には戦闘行為と相手スタンバイエリアへの進入は禁止されていますが、クリスタルを所持しての帰還は認められています」
「はい、正解。それだけ分かってればいいね。降伏されたときは無条件で受け入れないと規則違反になっちゃうから、ムカつく相手でも攻撃しないように」
「了解!」
自分の武器を準備して待機するようにとキドカワに指示され、タカハラは山と出されたケースの中から使い慣れたライフルを探しに行った。彼が作業に集中しているかを横目で確認したキドカワが、刀の手入れをしていたシマの傍に寄ってそっと耳打ちする。
聞かれてまずいことは何もないのだが、おおっぴらに話すことで緊張させたくない。どうせなら演習程度に考えて前半は何事もなく終えてもらいたい、と安易な方へと考えてしまうのは自分の甘さだと反省したくなるが。
「前半はタカハラちゃんを連れて歩くけど、シマちゃんに単独行動任せちゃって大丈夫?」
「うむ、問題ない。今回はあの若僧に戦争を覚えさせねばならんからな、緊張はしているようだが随分軽く見ているように思える」
「仕方ないでしょ、タカハラちゃんは今何でも初めて状態なんだもん。ま、敵さんの動きがどうだか分からないけど前半はゆっくり行きましょ」
「相分かった」
それじゃ細かいことは後で、とシマの背を叩くと、彼も自分の得物を探しにコンテナから出した荷の山に向かって行った。キドカワが自分の身長と同じ程度のケースを取り出すのをタカハラが不思議そうな顔で見ていると、彼は「秘密兵器だよ」と口元の辺りに人差し指を立ててみせた。そのように言われても納得できない若僧は、分かったような、分からないような曖昧な返事をして、首を傾げながらマシンガンのマガジンをはめ込んだ。それを見ていたシマが可笑しそうに肩を揺らしたので、彼は「笑うなよ!」とぶすっとした声で言った。
各々得物の調整を済ませ、空いた時間でコンテナの整理をする。整理とはいえどこに何があるかを記憶するだけなのだが、緊急時は探している時間でさえ惜しくなるのでこの作業は決して無駄ではない。
さて、スタンバイエリアにある巨大なタイマーが開戦5分前を示す。本日の戦闘可能時間を知らせるデータがそれぞれに送信されてきた。
―――――開戦期間8月3日(水)18:00〜8月9日(火)18:00、
8月3日戦闘可能時間18:00〜24:00、8月4日00:00〜03:00。
行動禁止時間:8月4日03:00〜未定。―――――
「行動禁止時間が未定だなんて適当だなあ、人間も」
「ま、時間が来たら発表されると思うよ。さて、私達の行動だけど、今日はシマちゃんに敵陣まで走ってもらう。残念ながら今回は敵さんが総入れ替えらしいから情報が少ないんでね、偵察も兼ねてお願いしてもいいかな」
「うむ。それでは敵の情報を掴み次第、急ぎ連絡しよう」
「お願いね。タカハラちゃんは私と一緒にスタンバイエリアの見張りをしてもらおうかな。敵に足が速い奴がいないとも限らないから念のために」
「はい!」
「宜しい。そんじゃあ行きましょっか」
「御意!」「了解!」
ビーーーーー、とタイマーから映画館のようなブザーが鳴り響くと、東国の大戦機達は目前の森へと進んでいくのだった。
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